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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 25

『太平天国2 李秀成の幕下にありて』(リンドレー著 増井経夫、今村与志雄訳)

2022/06/09
アイコン画像    英国の自国ファースト主義が
太平天国を追い詰めた

 太平天国は、〈洪秀全がキリスト教の信仰を基として建てた国〉(ジャパンナレッジ「新選漢和辞典」)です。ゆえに、当初は〈ヨーロッパ人が、この新興勢力に対して好意の目を向け〉ました。特に〈聖職者と宗教界は、歓喜のあまり狂せんばかり〉でした。ところが太平天国の変革から自分たちが利益を得られるまでに時間がかかる、つまり儲けが減る、ということに気づくと態度が一変します。リンドレーは、英国に対して手厳しく論評します。


 〈(英国は)自国が損害を受けない戦争なら戦争をしかけて、弱い隣人を侵略して戦費の支払は全部相手方に押しつけるという一連の政策に満足しているようだ〉


 実際英国は中立という立場を捨て〈ことさらに満清朝を支持し、太平軍に戦争をしかけた〉のです。自分たちの利益のためには、国際法も無視する。相手国の人命も気にしない。リンドレーは、英国のふるまいを〈卑劣〉〈邪悪な干渉〉と罵ります。アヘン戦争や太平天国との戦いは英国の身勝手さだけが浮き彫りになったのでした。

 今回のロシアによるウクライナ侵攻は、許されることではありません。しかし、国連総会での「ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議」に対し、35か国が棄権し、12か国が意志を示しませんでした。その多くは、南アフリカなどアフリカ諸国でした。リンドレーは、アヘン戦争を振り返り、〈おそらく人々は現在もまた未来も代々その怨みを忘れないであろう〉と予言しましたが、アヘン戦争の数十年後、欧州諸国によるアフリカ侵略――アフリカ分割が始まります。彼らがこのことを忘れていないと言ったら、うがち過ぎでしょうか。

 さて本書著者の冷静なところは、こう省みることができるからでしょう。〈雄大な揚子江のただ中を航行〉している時、リンドレーは思いにふけったのでした。


 〈私は(太平天国の)一味に加担したため、その欠点について盲目になっているのではないのか〉


 リンドレーは〈世俗の利害や誘引から〉与したわけではありません。自身の〈目撃〉と〈体験〉から、太平天国を信頼していました。だが本当にそれが正しいのか、と問うところに著者の矜持があります。


 リンドレーは英国人に訴えます。


 〈外交政策の一切の問題について、めいめいが自分自身で判断する能力を具えるべきである〉


 今も有効な提言です。


本を読む

『太平天国2 李秀成の幕下にありて』(リンドレー著 増井経夫、今村与志雄訳)
今週のカルテ
ジャンル歴史/記録
成立・舞台19世紀半ばの中国(清)
読後に一言「自国の利益」というものは、最終的に誰の懐に入るんでしょう?
効用太平天国の人たちの暮らしぶりも多く描かれています。
印象深い一節

名言
太平軍が外国人に必ず示す友情にあふれた歓待、今こそ同じ扱い方で自分たちが迎えられる番だと期待していた歓待の代りに、太平軍の得た歓待は、砲弾、榴霰弾、マスケット銃弾の嵐であった。(第十章)
類書清との外交交渉にもあたった外交官の伝記『パークス伝』(東洋文庫429)
キリスト教の教義を中国に広めた『天主実義』(東洋文庫728)
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