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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 52

『白居易詩鈔 附・中国古詩鈔』(森亮訳)

2011/09/01
アイコン画像    英文学者が手がけた平易な口語訳で味わう、
白居易&中国名詩選の心に染み入る世界。

 声に出して味わって欲しい。


 〈家ちいさくて悩み多し。/雨降れば道ぬかるんで/宮仕え馬行きなやむ。/わびしい東の街に住み、/暑さに帰る昼下がり。/庭の狭さに竹植えられず、/墻(かき)が高くて山見られず。/これでは心の中にしか/手足を伸ばす場所がない〉


 暑さに帰る昼下がり、というぐらいだから、夏の詩だろうか。描かれている住まいはまるで、日本の住宅を予見しているかのようで、なんとも切ない。で、〈心の中にしか手足を伸ばす場所がない〉というのだから、うーん、染み入ってくる。

 この詩、実は現代詩ではない。800年代に活躍した唐の詩人、白居易の「長安哀歌」の日本語訳なのである。

 『白居易詩鈔 附・中国古詩鈔』の中のひとつで、本書は、こんな口語訳詩で漢詩を料理した、不思議な味わいの本なのである。著者は英文学者の森亮。イギリスの作家が訳した漢詩を読むうちに、今までのような書き下しではなく、“邦訳”できないかと思い立ち、果敢に試みたのが本書なのだという。

 漢文調は格調が高くなるが、敷居もまた高くなる。それゆえに苦手という人も多いのだろうが、元々、白居易は、そんな堅苦しい作家じゃない。


 〈詩風は平易明白な表現を旨とし、当時の俗語を用いることが多く、詩ができるたびに老婆に読んで聞かせて修正したという。(中略)生存中に一般庶民から知識階級に至るまでこれほど広範囲の読者を獲得した詩人も珍しく、それはこの平明な作風に負うところが大きい〉

(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)


 で、つらつら本書を読んでいるうちに、これまでの漢詩のイメージがきれいに吹き飛んだ。だってあのお馴染みの詩でさえ、こんな風になってしまうのだ。


 王維の「鹿柴」、通常はこう書き下す。

「空山(くうざん)人を見ず/ただ人語の響きを聞く/返景深林に入り/また照らす青苔(せいたい)の上を」


 それが森亮にかかるとこうなる。

 〈人ありとおぼえぬ山に/こだまして人の居るこゑ/夕日かげはやしにかへり/青苔の照りのかそけさ〉


 どうです? また違ったワールドが立ち現れてはきませんか? 言葉ひとつで、こうも味わいが違うとは。日本語の力を再確認しました。

本を読む

『白居易詩鈔 附・中国古詩鈔』(森亮訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
時代 ・ 舞台B.C.1000年頃~900年代の中国(唐)
読後に一言詩情にふれると私情が豊かになる。
効用漢詩を「詩」として味わうことができる。
印象深い一節

名言
原作をゆがめて伝えるという多少の危険が伴うにしても、外国文学を日本の読者に紹介する直截簡明の方法は翻訳である。そこで私は勇敢に中国の古い詩歌を国語に移そうと企てたのであった。(はしがき)
類書唐詩集『唐詩三百首(全3巻)』(東洋文庫239、265、267)
江戸時代の唐詩講釈『唐詩選国字解(全3巻)』(東洋文庫405~407)
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