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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 12

『薔薇園 イラン中世の教養物語』(サアディー著、蒲生礼一訳)

2011/09/08
アイコン画像    イスラム教徒に読み継がれてきた、13世紀イランの道徳詩集。この書が示す「幸せ」とは?

 年をとったせいなのか、それともどこかで人生に満足していないからなのか、あるいは「幸せ」が突如として消えるということを目の当たりにしたからなのか、このところ「幸せ」についてよく考える。

「幸福」をひくと、事典にはこうある。


 〈人間は生きていくなかでさまざまな欲求をもち、それが満たされることを願うが、幸福とはそうした欲求が満たされている状態、もしくはその際に生ずる満足感である〉

(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)


 しかしこの欲求はキリがない。それだけでなく、個人の欲求が相反する、という事態は頻繁にある。例えば出世を欲していたAさん、Bさんという同期がいたとしよう。Aさんが欲求を実現すれば、Bさんは満たされない。だがAさんが結果、この後幸福感を得るかといえば、それは保証できない。

 幸せとはかくも不安定で、不確かなものなのである。

 「日本国語大辞典」よれば、「しあわせ(仕合・幸)」にはこんな意味があるという。


 〈めぐり合わせ。運命。なりゆき。機会。よい場合にも、悪い場合にも用いる〉

(ジャパンナレッジ)


 決してハッピーというだけでなく、良くも悪くも「めぐり合わせ」。ますます訳がわからない。

 とひとり勝手にモヤモヤしている最中、13世紀のイランの道徳の書『薔薇園』の中に、面白いフレーズを見つけた。


 〈ある西方(マグリブ:北アフリカ)の乞食がアレッポ(シリアの町)の呉服商街でこう語っていた。「おお金持よ! もし其方(そなた)らに正義の観念と私らに満足の徳さえあったなら、物乞いの習慣(ならわし)はこの世から失せるであろうに!」と〉


 金持ちを批判したりやっかんだりすることは多いけれど、この文章のキモは後半。〈私ら(乞食)に満足の徳さえあったなら〉というスタンスだ。

 高度な資本主義社会を生きる私たちは「欲求」によって経済を動かしているわけだけど、その欲求は次第に、「飽くなき幸せの追求」という姿になっていく。相手に過分なサービスを求め、金品を欲する。終わりがない。

 それを終わらせるのは、ただひとつ。現状に満足してしまえばいいのだ! 何と簡単で、そして何とムズカシイことだろう。

 それでも少しだけ、ホッとした自分がいた。

本を読む

『薔薇園 イラン中世の教養物語』(サアディー著、蒲生礼一訳)
今週のカルテ
ジャンル詩歌/説話
時代 ・ 舞台13世紀のイラン
読後に一言あえて「道徳」に身心を浸してみる心地よさ!
効用普遍的な「答え」が見つかります。
印象深い一節

名言
おお満足よ! 私を富ましめよ、汝にまさる財(たから)は他にあるまいから!
類書14世紀イランの詩集『ハーフィズ詩集』(東洋文庫299)
アラビアの道徳的説話『カリーラとディムナ アラビアの寓話』(東洋文庫331)
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