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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 186

『秋山記行・夜職草』(鈴木牧之著、宮栄二校注)

2011/11/04
アイコン画像    越後の豪雪地帯を生き、そして愛した、江戸
時代のキマジメな商人が記した、紀行&自伝。

 山田風太郎に『八犬伝』(朝日新聞社、角川文庫ほか)という小説がある。「南総里見八犬伝」の物語と、作者滝沢馬琴の実生活が並行して進んでいくという意欲作で、私の好きな作品のひとつ。

 で、この中に越後の商人・鈴木牧之(ぼくし)なる人物が登場する。牧之は自分が書いた随筆『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』を出版したいと山東京伝に頼むのだが色よい返事がもらえず、今度は馬琴に頼み込む。馬琴はもらうものだけもらって「出版事情が許さない」と断るが、牧之は諦めない。融通の利かないしつこい男として、牧之は小説に登場する。身につまされるエピソードなのだが、さすがは山田風太郎、調べてみたらこれがほぼ事実だった。


 〈(『北越雪譜』を)山東京伝の添削で出版しようと企図したが果たさず、ついで滝沢馬琴・岡田玉山・鈴木芙蓉、再び滝沢馬琴と依頼を続けたがいずれも失敗。最後に京伝の弟山東京山の好意的協力を得て『北越雪譜』初編三冊を天保八年(一八三七)刊行することに成功した〉

(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)


 このしつこさゆえに、私たちは民俗学、気象学的にも貴重な文献を目にすることができるのだが、〈性格が几帳面すぎて数度の結婚に失敗、晩年は家族との融和も十分でなかった〉(「国史大辞典」)というから穏やかじゃない。

 で、東洋文庫にはこの鈴木牧之の著書があるのです。それが『秋山記行(あきやまきこう)・夜職草(よなべぐさ)』だ。

 「夜職草」の方は自伝で、〈堪忍といふ事専らに保つべし〉なんて断言するほど、マジメである。

 では風流を解さなかったかと言えばそうではない。マジメに教養を身につけているから、紀行エッセイ「秋山記行」も深みがある。「紅葉」のくだり。


 〈夕陽西に傾(かたむく)と云(いへ)ども、山々の紅葉は、實(げ)にや平家の數萬騎(すうまんき)の赤旗建し如く、適々(たまたま)は常磐の松・檜抔綾なして〔見ゆ〕。〉


 平家の落人伝説の地を旅した紀行なので、こうした比喩が出てくるのだろうが、紅葉を平家の赤旗に見立てるなんて、センスがいいなあ。松や檜の常緑樹の緑との対比も、鮮やかだ。で、続けて、西行や宗祇にもこの景色を見せたいと感嘆する。

 教養もあって、センスもあって、〈一代で家産を三倍〉(「国史大辞典」)にする才覚もある。しかし人間関係だけはうまくいかなかったというのだから、人生ムズカシイ。それでも「忍」しかないんですよねぇ、と鈴木牧之に聞いてみたい。

本を読む

『秋山記行・夜職草』(鈴木牧之著、宮栄二校注)
今週のカルテ
ジャンル紀行/自伝
書かれた時代江戸時代の日本/19世紀前半
読後に一言どんなことがあっても「忍の一字」です……よね?
効用遊びもマジメにやるといろんなことが見えてくる、という好例。
印象深い一節

名言
其の約(つつしみ)は萬堪忍(よろづかんにん)の一つとして洩れたる事なかるべし。(「夜職草」自序)
類書同時代の東日本紀行『菅江真澄遊覧記(全5巻)』(東洋文庫54ほか)
同時代の江戸内外の紀行『遊歴雑記初編(全2巻)』(東洋文庫499、504)
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