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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 503

『広益俗説弁』(井沢蟠竜著、白石良夫校訂)

2011/11/17
アイコン画像    トンデモ話を博識でもってメッタ斬り!? 
江戸時代の神道家のためになるエッセイ集。

 私は「トンデモ話」が好きである。

 もっと正確に言うならば、トンデモ話へのツッコミが好きである。天文学者の故カール・セーガン(あの宇宙探査機パイオニアのメッセージ板を作った中心人物だ)はツッコミの大家でもあり、『カール・セーガン科学と悪霊を語る』は私の座右の書となっている。日本では1992年発足の「と学会」が、五島勉の『ノストラダムスの大予言』(祥伝社)などをメッタ切りしたが(その様子は、ジャパンナレッジ「日本の論点」--と学会会長・山本弘--『「ノストラダムス」に二五年間も翻弄されてきた日本人の愚かさを笑う』に詳しい)、いまだに「トンデモ話」は一向になくなる気配がない。今流行りのパワースポットだってそういう類が随分、紛れている。

 実は「と学会」を遡ること約270年前、江戸は享保の頃、世間のトンデモ話にツッコミ続けた、博学多識の男がいた。その名は、井沢蟠竜(いざわ・ばんりゅう)。著書は森鴎外も愛読したという『広益俗説弁』である。


 目次(つまりツッコミを入れるべきトンデモ話)を見てみよう。


●出雲大社に毎年十月、諸神あつまり給ふ説

●垂仁天皇御宇、八つの日輪出しを射さしめ給説

●崇峻天皇は釈迦仏の化身と云説

●天女、三保の松原にくだる説

 と神や天皇に関する俗説や民間の伝説にはじまり、2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』がらみでも、

●平清盛、雷におそるゝ説

●源義経、天狗に剣術をまなび、或は『六韜』をよみて軽捷(かるわざ)の術を得たる説、附五条橋にて千人斬の説

 と魅力的なラインナップが並ぶ。


 例えば義経が天狗に学んだという説。「天狗なんていない!」と頭ごなしに否定するのではなく、さまざまな書物を紐解いて「天狗」なるものの存在を規定し、さらに義経関連の史書にそうした記述がないことから、〈然らずんば、鞍馬にあるうち、一たび平家をほろぼして父の仇を復せんと思ふ噴気高慢、胸中に充たるを、天狗に剣術をまなびたりと形容していへるにや〉と結論づける。公平かつ公正なジャッジ、その手際は見事の一言だ。

 カール・セーガンもそうだが、こうした冷静な眼差しは、俗説が跋扈するweb時代の今こそ有効かもしれない。

本を読む

『広益俗説弁』(井沢蟠竜著、白石良夫校訂)
今週のカルテ
ジャンル随筆
書かれた時代江戸時代の日本
読後に一言ひたすら検証する。この姿勢に感服しました。
効用「こんなトンデモ話があったんだ!」とトンデモ話自体を楽しむことができます。その数なんと250超!
印象深い一節

名言
足下の俗説弁ずる、広益のみにしてやまん歟。答云、書を校るは、風葉塵埃の、随て払へば随て有がごとし。
類書江戸の見聞を書き留めた随筆集『耳袋(全2巻)』(東洋文庫207、208)
同時期刊行の百科事典『和漢三才図会(全18巻)』(東洋文庫447ほか)
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