1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
かつての日本人の独立独歩の気概を イギリス女性の紀行の中に見た。 |
年明けそうそう情けない告白ではあるけれど、昨年は、「日本についてなーんにも知らなかった」と気づかされた1年だった。いろんなことが起きなければ、きっと知らないまま過ぎたのだろう。外にばかり目が行っていて、自分の足下についてはまったくわかっていなかった、ということです。だとするならば、「異邦人」のポジションで、日本という国を、再検証してみたらどうだろうか? それが個人的な2012年のテーマです。
というわけで、“旅人”の視線に同化して日本を見てみると――。その格好の書が、イギリスの女性旅行家イサベラ(イザベラ=Isabella)・バードの『日本奥地紀行』(原題「日本の未踏の土地」)だ。72歳で亡くなるまで、アメリカを皮切りに、マレー諸島やチベット、ペルシャや韓国、中国……と世界各地(特にアジアを中心に)を旅した。『日本奥地紀行』は女史47歳の時(明治11年)、3か月かけて東北を旅した記録だ。
民俗学や地誌的にも貴重な文献なんだろうけど、私はバードの日本人評のほうにむしろ興味を惹かれた。バードの紀行には次の3つの単語が頻出する。「礼儀正しい」「勤勉」「素朴」。
例えば、新潟から山形へ向かう峠の途中。バードは商人たちが荷を運んでいるところに遭遇する。虫に喰われても手がふさがっているので追い払えず、傷口からは血がしたたり落ち、それが汗で流されていた。
〈実に「額に汗して」(『旧約聖書』創世記)彼らは家族のためにパンを得ようとまじめに人生を生きているのである。彼らは苦しみ、烈しい労働をしているけれども、まったく独立独歩の人間である。私はこのふしぎな地方で、一人も乞食に出会ったことはない〉
バードはその真摯な姿に、素直に感動しながら、さらに奥地へと足を進めていく。彼女の見た労働者たちには、「独立独歩」の気概があった。
だからといってここに「古き良き日本」があったなどとはいわない。明治初年に戻れるはずもない。だが、自分に「独立独歩」の気概があるか、と問うことはできる。結局、御上(おかみ)に依存し、周囲に依存し、なーんも考えずにダラダラしていたからこそ、事が起こった時に慌ててしまったのではないか。決してそういう内容の本ではないけれど、個人的には身につまされてしまったのでした。
ああ、自律し、自立せねばなりません。
ジャンル | 紀行 |
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時代 ・ 舞台 | 明治初期の日本 |
読後に一言 | 学ぶべきは、知識などではなく、そのスタンスなのです。 |
効用 | 東北地方からアイヌの暮らす北海道まで、かつての日本がこの中にあります(新鮮です!)。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 甲板では、しきりに富士山を賛美する声がするので、富士山はどこかと長い間さがして見たが、どこにも見えなかった。地上ではなく、ふと天上を見上げると、思いもかけぬ遠くの空高く、巨大な円錐形の山を見た。 |
類書 | バードのアジア紀行『朝鮮奥地紀行(全2巻)』(東洋文庫572、573) 鎖国下の日本を旅したスウェーデン人の紀行『江戸参府随行記』(東洋文庫583) |
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