1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
1300年代に朝鮮半島で生まれた、世界初の「旅行者用外国語会話」の虎の巻、その中身とは?! |
ジャパンナレッジの「日本の論点」で「重要語Index」を眺めてみた。“英語教育”が気になったからである。小学生の英語教育が、2011年より開始・義務化されたからだ。個人的には「日本語をきちんと習う方が先じゃないの?」と思っているが、さて。で、見てみると多い順に、英語教育(33)、英語公用語化論(20)、英会話教育(12)、英語必修化(7)、とある。「重要語Index」で論文数が30を越えるものは10タイトルくらいだから、やはり世間的にもここに論点があるということなのだろう。
いったい外国語とどうつきあうべきか? 答えになるかはわからないけれど、実は東洋文庫には、〈世界で最初の旅行者用外国語会話教科書〉がある。高麗時代に朝鮮で編まれた『老乞大(ろうきつだい)』である。
これは非常によくできた本で、高麗の商人が大都(北京)に商いに行く、というシチュエーションを会話でたどっていくという体裁になっている。最初に朝鮮語(本書では日本語)、続いて同文を中国語で記す。その中の一節。
高麗の商人(主人公)は、知り合った中国人から、〈中国語の本なんか勉強してどうするんだい?〉と訊かれる。
〈今、朝廷が天下を統一し、世間で使っているのは中国語です。われら高麗の言葉は、ただ高麗の地で通用するだけで、義州を過ぎ、中国人の土地に来ると、みんな中国語になります。誰かに聞かれて、一言も話せないようじゃ、他の人がわたしたちをなんと思うでしょう〉
当時、中国は「元」によって統一されていた。高麗を含む周辺諸国も、中国語が共通言語だったのである。だから勉強するのは当たり前だ。こう主人公は胸を張るのである。しかも、〈両親から勉強するように言われた〉というのだから、何だか今の日本を見ているようである。
グローバリズムなんて最近の言葉のようだが、これを読む限りそうではない。他国との繋がりがあり、その地域に強国が存在する以上、そこの言語が一帯を席巻するのは、ある意味、昔からのことなのだ。嗚呼。
本書は、旅の途中、突然、道徳論が差し挟まれるのだが、これはこれで結構笑ってしまった。強者に対する身の処し方の一例である。
〈友達の間では、自分の取りえを言うでない(中略)。蒙古人がたとえば、おまえはすごいと言っても、私は有能です、というようなことを言ってはならぬぞ〉
外国語教育について考えつつ(しかも答えの出ぬまま)、朝鮮半島シリーズ、ひとまずこれにて完。
ジャンル | 教育/実用 |
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時代 ・ 舞台 | 1300年代の朝鮮(韓国、北朝鮮) |
読後に一言 | 外を知ることで、より内を知る、ということか……。 |
効用 | 教科書ではあるのですが、当時の朝鮮半島の人々および中国人、周辺諸国の商人の様子が、いきいきと描かれています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 人というものは今日死ぬか、明日死ぬか分からぬ、達者なときに楽しまねば、まこと愚か者じゃ。 |
類書 | 朝鮮の民衆の気持ちがわかる物語『パンソリ』(東洋文庫409) 朝鮮の人びとの生活『朝鮮歳時記』(東洋文庫193) |
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