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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『日本お伽集1、2』
(森林太郎・松村武雄・鈴木三重吉・馬淵冷佑撰、瀬田貞二解説)

2012/03/01
アイコン画像    お伽噺も、昔話も、かつては"大人のモノ"だった? 森鴎外らによる昔話集を顧みる。

 先日、芸歴40ン年の歌手の方をインタビューしていたら、「子供のための歌、童謡や唱歌がこんなにあるのは日本だけ」という話題になった。だから大切に歌い継ぎたい、という話だったのだが、だったら「おとぎ話」や「昔話」はどうなんだろうと気になってジャパンナレッジで調べてみた。

 歴史に詳しい人はご存じの通り、室町時代から江戸時代にかけて「御伽衆(おとぎしゅう)」と呼ばれる人たちがいた。簡単に言うと、大名などお偉いさんの「雑談相手」。情報提供、教養の進講などの役目もあったようで、

 〈最も多くの御伽衆をもっていたのは、日本全国を平定し統一した豊臣秀吉で、(中略)重立った者だけでも、富田知信・大村由己以下三十数名の多きに達していた〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)

 で、ここから「おとぎ話」という言葉も誕生し、

〈明治時代になって、こどもむけの読物をさすために、巌谷小波(いわや・さざなみ)などによって用いられてから、ひろく世間に行われるようになった〉(同前、「御伽噺」)

 「昔話」もかつて大人のためのものだった。

 昔話は、〈伝統的に、夜に語られるものであり、庶民の間の神聖な夜語りの存在を明瞭にしている〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)という指摘もあるほどで、全国的に、昼に昔話をすることは禁忌だったという。

 大人の社会のものだった「お伽噺」も「昔話」も、近代になると「子供向けの話」として統一された。そうか、「近代」が「子供向けの昔話・お伽噺」を生み出したんだ、というのが調べてみての結論。

 で、子供のために書かれたのが、『日本お伽集』である。撰者は、森林太郎(森鮃頼O)、松村武雄(神話学者)、鈴木三重吉(「赤い鳥」主宰)などそうそうたるメンバーで、大正時代にまとめられたものだ。


 〈オバアサンガ 川デ センタクヲ シテイマスト、川上カラ 大キイ桃ガ 一ツ ドンブリコッコ スッコッコ……〉


 代表的な昔話「桃太郎」の一節である。解説の瀬田貞二氏は、先行者・巌谷小波の「日本昔噺」に、〈盛名を蔽われ〉たせいで、顧みる人が少ないと憤っていたが、本書を読む限り、確かにこれは古典として尊重してもいい。ではこれより先、明治期に出版された巌谷小波の「日本昔噺」は? これも東洋文庫にあるので、次回にて。

本を読む

『日本お伽集1、2』
(森林太郎・松村武雄・鈴木三重吉・馬淵冷佑撰、瀬田貞二解説)
今週のカルテ
ジャンル説話
書かれた時代1920年代の日本
読後に一言比較文化、民俗学的な分析も加えた、松村武雄らの執筆とみられる「解説」(第2巻の付録)が読み応えアリ!
効用全2巻あわせて、神話13、伝説12、童話10の計35編。日本人に脈々と流れる"感情"が、この中にあります。
印象深い一節

名言
浦島はうらめしそうに箱の中をのぞいて、「それでは乙姫さまが自分の年を箱の中に封じておいて下さったのだな。ああ、おしいことをした。」と、ひとりごとをいいました。そしてかすんだ目で、ぼんやり海の方をながめていました。(「浦島太郎」ラストシーン)
類書読み比べると面白さ倍増『日本昔噺』(東洋文庫692)
浦島太郎、桃太郎などを題材にした比較説話学『羅生門の鬼』(東洋文庫269)
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