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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『日本昔噺』(巌谷小波著、上田信道校訂)

2012/03/08
アイコン画像    子供向けの「昔話」の生みの親、明治時代の
イケメン作家・巌谷小波の功罪とは!?

 森鴎外らの『日本お伽集』に先行すること約30年。巌谷小波(いわや・さざなみ)の『日本昔噺』は、その後の「子供向けの昔話」の定型を作ったという意味で、エポックメーキングな本である(例えば、因幡の白兎、兎が背を渡るのは、爬虫類のワニである。これは『日本お伽集』でも同じ。現在は、ワニ=鮫が有力だが、巌谷は挿絵でワニにしてしまった)。

 この巌谷小波、調べてみればみるほど面白い人物である。何せ、尾崎紅葉の代表作『金色夜叉』の貫一のモデルでもあったというイケメン。広津和郎の『贈り物』という小説には、写真を見て巌谷に一目惚れしたというカフェの女給が登場するほどなのだ(木村毅『文芸東西南北』東洋文庫)。当初は、尾崎紅葉、山田美妙らがつくった文学結社「硯友社」に参加していたのだが、明治24年に発表した児童向け作品「こがね丸」が評判を呼ぶ。これは、〈児童文学に新生面をもたらし、やがてこの分野の第一人者となった〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)

 その勢いで児童向け雑誌『少年世界』を創刊し、多くのお伽噺を発表。〈大正以後は童話口演(つまり「読み聞かせ」のはしり)により全国の子供たちに親しまれた〉(同前)。と、評価されるかと思えば、一方で、〈思想的には日本の軍国主義的な行き方を肯定し、文学的には江戸戯作の残滓(ざんし)をぬぐいきっておらず、真に近代的な児童文学とみることはできない〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)と手厳しい。実際の「桃太郎」のくだり。


 〈海原遥かに隔てた処に、鬼の住む嶋が御座ります。其鬼心邪(こころよこしま)にして、我皇神(おほかみ)の皇化(みおしへ)に従はず……〉


 これが鬼退治の理由だって言うんだから、そりゃ、〈日本の軍国主義的な行き方を肯定〉と責められるのも致し方ない。だがこれも時代。後発の森鴎外らの『日本お伽集』よりも、軍国主義的色彩の濃い『日本昔噺』の方がウケたということは、そういう心的状況が日本にあったということである。私はむしろ、巌谷小波の功績に目を向けたい。例えば「絵本」を検索すると、こうある。

 〈巌谷小波を先導とする児童文学の隆盛が挿絵の進歩にも大きく影響した〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)

 子供向け挿絵が巌谷によって先導され、それが現在の絵本になっていった、というのだ。そうやって考えてみても、明治時代のイケメン作家が「子供文化」に果たした役割は、とてつもなく大きい。

本を読む

『日本昔噺』(巌谷小波著、上田信道校訂)
今週のカルテ
ジャンル説話
時代 ・ 舞台1890年代(明治時代)の日本
読後に一言〈江戸戯作の残滓をぬぐいきっておらず……〉と批判される文体ですが、むしろ、巌谷小波の独特のリズムは、読んでいて響いてくるものがあります。
効用今の時代だからこそ、より一層、この本の中の軍国主義的な色彩が、目につくかもしれません。ひとつの警鐘として。
印象深い一節

名言
元よりお小供衆の御慰楽(おなぐさみ)、大人諸君(おとなのかた)の御目ざはりなら、目を眠って御通りあれ……(「第壱編 桃太郎」口上)
類書読み比べると面白さ倍増『日本お伽集(全2巻)』(東洋文庫220、233)
浦島太郎、桃太郎などを題材にした比較説話学『羅生門の鬼』(東洋文庫269)
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