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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 63

『十王子物語』(ダンディン著、田中於莵弥・指田清剛訳)

2012/03/15
アイコン画像    「サヨナラ」ダケガ人生ダ!? 7世紀のインドで繰り広げられる、10人の青年たちの恋愛冒険小説。

 卒業式に年度終わり。「別れ」のシーズンの到来だ。

 私はこの時期になると決まって、なぜか中学校の卒業式を思い出す。私は式中ずっと、早く終わらないかとイラついていた。落ち着きのないガキである。だが言い訳をするならば、私は新たな人生の始まりに、胸躍らせていたのだ。小中と田舎で育った自分にとって、高校は新たな世界の入り口だった。別れはすなわち新たな物語の始まりであると、15の私は確信したのだ(多分だけど)。

 確かめるために、「別離」、「別れ」、「離別」、「離れ」、「旅」、「出発」……と思いつく限り、「別れ」を連想させるワードで、東洋文庫の全文検索をかけてみた。すると、ある一冊がやけにヒットするのである。それが、『十王子物語』であった。

 というわけで「7世紀インドの代表的な恋愛冒険小説」という謳い文句の物語を読んでみる。と、恋あり、魔術あり、陰謀あり……でこれがなかなか面白い。敵国に攻められ、マガダ国王が森林に隠れている時に生まれたのが、主人公のラージャヴァーハナ王子で、王子は同盟国の王子や大臣の子ら、計10人で共に成長する(ゆえにこのタイトル)。やがて10人で〈世界制覇の旅〉(!)に出るのだが、途中でバラモンを助けるために王子が勝手に離脱。残された9人はめいめいに王子を探す旅に出、16年後に再会し、その冒険を語り合う。最後は、ラージャヴァーハナが王位に就き、めでたしめでたし、となるのだが、青年たちの旅は、あえて言い切るなら、“新しい別れ”を求めているかのようなのだ。


 〈さて、別れの時がやってきましたので、私は熱い深いため息を吐き、悲しげな面持で妃をそっと抱擁すると……〉(ウパハーラヴァルマン物語)


〈長い間の別れを悲しんでいた彼女を、さまざまに慰めて、その夜の残りを過ごしました〉(アパハーラヴァルマン物語)


 〈……愛する妻との離別に、嘆きの海をただよいつづけました〉(プシュポードバヴァ物語)


 〈私はその王国をわが手に収めると、王に別れをつげて、あなた様を探すために旅に出ましたが……〉(完結編)


 そもそも、10人がバラバラになって旅を始めたのは、王子の離脱が原因だった。別れが、各々の冒険をスタートさせたともいえる。と考えると、やっぱり、“「サヨナラ」ダケガ人生ダ”となる? たとえ悲しい別れであっても、別れは人生の再出発の契機だと私は思いたい。

本を読む

『十王子物語』(ダンディン著、田中於莵弥・指田清剛訳)
今週のカルテ
ジャンル文学/説話
時代 ・ 舞台7世紀のインド
読後に一言友人10人でつるんだままだったら、きっと冒険は始まらなかったんだろうな。
効用(1)十年来の友人と酒を酌み交わし、話をしたくなる。
(2)とんでもない冒険(=愚挙)をおこしたくなる。
(1)か(2)かは、あなた次第……。
印象深い一節

名言
「貴公自身の物語を」(ウパハーラヴァルマン物語)
類書11世紀インドの伝奇物語集『屍鬼二十五話』(東洋文庫323)
中世インドの説話集『鸚鵡七十話』(東洋文庫3)
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