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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 48

『剪燈新話』(瞿佑(くゆう) 著、飯塚朗訳)

2012/03/22
アイコン画像    あの歌舞伎の演目も、言文一致体も、もとを
正せばすべて明代の怪奇小説集に行き着く!?

 ジャパンナレッジにも待望の『新版歌舞伎事典』(平凡社)がお目見えしたということで、勝手にそのお祝いを兼ねて(?)歌舞伎の話題をひとくさり。

 テーマは、『牡丹灯籠』。歌舞伎ファンならご存じの、明治25年に五代目尾上菊五郎で初演(名題は「怪異談牡丹燈籠」)の演目だ。

 この大もとの話が、東洋文庫で読めるんです。それが『剪燈新話(せんとうしんわ)』の中の「牡丹燈籠(牡丹燈記)」。『剪燈新話』は中国・明の時代の怪奇小説集。これが日本人のツボにはまったらしく、早くも室町時代に入ってきた。

 〈(中国では)早くから完全な版本が散逸してしまい、後に日本の慶長年間の翻刻本がかえって中国に逆輸入された〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)

 というのだから、推して知るべし。で、〈特に「牡丹燈記」は江戸の文芸界に大きな影響を与えた〉(同前)のである。『剪燈新話』を素材とした江戸文芸作品の一つが、以前ここで紹介した浅井了意の『伽婢子』。

 さらに時代は下り、『伽婢子』の「牡丹灯籠」に目を付けたのが、明治の落語家・初代三遊亭円朝である。これを落語「怪談牡丹燈籠」に仕立て上げた。駒下駄のカランコロン……で有名だが、これに反応したのが、歌舞伎界。三代目河竹新七の狂言により歌舞伎化された。そして影響を受けたもうひとりが二葉亭四迷。彼は言文一致に悩んでいるとき、坪内逍遙から「円朝の落語通りに書いてみたら?」と勧められそうだ(『余が言文一致の由来』)。

 つまり、中国の『剪燈新話』→江戸の『伽婢子』→明治の落語「怪談牡丹燈籠」という流れが、歌舞伎の大演目になっただけでなく、今、こうして書いている日本語の文体にも大きな影響を与えてしまったのだ。そう考えると、何か不思議な感慨にとらわれるのは私だけか。

 せっかくなので、本家の「牡丹燈籠(牡丹燈記)」の一節を。


 〈「……そんなに薄情になさると、どんなにかお恨みしますよ。さいわいお目にかかれたのですもの、もう離しはいたしませんわ」

 いきなり喬の手を握って寝棺の前にくると、棺の蓋が自然に開き、喬を抱いていっしょに中へはいるや、即座に蓋はしまってしまい、喬は棺の中で息が絶えた。〉


 美女の幽霊と愛欲の限りを尽くした、青年「喬」の最期のシーンである。背筋が凍りますな。……「歌舞伎の話題」とは言い難くなってしまいましたが、どうか大目に。じゃないと「どんなにかお恨みしますよ」。

本を読む

『剪燈新話』(瞿佑(くゆう) 著、飯塚朗訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
時代 ・ 舞台中国・明
読後に一言壮大な文化の流れに、勝手に感涙しています。
効用中国の伝奇文学のひとつで、本書も読みやすい現代文。いったい当時の中国人が何を怖がっていたのか、よくわかります。
印象深い一節

名言
喬は女をひきとめて泊めると、なんともいえぬ妖艶な身のこなし、いう言葉もなまめいて、寝台のとばりをおろし、枕を近づければ、愛欲のかぎりをつくすのだった。(「牡丹燈籠(牡丹燈記)」)
類書「剪燈新話」を翻案した江戸の説話集『伽婢子(全2巻)』(東洋文庫475、480)
異事奇聞も多く載せる唐代の書『酉陽雑俎(全5巻)』(東洋文庫382ほか)
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