1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
日本最古の400年前の詰め将棋、あなたなら 解けますか? 古典詰将棋の名作全200局。 |
小学生の頃に囓った程度で、将棋の実力は無きに等しいのだけれど、新聞の将棋観戦記は非常に面白い読み物だと常々思っている。わずか原稿用紙1枚程度の文字数の中に、対戦者の息づかいや観戦者の視点(世界観)を盛り込むのだ。再現される攻防戦は、素人の私をも引き込む。
観戦記ファンにとってたまらないのが、やはり名人戦だ。特に現在開幕している森内俊之名人(18世永世名人)vs同期のライバル羽生善治二冠(19世永世名人)のバトルをどうレポートするのか。結果以上に待ち遠しい。
と、思いながらふと疑問が浮かんだ。18世名人と19世名人? 名人位を通算5期以上獲得しなければ永世名人になれないのは素人の私でも知っているけれど、永世名人ってそんなにいたっけ? 調べてみたら疑問は氷解しました。なんと1~13世までは、「家元制」の名人で、第1世名人・初代大橋宗桂は徳川家康からその称号(当時は「将棋所」)と扶持を与えられたというのである。それが1612年のことだから、今からちょうど400年前!
では、初代大橋宗桂とは?
実は東洋文庫には、初代大橋宗桂の「詰将棋」(『象戯造物』)――現存する最古の詰将棋が載っている。『続詰むや詰まざるや 古典詰将棋の系譜』がそれだ。さすがに盤をそのまま載せられないので、解説の一部を紹介する。
〈初代宗桂の作品は、実戦の終盤から切り取ってきたようにごく自然な好形のものが多い。詰手順も常識からかけ離れた奇抜なものは少く、実戦的な手が多い〉
どうやら、「技巧的」ではないらしいのだ。1600年頃と言えば、まだ「もののふ」たちが跋扈(ばっこ)していた時代。彼らはいかに敵を倒すか、に腐心した。将棋もまた、実戦的な、野太いものだったのだろう。
槍や刀がやがて、実戦的なものから、型へと移行していったように、詰将棋もまた、技巧的なものへと変じていった。しかしそれも、〈将棋所は、1843年(天保14)10世名人伊藤宗看(そうかん)が死んだあとは空位のまま明治の時代を迎えた〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」「将棋」の項)というのだから、まさに武士の衰退と重なるのである。
本書は、初代宗桂の作品にはじまり、昭和期までの古典詰将棋、40人の棋士の名作200局を時代順に収録し、解説したものだ。ここの中にもまた、時代の空気と棋士たちの息づかいが、色濃く残っていた。
ジャンル | 趣味 |
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時代 ・ 舞台 | 江戸初期~昭和初期 |
読後に一言 | 初代大橋宗桂を1代目の名人としたかった将棋連盟の気持ちがわかりました。 |
効用 | 将棋好きの人は、もちろん、解いてください。そうでない人も、不思議と「物語」に引き込まれます。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 初代宗桂の作品は勝手に駒を実戦型に並べておいて、その局面にうまい詰筋がないか検討するような創作法をとったと思われる。(『象戯力草』第四十三番、解説) |
類書 | 伊藤宗看・看寿兄弟の名作詰将棋を載せる『詰むや詰まざるや』(東洋文庫282) 初代大橋宗桂が将棋所になった経緯も記す『爛柯堂棋話1』(東洋文庫332) |
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(2024年5月時点)