1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
ポーズと口ばかりで「議論」をしない日本。 2000年以上前の熱き議論を見習うべき!? |
「議論」するのが好きなのではなく、「議論」という言葉が好きなんじゃないか。国会中継を眺めるたびにそう思う。守る側は「ご議論いただき……」と口にし、攻める側は「議論が尽くされていない!」とつつく。どっちも「議論したい」と言っているのだからすればいいと思うのだが、決してそうはならない。「議論」という言葉自体、ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」の初出によれば、すでに1400年代から使われているそうだが、残念ながら日本には根付かなかったということか(「論議」という言葉だって800年代から使われている!)。
哲学初期の賢人――ソクラテスや孔子の書物が、対話形式で成り立っているのは、「議論」から思想が生み出された証左だろう。某知事や某市長が支持されるのは、「議論を吹っかける」のが上手だからではないか。日本人の多くは議論下手だけど、議論を望んでいないわけではないのだ。むしろ望んでいる。
『塩鉄論』は、副題の「漢代の経済論争」からも明らかなように、実際行われた「議論」を再現した書物だ。
〈中国、前漢の政治討論集。桓寛(かんかん)の撰(せん)。10巻、60編。漢の昭帝は前81年に全国から賢良・文学の士(ともに地方官推挙の官僚候補者)60余人を招き,民間の悩み事につき政府の当局者と討論させた〉
(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)
これがなかなか白熱した議論なのだ。登場人物は、御史大夫(ぎょしたいふ、監察官)と賢良。そのさわりを勝手にダイジェスト版でお送りすると……。
御史大夫「貧乏は貧乏人のせいでは?」
賢良「世が乱れ、富の不均衡が起こっているからだ」
御史大夫「金を稼いだ連中は、バクチや無駄遣いで金を浪費し、貧乏に落ちぶれている。貧乏人に施しても、結果が出ないのでは?」
賢良「飢えの心配がなければ、皆、勤勉になる」
御史大夫「政府はいろんなことをやっている。しかし恩を受けても怠けているから、貧困が続いている」
賢良「税金を安くすれば、その分、財産作りに励み、同時に労働にも励む」
紀元前の議論なのに、まるで21世紀の日本が議題のようだ。異なるのは、こうした「議論」が日本でなされていないことだろう。そういう私は、いつも妻に議論を吹っかけては言い負かされているのですが……。
ジャンル | 政治・経済 |
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時代 ・ 舞台 | 中国(B.C.80年代、漢) |
読後に一言 | 政治の根幹が「税」であることが、よくわかりました。 |
効用 | 建設的な議論の見本です。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 人を治める道は度をこえて楽しむもとを絶やし、道徳のいとぐちを広め、商業による利益をおさえて仁義を行ない、国家が利益を追求しないように手本を示すこと……(根本問題について) |
類書 | 紀元前から中華民国までの生活史『中国社会風俗史』(東洋文庫151) 中国思想の根幹「四書五経」を評価・解説する『四書五経』(東洋文庫44) |
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