1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件のことはよく覚えている。山下彩花さん(当時10歳)と土師(はせ)淳君(当時11歳)が殺され、淳君の首が中学校の正門の前に置かれていた猟奇事件だった。
被害者の口には酒鬼薔薇聖斗を名乗る犯行声明が挟まれていた。当初は警察に恨みを持つ人間の犯行という見方が強かった。『週刊現代』編集長だった私も、犯人像は中年の幼児愛好者ではないかと思っていたが、驚いたことに逮捕されたのは当時14歳の「少年A」だった。
この事件をきっかけに少年法が改正され刑事処分可能年齢が16歳以上から14歳以上に引き下げられるなど、大きな社会問題になった事件だった。その元少年Aは7年間を少年院で過ごした後、娑婆に戻り今は32歳になった。
そのAが6月10日に太田出版から出した『絶歌』が大きな波紋を広げている。この本が出るまでの経緯を『週刊文春』(6/25号)で見てみよう。
元々は幻冬舎の見城徹(けんじょう・とおる)社長のところにAが手紙を送ってきたことから始まった。幻冬舎はAに連絡を取り社内に特別チームを立ち上げ、初めてAと会ったのは2013年のはじめだという。
「出すにはあまりに越えなければならないハードルが高すぎたから」(見城氏)フィクションでやらないかと言ったが、Aはノンフィクションに強いこだわりをもっていたため、手記の形にすることになったようだ。
地方の都市で派遣労働をしていたAだが、書くことに専念したいというのでカネを貸した。総額は400万円ぐらいになるという。
何度も書き直しをさせたそうだが、なぜか幻冬舎では出さずに太田出版へ振る。今年1月に『週刊新潮』が、幻冬舎がAの手記の出版に動いていると報じたことで、内外から批判があったことが影響しているようだ。
太田出版はそれを引き受け、以前『完全自殺マニュアル』を作った落合美砂氏が担当したそうだ。「私は編集者として一言も本文に言葉を加えていません。直す時は本人に伝えて彼が自分で直している」(落合氏)。出版までわずか3か月。出版社の思惑どおり初版10万部が売り切れ、すぐに5万部を増刷したそうだ。定価は1500円(外税)で印税は10%(見城氏にはその中から返却)だというから初版だけで1500万円にはなる。
だが、出版社とAは本を出すに当たって被害者側の了解を取っていなかった。その理由を落合氏は「彼がもっとも恐れていたのが、反対されて出版を止められることだった」からだと話しているが、それだけではあるまい。
出版社側も大部数を刷った本が売れなくなることを恐れていたはずだ。その証拠に「情報漏洩(ろうえい)を防ぐため」(落合氏)、出版取次にも書名だけしか伝えていなかった。確信犯である。
当然ながら発売と同時におそらくAや出版社の予想以上の批判が巻き起こった。被害者の遺族たちはもちろんのこと、この本を取り扱わない書店も出てきた。兵庫県明石市市長は市内の書店や住民に「購入を配慮するよう」との異例の要望を出した。一部図書館では貸し出し制限をしているところもある。
この手記をA自身が本当に書いたのかと疑問を持つ人も多いようだ。その疑問を解く鍵が『週刊ポスト』(7/3号、以下『ポスト』)に載っている。『ポスト』は01年3月9日号に「全文掲載 18歳・酒鬼薔薇が綴った『700字小説』」という特集を組み、そこでAの書いた「作文」を紹介している。
「18歳の青年Aが書いた小説の一部を改めて抜粋する(以下、すべて原文ママ)。
《題 愛想笑いに手には名刺を
『桜木町』、『桜木町』。僕の横から現れた彼女に風太郎は書きかけの手帳を慌てて仕舞い込む。彼女の口許には絶えず微笑が刻み込まれているがまだ、十代のあどけなさが残っている。
『この乗り物は、桜台二丁目まで行きますの?』はっと我に返った僕は職業心が芽生える。まだ間もない身ではあるが、
『奇遇ですね、私の地本なんです』
奇妙なタイトルもさることながら、内容も要領を得ない。誤字も散見された」(『ポスト』)
この短編小説と今回の手記を比べると、文章力は格段に進歩している。同じ人間が書いたものと思えないと『ポスト』は言っているが、大方はそう思うだろう。
私も読んでみた。第一印象は、この文章は“作家崩れ”の編集者の手がかなり入っていると思った。それに一部と二部の文章が微妙に違う気がするのは担当編集者が替わったからだろう。
内容は一言でいえば手記ではなく“できの悪い”私小説である。亡くなった祖母の死やナメクジの解剖、猫を殺すシーンは克明に書いているのに、事件については拍子抜けするぐらい触れていないのは、Aと担当編集者にこの本をなぜ出すのかという根本的な問題意識がないからであろう。
本の中でAが、自分はカネに対する執着心が強いと言っているが、本を書いたのはカネを稼ぐことが目的だったのではないのか。「僕にはこの本を書く以外に、もう自分の生を掴み取る手段がありませんでした」という切実なものはほとんど感じられない。
これが18年もの間、自分が犯した罪と向き合ってきた人間の書いたものなのか。Aと編集者が真剣に彼が起こした事件について議論を積み重ねた痕跡は読み取れなかった。こういう箇所がある。
十代の少年から「どうして人を殺してはいけないのですか?」と聞かれたら、今の自分ならこう答えるという部分である。
「『どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから』
哲学的な捻(ひね)りもない、こんな平易な言葉で、その少年を納得させられるとは到底思えない。でも、これが、少年院を出て以来十一年間、重い十字架を引き摺(ず)りながらのたうちまわって生き、やっと見付けた唯一の、僕の『答え』だった」
お前は、自分が殺した被害者や遺族の苦しみは考えたことはないのか。思わず本に向かって叫んでしまった。
だが私は、こうした本を出すべきではないという批判には組みしない。これまでも連続射殺魔・永山則夫の本(これは完成度の高いものだったが)やパリ人肉事件の佐川一政(いっせい)の本、 連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤(つとむ)の本も出版されてきたではないか。
私が現役の編集者だったら、この本を出版することに躊躇することはなかったと思う。もちろん事前に遺族や関係者たちにできうる限りの理解を求めることは言うまでもない。
もう一つ重要な問題点は、いくつかの書店がこの本を取り扱わないということである。啓文堂書店を運営する京王書籍販売(東京・多摩市)は、遺族の心情を考慮してこの本を取り扱わないとしているそうだが、私には理解できない。
書店は、裁判所が発売禁止にしたり、出版社が回収するといった書籍以外は置くべきであること、いうまでもない。読みたい読者がいる限り、書店が勝手に判断して読者の手に渡らせないようにすることは言論表現の自由を侵すことである。
かつて私にそう言ったのは、酒鬼薔薇聖斗の顔写真を載せた『FOCUS』が批判され、多くの書店が『FOCUS』を置かなかったとき、書店がどの本がいいか悪いかを決めてはいけない、書店は読者のニーズに応えるためにあるのだからと『FOCUS』を置き続けたジュンク堂書店の社長だった。
多様な言論が民主主義を担保するのだ。卑劣な殺人犯の手記であろうと、その善し悪しを判断するのは読者であるべきだ。
だが、そうしたことを踏まえて考えてみても、この自慰行為のような独りよがりの未熟な本を、この段階で出すべきではなかった。まれに見る「駄作」を世に出してしまった出版社と編集者は、出版界はここまで劣化してしまったという象徴である。
元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
今週は酒鬼薔薇聖斗を含めて
腹の立つ記事がやたら多い。電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みんな安倍首相が悪いのよ、というのは言い過ぎかも知れないが、腹ふくるることの多い世の中ではある。週刊誌には梅雨空を吹き飛ばすスカッとしたスクープをしてもらいたいものだと思うのだが。
第1位 「北海道4人死亡 飲酒ひき逃げ 鬼畜の素性を暴く!」(『週刊文春』6/25号)
第2位 「『私をレイプして』偽投稿で襲われた『リベンジレイプ』被害女性の悲痛告白」(『週刊ポスト』7/3号)
第3位 「安倍オフレコ発言ぜんぶ書く」(『週刊現代』7/4号)
第3位。『現代』は
安倍首相のオフレコ発言を報じているが、読みどころはここだけ。官邸記者クラブのキャップが集うオフレコの懇親会、いわゆる「オフ懇」というのがある。
6月1日の午後7時過ぎに、赤坂の老舗中華料理店「赤坂飯店」のオフ懇に出席した安倍首相は、到着してすぐに注がれたビールを飲み干したそうだ。
この日は町村信孝前衆院議長の訃報があり、その後、目黒の町村邸を弔問に訪れる予定だったにもかかわらずである。
「さらに安倍総理は、こうも言った。話題が集団的自衛権のことにさしかかった時である。
『安保法制は、南シナ海の中国が相手なの。だから、やる(法案を通す)と言ったらやる。
要するに安倍総理は、中国を自衛隊と米軍の『仮想敵国』だと考えている。この『誰もがうすうす感じているけれど、決して口にはしてはならないこと』を、あろうことか、当の総理が認めてしまった」(『現代』)
集団的自衛権は違憲だという憲法学者や多くの有識者の反対、世論の高まりもあり、ある自民党衆院議員がこう言う。
「ここは焦らずに、一度引いて仕切り直したほうがいいという声も党内では出始めています」
しかし、それでも安倍は夏が終わるまでに押し切るという構えを崩そうとしない。その理由を、またしても
体調が悪化しているからだと明かすのはある自民党関係者だ。
「長年の悲願である憲法改正までたどり着けないのではないか、という懸念が総理の中で出てきているんですよ。
ここ最近官邸でよく言われているのは、トイレの回数がやたら増えている。30分に1回行く日も珍しくなくて、そんな時は『ちょっとヤバいね』と噂になっているんです。精神的にもかなり疲れていますからね」
支持率も下落してきている安倍首相だから、そろそろ
ポスト安倍を考えたほうがいいと『ポスト』(7/3号)は特集を組んでいる。
安倍首相支持派の読売グループの日本テレビが6月14日に発表した世論調査では、内閣支持率41.1%と第二次安倍政権誕生以来最低で、不支持率が39.3%にもなっているのだ。
これで強行採決でもしようものなら、支持率は20%台まで落ち込むことは間違いない。それに『現代』が書いているように体調の不安もある。
だが、政治家OBや政治評論家、政治部記者37人にアンケートした結果は、失礼だが
バカバカしいものである。
安倍首相が電撃辞任した場合の次の総理ベスト3は、谷垣禎一(ただかず)、麻生太郎、菅義偉(すが・よしひで)の順だ。
安倍首相が任期満了した場合の候補ベスト3は、稲田朋美、石破茂(いしば・しげる)、岸田文雄。望ましい総理候補のベスト3は、菅義偉、小泉進次郎、橋下徹だそうな。
この中で目新しいのは小泉進次郎だけ。稲田のポスト安倍は絶対ないと、私は思っている。やはり深刻なのは人材不足ということだが、見方を変えれば安倍首相でもできるのだから、誰でもいいということだろう。
第2位。
リベンジポルノとは、元交際相手の裸の写真や動画をインターネット上に載せる悪質な犯罪行為だが、『ポスト』がこうしたことが頻繁に行なわれ、被害者が続出していると報じている。
しかも写真の公開だけではなく、相手の住所や電話番号などを晒した上に、「私を犯してほしい」と誘う嘘の書き込み
「リベンジレイプ」が横行しているというのである。
「〈刺激が欲しい〉
今年2月、出会い系サイトに21歳の女子大生の顔写真付きでこんな書き込みがされた。すぐに男たちからメールが殺到し、“彼女”は約30人の男性に〈レイプ願望があります〉といったメッセージとともに『自宅の住所』を伝えた。
その数日後、自宅近辺で見知らぬ男が彼女に声をかけた。しかし、“願望”は現実にならなかった。彼女はレイプ願望などはもっておらず、自宅住所を男に送ってもいなかったからである。
6月12日、この女子大生になりすまし、無断で掲示板に写真などを掲載したとして野村証券社員の牧野雅亘容疑者(39)が名誉棄損の疑いで警視庁に逮捕された」(『ポスト』)
このケースでは幸いにも女性に身体的被害が加えられることなく犯人が逮捕されたが、今年3月に北海道で実際に女性が集団強姦されるという事件が起きていた。
疑似レイプ愛好者が集う掲示板はネット上に複数ある。そこには女性の写真や名前のほか、電話番号、メールアドレスとともに〈犯してくれる人を探している〉などのメッセージが添えられているという。
『ポスト』によると、関西地方の住所とともに名前やメールアドレスが書かれていたA子さんは、セックス中の姿を写した、いわゆるハメ撮り写真が掲載されていたそうだ。『ポスト』の場合、A子さんと連絡をとることができたが、彼女はまだ10代だった。
写真を見せると「これは、私です……」と絶句したという。
「実は最近、知らない人から“今日は何時の電車に乗るの?”とか“近所に住んでるから学校の帰りにレイプしてやろうか”といった メールが送られてきました。裸の写真についてはいいにくいのですが……、以前、援助交際したことがあって、その時に撮られたものだと思う」
と語った。
なりすましで掲示板に書かれた女性を強姦したらどうなるか。弁護士の奥村徹氏がこう話す。
「裁判で“承諾があると信じていた”という弁解がすんなり通る可能性は低いでしょう。故意ではないと主張しても、暴行や脅迫が伴った性行為であれば、強姦罪が成立する可能性が高い。一方、実行犯に強姦罪が認められれば、女性になりすまして書き込んだ人には名誉毀損罪に加えて、強姦罪の教唆が問われます」
6月22日のasahi.comが「LINEで女性の裸を拡散容疑 リベンジポルノ法初適用」と報じている。
「無料通信アプリ『LINE』(ライン)で、知人が投稿した女性の裸の画像を拡散させたとして、警視庁は川崎市中原区上小田中1丁目、無職内川一樹容疑者(27)をリベンジポルノ防止法違反と名誉毀損(きそん)の疑いで逮捕し、22日発表した。同庁によると、他人が撮影した画像を拡散させたとして同法が適用されたのは全国初という。
警視庁によると、逮捕容疑は4月16~17日、スマートフォンからラインのグループトーク上に、ライン仲間の男が撮影した20代の女性の上半身裸の画像を送信し、不特定多数に閲覧させるなどしたというもの。容疑を認め、『グループトークが盛り上がると思って投稿した』と供述しているという」
気をつけよう、暗い夜道とリベンジポルノ。
第1位。北海道砂川市の
「日本一長い直線道路」で起きた一家4人死亡事故には言葉を失った。
永桶(ながおけ)弘一さん(44)一家が乗った軽ワゴン車に時速100キロを超えるスピードで走ってきたBMWが激突したのだ。弘一さんと妻の文恵さん(44)、長女の惠さん(17)は死亡し、次女の光さん(12)は重体。長男の昇太くん(16)は路上に投げ出され、後ろから来たシボレーのピックアップトラックに1.5キロも引きずられて命を落とした。
BMWを運転していたのは土建業の谷越隆司容疑者(27)、後続車に乗っていたのは仲間の解体工の古味(こみ)竜一容疑者(26)。どちらも事故の30分前まで居酒屋で飲んでいたことがわかっている。
二人とも飲酒運転の常習者で、日頃から常軌を逸した暴走運転で悪名高かったと『文春』が報じている。谷越は「信号は青だった」と言い張り、古味のほうは酒気を抜くためか約10時間後に出頭している。しかも古味は、人を引きずっていることを知りながら蛇行を繰り返していたというのだから
「鬼畜」の所業である。
永桶さん一家には申し訳ないが「死に損」という言葉が口を衝いて出てくる。『新潮』(6/25号)によれば、こんな連中でも死刑にはならないそうだ。
「危険運転致死傷罪の最高刑は20年となります。(中略)古味容疑者に対しては、人をひいて故意に引きずって死なせた可能性が高く、今後は殺人罪が適用され得る。となれば『懲役20~25年』の可能性が出てきます」(板倉宏・日大名誉教授)
死刑にできないのなら、日本にはない終身刑でもと思ってしまうのは、私だけだろうか。