1977年10月1日生まれ。35歳。タレント、フリーアナウンサー。本名「滝川・ラルドゥ・クリステル・雅美」。父親はフランス人、母親は日本人。愛称は滝クリ。

 フランス・パリで生まれ、3歳の時に家族で来日、母親の出身地である兵庫県神戸市へ移住。青山学院大学文学部フランス文学科卒業後、2000年フジテレビを受験するが不合格となり、フジテレビ系列の共同テレビに入社。

 2002年10月から『ニュースJAPAN』のキャスターをしていたが2009年9月25日に降板し、フジテレビとの専属契約を解除しフリーになる。

 IOC(国際オリンピック委員会)総会で東京招致を訴えるアンバサダーとして流暢なフランス語でスピーチ。日本人には「おもてなし」の心があるとアピールし、大きな話題を呼んだ。その冒頭を紹介しよう。

 「東京は皆様をユニークにお迎えします。日本語ではそれを『おもてなし』という一語で表現できます。
 それは見返りを求めないホスピタリティの精神、それは先祖代々受け継がれながら、日本の超現代的な文化にも深く根付いています。『おもてなし』という言葉は、なぜ日本人が互いに助け合い、お迎えするお客様のことを大切にするかを示しています」

 『週刊文春』(9/19号、以下『文春』)でテレビ局関係者がこう語る。

 「彼女は、もともと型にはまった女子アナの道を進む気がなかった。以前から動物愛護や自然保護の活動に熱心でしたが、震災後は被災ペットの保護や新しい飼い主探しに取り組んできた。いま飼っているのも飼い主を亡くした被災犬です」

 今年1月にはフランスの芸術文化勲章を受章している。

 だが、私は「おもてなし」という言葉を久しぶりに聞いた気がする。客からカネをふんだくるための上辺だけの“おもてなし”は溢れているが、日本人の日常生活からおもてなしの心などなくなって久しいのではないか。

 たしかに中国や韓国のぶっきらぼうで客を客とも思わない接客態度に比べれば、日本は比較的ましではあるが、今の多くの日本人に「おもてなしの心」があるとは思えないのだが。

 ひところ流行った「もったいない」「絆」という言葉もそうである。今の日本人から失われているから、それを取り戻そうというのならわからないでもないが、東京五輪で来る外国人たちが、おもてなしを期待していると裏切られるのではないかと心配になる。

 滝川はプライベートも充実しているようだ。指揮者・小澤征爾(おざわ・せいじ)の長男で俳優の小澤征悦(ゆきよし、39)とこの秋にも結婚するのではといわれているようである。『文春』で滝川の知人がこう語っている。

 「小澤さんとの関係は色々言われてきたけど、一貫して『恋人』です。彼が他の女優さんと浮名を流した時も彼女は余裕で、『私がいないとダメなのよ』といった感じでした。今年にはいってからも知人夫婦と小澤、クリステルの四人で会食したり、仲間内ではすっかり婚約者というか、長年連れ添ったカップルといった雰囲気です」

 「おもてなし」が、NHK朝ドラの『あまちゃん』の「じぇじぇじぇ」とTBS系のドラマ『半沢直樹』の「倍返し」を競り落として、今年の流行語大賞になるのではという下馬評もあるようだ。

 美人で才能に恵まれ、伴侶と噂されるのは世界的指揮者の息子。あまり順風満帆過ぎて、少し心配になるのは老婆心ならぬやっかみか。

 

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   



 『テコンV』は韓国最初の劇場用巨大ロボットアニメ。「テコン」はテコンドーで戦うところから来ている。1976年に公開され、日本での上映機会がほとんどなかったわりには、オタクたちに語り継がれてきた「怪作」だ。なにせ、『マジンガーZ』などの日本のロボット作品を「おおいに参考にした」内容となっているのだ。DVDなどで近年は容易に観られるようになったが、カルト映画としては不思議な魅力がある作品で、ツッコミながら観るには楽しめる内容だろう。

 とはいえ、当の韓国ではテコンVにあやしいイメージなどない。むしろ国民的キャラクターだ。日本作品に近すぎるという事実は、近年、ネットのおかげでようやく韓国の若者たちの知るところとなった。そんな調子だから、2005年には韓国の政府広報CMで、かの竹島の守護神として描かれたこともある。竹島を守らせるロボットがかなりの純度で「日本製」というのは、ちょっと迂闊(うかつ)な気もするのだが。2013年には、彫刻家のキム・テッキ氏が竹島に巨大なテコンVを建てるという計画が話題になった。これはさすがに、自国内で反対され中止になったという。

 

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   



 ここ数年、複数の人が1台の車を共同利用するカーシェアリングが急速に広まっている。交通エコロジー・モビリティ財団の調査によると、2002年に50人から始まった会員数は、2011年に7万3224人に増加。今年1月には、その4倍の28万9497人となっている。貸し出すための車両台数も、2002年の21台から2013年には8831台まで増えた。

 車を所有せずに利用するにはレンタカーもあるが、カーシェアリングは15~30分単位など短い時間でも利用できるのが特徴。会員登録すると、パソコンや携帯電話などで空き状況を確認して、使った時間の分だけお金を支払うという仕組みになっている。

 利用料は、車種にもよるが15分あたり200~400円程度。この他に、初期費用や月額利用料が1000円程度かかるが、利用料にガソリン代、駐車場代、保険料など車の所有にかかる諸費用がすべて含まれているので、車に乗るのは週に1~2回、数時間程度という人なら車両費を抑えられそうだ。

 車を所有すると、歩ける距離でも、大きな荷物がなくても、何気なく車を使ってしまうが、カーシェアリングに切り替えると、必要に応じて車を使うようになる。そのため、車両費の節約だけではなく、省エネ面でもメリットがある。

 前出の交通エコロジー・モビリティ財団の「カーシェアリングによる環境負荷低減効果の検証報告書」によると、1世帯あたりの年間ガソリン消費量は、加入前は326.6リットルだったのが、加入後は180リットルで146.6リットルの減少。二酸化炭素排出量も0.34トン削減されており、カーシェアリングは環境負荷を抑えることにも貢献している。

 車がないと通勤や買い物など日常生活に支障をきたす地域もあるが、公共交通機関が発達しているところなら、車がなくても生活することは可能だ。必要なものを「シェア」して使えば、ゴミの削減や資源の有効活用にもなる。自分の暮らしを振り返り、車の利用方法を見直してみてはいかがだろうか。

 

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   



 NHKの連続テレビ小説『あまちゃん』の大ブレイクが、東北にもたらしたものは大きい。ロケ地となった久慈市では、観光客が引きも切らない。岩手銀行系のシンクタンク・岩手経済研究所の試算によると、『あまちゃん』による岩手県の経済効果は32億8400万円にも及ぶらしい。今回、岩手という地の魅力を知った人々が、リピーターになってくれることへの期待も寄せられている。

 こうした状況を、安倍内閣の経済政策「アベノミクス」になぞらえて「アマノミクス」と呼んでいる。命名者は達増拓也(たっそ・たくや)岩手県知事とされる。知事は「東北復興平泉宣言」のイラストを漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦(ひろひこ)氏に依頼するなど、エンターテインメントに造詣が深い。「時事ドットコム」(時事通信社)に掲載された当人の弁によれば、「アマノミクス」も単なるもじりではないようだ。ヒロインのアキが海に潜ることでファンを獲得していった展開を踏まえ、「潜る」、つまり「地元に飛び込み、掘り下げる」という地域活性化の重要性を説いたものとなっている。

 

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   



 政府は「スポーツ庁」設置に向けて本腰を入れるという。

 スポーツ庁は、文部科学省、厚生労働省など各府省にまたがるスポーツ行政を一元化して担う役所のことで、2011年施行のスポーツ基本法の附則に、設置の検討が明記された。政府の教育再生懇談会が2009年5月にまとめた第4次報告でも、創設が盛り込まれている。

 設置構想が大きく動いたのは、2020年夏季五輪の東京開催決定を受けてのことだ。

 菅義偉(すが・よしひで)官房長官は9月9日の記者会見で「スポーツに関する総合的、一体的な行政組織のあり方について検討を進めていく必要がある」とスポーツ庁設置の必要性を強調、そのうえで「今までの縦割りではなく、全体として(東京五輪を)成功に導くことができるような体制」と指摘した。具体的には選手強化組織、施設整備費などの予算を一元化し、選手育成にも力を入れる。

 スポーツ庁構想については、五輪の東京開催決定も後押しして、世論はおおむね好評だ。

 ただ、懸念されるのは「競技振興」「選手育成」といった美名の下で、スポーツ利権が跋扈(ばっこ)しないか、ということだ。

 施設整備や選手強化費など多額な税金投入が行われるが、その使途に透明性を持たせるべきだ。選手強化費を巡っては柔道界で、不明朗な金銭の流れが明らかになったばかり。施設整備についても、政治家の「天の声」による発注や談合、官僚の天下りが横行しないよう、厳しいチェックが必要だ。

 

   

マンデー政経塾 / 板津久作   



 粳(うるち)と餅米(もちごめ)を混ぜて炊いたものを軽く搗(つ)き、それを丸く握ってから表面に餡(あん)などをまぶした食べものである。萩の餅、牡丹餅(ぼたもち)などともいう。

 「御萩」は「萩の餅」(萩の花)の女房詞(ことば)で、もともと宮中で食べものや衣服などに用いた隠語のひとつである。今日では、春分の日と秋分の日の彼岸に付きものの食べものとなっているが、古くは、春の豊穣祈願と秋の収穫への感謝を込めた神への供物であった。それが、時期的に重なる彼岸の食べものとして定着していったそうである。特に秋分のころは、小豆も米も旬を迎える。その年に採れた新豆を味わえるこの時期には、外側の皮まで柔らかく炊いて食べることができる。この小豆を散らした状態を萩の花が咲き乱れる様子に重ね合わせ、この名が付けられたのである。そのため、粒餡(つぶあん)のものを御萩、漉し餡(こしあん)のものを牡丹餅として言い分ける場合もある。

 京都では昔ながら粒餡に漉し餡、胡麻(ごま)をまぶした御萩が定着しているが、小振りで数種の味の違う御萩にも人気があり、粒餡、漉し餡、きな粉、青海苔(のり)、氷餅をまぶした御萩が流行していたと聞いたことがある。最近でも、小豆、白小豆、青のり、黒ごま、青梅、古代米、梅、きな粉という、8種の色とりどりのかわいらしい小多福(おたふく、東山区祇園)の御萩が人気である。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   



 世界的なアニメ作家。1941年東京生まれ。学習院大学卒業後「東映動画」に入社。79年、監督第1作『ルパン三世 カリオストロの城』が評判を呼び、以後『風の谷のナウシカ』『千と千尋の神隠し』など数々のヒット作を生み出してきた。

 『千と千尋の神隠し』でアカデミー賞長編アニメ賞、ベルリン国際映画祭金熊賞、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞している。

 これまで興行収入が100億円を超えた日本映画は8本あるが、最新作の『風立ちぬ』を含めて5本を宮崎作品が占めている。だが「スタジオジブリ」の鈴木敏夫プロデューサーによれば、人件費、制作費がかかり過ぎ、4年かかってできた『崖の上のポニョ』は155億円を売り上げたが儲からなかったと、朝日新聞(9月18日付朝刊)で語っている。

 宮崎氏が『風立ちぬ』公開後に記者会見を開き、引退を表明したため大きな話題を呼んでいる。

 理由を『週刊朝日』(9/20号)は、宮崎氏の次の言葉にあると書いている。

 「アニメ映画の監督といっても、みんな仕事のやり方が違う。僕は描かなきゃいけない。加齢によって集中できる時間が減るのはどうしようもない。僕は僕のやり方を貫くしかないと思ったので『長編アニメは無理だ』と判断した」

 宮崎氏は脚本・絵コンテ作りに加えてアニメーターが描いた原画もすべてチェック・修正している。ちなみに『崖の上のポニョ』では17万枚にもなるという。

 『週刊文春』(9/19号)で川上量生(のぶお)氏が、会見で宮崎氏がいった「この世は生きるに値する。そういうメッセージを子どもたちに伝えたいというのが仕事の根幹にあった」という言葉に感動したと書いている。

 宮崎氏は一貫して自然破壊をやめろと訴え、戦争の悲惨さ、愚かさを描いてきた。自社の屋上には「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」と書かれた横断幕が掲げられ、憲法改正に反対の立場であることを表明している。

 彼は最後の長編にどんなメッセージを込めたのか。『風立ちぬ』を見に行ってきた。

 主人公はゼロ戦の設計者・堀越二郎だが、そこに「風立ちぬ、いざ生きめやも」という言葉で有名な作家・堀辰雄の『風立ちぬ』を重ね合わせている。

 “美しい飛行機”を作ることに打ち込んでいる二郎と、重い結核に冒され余命幾ばくもない菜穂子との出会い、結婚、別れを、美しい自然や大空、東京の古い町並みとともに描いている。

 作家・半藤一利(はんどう・かずとし)氏は『週刊ポスト』(9/20・27号)でこう語っている。

 「宮崎さんは、堀越二郎の人生に堀辰雄の人生を重ねることで、“行き止まり”の中で懸命に生きることの美しさ、悲しさを上手く表現したのです。(中略)宮崎さんは、異常で無惨な戦争に突き進んでいった当時の日本人の愚劣さよりも、そうした絶望的な状況にありながらも自らの思いを貫こうとした生き方の美しさを描こうとしたのではないでしょうか」

 映画の中で印象に残ったことが三つある。二郎が何度かいう「僕たちには時間がないんです」という言葉だ。差し迫った時代状況、それ以上に切迫している菜穂子との別れ。“一日一生”という思いで精一杯生きている二人を死が分かつ。

 何度も出てくる良寛の書「天上大風」。「地上には風がふいていないように見えても、天の上には大きな風(御仏の慈悲)が吹き、見守ってくれている」という意のようだが、宮崎氏のメッセージのように思える。

 三つ目は素晴らしい自然描写である。飛行機から見る地上の風景や雲の美しさ。車窓に流れる田園風景や関東大震災で崩れる前の東京下町の町並みの何と懐かしいことか。宮崎氏が丹誠込めて描いたこの“絵”を見るだけでもこの映画の価値は十分にある。

 そして、これこそ宮崎氏がこの映画で伝えたかったことではなかったのか、映画館を出るときそう思った。新宿のビルの谷間から見上げた夜空には久しぶりに美しい月が出ていた。

 

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


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