北に向かって行くことを「上ル」、南に行くことを「下ル」という。京都市中心部の地点標示法である。記述するときは、南北だけでなく、東に行くことを「東入ル」(ひがしいる)、西に行くことを「西入ル」(にしいる)と書き表す。京都を初めて訪れた人であれば、「なになにを上ル」などといわれても、「いずれ出くわす坂道を上がるのだろうか」などと誤解しかねない。だが、慣れるとこれほど便利な方法はなく、例えば、「室町通四条上ル」といえば、四条通と交差した室町通を北に少し行けば目的地があるわけなので、とても簡便というわけである。京都で暮らす人の生活感覚に溶け込んだ表現であり、大路小路が格子状に交差する町で、特定の場所を示すにはとても好都合である。
こうした場所を示すことばが使われるようになった理由は、応仁の乱以降の町の移りかわりに関係があるといわれている。平安京では「四行八門制(しぎょうはちもんせい)」という制度によって、都の中は四角い単純な区画で地割りされていた。それが応仁の乱を経て復興していくうち、通りと通りの間に横町ができたり、その横町を行き来するための路地(辻子〈ずし〉)ができたりするようになり、地割りがどんどん複雑化していった。そのため、それまで使っていた「面」(おもて)や「頬」(つら)といった場所を示す方法でははっきり明示することが難しくなっていったという。その後、16世紀後半に豊臣秀吉の御土居(おどい)造営によって町並みが再編成されたことがきっかけとなり、「上ル」や「下ル」といった地点の標示方法が使われるようになったといわれている。単純な表現にも長い歴史が秘められた、実に京都らしいことばのひとつである。