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「詩歌」カテゴリの記事一覧
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haiku 【俳句】(Encyclopedia of Japan)
A 17-syllable verse form consisting of three metrical units of 5, 7, and 5 syllables, respectively. One of the most important forms of traditional Japanese poetry, haiku remains popular in modern Japan, and in recent years its popularity has spread to other countries.
しゃれ‐ふう 【洒落風】(日本国語大辞典)
松尾芭蕉没後、門人の宝井其角を中心に、元祿(一六八八〜一七〇四)の末から宝永(一七〇四〜一一)ごろにかけて、主として江戸に流行した知的、都会的な俳諧の流風。芭蕉が幽遠・閑寂な景情一致の作風を本位としたのに対して、奇抜な比喩やしゃれた趣向を喜び
はい‐ごん 【俳言】(日本国語大辞典)
俳諧に用いられる語。俳諧に用いて、和歌や連歌などには用いない俗語・漢語などの称。貞門俳諧では特に重視された。はいげん。*俳諧・毛吹草〔1638〕一「一句連哥にして誹言につまりたる時に」
きれ‐じ 【切字】(日本国語大辞典)
連歌、俳諧の発句で、句末に用いて一句を独立させたり、句中に用いて一句に曲折を与えたりする、詠嘆の意をもつ語。「野ざらしを心に風のしむ身かな」の「かな」、「古池や蛙飛びこむ水の音」の「や」、「旅人と我が名呼ばれん初しぐれ」の「ん」
れん‐く 【聯句・連句】(日本国語大辞典)
(古くは「れんぐ」)「れん(聯)【一】(2)」を構成する句。転じて、二人以上の人が、各自のそれを順につないで一編の詩をつくり上げること。のち、和歌と漢詩をつないだものにもいった。また、その作品。
はい‐かい 【俳諧・誹諧】(日本国語大辞典)
(「はいかいれんが(俳諧連歌)」の略)室町末期、山崎宗鑑・荒木田守武などのころから行なわれた卑俗・滑稽を中心とする連歌をいったが、近世に至って松永貞徳が連歌の階梯とされていた俳諧を独自なものとして独立させ、そのジャンルを確立した。
しい‐か 【詩歌】(日本国語大辞典)
漢詩と和歌。詩と歌。*高野本平家物語〔13C前〕三・少将都帰「この古き詩哥(シイカ)を口ずさみ給へば」*風姿花伝〔1400〜02頃〕六「仮令、名所・旧跡の題目ならば、その所によりたらんずるしいかの、言葉の耳近からんを、能の詰め所に寄すべし」
炬燵(こたつ)(日本国語大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
床に炉を設け、上にやぐらを置き、ふとんを掛けて暖をとるもの。掘りごたつ。また、簡便にやぐらの底に板を張ってこれに火入れをおく置きごたつもある。室町時代に禅宗から広まり、古くは、やぐらそのものをこたつと呼んだ。今日では熱源に電気を用いるのが
空華集(国史大辞典)
五山詩文集。義堂周信(空華道人)著。二十巻十冊。南北朝時代成立。すでに貞治六年(一三六七)十二月には草稿の一部ができていた。しかし、五山版八冊は巻首に延文四年(一三五九)の中巌円月の序、洪武九年(永和二、一三七六)の
梅花無尽蔵(国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
五山文学作品。著者は万里集九、万里の居所庵名をもって書名とした。七巻八冊。巻一から巻三までは七言絶句の作品を編年順に配列する。巻一は応仁の乱前から文明十七年(一四八五)九月まで、巻二は太田道灌の招請に応じて、江戸下向から始めて長享二年(一四八八)九月まで
狂雲集(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一休宗純の詩集。書名は一休が狂雲子と号したことに由来する。その生涯の言行は不羈奔放、洒脱自在なものがあったが、この詩集はそれを如実に伝える。一休は天性詩文の才に秀でたが、広く古典を学ぶことによってさらにすぐれた。『一休年譜』によれば、一休没年八十八歳の時に
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