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国史大辞典・日本大百科全書

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国史大辞典
仲哀天皇
ちゅうあいてんのう
『古事記』『日本書紀』に伝える第十四代の天皇。和風諡号は足仲彦(たらしなかつひこ)尊。景行天皇の皇子日本武尊の子で、母は垂仁天皇の女両道入姫(ふたじのいりびめ)皇女。紀によれば、子に皇后気長足姫尊(神功皇后)の生んだ誉田別皇子(応神天皇)のほか、〓(かごさか)・忍熊(おしくま)・誉屋別(ほむやわけ)の諸皇子があった。叔父成務天皇に後嗣がないため、天皇の死後一年をおいて即位、九州南部の熊襲征討のため、穴門豊浦宮から進んで筑紫橿日宮に至ったが、西方の新羅国を征討せよとの神託を信じなかったため、筑紫に没したという。紀はそれを九年二月のこととし、年齢は記紀とも五十二とする。天皇の没後、皇后は新羅を征し、帰還後九州で応神天皇を生み、〓坂・忍熊両皇子の反抗を排して大和に至り、皇后の没後応神が皇位についた。仲哀天皇の遺骸は、神功摂政二年十一月、河内国の長野陵に葬られたという。仲哀天皇は、日本武尊と神功皇后の説話を皇室系譜上に位置づけるため、後次的に歴代に加えられた存在である可能性が強い。→神功皇后(じんぐうこうごう)
[参考文献]
井上光貞『日本国家の起源』(『岩波新書』青三八〇)
(笹山 晴生)

恵我長野西陵(えがのながののにしのみささぎ)

 大阪府藤井寺市藤井寺四丁目所在。『日本書紀』は長野陵、『扶桑略記』は長野山陵、『延喜式』は現陵号とする。陵号の「野」のよみは、『陵墓要覧』など従来のものは「ぬ」。最近は旧字名「岡」により岡古墳ともいう。『日本書紀』は神功皇后摂政元年二月仲哀天皇の遺骸を穴門豊浦宮殯斂地より移し、同二年十一月当陵に葬ると記す。『延喜式』諸陵寮は「在〓河内国志紀郡〓、兆域東西二町、南北二町、陵戸一烟、守戸四烟」とし遠陵に入れる。中世所在不明となり、元禄の諸陵探索で、上原村の塚山と沢田村仲ツ山の二ヵ所の陵所のうち河内国錦部郡長野庄上原村の塚山に決定された。その後『河内志』『山陵志』『中津山陵考』などに異説が発表され、幕末の修陵の際現在の陵に改定修補し、慶応元年(一八六五)竣工した。南南西に面する前方後円墳で、周濠がある。墳丘長軸の長さ二四〇メートル、前方部幅一七四メートル、後円部径一三八メートル、前方部高さ一五・五メートル、後円部高さ一八・八メートル。東側くびれ部には造出しがある。墳丘の等高線は乱れが激しい。陵墓の工事に伴う近年の調査で、後世の大量盛土による濠堤の変形と、濠堤・墳丘部の埴輪列遺存が判明した。殯斂地は山口県下関市長府侍町一丁目、日頼寺の後山にあり、明治三十五年(一九〇二)諸陵寮所管とした。日頼寺には、極楽寺(同寺の旧称)は仲哀天皇聖跡であるから御祈願所とするとの観応二年(一三五一)の院宣写を綸旨として所蔵。
[参考文献]
「仲哀天皇恵我長野西陵之図」(『陵墓地形図』二五〇、宮内庁書陵部所蔵)、上野竹次郎『山陵』上、陵墓調査室「昭和五十年度陵墓関係調査概要」(『書陵部紀要』二八)、同「昭和五十八年度陵墓関係調査概要」(同三六)
(石田 茂輔)


日本大百科全書(ニッポニカ)
仲哀天皇
ちゅうあいてんのう

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  • 仲哀天皇

生没年不詳。記紀によれば第14代の天皇。4世紀の在位となるが明らかでない。足仲彦(たらしなかつひこ)天皇ともいう。日本武尊(やまとたけるのみこと)の第2子。母は両道入姫(ふだじのいりひめ)。気長足姫(おきながたらしひめ)(神功(じんぐう)皇后)を皇后とする。『日本書紀』によれば、筑紫(つくし)の橿日(かしひ)宮(福岡市香椎(かしい))で熊襲(くまそ)を討つことを協議したとき、皇后に神がかって、熊襲よりも新羅(しらぎ)を先に討つことを託宣した。天皇は託宣を信ぜず、熊襲を討ったが勝つことができなかった。そのうえ病気になり、52歳で没した。『古事記』では、神の怒りに触れて急死したという。河内(かわち)の長野陵(大阪府藤井寺市)に葬る。
[志田諄一]

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検索コンテンツ
1. 仲哀天皇
日本大百科全書
生没年不詳。記紀によれば第14代の天皇。4世紀の在位となるが明らかでない。足仲彦(たらしなかつひこ)天皇ともいう。日本武尊(やまとたけるのみこと)の第2子。母は ...
2. 仲哀天皇
世界大百科事典
)が神意に従って懐妊したまま新羅を攻め服従させる,いわゆる新羅征討物語が続く。《古事記》では仲哀天皇の話はこれだけである。《日本書紀》には熊襲討伐の話もあるが, ...
3. ちゅうあい‐てんのう【仲哀天皇】
デジタル大辞泉
記紀で、第14代の天皇。日本武尊(やまとたけるのみこと)の第2王子。名は足仲彦(たらしなかつひこ)。皇后は神功(じんぐう)皇后。熊襲(くまそ)征討のため筑紫に行 ...
4. ちゅうあい‐てんのう[‥テンワウ]【仲哀天皇】
日本国語大辞典
記紀に伝える第一四代天皇。日本武尊の王子。名は帯中津日子尊(たらしなかつひこのみこと)。九州の熊襲がそむいたので、親征のため筑紫の橿日宮(かしいのみや)に下向し ...
5. ちゅうあいてんのう【仲哀天皇】
国史大辞典
坂・忍熊両皇子の反抗を排して大和に至り、皇后の没後応神が皇位についた。仲哀天皇の遺骸は、神功摂政二年十一月、河内国の長野陵に葬られたという。仲哀天皇は、日本武尊 ...
6. 仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 4ページ ...
7. ちゅうあいてんのう【仲哀天皇】
日本人名大辞典
神功(じんぐう)皇后と遠征中の九州で,皇后への神託をいぶかったため,熊襲(くまそ)も討てず,仲哀天皇9年2月6日筑紫(つくし)で急病死したという。52歳。死はふ ...
8. 仲哀天皇[文献目録]
日本人物文献目録
【書誌】:0件 【図書】:1件 【逐次刊行物】:2件 『正史仲哀天皇 神洲最後の日』外村光陽『長門国豊浦日頼寺境内なる仲哀帝の殯陵といへる伝説に就きて』鍵谷梅軒 ...
9. 仲哀天皇山陵 (見出し語:仲哀天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 977ページ ...
10. 仲哀天皇親征 (見出し語:仲哀天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 659ページ ...
11. 仲哀天皇親征 (見出し語:仲哀天皇)
古事類苑
外交部 洋巻 第1巻 120ページ ...
12. 祀仲哀天皇於氣比神宮 (見出し語:仲哀天皇)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 938ページ ...
13. 祀仲哀天皇於香椎宮 (見出し語:仲哀天皇)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 1402ページ ...
14. 祀仲哀天皇於鹿兒島神宮 (見出し語:仲哀天皇)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 1678ページ ...
15. あいおしょうはちまんぐう【秋穂正八幡宮】山口県:吉敷郡/秋穂町/本郷
日本歴史地名大系
大海山の西南麓、宮ノ旦の台地にある。南には天田川を隔てて黒潟の開作地が広がる。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。旧県社。社伝によれば弘仁五年(八一四)西戎降伏 ...
16. あいのしま【藍島】福岡県:北九州市(旧豊前域)/小倉北区
日本歴史地名大系
面積〇・六八平方キロ、最高所二四・四メートル。古くは阿閇島と称したとされ(豊前志)、「日本書紀」仲哀天皇八年正月四日条にみえる「阿閉嶋」を当島に比定する説がある ...
17. 青木周蔵自伝 290ページ
東洋文庫
建国以来の大事業にして、我軍の手際は恰も歴山大王の彼斯を征して之に勝てる成績に斉じ。昔神功皇后〔仲哀天皇の皇后、『日本書紀』によると、朝鮮を遠征したという〕並に ...
18. あおぢかはちまんじんじゃ【青近八幡神社】広島県:世羅郡/甲山町/青近村
日本歴史地名大系
[現]甲山町青近 中倉 男鹿山南方にある八幡山山麓に東面して鎮座。祭神は仲哀天皇・神功皇后・応神天皇。旧村社。社伝ではかつては現在地より三町ほど西南にあったとい ...
19. あかおむら【赤尾村】滋賀県:伊香郡/木之本町
日本歴史地名大系
享保一七年(一七三二)と元文四年(一七三九)奉行所に年貢減免を願出ている(伊香郡志)。阿加穂神社は仲哀天皇が角鹿(現福井県敦賀市)へ行幸のとき行在所とし、気比神 ...
20. あかさかはちまんしや【赤坂八幡社】福岡県:田川郡/方城町/上伊方村
日本歴史地名大系
[現]方城町伊方 宮の脇 伊方川上流右岸の丘陵に鎮座する。祭神は仲哀天皇・応神天皇・神功皇后。旧郷社。「明治神社誌料」によると、宇佐宮旧大宮司到津家所蔵の旧記に ...
21. あかはちまんぐう【赤郷八幡宮】山口県:美祢郡/美東町/赤村
日本歴史地名大系
[現]美東町大字赤 宮の馬場 桂木山東南麓、宮の馬場の長生山に鎮座。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后で、豊岩間戸命と櫛岩間戸命を合祀する。旧村社。「注進案」は ...
22. あかまじんぐう【赤間神宮】山口県:下関市/赤間関/阿弥陀寺町
日本歴史地名大系
え込まれ、中心部には神の依代としての小賀玉木二本がある。鎮守八幡宮は旧村社で祭神は応仁天皇・仲哀天皇と神功皇后の三神。弘安五年(一二八二)に書かれた鎮守八幡宮縁 ...
23. あがのじんじゃ【我野神社】埼玉県:飯能市/南村地図
日本歴史地名大系
。創建年代は不明だが「風土記稿」は、妙見大菩薩・日本武命本地毘沙門天・猟師宮本地諏訪大明神が仲哀天皇丙子年に示現したと記す。なお当社が妙見社を号したのは、鎮座地 ...
24. あがわはちまんぐう【阿川八幡宮】山口県:豊浦郡/豊北町/阿川村
日本歴史地名大系
宮本 阿川湾の奥、沖田川東岸に鎮座。社叢は阿川八幡宮イヌマキ巨樹群として県指定天然記念物。祭神は仲哀天皇・応神天皇・神功皇后。旧村社。社伝によると漁翁に霊夢があ ...
25. あこうはちまんぐう【赤穂八幡宮】兵庫県:赤穂市/尾崎村
日本歴史地名大系
[現]赤穂市尾崎 千種川の左岸、尾崎の宮山の南麓に鎮座。正式には八幡宮と称する。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。旧県社。慶長一〇年(一六〇五)垂水半左衛門が ...
26. あさはらむら【浅原村】広島県:佐伯郡/佐伯町
日本歴史地名大系
本郷にある亀山神社(旧村社)は、もと八幡神社と称され村内の小祠が合祀されている。神功皇后・応神天皇・仲哀天皇を祭神とし、他に河内神・鉾明神を祀る。寺院は市野に浄 ...
27. あしや【芦屋】
日本国語大辞典
遠賀川河口にあり、江戸時代は米、石炭、唐津(からつ)物の積み出し港として栄えた。神武天皇東征、仲哀天皇西征のときの通過地といわれる。*浮世草子・武家義理物語〔1 ...
28. あしやむら【芦屋村】福岡県:遠賀郡/芦屋町
日本歴史地名大系
人がいた(芦屋町誌)。産土神は祇園社(現岡湊神社)。村の北部、岡松原(三里松原)に神武天皇・仲哀天皇・神功皇后の三柱を祀る神武宮(現神武天皇社)がある(続風土記 ...
29. あそうはちまんぐう【麻生八幡宮】山口県:美祢市/麻生上村
日本歴史地名大系
[現]美祢市豊田前町麻生上 反光 麻生上の反光(富光)にある旧村社。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。保元三年(一一五八)麻生の地頭麻生盛綱が宇佐神宮(現大分 ...
30. あちかごう【安直郷】広島県:安芸国/沼田郡
日本歴史地名大系
「日本地理志料」も小原・松江・総定・田野浦・能地・須波の諸村(現三原市)にあてる。また「日本書紀」仲哀天皇二年六月一〇日条に記される浮鯛は、のちに著名となる能地 ...
31. あなとのくに【穴門国】
国史大辞典
の支配は、九州を望む一帯を中心にその背後の地域に及んだ。畿内と筑紫とを結ぶ内海交通の要衝で、仲哀天皇は熊襲征討の際、穴門豊浦宮を営んだといわれ、六世紀には渉外施 ...
32. あなとのとゆらのみや【穴門豊浦宮】
国史大辞典
仲哀天皇の皇居。『日本書紀』によれば仲哀天皇は熊襲征討のため二年六月庚寅豊浦津に泊まり、九月「興〓宮室于穴門 ...
33. あなとのとよら‐の‐みや【穴門豊浦宮】
日本国語大辞典
仲哀天皇の皇居。山口県豊浦郡豊浦町にあったといわれる。 ...
34. あなとのとよら‐の‐みや【穴門豊浦宮】
デジタル大辞泉
山口県下関市にあったとされる、仲哀天皇の九州遠征時の行宮(あんぐう)。あなとのとゆらのみや。  ...
35. あなとの-ほんたち【穴門践立】
日本人名大辞典
「日本書紀」にみえる豪族。穴門氏の祖。仲哀天皇9年神功(じんぐう)皇后の新羅(しらぎ)(朝鮮)遠征の後,戦いを勝利にみちびいた住吉三神を穴門(山口県)の山田にま ...
36. あなのむら【吾名邑】滋賀県:坂田郡
日本歴史地名大系
皇段の天之日矛系譜によると、天日槍の曾孫葛城之高額比売命が開化天皇の曾孫息長宿禰王に嫁いで、仲哀天皇の后となり応神天皇を産んだ息長帯比売命ら三人の子をもうけたと ...
37. 穴八幡宮
デジタル大辞泉プラス
東京都新宿区にある神社。1638年創祀。祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后。 2015年05月 ...
38. あなはちまん‐じんじゃ【穴八幡神社】
日本国語大辞典
東京都新宿区西早稲田にある神社。旧村社。祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后。慶安元年(一六四八)徳川家光が建立、幕府の祈願所となる。江戸八所八幡の一つ。牛込鎮守 ...
39. 天津罪・国津罪
世界大百科事典
(天照)大神の農耕や祭祀を妨害したスサノオ(素戔嗚)神のさまざまな罪があげられ,《古事記》の仲哀天皇の段にもそのような罪による穢(けがれ)を除去するために〈国の ...
40. あやぎはちまんぐう【綾木八幡宮】山口県:美祢郡/美東町/綾木村
日本歴史地名大系
[現]美東町大字綾木 九瀬原 綾木の南西部、九瀬原の宮の台に鎮座。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。「注進案」では仲哀天皇の代りに玉依姫とある。旧郷社。「注進 ...
41. あやじんじゃ【綾神社】宮崎県:東諸県郡/綾町/南俣村
日本歴史地名大系
[現]綾町南俣 綾城跡の南西にある。天長年間(八二四―八三四)の創建といわれ、祭神は仲哀天皇・神功皇后・応神天皇。旧郷社。幕末までは三宮大明神社と称した。本庄八 ...
42. あらみじんじゃ【荒見神社】京都府:久世郡/久御山町/田井村
日本歴史地名大系
[現]久御山町田井 田井集落の東部に鎮座。祭神は武甕槌命・別雷大神・倉稲魂命・仲哀天皇・応神天皇。旧村社。「延喜式」神名帳に載る久世郡荒見神社に比定する説がある ...
43. 淡路国
世界大百科事典
また反正天皇が淡路で生まれたこと,淡路出身の和知都美(わちつみ)命の女が孝霊天皇の妃となったこと,仲哀天皇のとき淡路屯倉(みやけ)を定めたこと,履中,允恭両天皇 ...
44. あわじのくに【淡路国】画像
国史大辞典
国分寺は養宜郷、現在の三原町養宜に現存し、国分尼寺も同所に遺跡を残している。また『日本書紀』仲哀天皇二年条にみられる淡路屯倉は榎列郷におかれ、三原町三宅がその故 ...
45. あわじのくに【淡路国】兵庫県
日本歴史地名大系
別の面から示すのが屯倉の設置である。「日本書紀」によれば、仲哀天皇二年二月に淡路屯倉を定めたといい、「古事記」も仲哀天皇の世に「淡道の屯家」を定めたとする。仲哀 ...
46. あわじのみやけ【淡路屯倉】兵庫県:三原郡/三原町/大榎並村
日本歴史地名大系
「日本書紀」仲哀天皇二年二月条に「即月に、淡路屯倉を定む」、「古事記」の仲哀天皇段に「此の御世に、淡道の屯家を定めたまひき」とある。現榎列大榎列には屯倉神社があ ...
47. あんとくむら【安徳村】福岡県:筑紫郡/那珂川町
日本歴史地名大系
を通す水路で、神功皇后が掘らせたという伝説がある(続風土記)。「日本書紀」神功皇后摂政前紀・仲哀天皇九年四月三日条によれば、皇后は神田を灌漑するために「儺の河」 ...
48. いいづみじんじゃ【飯積神社】愛媛県:西条市/下島山村
日本歴史地名大系
主祭神は倉稲魂命、配神は国魂愛比売・十城別王・気長足姫尊・足仲彦天皇。旧郷社。社伝によると、仲哀天皇・神功皇后西征の折、当地に巡幸し、神木の櫟で笏をつくり、鎮魂 ...
49. いいのうらむら【飯浦村】島根県:益田市
日本歴史地名大系
飯浦川の流域に位置し、東は二見村、南は有田村、西は江崎村(現山口県田万川町)、北は日本海。地名のいわれは仲哀天皇諸国廻国の折、岩山の多い海岸をみて石見の浦・石見 ...
50. いいやまはちまんぐう【飯山八幡宮】山口県:長門市/深川村
日本歴史地名大系
[現]長門市東深川 江良 東深川の江良にある飯山に鎮座。祭神は応神天皇・仲哀天皇・大足姫命。旧県社。社伝によれば、宝亀三年(七七二)深川湾の海上に神霊が降臨した ...
「仲哀天皇」の情報だけではなく、「仲哀天皇」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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