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日本大百科全書(ニッポニカ)

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反正天皇
はんぜいてんのう

生没年不詳。記紀では第18代の天皇とする。5世紀中葉の天皇で、『日本書紀』には、河内(かわち)の丹比柴籬宮(たじひのしばかきのみや)(大阪府羽曳野(はびきの)市丹比付近か)で在位5年にして崩ずと記す。「多遅比瑞歯別(たじひのみずはわけ)(水歯別)天皇(命(みこと))」ともいう。仁徳(にんとく)天皇と磐之媛(いわのひめ)の間に生まれたと伝える。『宋書(そうじょ)』にみえる倭(わ)王珍(ちん)は反正天皇とみなす説がある。また熊本県和水(なごみ)町江田船山(えたふなやま)古墳出土の大刀(たち)銘文にある大王を反正天皇とする解釈もある。この天皇の誕生をめぐる説話は、『日本書紀』および『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』(右京神別)に記載されており、墓は百舌鳥耳原(もずみみはら)陵(大阪府堺(さかい)市)とする。
[上田正昭]

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検索コンテンツ
1. はんせい‐てんのう[‥テンワウ]【反正天皇】
日本国語大辞典
之宮瑞歯大王」とし、これを「蝮(たぢひ)の宮みづは大王」、すなわち反正天皇のこととされてきた。しかし埼玉稲荷山古墳出土鉄剣銘が発見され、これとの対比により、「治 ...
2. 反正天皇
日本大百科全書
『宋書(そうじょ)』にみえる倭(わ)王珍(ちん)は反正天皇とみなす説がある。また熊本県和水(なごみ)町江田船山(えたふなやま)古墳出土の大刀(たち)銘文にある大 ...
3. はんぜい‐てんのう【反正天皇】
デジタル大辞泉
記紀で、第18代の天皇。仁徳天皇の第3皇子。名は多遅比瑞歯別(たじひのみずはわけ)。倭の五王の一人、珍に比定する説がある。  ...
4. はんぜいてんのう【反正天皇】
国史大辞典
る。その百舌鳥耳原北陵は大阪府堺市北三国ヶ丘町の田出井山古墳に比定されている。倭の五王の珍を反正天皇にあてる説が有力である。 (前之園 亮一) 百舌鳥耳原北陵( ...
5. 反正天皇(はんぜいてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 5ページ ...
6. はんぜいてんのう【反正天皇】
日本人名大辞典
た。都は丹比(たじひ)の柴籬(しばかきの)宮。「宋書」倭国伝にみえる倭王の珍とする説がある。反正天皇5年1月23日死去。60歳(「古事記」)。墓所は百舌鳥耳原北 ...
7. はんしょうてんのう【反正天皇】
日本人名大辞典
⇒はんぜいてんのう ...
8. あがぐん【英賀郡】岡山県:備中国
日本歴史地名大系
忍坂大中姫の名代とされる。丹部はもと丹治比部であったと考えてよく、この部は記紀伝承等によると反正天皇の名代とされている。これらの伝承の史実性についてはもとより問 ...
9. あすかべぐん【安宿郡】大阪府:河内国
日本歴史地名大系
記した「古事記」履中天皇段には飛鳥山のことはみえないが、去来穂別皇子の弟瑞歯別皇子(水歯別命、のち反正天皇)は、兄の命を受けて難波に行って住吉仲皇子を討ち、大和 ...
10. 淡路国
世界大百科事典
瀬戸内海交通上の要地でもある。記紀の国生み神話では,ほとんどの所伝が第一に淡路島が生まれたとする。また反正天皇が淡路で生まれたこと,淡路出身の和知都美(わちつみ ...
11. あわじのくに【淡路国】兵庫県
日本歴史地名大系
能三腹郎女とする。「古事記伝」は具は波の誤記かという)、応神の孫の反正天皇が「淡路宮」で生れたという伝えが「日本書紀」反正天皇即位前紀にみえ、さかのぼって「古事 ...
12. あわじみずいのみや【淡路瑞井宮】兵庫県:三原郡/西淡町/櫟田村
日本歴史地名大系
反正天皇(瑞歯別天皇)が誕生したと伝える場所。「常磐草」は淡路瑞井宮について、今は産宮と称し、社の傍らには産水があり、産衣池とも穢池ともいうと記す。松帆櫟田の倭 ...
13. いかいのむら【猪飼野村】大阪府:大阪市/生野区地図
日本歴史地名大系
たと伝え、仁徳天皇が行幸の際この地に滞在し、鷹を放って見物したところから御幸森の称が起こり、反正天皇二年に仁徳天皇を祀ったという。神亀三年(七二六)には行基が社 ...
14. いたどりのもん【虎杖紋】画像
国史大辞典
虎杖紋〓因縁之事」として「日本紀反正天皇紀云、瑞歯別天皇(中略)於之有〓井 ...
15. いんぎょうてんのう【允恭天皇】
国史大辞典
『日本書紀』では第十九代の天皇。諱は雄朝津間稚子宿禰。仁徳天皇皇子。母は磐之媛。履中・反正天皇の同母弟。忍坂大中姫を皇后とし、刑部を定め、木梨軽皇子、安康・雄 ...
16. うばしじんじゃ【兎橋神社】石川県:小松市/小松町/浜田町
日本歴史地名大系
橋神社」に比定される。かつては小松諏訪社と称し、現在もお諏訪さんとよばれる。創立は反正天皇の頃とも、慶雲元年(七〇四)ともいわれるが不詳。往古は兎橋郷小野村にあ ...
17. えじりうら【江尻浦】兵庫県:三原郡/西淡町
日本歴史地名大系
倭文川に架けられた松本橋の傍らに大旱にも枯れないという潮清水・楠の井戸・六角井戸などとよばれる井戸があり、反正天皇誕生地と伝える櫟田の瑞井宮比定地産宮神社に近い ...
18. 江田船山古墳
世界大百科事典
□□□歯大王世□□〉と読んで,蝮(たじひの)宮に天の下治(しろし)めす弥都歯(みずは)大王,すなわち反正天皇にあてた。この福山説にしたがって,大刀を438年ころ ...
19. えたふなやまこふん【江田船山古墳】熊本県:玉名郡/菊水町/江田村
日本歴史地名大系
□□□歯大王」を「瑞歯別大王」、すなわち反正天皇に比定し、大刀の製作年代を五世紀前半の末頃と結論した。この説に対して、部分的な修正案はいくつかみられたが ...
20. おおゆえべ【大湯坐部】
国史大辞典
もとは同一のもので、湯坐は子代の一般名称であろう。『新撰姓氏録』右京神別に、皇子多治比瑞歯別(反正天皇)の誕生に際し、丹治比部を設け、これを皇子の湯沐邑としたと ...
21. おきのくに【隠岐国】島根県
日本歴史地名大系
かれた部民である。島後には宮廷祭祀に関係した部民である鴨部、后妃の諸費用に充てるための私部、反正天皇の名代である蝮王部、穴穂皇子(安康天皇)名代の孔王部、宣化天 ...
22. 忍坂大中姫
日本大百科全書
かひめ)命。『古事記』は忍坂之大中津比売命にもつくる。安康天皇・雄略天皇など五男四女を生む。反正天皇没後、夫の雄朝津間稚子宿禰(おあさづまわくごのすくね)皇子( ...
23. おしさかのおおなかつひめ【忍坂大中姫】
国史大辞典
娘皇女(軽大郎女)・大泊瀬稚武天皇(大長谷命=雄略天皇)がある。『日本書紀』によると、はじめ反正天皇崩後、雄朝津間稚子宿禰皇子(允恭天皇)が病身のため即位を固辞 ...
24. おとひめ【弟媛(2)】
日本人名大辞典
記・紀にみえる反正(はんぜい)天皇の妃。大宅(おおやけの)臣の祖木事(こごと)の娘。反正天皇の後宮にはいり,財(たからの)皇女,高部(たかべの)皇子を生む。「古 ...
25. かずらきうじ【〓城氏】画像
国史大辞典
重ね、五世紀代の天皇家の外戚として栄えた。『日本書紀』允恭天皇五年七月条にみえる伝承に玉田宿禰が反正天皇の殯(もがり)に奉仕しないで葛城に引きこもり、允恭天皇の ...
26. 葛城氏 系図[図版]画像
国史大辞典
襲津彦 葦田宿禰 磐之媛 (仁徳天皇皇后 履中天皇・反正天皇・允恭天皇母) 玉田宿禰 円大臣 韓媛 (雄略天皇妃 清寧天皇母) 蟻臣 荑媛 (市辺押磐皇子妃 顕 ...
27. 甲子夜話続篇 8 230ページ
東洋文庫
と伝ふ。此帝丹治の遠祖にて坐ませば、武州に八党あるが、皆丹治姓なりと語りき。〔考〕『日本紀』反正天皇紀、瑞歯別天皇〔反正〕、去来穂別天皇〔履中〕同母弟也。去来穂 ...
28. 甲子夜話続篇 8 231ページ
東洋文庫
、存二其由一云。」此文の中、和字は化を後に誤れるなるべし。さて此多治比の花の故事を、『書紀』反正天皇の御事に記されたるは、伝への紛れの誤なること、『伝』三十五に ...
29. 甲子夜話続篇 8 232ページ
東洋文庫
『伝』履仲紀に多遅比野は、『和名抄』に河内国丹比郡是なり。『神名帳』に、同郡丹比神社もあり。反正天皇の多治比の柴垣宮、雄略天皇の御陵、多治比の高鶴など皆此地なり ...
30. かわちのくに【河内国】大阪府地図
日本歴史地名大系
右のような王権と河内とのかかわりのなかで、元来は南大和地方に営まれることの多かった大王の宮居も、反正天皇の丹比柴籬宮、顕宗天皇の近飛鳥八釣宮などのように河内に置 ...
31. 貴船神社
デジタル大辞泉プラス
京都府京都市左京区にある神社。第18代反正天皇の御代の創祀とされる。祭神はタカオカミノカミ。全国貴船神社の総本宮。水の神として信仰を集める。 2015年10月 ...
32. 近世俳文集 583ページ
日本古典文学全集
注して「ながらへて帰らんことも白川の関をはるばる越る身なれば 一茶」とある。蝦夷を防ぐために反正天皇のころ設けられたと伝え、その関から ...
33. こじき【古事記】
国史大辞典
完成した『古事記』についてみると、綏靖天皇から開化天皇までの八代、仁賢天皇から推古天皇までの十代、成務天皇・反正天皇の各記は、すべて『帝皇日継』のみを資料として ...
34. 古事記 164ページ
日本古典文学全集
氏祖とする後裔氏族名、天皇の享年、陵墓の所在地の各項が組織的に記されている。これは、下巻における反正天皇の条および仁賢天皇から推古天皇までの条の記述の態様と共通 ...
35. 古事記 284ページ
日本古典文学全集
語るのが、下巻の主題となる。 第十六代仁徳天皇。以下の天皇たちは、「子」(履中天皇)、「弟」(反正天皇)のように、前天皇との続柄から書き起す。そうしないのは、仁 ...
36. 古事記 311ページ
日本古典文学全集
大坂の山口に到りて、以為ひしく、「曾婆訶理は、吾が為に大き功有れども、  天皇のもう一人の同母弟水歯別命(後の反正天皇)が、天皇の命を受け、墨江中王を殺す。王の ...
37. 古事記 313ページ
日本古典文学全集
そのアスに負う地名としてアスカというのだという。「近」は何をもととしていうのかについて、『記伝』は反正天皇の宮からの「近」「遠」だとするが疑問。難波を起点として ...
38. 古事記 315ページ
日本古典文学全集
負う部。西暦四三二年にあたる。大阪府堺市石津ヶ丘の地に比定される。皇位は履中天皇の弟反正天皇に継がれる。反正天皇の条は実質的には記事がない。履中天皇の条に墨江中 ...
39. 古事記 317ページ
日本古典文学全集
此の九はしらの王の中に、穴穂命は、天の下を治めき。次に、大長谷命、天の下を治めき。 允恭天皇 〔一〕  反正天皇との続柄。仁徳天皇と石之比売との間の皇子。第十九 ...
40. 子育ての書 1 326ページ
東洋文庫
たり。ただ髪の長ぎ事尺余、生まれてよく物いいたると『五雑狙』(明代の随筆)に見えたり。本邦、反正天皇は、生まれ給いたる時、骨のごとくなる歯三つはえ給えば、三歯別 ...
41. 古代の鉄剣銘 3[別刷図版]画像
国史大辞典
説が存在する。冒頭4字目以下を、福山敏男は「〓□□□歯大王」と読み、タヂヒノミヅハワケ大王(反正天皇)と解したが、昭和53年(1978)に稲荷山鉄剣銘が発見され ...
42. こびらおむら【小平尾村】大阪府:南河内郡/美原町地図
日本歴史地名大系
冉尊)であったが、明治四〇年(一九〇七)多治井の丹比神社に合祀。旧社殿の東北方にある清水井は反正天皇産湯の井戸と伝える。 ...
43. さかい【堺】
国史大辞典
、古墳時代の土師器・須恵器などが、ほぼ層状になって出土しているが、特に市域内には仁徳・履中・反正天皇陵などを中心とする百舌鳥古墳群が存在し、大和朝廷の権威を象徴 ...
44. さんこうじんじゃ【三光神社】大阪府:大阪市/天王寺区/吉右衛門肝煎地地図
日本歴史地名大系
[現]天王寺区玉造本町 宰相山公園にある。祭神は仁徳天皇・天照大神・月読命・素盞嗚命。旧村社。反正天皇の時代の創建と伝え、寛文元年(一六六一)に御旅所のあった円 ...
45. しもつぶらいむら【下円井村】山梨県:韮崎市
日本歴史地名大系
同像寄進と合せて随身門が造立されている(社蔵棟札)。地内西部山中に円井とよぶ小池がある。釜池ともいい、反正天皇皇女円皇女とその母甲斐郎女に付会した円井姫の伝説が ...
46. しゅつどたち【出土大刀】 : 船山古墳
国史大辞典
〓(蝮の異体字)、鹵を歯と読み、反正天皇の「蝮(たじひ)宮ミヅ歯(は)大王」と解した。しかし、昭和五十三年(一九七八)に埼玉県稲荷山 ...
47. 十訓抄 62ページ
日本古典文学全集
 扁鵲、豈に鶏林の雲に入らむやこの句をば、和漢ともにほめかへりけるとぞ。允恭天皇の疾病 昔、反正天皇、かくれ給ひて後、御弟の允恭天皇、いまだ皇子におはしける時、 ...
48. 十訓抄 214ページ
日本古典文学全集
た。第十七代天皇(三一九?~四〇九?)。仁徳天皇皇子。履中天皇の弟。天皇の命を受けた弟(後の反正天皇)に殺された(日本書紀・履中紀)。軍兵。『日本書紀』では仲皇 ...
49. すみのえのなかつおうじ【住吉仲皇子】
日本人名大辞典
はかり皇太子の宮に火をはなったが,皇太子は石上(いそのかみ)神宮にのがれた。のち皇太子の同母弟(のちの反正天皇)の命をうけた隼人(はやと)の刺領巾(さしひれ)に ...
50. 住吉仲皇子
世界大百科事典
助けられ大和の石上(いそのかみ)神宮に入る。一方,皇子は瑞歯別皇子(みずはわけのみこ)(後の反正天皇)に指嗾(しそう)された隼人(はやと)の刺領布(さしひれ)に ...
「反正天皇」の情報だけではなく、「反正天皇」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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