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国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

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国史大辞典
仁明天皇
にんみょうてんのう
八一〇 - 五〇
八三三―五〇在位。弘仁元年(八一〇)、嵯峨天皇の第一皇子として誕生。母は橘清友の女嘉智子。諱は正良(まさら)。弘仁十四年四月、叔父にあたる淳和天皇の皇太子に立った。時に十四歳。天長十年(八三三)二月二十八日、淳和天皇の譲位を受けて践祚。時に二十四歳。皇太子にははじめ淳和上皇の皇子恒貞親王が立ったが、嵯峨・淳和両上皇崩御後の承和九年(八四二)七月、伴健岑らの謀反が発覚(承和の変)、恒貞親王は皇太子を廃され、同年八月、天皇の第一皇子道康親王(のち文徳天皇)が皇太子に立てられた。嘉祥三年(八五〇)三月十九日、病により出家、同月二十一日、清涼殿に崩御。四十一歳。陵地深草の名により深草帝(天皇)とも称される。
(厚谷 和雄)

深草陵(ふかくさのみささぎ)

 京都市伏見区深草東伊達町にある。形状は方丘で南面し、堀がめぐっている。嘉祥三年(八五〇)三月二十五日葬送、陵域には樹木を一丈おきに列栽し、陀羅尼(だらに)を納めた卒都婆を設け、天皇ゆかりの清涼殿を陵側に移して嘉祥寺としたことが『文徳実録』にみえる。『三代実録』によるとさらに貞観寺が造営されたが、貞観三年(八六一)に兆域を定め、同八年には「改〓定深草山陵四至〓、東至〓大墓〓、南至〓純子内親王〓北垣〓、西至〓貞観寺東垣〓、北至〓谷」と改められた。『延喜式』諸陵寮の制は「兆域東西一町五段、南七段、北二町、守戸五烟」で近陵に列している。中世以降所在を失い、現深草北陵が陵所に擬されたこともあったが、幕末に嘉祥寺や貞観寺の廃址に近く位置している東車塚と称する塚を陵所と考定し、修治が加えられた。
[参考文献]
上野竹次郎『山陵』上
(戸原 純一)


日本大百科全書(ニッポニカ)
仁明天皇
にんみょうてんのう
[810―850]

第54代の天皇(在位833~850)。名は正良(まさなが)。父は嵯峨(さが)天皇。母は皇后橘嘉智子(たちばなのかちこ)。823年(弘仁14)立太子。833年(天長10)即位。性聡明で経史に没頭、講誦して倦(う)まず、漢音に通じ、『群書治要』をはじめ多くの書を読み、文藻を愛し、書をよくし、淳和(じゅんな)天皇の草書を学んだ。『経国集』に詩一編が残る。弓をよく射、音楽にも優れ、医学に関心が深かった。内嬖(ないへい)が多く、ぜいたくを好んで、財を浪費した。嘉祥(かしょう)3年3月21日崩御。御陵は京都市伏見区深草にある深草陵。
[横田健一]



世界大百科事典
仁明天皇
にんみょうてんのう
810-850(弘仁1-嘉祥3)

第54代に数えられる天皇。在位833-850年。名は正良。嵯峨天皇と皇后橘嘉智子の間に生まれる。823年(弘仁14)叔父淳和天皇の皇太子となり,833年(天長10)淳和天皇の譲位によって位につく。父嵯峨上皇の家父長的権威のもとに,政情は安定を続け,弘仁・天長年間(810-834)に発達した唐風儀礼や漢詩文の文化は,この天皇の承和年間(834-848)に最盛期を迎えた。842年(承和9)7月,嵯峨上皇の死に際して承和の変が起こり,皇太子恒貞親王(淳和天皇の皇子)が廃され,天皇と藤原冬嗣の女順子との皇子,道康親王(のち文徳天皇)が立太子したが,その後政情はまた平穏で,天皇40歳の算賀行事は盛大をきわめた。《続日本後紀》はこの一代18年間を記した正史で,869年(貞観11)完成をみた。その陵である深草陵により,深草帝(ふかくさのみかど)とよばれる。
[目崎 徳衛]

[索引語]
深草帝
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検索コンテンツ
1. 仁明天皇
日本大百科全書
第54代の天皇(在位833~850)。名は正良(まさなが)。父は嵯峨(さが)天皇。母は皇后橘嘉智子(たちばなのかちこ)。823年(弘仁14)立太子。833年(天 ...
2. 仁明天皇
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810-850(弘仁1-嘉祥3) 第54代に数えられる天皇。在位833-850年。名は正良。嵯峨天皇と皇后橘嘉智子の間に生まれる。823年(弘仁14)叔父淳和天 ...
3. にんみょう‐てんのう[ニンミャウテンワウ]【仁明天皇】
日本国語大辞典
第五四代天皇。名は正良(まさら)。嵯峨天皇の第一皇子。母は皇后橘嘉智子。天長一〇年(八三三)即位。「令義解」の施行や「日本後紀」四〇巻の編修などはこの時代である ...
4. にんみょうてんのう【仁明天皇】
国史大辞典
八一〇―五〇 八三三―五〇在位。弘仁元年(八一〇)、嵯峨天皇の第一皇子として誕生。母は橘清友の女嘉智子。諱は正良(まさら)。弘仁十四年四月、叔父にあたる淳和天 ...
5. 仁明天皇(にんみょうてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 17ページ ...
6. にんみょうてんのう【仁明天皇】
日本人名大辞典
810−850 平安時代前期,第54代天皇。在位833-850。弘仁(こうにん)元年生まれ。嵯峨(さが)天皇の皇子。母は橘嘉智子(たちばなの-かちこ)(檀林皇后 ...
7. 正良親王・仁明天皇
日本史年表
淳和天皇 譲位、 正良親王(仁明天皇) 受禅(続後)。 833年〈天長10 癸丑⑦〉 3・6 仁明天皇 即位(続後)。 850年〈嘉祥3 庚午〉 3・21 仁明 ...
8. 仁明天皇博學 (見出し語:仁明天皇)
古事類苑
文學部 洋巻 第2巻 984ページ ...
9. 仁明天皇號深草天皇 (見出し語:仁明天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 943ページ ...
10. 仁明天皇國忌 (見出し語:仁明天皇)
古事類苑
禮式部 洋巻 第2巻 1266ページ ...
11. 仁明天皇山陵 (見出し語:仁明天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 990ページ ...
12. 仁明天皇建近江國護國寺 (見出し語:仁明天皇)
古事類苑
宗教部 洋巻 第4巻 667ページ ...
13. 仁明天皇薄葬 (見出し語:仁明天皇)
古事類苑
禮式部 洋巻 第2巻 244ページ ...
14. 日本漢詩集
日本古典文学全集
4世紀ごろより中国から入ってきた漢籍を訓読によって日本語化し、さらには本家に倣って「漢詩」をつくるようになる。飛鳥時代の大友皇子や大津皇子にはじまり、平安期には ...
15. にんみょうてんのうふかくさりょう【仁明天皇深草陵】京都市:伏見区/深草村地図
日本歴史地名大系
[現]伏見区深草東伊達町 仁明天皇は嵯峨天皇の第三皇子で、母は檀林皇后橘嘉智子。嘉祥三年(八五〇)三月二一日、清涼殿で没した(続日本後紀)。四一歳。「続日本後紀 ...
16. 仁明天皇葬礼日記(著作ID:4389207)
新日本古典籍データベース
にんみょうてんのうそうれいにっき  ...
17. 青葉の笛の物語(著作ID:10162)
新日本古典籍データベース
あおばのふえのものがたり 仁明天皇物語 青葉物語 青葉の笛 御伽草子 室町時代 ...
18. 仁明天皇四十算賀興福寺僧等獻長歌 (見出し語:長歌)
古事類苑
禮式部 洋巻 第1巻 1377ページ ...
19. あいみぐん【会見郡】鳥取県:伯耆国
日本歴史地名大系
会見郡荒廃田一二〇町が嵯峨天皇皇女有智子内親王に与えられ、うち八〇町は嘉祥元年(八四八)八月一六日に仁明天皇皇女親子内親王に与えられた(続日本後紀)。この地は「 ...
20. あおうまのせちえ【白馬節会】
国史大辞典
記事を初見とし(『類聚国史』)、持統朝のころには恒例化されていた(『大日本史』)。青馬御覧は仁明天皇承和元年(八三四)の記事を初見とし(『大日本史』)、弘仁二年 ...
21. 白馬節会
日本史年表
834年〈承和元(1・3) 甲寅〉 1・7 仁明天皇、豊楽殿で青馬を見る( 白馬節会 )(続後)。  ...
22. あきしのでら【秋篠寺】
国史大辞典
天立像および梵天・帝釈天立像などを含む仏像九躯のほか、閼伽井は古式を伝え、伝常暁の小木像や伝仁明天皇宸筆の「真言院」の木額、修二会・巡礼者の木札などが現存する。 ...
23. 総角(源氏物語) 326ページ
日本古典文学全集
寿命は定まった長さがあるから、死にたくても死期が来るまでは死ねない、の意。出家して山々を修行し歩こう、の意。仁明天皇崩御(八五〇)後、追慕出家して入山した遍照な ...
24. 阿衡事件
世界大百科事典
陽成天皇の摂政となっていた。しかししだいに対立を深め,ついに884年(元慶8)天皇を廃し,故仁明天皇の皇子時康親王を擁立し,この55歳の老帝光孝天皇のもとで実権 ...
25. 朝野鹿取
世界大百科事典
中務大輔,民部大輔,また嵯峨天皇の蔵人,蔵人頭。ついで左中弁,大宰大弐,833年(天長10)仁明天皇即位とともに参議となる。式部大輔,左大弁,民部卿をへて,84 ...
26. 排蘆小船(近世随想集) 296ページ
日本古典文学全集
平安前期の歌人。六歌仙の一人。俗名は良峰宗貞。桓武天皇の孫、良峰安世の男。素性の父。寛平二年没、七六歳。仁明天皇崩御により出家し各地で修業、元慶寺を創建した。『 ...
27. 排蘆小船(近世随想集) 366ページ
日本古典文学全集
文徳天皇の命を受け、藤原良房ほかが撰進。貞観十一年成立。仁明天皇の治世十八年間を編年体で記す。ここは同書一九の興福寺の大法師らが仁明天皇に奉った長歌の内容をいっ ...
28. あじしまじんじゃ【味島神社】佐賀県:藤津郡/塩田町/鳥坂村
日本歴史地名大系
現塩田町の南部の独立丘陵の麓にある。祭神は倭姫命で、現在は八天神社で管理している。「塩田郷土誌」によれば仁明天皇が承和年中(八三四―八四八)に新たに社領を下し、 ...
29. あすかでら【飛鳥寺】奈良県:高市郡/明日香村/飛鳥村
日本歴史地名大系
飛鳥寺の寺名は奈良時代の文書にもしばしばみえる(正倉院文書)。承和一〇年(八四三)五月二六日の仁明天皇の勅によって、以後六月一五日に万花会、一〇月一五日に万灯会 ...
30. 熱田神宮
世界大百科事典
のちついに正一位に昇叙された。《延喜式》神名帳には,名神大社とある。この間,神封をよせられ,仁明天皇以後歴代によって神田も寄進された。神社はもともと尾張国造の尾 ...
31. あべもんじゅいん【安倍文殊院】奈良県:桜井市/安倍・多武峯地区/阿部村
日本歴史地名大系
号安倍山知足院、坊舎二十八坊、交衆十八人、承仕十二人、孝徳天皇大化二丙午年、神泰法師開基、本尊文殊師利、仁明天皇承和八辛酉年、真雅僧正再興也文暦元年、伽藍再建」 ...
32. あま【安摩】
国史大辞典
雅楽の舞楽の曲名。左舞(さまい)に属する。『教訓抄』によれば、承和の御代(仁明天皇)に、楽人大戸清上が勅命をうけて作ったとされている。襲(かさね)装束というも ...
33. あまよのみこと【雨夜尊】
国史大辞典
盲人たちの祖神としてあがめられている神。天夜尊・雨夜御前・雨夜君などとも呼ばれる。『当道大記録』には、仁明天皇の皇子で光孝天皇と同腹の弟にあたる人康親王は両眼盲 ...
34. あわがじんじゃ【粟鹿神社】
国史大辞典
の創立を大彦速(おおひこはや)命により垂仁天皇の御代に祀られたとしている。奈良時代神封二戸、仁明天皇承和十二年(八四五)七月無位粟鹿神に従五位下を授け、清和天皇 ...
35. あんえ【安〓
国史大辞典
今まで法相宗しか学んでいなかった国内の人々は安慧の講説を聴いて天台宗に帰するものが多くなったという。同十三年仁明天皇が延暦寺に定心(じょうしん)院を建て十禅師を ...
36. 安祥寺
世界大百科事典
京都市山科区にある高野山真言宗の寺。山号は吉祥山。俗に高野堂(こうやどう)。848年(嘉祥1),仁明天皇の女御の藤原順子の所願により,入唐僧の恵運が創建。はじめ ...
37. あんしょうじ【安祥寺】京都市:山科区/御陵村地図
日本歴史地名大系
[現]山科区御陵平林町 安祥寺山南東麓にある。吉祥山と号し、高野山真言宗。仁明天皇の女御藤原順子が建立、開基は恵運。〈京都・山城寺院神社大事典〉〔開創〕開創は嘉 ...
38. あんしようじかみのてらあと【安祥寺上寺跡】京都市:山科区/安朱村地図
日本歴史地名大系
京都市山科区の安祥寺の北一キロ、安祥寺山の中腹観音平と称する懸崖上にあった寺。礼仏堂の基壇跡が残る。仁明天皇女御藤原順子によって平安初期に建立された安祥寺の上寺 ...
39. あんじょうじ【安祥寺】
国史大辞典
京都市山科区御陵平林町にある。古義真言宗別格本山。吉祥山と号す。嘉祥元年(八四八)仁明天皇女御藤原順子の発願により、入唐僧恵運を開基として創建。仁寿元年(八五 ...
40. あんらくぎよういんあと【安楽行院跡】京都市:伏見区/深草村地図
日本歴史地名大系
てよりもほとんどが深草法華堂とあり、文安二年(一四四五)銘のある古図(田中勘兵衛氏所蔵)にも仁明天皇深草陵・貞観寺・嘉祥寺(現伏見区)とともに「法華堂」が記入さ ...
41. いせじんぐう【伊勢神宮】三重県:伊勢市
日本歴史地名大系
。平城天皇の大同三年大嘗祭当日に神宮に奉幣、嵯峨天皇の弘仁二年(八一一)六月の月次祭の奉幣、仁明天皇承和八年(八四一)祈年祭奉幣などがみえ、以後恒例化した(日本 ...
42. 伊勢物語 115ページ
日本古典文学全集
が東の京で、北の一条から南の九条までの、東西に走る大路の中、五条の辺り。大后の宮に当る人は、仁明天皇の后、文徳天皇の母の五条后順子であろう。→五五七ページ系図。 ...
43. 伊勢物語 169ページ
日本古典文学全集
がつく。清和天皇のこと。山城国葛野郡水尾が、出家後の隠棲地で御陵がある。→一六七ページ注七。仁明天皇の皇后、文徳天皇の生母の順子、藤原冬嗣の女。大御息所とは五条 ...
44. 伊勢物語 179ページ
日本古典文学全集
「若後追善歟」(底本勘物)とあるように、追善との見方が生ずる。〔七八〕 山科に住む法師の親王。仁明天皇第四皇子人康親王(法性)とされる。親王は貞観元年(八五九) ...
45. 伊勢物語 203ページ
日本古典文学全集
んじて、京にもあらず、はるかなる山里にすみけり。もとしぞくなりければ、よみてやりける。そむくとて雲には乗らぬものなれど世のうきことぞよそになるてふとなむいひやり ...
46. 伊勢物語 204ページ
日本古典文学全集
いう。仁明天皇。嘉祥三年(八五〇)崩御。御陵が京都市伏見区の深草山にあるのにちなんだ称。前に、「まめにじちようにて」とあるのに応じて、ふと心の迷いが生じたのだろ ...
47. 伊勢物語 210ページ
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忘れる自分自身の心を嘆いている、とも解くことができる。長、短を対置した歌。〔一一四〕 光孝天皇。仁明天皇の皇子。元慶八年(八八四)二月、五十五歳で即位。仁和三年 ...
48. いちろうらく【壱弄楽・壱哢楽・一弄楽】
日本国語大辞典
雅楽の曲名。左方楽で、壱越調(いちこつちょう)の一つ。もとは、序の曲も舞もあったが、中世以後絶えた。仁明天皇の時(八三三~八五〇)、大戸清上作。舞は大戸真縄作。 ...
49. いぬかみ‐の‐これなり【犬上是成】
日本国語大辞典
舞人。遣唐生として唐に渡る。九世紀初めにわが国でつくられた新楽の舞の多くはこの人の手に成る。仁明天皇作曲の「西王楽」「夏引楽」などが舞の代表作。生没年未詳。 ...
50. いぶきさん【伊吹山】岐阜県:揖斐郡/春日村
日本歴史地名大系
知名度の高い験者としてもてはやされた時代であった。そうした山には当然山岳寺院が発生するが当山においては仁明天皇時代(八三三―八五〇)に「一精舎」が建てられ、そこ ...
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