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  11. 朱雀天皇
国史大辞典・日本大百科全書

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国史大辞典
朱雀天皇
すざくてんのう
九二三 - 五二
九三〇―四六在位。延長元年(九二三)七月二十四日、醍醐天皇第十一皇子として誕生。母は藤原基経の女皇后穏子。諱は寛明。延長三年に三歳で皇太子となり、同八年九月二十二日八歳で受禅。在位中藤原忠平が摂政・関白として執政する。穏子の偏愛の中で育ち、病弱であった。女御煕子女王の腹に昌子内親王が生まれたが、皇子の出生をみず、皇太子には同母弟成明親王(村上天皇)を立てた。在世中天災や疫疾がしばしばおこり、承平・天慶の乱が出来し、治安が乱れた。天慶九年(九四六)四月二十日に譲位し、天暦六年(九五二)三月十四日に出家。法名仏陀寿。同年八月十五日三十歳で死去。醍醐陵に葬る。
[参考文献]
『大日本史料』一ノ九 天暦六年八月十五日条、藤木邦彦「藤原穏子とその時代」(『東京大学教養学部人文科学科紀要』三三)
(森田 悌)

醍醐陵(だいごのみささぎ)

 京都市伏見区醍醐御陵東裏町にあり、南面する小円丘である。天皇は天暦六年(九五二)八月十五日崩じ、同二十日山城国来定寺北野にて火葬、翌二十一日父醍醐天皇陵近く(南南東約五〇〇メートル)に納めた。中世は衰微し民家の竹林の中に存したが、醍醐天皇陵を上ノ御陵、当陵は下ノ御陵と称されて、その所伝を失うことはなかった。元禄十一年(一六九八)の江戸幕府の山陵探索の際当所を陵として竹垣を施し、元治元年(一八六四)に大いに修補を加えた。
[参考文献]
『大日本史料』一ノ九 天暦六年八月二十日条、上野竹次郎『山陵』下
(中村 一郎)


日本大百科全書(ニッポニカ)
朱雀天皇
すざくてんのう
[923―952]

第61代天皇(在位930~946)。醍醐(だいご)天皇第11皇子。母は藤原基経(もとつね)の女(むすめ)、皇后穏子(おんし)。諱(いみな)は寛明(ゆたあきら)。同母兄皇太子保明(やすあきら)親王および甥(おい)皇太孫慶頼(よしより)王の死後、925年(延長3)3歳で皇太子となり、930年8歳で禅を受け即位。在世中、風水旱蝗(かんこう)の害がしばしば起こり、海賊も多発し、平将門(まさかど)・藤原純友(すみとも)の乱(承平(じょうへい)・天慶(てんぎょう)の乱)が出来(しゅったい)し、政綱の緩みが目だった。天皇は穏子の愛育を受け、性柔寛で、寛にすぎるとの評を得、藤原忠平(ただひら)の諫(いさ)めるところがあった。946年(天慶9)の退位も、将門の乱を恐れたことが一因であった。退位後はしばしば嵯峨(さが)、醍醐、大堰(おおい)川などへ行幸し、また芥川野(あくたがわの)、栗隈野(くりくまの)などへ遊猟した。天暦(てんりゃく)6年8月15日崩御、京都伏見の醍醐陵に葬られた。
[森田 悌]

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朱雀天皇の関連キーワードで検索すると・・・
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検索コンテンツ
1. 朱雀天皇
日本大百科全書
第61代天皇(在位930~946)。醍醐(だいご)天皇第11皇子。母は藤原基経(もとつね)の女(むすめ)、皇后穏子(おんし)。諱(いみな)は寛明(ゆたあきら)。 ...
2. すざく‐てんのう[‥テンワウ]【朱雀天皇】
日本国語大辞典
第六一代の天皇。醍醐天皇の第一一皇子。母は藤原基経(もとつね)の娘穏子。名は寛明(ひろあきら)。延長八年(九三〇)即位。治世中、政情は不安定で、承平六年(九三 ...
3. すざくてんのう【朱雀天皇】
国史大辞典
九二三―五二 九三〇―四六在位。延長元年(九二三)七月二十四日、醍醐天皇第十一皇子として誕生。母は藤原基経の女皇后穏子。諱は寛明。延長三年に三歳で皇太子となり ...
4. 朱雀天皇(すざくてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 20ページ ...
5. すざくてんのう【朱雀天皇】
日本人名大辞典
923−952 平安時代中期,第61代天皇。在位930-946。延長元年7月24日生まれ。醍醐(だいご)天皇の第11皇子。母は藤原穏子(おんし)。父の譲位をうけ ...
6. 寛明親王・朱雀天皇・朱雀上皇・朱雀法皇
日本史年表
譲位、 寛明親王(朱雀天皇) 受禅、 藤原忠平 を摂政とする(紀略)。 930年〈延長8 庚寅〉 11・21 朱雀天皇 即位(紀略)。 946年〈天慶9 丙午〉 ...
7. しゅじゃく‐てんのう[‥テンワウ]【朱雀天皇】
日本国語大辞典
〓すざくてんのう(朱雀天皇) ...
8. すざくてんのうりょう【朱雀天皇陵】京都市:伏見区/醍醐村地図
日本歴史地名大系
[現]伏見区醍醐御陵東裏町 醍醐天皇陵の東南にある。醍醐(山)陵ともいう。朱雀天皇は醍醐天皇第一一皇子。母は藤原穏子(基経の女)。在位中、平将門の乱が東国で、藤 ...
9. 朱雀天皇遷朱雀院 (見出し語:朱雀院)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 937ページ ...
10. 敦良親王・後朱雀天皇・後朱雀上皇
日本史年表
秘して譲位の儀を行う. 敦良親王(後朱雀天皇) 受禅(左経記)。 1036年〈長元9 丙子〉 7・10 後朱雀天皇 即位(範国記)。 1045年〈寛徳2 乙酉⑤ ...
11. 後朱雀天皇
日本大百科全書
平安後期の天皇(在位1036~45)。名は敦良(あつなが)。一条(いちじょう)天皇の第3皇子。母は藤原道長(みちなが)の娘上東門院彰子(じょうとうもんいんしょう ...
12. 後朱雀天皇
世界大百科事典
0年(長久1)の荘園停止令をはじめ,天皇の政治への意欲もうかがうことができる。天皇の日記《後朱雀天皇御記》(《長暦御記》)があるが逸文が伝わるのみ。陵は円乗寺陵 ...
13. ごすざく‐てんのう[‥テンワウ]【後朱雀天皇】
日本国語大辞典
第六九代天皇。一条天皇の第三皇子。母は上東門院藤原彰子。名は敦良(あつなが)。長元九年(一〇三六)即位。在位九年の間は藤原頼通が権勢をふるった。譲位して出家。法 ...
14. ごすざくてんのう【後朱雀天皇】
国史大辞典
子内親王、藤原頼宗の女延子所生の子に正子内親王がある。また、『後朱雀天皇宸記』を著わし、『後拾遺和歌集』『新古今和歌集』『続古今和歌集』『新千載和歌集』に歌什が ...
15. 後朱雀天皇(ごすざくてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 22ページ ...
16. ごすざくてんのう【後朱雀天皇】
日本人名大辞典
ょうじのみささぎ)(京都市右京区)。諱(いみな)は敦良(あつなが)。法名は精進行。日記に「後朱雀天皇御記」。【格言など】春雨のふりしくころは青柳のいとみだれつつ ...
17. ごすざくてんのうしんき【後朱雀天皇宸記】
国史大辞典
朱雀天皇の日記。『後朱雀院御記』『長暦御記』ともいう。『伏見天皇宸記』正応二年(一二八九)正月十九日条には、「後朱雀院御記一櫃」とみえ、『仙洞御文書目録』に ...
18. ごすざくてんのうりょう【後朱雀天皇陵】京都市:右京区/龍安寺門前村/龍安寺朱山七陵地図
日本歴史地名大系
正式には後朱雀天皇円乗寺陵という。天皇は一条天皇第三皇子、母は上東門院彰子(藤原道長女)。寛徳二年(一〇四五)正月一八日洛東三条第で死去。「帝王編年記」によれば ...
19. 於〓後朱雀天皇國忌 (見出し語:圓〓寺【篇】)
古事類苑
禮式部 洋巻 第2巻 1278ページ ...
20. 後朱雀天皇國忌 (見出し語:後朱雀天皇)
古事類苑
禮式部 洋巻 第2巻 1278ページ ...
21. 後朱雀天皇山陵 (見出し語:後朱雀天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 994ページ ...
22. あいらじ【相良寺】熊本県:鹿本郡/菊鹿町/相良村
日本歴史地名大系
散失)があり、寺宝には由来記に菊池武光の陣中矢除け守本尊と伝える不動明王など十数点がある。後朱雀天皇皇后の安産祈願の伝承から、子授・安産の信仰が多い。 ...
23. あきとみじんじゃ【飽富神社】千葉県:袖ケ浦市/飯富村地図
日本歴史地名大系
従五位上勲五等から正五位下に、さらに同八年七月一五日条では正五位上に昇叙している。平将門の乱では朱雀天皇の勅使が来て乱鎮定の祈願が行われ、太刀の献納があったとい ...
24. あき の 駒牽(こまひ)き
日本国語大辞典
二五日武蔵立野御馬、二八日上野勅旨御馬と定められていたが、のちに信濃のものが中心となり、一五日は朱雀天皇の忌日に当たるため、一六日に行なわれるようになった。《季 ...
25. 敦明親王
世界大百科事典
渡さぬなど圧迫を加えたのでその地位は不安定で,父上皇の没後ついに東宮を辞し,後一条天皇の同母弟敦良親王(後朱雀天皇)が道長の望みどおり東宮となった。以後は上皇に ...
26. 敦仁親王・醍醐天皇・醍醐上皇
日本史年表
7・13 醍醐天皇 即位(紀略)。 930年〈延長8 庚寅〉 9・22 醍醐天皇 譲位、 寛明親王(朱雀天皇) 受禅、 藤原忠平 を摂政とする(紀略)。 930 ...
27. 敦成親王・後一条天皇
日本史年表
1036年〈長元9 丙子〉 4・17 後一条天皇 没、遺詔により喪を秘して譲位の儀を行う. 敦良親王(後朱雀天皇) 受禅(左経記)。  ...
28. あねさきじんじゃ【姉崎神社】千葉県:市原市/姉崎村地図
日本歴史地名大系
ている(同書同年七月一五日条)。天慶三年(九四〇)平将門の乱では将門降伏の祈願を修したため、朱雀天皇より剣一口が奉納されたという。「延喜式」神名帳の上総国海上郡 ...
29. あんしょういん【安祥院】京都市:東山区/大仏廻り/遊行前南側町・遊行前北側町地図
日本歴史地名大系
とされ、六阿弥陀巡拝の一。また地蔵堂内には日限の地蔵を安置。寺伝によれば、天慶五年(九四二)朱雀天皇御願により、天台座主(法性房)尊意が乙訓郡久世郷大藪村(現京 ...
30. 和泉式部
世界大百科事典
残し,《和泉式部日記》の作者として名高い。《後拾遺集》をはじめ勅撰集にも多くの歌を収める。式部の父は,朱雀天皇の皇女で冷泉天皇の皇后となった三条太皇太后昌子内親 ...
31. いずみしきぶ【和泉式部】
日本架空伝承人名事典
『和泉式部日記』の作者として名高い。『後拾遺集』をはじめ勅撰集にも多くの歌を収める。式部の父は、朱雀天皇の皇女で冷泉天皇の皇后となった三条太皇太后昌子内親王に、 ...
32. いちじょういん【一条院】
国史大辞典
後一条天皇のとき、新たに造作して皇居とし、別納には摂政(道長・頼通)の宿所もおいて除目なども行なった。後朱雀天皇は長久四年(一〇四三)一条院に遷ったが同年末に焼 ...
33. いちじょういんあと【一条院跡】京都市:上京区/聚楽学区/飛騨殿町地図
日本歴史地名大系
もと藤原伊尹(謙徳公)の邸宅で、その異母弟為光から藤原詮子に伝えられ、のち一条天皇・後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇の里内裏となった。「拾芥抄」に「一条南大宮 ...
34. いちじょうてんのう【一条天皇】
国史大辞典
道長の女彰子が中宮に立ち、寛弘五年に敦成(あつひら)親王(後一条天皇)、同六年に敦良親王(後朱雀天皇)が生まれて道長一家の権勢は確立した。他の藤原義子ら三人の女 ...
35. いわかげ【石陰】京都市:北区/大北山村地図
日本歴史地名大系
遂称其左右曰石影、亦曰長坂野」としている。万寿二年(一〇二五)八月、親仁親王(後冷泉天皇)を出産後没した後朱雀天皇の東宮時代の女御嬉子(道長娘)も法興院(跡地現 ...
36. いわしみずはちまんぐう【石清水八幡宮】画像
国史大辞典
補版)』 (中野 幡能) 社領  当宮領は神宮寺護国寺別当が管轄したので、宮寺領と呼ばれた。朱雀天皇天慶三年(九四〇)将門・純友の乱(承平・天慶の乱)平定報賽と ...
37. いわしみずはちまんぐう【石清水八幡宮】京都府:八幡市
日本歴史地名大系
大回廊・馬場殿造営がなされるなど山内境域も整備されていく。さらに天慶三年、天慶の乱平定を祈り朱雀天皇より封戸二五烟が寄せられ(「日本紀略」八月二八日条。ただし「 ...
38. いわしみず‐りんじのまつり[いはしみづ‥]【石清水臨時祭】
日本国語大辞典
〔名〕石清水八幡宮で、毎年三月の中の午(うま)の日、または下の午の日に行なわれた祭礼。平安時代、朱雀天皇の代、天慶五年(九四二)に承平・天慶の乱平定の報賽(ほう ...
39. 魚(うお)の爛(ただ)るるや其(そ)の腸(はらわた)先(ま)ず敗(やぶ)る
故事俗信ことわざ大辞典
部分や為政者の心構えなどの中にすでに起こり始めていることのたとえ。 日本政記(1838)七・朱雀天皇「天慶之乱、醸二於延喜之朝一、何以言レ之 ...
40. うじぐん【宇治郡】画像
国史大辞典
醍醐寺・安祥寺・勧修寺・随心院・法界寺などの諸大寺も建てられた。墳墓の地も多く、醍醐天皇の山科小野陵、朱雀天皇の醍醐陵などのほか、栗栖野(山科区勧修寺東栗栖野町 ...
41. 宇治拾遺物語 43ページ
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』に入るかもしれない、との期待。書陵部本「いであひて」。第七十一代天皇(一〇三四~七三)。後朱雀天皇の第二皇子。治暦四年(一〇六八)即位。在位四年。著書に『秘記 ...
42. 宇治拾遺物語 77ページ
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仁和寺境内の馬場などで競馬は盛んに行なわれ、近衛府の官人の出番も多かった。『古今著聞集』一〇「馬芸」に詳しい。朱雀天皇の在位は、延長八年(九三〇)~天慶九年(九 ...
43. うじりょう【宇治陵】京都府:宇治市/木幡村
日本歴史地名大系
子・後朱雀天皇妃嬉子・三条天皇中宮研子・後一条天皇皇后威子・後朱雀天皇女御生子・後三条天皇姫茂子・一条天皇皇后彰子・後冷泉天皇皇后歓子 ...
44. うつぼかんもん【空勘文】
国史大辞典
女叙位に際して外記の提出する勘文。『江次第鈔』三の女叙位条に、後朱雀天皇の時から、外記が叙位にあずかるべき女官を知らないので、ただ年限により叙位にあずかった先 ...
45. 栄花物語 39ページ
日本古典文学全集
右大臣ニ任ズ。年六十三。故左大臣時平ノ二男ナリ」(略記・天徳四年八月二十二日)。母は大納言源昇女。実頼。朱雀天皇の皇女、昌子内親王→一九ページ注一九。東宮にとり ...
46. 栄花物語 304ページ
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るべきところである。諸本に異同はないが、「さべきゝぬ(絹)」とあるべきところか。昌子内親王。朱雀天皇の皇女で、冷泉天皇の皇后。太皇太后。「一日、庚戌、巳ノ時、太 ...
47. 栄花物語 440ページ
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男皇子隆誕シ給フ。暫シノ間、重キ悩ミ有リト雖モ、殊事無シ」(御堂)。後産。一条天皇第三皇子敦良親王。後の後朱雀天皇。意外な出来事に対する驚き、詠嘆を表す。皇子誕 ...
48. 栄花物語 24ページ
日本古典文学全集
本書の書名、巻八と本巻の巻名にかかわる重要な一文。「つぼみ花」と呼ぶ理由。禎子内親王は後に東宮時代の後朱雀天皇と結婚、後三条天皇(在位一〇六八~七二)の生母とな ...
49. 栄花物語 40ページ
日本古典文学全集
御匣殿別当任官→[2]一五六ページ注八。巻二十六〔二二〕に生子東宮参入の噂がみえた。ただし、実際に後朱雀天皇に入内するのは長暦三年(一〇三九)になってから。→巻 ...
50. 栄花物語 194ページ
日本古典文学全集
〔四〕〔五〕〔六〕に登場する生子、延子、嫄子の後一条天皇の後宮への入内は実現せず、三人は後年、後朱雀天皇の後宮に入り、帝寵を競い合うのであり(→巻三十四)、この ...
「朱雀天皇」の情報だけではなく、「朱雀天皇」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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