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後奈良天皇

ジャパンナレッジで閲覧できる『後奈良天皇』の国史大辞典・日本人名大辞典のサンプルページ

国史大辞典
後奈良天皇
ごならてんのう
一四九六 - 一五五七
一五二六―五七在位。明応五年(一四九六)十二月二十三日後柏原天皇の第二皇子として権中納言勧修寺政顕第において誕生。母は豊楽門院藤原藤子(贈左大臣勧修寺教秀の女)。諱は知仁(ともひと)。永正九年(一五一二)四月八日親王宣下、同月二十六日元服の儀あり。大永六年(一五二六)四月二十九日後柏原天皇崩御のあとを承けて践祚。天文五年(一五三六)二月二十六日紫宸殿において即位礼を挙げた。天皇の代は皇室の最も式微した時期にあたり、即位礼のごときも大内・北条・今川・朝倉ら地方豪族の献金により践祚後十年にしてようやく挙行することができたのである。天皇は同九年六月疾疫流行の終熄を祈念して『般若心経』を書写し、三宝院義堯をして供養させたが、その奥書に「今茲天下大疫万民多〓〓於死亡〓、朕為〓民父母〓徳不〓〓覆、甚自痛焉」と記したことは、皇室式微の中にもなお天皇としての深い自覚を示したものとして著名である。天皇はまた宸筆の『般若心経』を諸国一宮に奉納したが、その数は河内・伊勢以下二十四ヵ国に上り、阿波・伊豆など七ヵ国分が現存する。なお天皇は同十四年八月伊勢神宮に宣命を奉り、大嘗祭を行い得ないことを謝し、国力の衰微、時運の非なることを告げ、聖運の興隆と民戸の豊饒を祈願した。弘治三年(一五五七)九月五日年六十二にして崩御。陵は深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ、京都市伏見区深草坊町)という。天皇は学を好み、清原宣賢・五条為学らより漢籍を、吉田兼右・三条西実隆・同公条よりわが国の古典を学んだ。また文筆に長じ、御製の和歌などの伝わるもの少なからず、日記を『天聴集』といい、ほかに『後奈良院御集』『後奈良院御百首』『後奈良院御撰何曾』などが伝えられている。→深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ)
[参考文献]
和田英松『皇室御撰之研究』、浅野長武「室町時代の皇室と国民」(『(岩波講座)日本歴史』所収)
(後藤 四郎)


日本人名大辞典
後奈良天皇
ごならてんのう
1497*−1557
戦国時代,第105代天皇。在位1526-57。
明応5年12月23日生まれ。後柏原(ごかしわばら)天皇の第2皇子。母は藤原藤子(豊楽(ぶらく)門院)。父の死により皇位をつぐ。戦乱がつづいて国はみだれ,皇室財政も逼迫(ひっぱく)していたので,即位式は践祚(せんそ)の10年後におこなわれた。天文(てんぶん)9年悪疫流行の終息をいのって,般若心経を書写して諸国の一宮(いちのみや)に奉納した。在位中にポルトガルによって鉄砲がつたえられ,宣教師ザビエルが渡来した。弘治(こうじ)3年9月5日死去。62歳。墓所は深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ)(京都市伏見区)。諱(いみな)は知仁(ともひと)。日記に「天聴集」。
【格言など】しづたまきよろづを棄てぬ古(いにしへ)の道しある世にくりかへしてむ(「後奈良院御製集」)
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後奈良天皇の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 474
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検索コンテンツ
1. 後奈良天皇
日本大百科全書
父天皇崩御ののち、1526年(大永6)位につき、弘治(こうじ)3年9月5日崩御。京都の深草北陵に葬る。後奈良天皇には『天聴集』と称する宸筆(しんぴつ)日記をはじ ...
2. 後奈良天皇
世界大百科事典
1496-1557(明応5-弘治3) 第105代に数えられる天皇。在位1526-57年。後柏原天皇の第2皇子。名は知仁。公家のもっとも衰微したときに践祚し,即位 ...
3. ごなら‐てんのう[‥テンワウ]【後奈良天皇】
日本国語大辞典
第一〇五代天皇。後柏原天皇の第二皇子。名は知仁(ともひと)。大永六年(一五二六)践祚(せんそ)。戦乱の世にあって足利幕府も朝廷も衰え、即位式は一〇年後、大内・朝 ...
4. ごならてんのう【後奈良天皇】画像
国史大辞典
一四九六―一五五七 一五二六―五七在位。明応五年(一四九六)十二月二十三日後柏原天皇の第二皇子として権中納言勧修寺政顕第において誕生。母は豊楽門院藤原藤子(贈 ...
5. 後奈良天皇
日本史年表
1536年〈天文5 丙申⑩〉 2・26 後奈良天皇 即位礼(後奈良天皇宸記)。 1540年〈天文9 庚子〉 6・17 後奈良天皇 ,悪疫流行平癒のため般若心経 ...
6. 後奈良天皇(ごならてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 37ページ ...
7. ごならてんのう【後奈良天皇】
日本人名大辞典
1497*−1557 戦国時代,第105代天皇。在位1526-57。明応5年12月23日生まれ。後柏原(ごかしわばら)天皇の第2皇子。母は藤原藤子(豊楽(ぶらく ...
8. 後奈良天皇[文献目録]
日本人物文献目録
の発見』小泉弘『後奈良天皇宸記を拝読して』田中久夫『後奈良天皇宸筆心経に就て』三上参次『後奈良天皇と大神宮法楽御会』是沢恭三『後奈良天皇の御学問について』小野信 ...
9. 後奈良天皇御撰謎 (見出し語:後奈良天皇)
古事類苑
人部 洋巻 第1巻 938ページ ...
10. 擇後奈良天皇諱 (見出し語:後奈良天皇)
古事類苑
姓名部 洋巻 第1巻 624ページ ...
11. 後奈良天皇花押[図版]画像
国史大辞典
(c)Yoshikawa kobunkan Inc.  ...
12. 『後奈良天皇宸記』
日本史年表
1942年〈昭和17 壬午〉 この年 国民精神文化研究所 『後奈良天皇宸記』 複製本刊。  ...
13. ごならてんのうしんき【後奈良天皇宸記】
国史大辞典
後奈良天皇の日記。自筆の現存するのは天文四年(一五三五)の一年分だけである。『天聴集』とみずから題し、巻頭に「重而可〓清書 ...
14. 後奈良天皇詠百首和歌(著作ID:4399927)
新日本古典籍データベース
ごならてんのうえいひゃくしゅわか 三条西実隆(さんじょうにしさねたか) 点 和歌  ...
15. 後奈良天皇宸翰(著作ID:4365153)
新日本古典籍データベース
ごならてんのうしんかん 後奈良天皇(ごならてんのう)  ...
16. 後奈良院宸記(著作ID:1122834)
新日本古典籍データベース
ごならいんしんき 天聴集 後奈良院御記 後奈良天皇宸記 後奈良天皇(ごならてんのう) 日記  ...
17. 大永七年八月十五日後奈良天皇中務卿宮等和漢聯句(著作ID:1375888)
新日本古典籍データベース
たいえいしちねんはちがつじゅうごにちごならてんのうなかつかさきょうのみやらわかんれんく 後奈良天皇(ごならてんのう) 貞敦親王(さだあつしんのう) 等 聯句  ...
18. あかまじんぐう【赤間神宮】
国史大辞典
品)八幅があり、『赤間神宮文書』(旧阿弥陀寺文書、重要文化財)十巻一冊には、後土御門天皇・後奈良天皇・正親町天皇の綸旨や天福元年(一二三三)の長門国司庁宣、嘉禎 ...
19. あくたがわむら【芥川村】大阪府:高槻市地図
日本歴史地名大系
率分所の関銭も停滞したので、同一一年二月には内蔵寮長官山科言継の奔走で、この率分所の再興を促す後奈良天皇の女房奉書が発給されたとして、細川勝元・飯尾為清に圧力を ...
20. 朝倉孝景
世界大百科事典
ね)の還京に成功。27年(大永7)三好氏と争い勝利を得,のち相伴衆となる。35年(天文4)後奈良天皇の即位式費用1万疋を献上。細溝 典彦 ...
21. あさくら‐たかかげ【朝倉孝景】
日本国語大辞典
弾正左衛門尉。法名大岫宗淳。将軍足利義稙(よしたね)の殊遇を受け、佐々木氏を討った。また、後奈良天皇の即位の大礼を行なう資金として、絹一万匹を献じる。明応二~天 ...
22. あさくらたかかげ【朝倉孝景】画像
国史大辞典
三ヵ寺方を援けて本願寺方と争ったが、手取川で敗れて兵を引いた。天文四年(一五三五)四月には後奈良天皇の即位式費用一万疋を献上したので、塗輿を幕府から許され、同九 ...
23. あさくらたかかげ【朝倉孝景】 : 朝倉孝景/(二)
国史大辞典
三ヵ寺方を援けて本願寺方と争ったが、手取川で敗れて兵を引いた。天文四年(一五三五)四月には後奈良天皇の即位式費用一万疋を献上したので、塗輿を幕府から許され、同九 ...
24. あさまじんじゃ【浅間神社】
国史大辞典
徳川家康に及んでは、早く二百貫文の社領を寄せ、江戸時代を通じて安堵されてきた。さらに宝物中の後奈良天皇の宸筆『般若心経』は、天文十九年四月、同天皇が国土安穏万民 ...
25. あさまじんじゃ【浅間神社】 : 浅間神社/(二)
国史大辞典
徳川家康に及んでは、早く二百貫文の社領を寄せ、江戸時代を通じて安堵されてきた。さらに宝物中の後奈良天皇の宸筆『般若心経』は、天文十九年四月、同天皇が国土安穏万民 ...
26. あさやま-にちじょう【朝山日乗】
日本人名大辞典
?−1577 戦国-織豊時代の僧。弘治(こうじ)元年(1555)京都の天台宗三千院で出家,後奈良天皇から日乗上人の号をあたえられる。織田信長に重用され,内裏(だ ...
27. 蘆名氏
世界大百科事典
15世紀前半の盛政のころには会津守護とよばれて会津地方に君臨するに至り,1538年(天文7)国別に配付された後奈良天皇宸筆の般若心経は蘆名盛舜(もりきよ)のもと ...
28. あしなし【蘆名氏】画像
国史大辞典
盛政のころには会津守護と呼ばれて会津地方に君臨するに至り、天文七年(一五三八)国別に配付された後奈良天皇宸筆の『般若心経』は蘆名盛舜に下されている。その子盛氏の ...
29. あしびきえ【〓引絵】
国史大辞典
宸筆本・隆光本ともに詞書は数人であるから、右美術館本とは別本である。「あしびき絵」の名は『実隆公記』、後奈良天皇の『天聴集』、『御湯殿上日記』などにみえる。詞は ...
30. あしびき‐え[‥ヱ]【葦曳絵】
日本国語大辞典
〔名〕葦を描いた図柄に漢字・仮名を装飾的に散らし書きしたもの。*後奈良天皇宸記‐天文四年〔1535〕四月三日「武家へ葦曳絵五巻借〓 ...
31. 阿蘇[市]
世界大百科事典
産し,囃子と踊りの虎舞,古代からの火焚(ひたき)神事が伝わり,阿蘇山麓の坊中,阿蘇信仰にゆかりある西巌殿寺に後奈良天皇の宸筆(重要文化財)をはじめ,多くの文化財 ...
32. いざなぎじんじゃ【伊射奈岐神社】奈良県:天理市/柳本地区/柳本村
日本歴史地名大系
天文二二年(一五五三)二月二八日には三条西公条が参詣(大乗院寺社雑事記・吉野詣記)。同二四年八月二九日、後奈良天皇は綸旨(社蔵)を下し、これまで八月に行った神事 ...
33. いしつくりのしょう【石作庄】兵庫県:宍粟郡/山崎町
日本歴史地名大系
このとき安楽寿院の堂舎が焼失、その再建の資にあてるべく石造庄の年貢回復が図られた。同年一一月三〇日、後奈良天皇は、石造庄の経営が近年有名無実となっているのは言語 ...
34. 石山切
世界大百科事典
,〈貫之集〉下と〈伊勢集〉を切った2帖である。本願寺はもと大坂の石山にあり,16世紀中ごろ後奈良天皇から同寺の証如上人が《三十六人集》を拝領した。この由緒にちな ...
35. 伊豆山神社
世界大百科事典
浜宮では神女舞が奉納される。11月10日には温泉を感謝する献湯祭が行われる。宝物としては,後奈良天皇宸筆の般若心経,古剣,経塚出土品,伊豆山記,走湯山記,奉納和 ...
36. いずさんじんじゃ【伊豆山神社】
国史大辞典
現在その一部が般若院として残っている。また以上の由緒に関し、社蔵の宝物も少なくないが、中でも後奈良天皇宸筆『般若心経』一巻、三仙人所用の古剣(いずれも重要文化財 ...
37. いずさんじんじゃ【伊豆山神社】静岡県:熱海市/伊豆山村
日本歴史地名大系
当社には両刃の剣(平安中期、松葉仙人が所持していたと伝承される)、木造男神立像(平安中期)、後奈良天皇宸翰紺紙金泥般若心経(南北朝期)が所蔵され、いずれも国指定 ...
38. いせじんぐう【伊勢神宮】三重県:伊勢市
日本歴史地名大系
其沙汰〓旨神妙之由」という後奈良天皇綸旨(慶光院文書)を得、以後慶光院を号しており、この時神宮造営のための勧進を始めていたことが知れる ...
39. いせ の 上人(しょうにん)
日本国語大辞典
の住職の称号。この寺の三世清順が諸国に勧進(かんじん)して、宇治橋を作りかえた功績によって後奈良天皇から上人の称号を賜わったのにはじまる。住職は江戸時代までは宮 ...
40. いたおむら【板尾村】愛媛県:南宇和郡/一本松町
日本歴史地名大系
楽屋で清めの式を住職が行ったあと、「山伏問答」が行われる。その後の踊は第一回は高山尊神(一説に後奈良天皇第二皇子天台座主覚恕親王)供養、第二回はちえぼし弥三郎兄 ...
41. いち‐おう[‥ワウ]【一往・一応(オウ)】
日本国語大辞典
歎申〓」*後奈良天皇宸記‐天文四年〔1535〕五月六日「即位伝奏可 ...
42. いちじょういんあと【一乗院跡】鹿児島県:川辺郡/坊津町/坊村
日本歴史地名大系
山重国とともに頼忠を上洛させ、天文一五年(一五四六)三月四日に後奈良天皇より「西海金剛峯」の勅額を得て勅願所となる(「後奈良天皇綸旨」旧記雑録)。島津貴久・義久 ...
43. 一向一揆
日本史年表
攻める(祇園執行日記)。 1535年〈天文4 乙未〉 6・12 細川晴元勢, 一向一揆 を大坂に破る(後奈良天皇宸記)。 1536年〈天文5 丙申⑩〉 7・29 ...
44. いてんそうせい【以天宗清】
国史大辞典
同地に早雲庵を開創し、永正十六年(一五一九)、勅により大徳寺に住し、天文十一年(一五四二)二月三日、後奈良天皇より正宗大隆禅師の号を特賜され、ついで同年六月二十 ...
45. いのいえのしょう【井家庄】石川県:河北郡
日本歴史地名大系
再三本願寺へ書信を通じようとしたものの証如の拒絶にあっている。同五年一一月に至ってようやく後奈良天皇(生母は勧修寺教秀の娘藤子)の叡慮として音信をとげたが、「井 ...
46. 鋳物師
世界大百科事典
寸前となったが,柳原家の家臣真継久直(真継家)は紀氏の家を乗っ取り,1543年(天文12)後奈良天皇綸旨を得て鋳物師組織再興にのり出す。今川氏を手始めに,久直は ...
47. 上杉謙信画像
日本大百科全書
れた関東管領(かんれい)上杉憲政(のりまさ)を助けて関東に兵を出し、上洛(じょうらく)して後奈良天皇(ごならてんのう)から従五位下(じゅごいげ)、弾正少弼(だん ...
48. うえすぎけんしん【上杉謙信】画像
国史大辞典
迎えて信濃国川中島(長野市川中島辺)に出兵、関東と信濃との二正面作戦を展開する。また、この年上洛して後奈良天皇から隣国の敵討伐の勅命を蒙り、幕府や本願寺、さらに ...
49. うしくび【牛頭】石川県:石川郡/白峰村
日本歴史地名大系
河内庄地頭結城七郎四郎宗俊および牛頸・風嵐両村と尾添村(現尾口村)の間の杣取相論に発展し、同一三年六月五日の後奈良天皇綸旨案(密谷文書)や同一四年六月二四日・七 ...
50. うつぼ‐かんもん【空勘文】
日本国語大辞典
其篇目〓注載之也」*後奈良天皇宸記‐天文五年〔1536〕三月一四日「惟房伺 ...
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