1. 北条泰時画像
日本大百科全書
鎌倉幕府第3代執権。父は北条義時(よしとき)。幼名金剛(こんごう)。1194年(建久5)元服して頼時(よりとき)と称し、のちに泰時と改めた。1211年(建暦1) ...
2. 北条泰時
世界大百科事典
1183-1242(寿永2-仁治3) 鎌倉幕府3代執権。義時の嫡男。幼名金剛。1194年(建久5)元服,源頼朝が烏帽子親(えぼしおや)となり,名前の一字を与え頼 ...
3. ほうじょう‐やすとき【北条泰時】
日本国語大辞典
鎌倉幕府第三代執権。義時の子。初名頼時。承久の乱では、幕府軍の主将となって大勝し北六波羅探題として事後処理にあたる。元仁元年(一二二四)執権に就任すると評定衆を ...
4. ほうじょうやすとき【北条泰時】画像
国史大辞典
泰時だけを例外と見ている。 [参考文献]『大日本史料』五ノ一四 仁治三年六月十五日条、上横手雅敬『北条泰時』(『人物叢書』九)、『鎌倉市史』総説編、石井進・大三 ...
5. 北条泰時
日本史年表
戊寅〉 7・22 幕府, 侍所所司 5人を定め, 北条泰時 を別当とする(吾)。 1224年〈元仁元(11・20) 甲申⑦〉 6・28 北条政子,北条泰時・時房 ...
6. ほうじょう-やすとき【北条泰時】
日本人名大辞典
1183−1242 鎌倉時代の武将。寿永2年生まれ。北条義時の長男。承久(じょうきゅう)の乱では叔父北条時房とともに京都に攻めのぼる。乱後,初代六波羅(ろくはら ...
7. 北条泰時[文献目録]
日本人物文献目録
第三編』松井広吉(編)『北条泰時・北条実時』中村光, 関靖『北条泰時・北条実時』中村光, 関靖『日本武将評伝 1』高柳光寿『北条泰時』上横手雅敬『政治上に於ける ...
8. 北條泰時仁慈 (見出し語:北條泰時)
古事類苑
人部 洋巻 第1巻 1151ページ ...
9. 北條泰時儉約 (見出し語:北條泰時)
古事類苑
人部 洋巻 第2巻 61ページ ...
10. 北條泰時受
二於明惠上人
一 (見出し語:北條泰時)古事類苑
人部 洋巻 第2巻 237ページ ...
11. 北條泰時建二東勝寺一 (見出し語:北條泰時)
古事類苑
宗教部 洋巻 第4巻 306ページ ...
12. 北條泰時爲二六波羅探題一 (見出し語:北條泰時)
古事類苑
官位部 洋巻 第2巻 857ページ ...
13. 北條泰時爲二執權一 (見出し語:北條泰時)
古事類苑
官位部 洋巻 第2巻 682ページ ...
14. 承久役北條泰時率レ兵上洛 (見出し語:北條泰時)
古事類苑
兵事部 洋巻 第1巻 149ページ ...
15. 北条泰時花押[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
©Shogakukan ...
16. 北条泰時花押[図版]画像
国史大辞典
(c)Yoshikawa kobunkan Inc. ...
17. 北条泰時明断録(著作ID:1697149)
新日本古典籍データベース
ほうじょうやすときめいだんろく 泰時明断録 松亭金水(しょうていきんすい) 編 読本 弘化四自序 ...
18. 明惠
二訓北條泰時
一 (見出し語:明惠)古事類苑
人部 洋巻 第2巻 237ページ ...
19. あさひなきりどおし【朝比奈切通】神奈川県:鎌倉市/十二所村地図
日本歴史地名大系
設を決定し、御家人らに分担を命じて明くる年三月以後に工事を開始することにし、四月五日から執権北条泰時監督のもとに着手したが工事は難航し、五月一四日にはついに泰時 ...
20. あしかがただよし【足利直義】画像
国史大辞典
たため、多くの難問をかかえた幕政も比較的順調な発足を示し得たのであった。直義の政治理念は前代北条泰時の執権政治期を鎌倉幕府の全盛期とみなしてそれを踏襲することに ...
21. あしかが-やすうじ【足利泰氏】
日本人名大辞典
1216−1270 鎌倉時代の武将。建保(けんぽ)4年生まれ。足利義氏の子。母は北条泰時の娘,妻は北条時頼の妹で北条氏と深いつながりをもつが,建長3年許可なく出 ...
22. 足利義氏
世界大百科事典
1189-1254(文治5-建長6) 鎌倉前期の武将。義兼の三男で正嫡。母は北条時政女。室は北条泰時女。1213年(建保1)和田氏の乱で武名をあげ,承久の乱では ...
23. あしかがよしうじ【足利義氏】画像
国史大辞典
鎌倉時代前期の武将。義兼の三男で三郎と称したが、正嫡となって家をついだ。母は北条時政の女。室は北条泰時の女。検非違使・蔵人・治部少輔・武蔵守・陸奥守・左馬頭に任 ...
24. あしかがよしうじ【足利義氏】 : 足利義氏/(一)
国史大辞典
鎌倉時代前期の武将。義兼の三男で三郎と称したが、正嫡となって家をついだ。母は北条時政の女。室は北条泰時の女。検非違使・蔵人・治部少輔・武蔵守・陸奥守・左馬頭に任 ...
25. アジール
世界大百科事典
。寺院にアジールを意味する遁科屋(たんかや)と称する建物のあったこと,また高山寺の明恵上人が北条泰時に〈敗軍の兵士来りなば袖の下,袈裟の裏なりとも隠してとらす〉 ...
26. 熱海[市]
世界大百科事典
豆走湯山(そうとうさん)など,信仰の地ともされた。源頼朝との因縁も深く,1213年(建保1)北条泰時は,阿多美郷を走湯山に寄進した。江戸時代に入っても,徳川家康 ...
27. あたみごう【熱海郷】静岡県:熱海市/熱海村
日本歴史地名大系
日、元は走湯山(伊豆山神社)の神領であった「阿多美郷」が仁田忠常によって押領され、忠常滅亡後北条泰時が拝領していたが、改めて当郷地頭職が伊豆山に寄進された(吾妻 ...
28. あだちかげもり【安達景盛】
国史大辞典
明恵との間に和歌の贈答を行なった。また醍醐寺の実賢について灌頂を授けられたという。景盛は出家後も執権北条泰時と緊密な関係にあり、高野山にいながら、たびたび幕府の ...
29. 安達泰盛
世界大百科事典
とざま)と呼ばれて,しだいに力を失いつつあった。外様御家人の代表のごとき地位にあった泰盛は,北条泰時以来の伝統を守り,得宗貞時を中心として北条一門,有力外様御家 ...
30. あつとしむら【厚利村】兵庫県:加東郡/東条町
日本歴史地名大系
」伏見宮家文書)。承久三年(一二二一)八月一四日の六波羅下知状(尊経閣文庫蔵東福寺文書)では北条泰時が厚利郷について、反別三升の兵糧米以外の徴収や狼藉を禁止して ...
31. あぼごう・あぼしやかた【安保郷・安保氏館】埼玉県:児玉郡/神川町/元安保村地図
日本歴史地名大系
」に譲与されている(「成田基員譲状案」同文書)。一方、安保実光の女(前掲系図では実員の女)は北条泰時の妻となっており、のちに安保氏惣領家は得宗被官となっている。 ...
32. あんじゅ【案主】
国史大辞典
鎌倉幕府でも、建久二年(一一九一)、公家の例にならって将軍家政所を置き、藤井俊長を案主に補し、北条泰時の執権以後は、菅野氏がこの職を世襲した。 [参考文献]『武 ...
33. あんじゅ【案主】 : 案主/(一)
国史大辞典
鎌倉幕府でも、建久二年(一一九一)、公家の例にならって将軍家政所を置き、藤井俊長を案主に補し、北条泰時の執権以後は、菅野氏がこの職を世襲した。 ...
34. あんてい【安貞】
日本国語大辞典
赤斑瘡(あかもがさ)の流行により改元。安貞三年(一二二九)三月五日に至り寛喜元年となる。執権北条泰時の時代。出典は「周易」の「安貞之吉、応地无疆」。*ロドリゲス ...
35. あんようじ【安養寺】岡山県:和気郡/和気町/野吉村
日本歴史地名大系
寺蔵文書によって確実な幾つかの寺史がわかる。宝治二年(一二四八)一一月日の預所沙弥某寄進状によれば、北条泰時の菩提を弔うための塔婆が寺内に建立され、その維持のた ...
36. アーネスト・サトウ 神道論 50ページ
東洋文庫
ゆえに天皇の行いに疑問を持つことなく、絶対服従することが義務となる。中世において、北条義時、北条泰時、足利尊氏などがこの義務(「道」)をはずれ、天皇に刃向かった ...
37. いいぬまやかたあと【飯沼館跡】長野県:小県郡/丸子町/飯沼村
日本歴史地名大系
の次子行俊が移り、飯沼太郎と称したのが初めと伝えられる(尊卑分脈)。承久三年(一二二一)五月北条泰時が山城宇治川で上皇方と戦った折、北条方の将として飯沼三郎が参 ...
38. 十六夜日記(中世日記紀行集) 301ページ
日本古典文学全集
篇)。「世の中に麻はあとなくなりにけり心のままの蓬のみして」(新勅撰・雑二 平泰時)を引く。北条泰時の時代。本当にまあ、それでは。底本「よりき」。万治板本により ...
39. 十六夜日記(中世日記紀行集) 302ページ
日本古典文学全集
『越部禅尼消息』があり、なお『無名草子』作者に擬せられている。→三〇二ページ注三八。前武蔵守北条泰時。義時息、鎌倉幕府三代執権。『御成敗式目』を定めるなど武家政 ...
40. いしいごう【石井郷】愛媛県:伊予国/久米郡
日本歴史地名大系
「和名抄」高山寺本・流布本ともに「石井」と記し、訓を欠く。東は吉井郷、西は神戸郷、南は浮穴郡井門郷、北は天山郷に接する。天平勝宝二年(七五〇)四月七日付の写書所 ...
41. いしいむら【石井村】愛媛県:松山市/重信川北岸地域(旧久米郡・下浮穴郡地区)
日本歴史地名大系
[現]松山市東石井町・西石井町 松山平野の南平坦部に位置する農村。東は星岡村、西は古川村、南は居相村・越智村、北は浅生田村・尼山村に接する。村の北辺を小野川が流 ...
42. いしつくりのしょう【石作庄】兵庫県:宍粟郡/山崎町
日本歴史地名大系
鎌倉幕府はこれを停止して徴収は領家の進退とするよう命じ(関東下知状)、閏一〇月七日には六波羅探題北条泰時が安保馬允にこれを伝達している(六波羅御教書)。なお九月 ...
43. いずさんじんじゃ【伊豆山神社】静岡県:熱海市/伊豆山村
日本歴史地名大系
陀如来坐像銘」耕三寺蔵)。同四年一月一八日、鶴岡八幡宮別当尊暁は源実朝の代りに二所に参詣し、北条泰時は奉幣使として参詣した(吾妻鏡)。元久二年(一二〇五)閏七月 ...
44. いずながおかちょう【伊豆長岡町】静岡県:田方郡
日本歴史地名大系
「延喜式」神名帳に載る同郡「石徳高神社」「劔刀乎夜尓命神社」が町域に比定される。鎌倉幕府執権北条泰時が幼年期江間に居住しており、居館があったといわれる。「保元物 ...
45. いずのくに【伊豆国】静岡県
日本歴史地名大系
豆国の支配は、北条嫡流家(得宗)によって進められた。寛喜三年(一二三一)の大飢饉に際し、執権北条泰時は守護人として伊豆・駿河両国中に出挙米を施した(「吾妻鏡」同 ...
46. いずみのくに【和泉国】大阪府地図
日本歴史地名大系
兼帯していたように公家・寺社勢力とも強いつながりをもっていた。一三世紀半ば以降、和泉守護には北条泰時一門が補任され、また北条得宗被官安東蓮聖が和泉郡軽部郷(現和 ...
47. いずもだいじんぐう【出雲大神宮】
国史大辞典
神威いよいよ揚がった。元暦元年(一一八四)源頼朝は院宣によって玉井四郎資重の濫行を停め、文暦元年(一二三四)北条泰時は社領を安堵し、貞和元年(一三四五)足利尊氏 ...
48. いずもだいじんぐう【出雲大神宮】京都府:亀岡市/出雲村
日本歴史地名大系
[現]亀岡市千歳町 出雲 御影山の麓に鎮座する丹波国の一宮。「延喜式」神名帳にみえる名神大社で、同書神祇臨時祭に記される「名神祭二百八十五座」の一。祭神は大己貴 ...
49. いだ-まさつな【井田政綱】
日本人名大辞典
?−? 鎌倉時代の武将。承久(じょうきゅう)の乱で北条泰時にしたがい,宇治川の戦いで負傷。寛喜(かんぎ)元年(1229)上総(かずさ)(千葉県)の御家人深堀能仲 ...
50. いとがのしょう【糸我庄】和歌山県:有田市
日本歴史地名大系
現糸我町辺りにあった荘園。天福元年(一二三三)智定房(下河辺行秀)が補陀落渡海をとげたことを鎌倉の執権北条泰時に報じた書状が、糸我庄より到来したことを記す「吾妻 ...