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  11. 東郷平八郎
日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

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日本大百科全書(ニッポニカ)
東郷平八郎
とうごうへいはちろう
[1847―1934]

明治・大正期の海軍軍人。弘化(こうか)4年12月22日生まれ。薩摩(さつま)藩出身。初め仲五郎(なかごろう)と称し、元服して平八郎と称す。薩英戦争に参加後、1866年(慶応2)薩摩藩の海軍に入る。戊辰(ぼしん)戦争に薩摩藩の軍艦「春日(かすが)」に士官として乗り組み、阿波(あわ)沖で幕府艦「開陽(かいよう)」と戦う。この海戦は日本における欧式軍艦間の交戦の嚆矢(こうし)になった。維新後の新海軍においては、1871年(明治4)4月から1878年5月までイギリス留学。1879年12月海軍少佐、1894年6月「浪速(なにわ)」艦長になり日清(にっしん)戦争に出役。1898年5月に中将、1903年(明治36)12月連合艦隊司令長官になり、翌1904年6月に大将。日露戦争の日本海海戦(1905年5月27日)で、ロシアのバルチック艦隊を完破し、一躍世界的名声を得、「東洋のネルソン」と称された。1913年(大正2)4月元帥、翌1914年4月東宮御学問所総裁になり、昭和9年5月30日の死去の直前に侯爵となり、国葬で葬られた。
[遠藤芳信]



世界大百科事典
東郷平八郎
とうごうへいはちろう
1847-1934(弘化4-昭和9)

明治・大正期の海軍軍人,元帥。薩摩藩士の家に生まれ,薩英戦争,戊辰戦争に参加,1871年(明治4)イギリスに留学,78年帰国して海軍中尉に任官,90年呉鎮守府参謀長,日清戦争時は浪速艦長,95年以降常備艦隊司令長官,舞鶴鎮守府司令長官となり,1903年12月第1艦隊兼連合艦隊司令長官に就任。05年5月日本海海戦でロシアのバルチック艦隊に勝利し,一躍名将としての名をあげた。日露戦後,07年大勲位,功一級を与えられ伯爵,13年元帥となった。14年から東宮御学問所総裁を務めた。30年ロンドン軍縮条約承認反対の立場をとった。死去に際し侯爵となり,国葬を執行された。
[原田 勝正]

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1. 東郷平八郎画像
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3. 東郷平八郎
世界大百科事典
1847-1934(弘化4-昭和9) 明治・大正期の海軍軍人,元帥。薩摩藩士の家に生まれ,薩英戦争,戊辰戦争に参加,1871年(明治4)イギリスに留学,78年帰 ...
4. とうごう‐へいはちろう【東郷平八郎】
日本国語大辞典
軍人。元帥・海軍大将。侯爵。名は実良。旧薩摩藩士で維新後海軍士官。日清戦争に豊島沖海戦で活躍。日露戦争には連合艦隊司令長官としてバルチック艦隊を破った。のちに東 ...
5. とうごうへいはちろう【東郷平八郎】
国史大辞典
。→日本海海戦(にほんかいかいせん) [参考文献]小笠原長生編『東郷元帥詳伝』、真木洋三『東郷平八郎』 (野村 実)  ...
6. とうごう-へいはちろう【東郷平八郎】画像
日本人名大辞典
1848*−1934 明治-大正時代の軍人。弘化(こうか)4年12月22日生まれ。もと薩摩(さつま)鹿児島藩士。維新後イギリスに留学。日清戦争では浪速(なにわ) ...
7. とうごうへいはちろう【東郷平八郎】
日本架空伝承人名事典
鹿児島城下に生まれた海軍軍人、元帥。薩摩藩士東郷吉左衛門の四男で、一八六三年(文久三)一七歳の折に父吉左衛門、兄の四郎兵衛、壮九郎とともに薩英戦争に参戦した。六 ...
8. 東郷平八郎[文献目録]
日本人物文献目録
(編)『軍聖東郷平八郎』仁木松雄『元帥東郷平八郎』伊藤痴遊『元帥東郷平八郎』中島武『世界の大東郷』山口愛川『東郷元帥と日本海海戦』小原正忠『東郷元帥と乃木将軍』 ...
9. アーネスト・サトウ伝 187ページ
東洋文庫
対日政策が軟化することとなったのに対応して日本は一八七五年(明治八年)に軍艦を江華島に送って威嚇し東郷平八郎は永宗鎮を占拠し、翌年には将兵をのせた艦船六隻を釜山 ...
10. いけべむら【池辺村】鹿児島県:日置郡/金峰町
日本歴史地名大系
明治二年(一八六九)廃寺となる。現在仁王像が残る。享保五年などの四体の田の神像がある。塩屋堀の砂丘松林の中に東郷平八郎書の「沙防之碑」が建っている。 ...
11. いとうし【伊東市】静岡県
日本歴史地名大系
明治後期から伊東町内各所で温泉の掘削が盛んとなり、伊東大川河畔を中心として別荘が急増した。北里柴三郎・東郷平八郎・若槻礼次郎ら著名人の別荘もあり、伊東温泉に滞在 ...
12. いとうすけゆき【伊東祐亨】
国史大辞典
。日露戦争には、この職において大本営の帷幄に参し、連合艦隊司令長官東郷平八郎と呼応して、全勝の光栄を得た。戦後職を東郷平八郎に譲って軍事参議官となり、三十九年一 ...
13. いまい-きみ【今井キミ】
日本人名大辞典
15歳のとき長駒(ちょうこま)の名で神戸花隈(はなくま)の芸妓となる。伊藤博文,西園寺公望(きんもち),東郷平八郎らと親交をもつ。昭和47年88歳の米寿で引退す ...
14. うんていんむら【運天村】沖縄県:沖縄島北部/今帰仁村
日本歴史地名大系
石材は一八七四年に国頭間切宜名真村(現国頭村)沖で座礁したイギリス船のバラストが使われ、書は東郷平八郎。時代背景や揮毫者から、為朝伝説が皇民化教育に利用されたこ ...
15. えぼしだけじんじゃ【烏帽子岳神社】鹿児島県:鹿児島市/旧谿山郡地区/平川村
日本歴史地名大系
例祭は春秋の彼岸中日で、神楽や柴打という祈祷、宮回りと称して神輿が神域を回る行事などが行われた。社殿には東郷平八郎書の「烏帽子嶽神社」の扁額が掛かる。 ...
16. おかだけいすけ【岡田啓介】
国史大辞典
藩の農兵指揮をつとめた。同二十二年四月海軍兵学校卒業、以後水雷術を専攻。日清戦争には少尉で出征、東郷平八郎指揮の浪速に乗り組んで、豊島沖海戦・高陞号撃沈事件など ...
17. おがさわらながなり【小笠原長生】
国史大辞典
二十一年海軍少尉となり、爾後累進して、大正七年(一九一八)十二月中将に昇る。この間軍令部などの中央官衙や東郷平八郎の副官、あるいは海軍大学校教官という机上的勤務 ...
18. かいぐん‐だいさ【海軍大佐】
日本国語大辞典
少将の下に位する最上位の佐官。*東京日日新聞‐明治二六年〔1893〕二月七日「即時同艦長海軍大佐東郷平八郎氏に電報して」*火の柱〔1904〕〈木下尚江〉一・一「 ...
19. かごしま【鹿児島】
国史大辞典
・松方正義らあまたの維新の元勲を輩出し、また日清・日露戦争には樺山資紀・川上操六・大山巌・東郷平八郎らの将星を多く出した。西南戦争で市内の二十分の十九は灰燼に帰 ...
20. かじやまち【加治屋町】鹿児島県:鹿児島市/鹿児島城下/下方限
日本歴史地名大系
小姓組中心の屋敷地で、上之加治屋町郷中・下之加治屋町郷中・馬乗馬場郷中があった。西郷隆盛・大山巌・東郷平八郎などの生誕地で大久保利通も下之加治屋郷中で過ごした。 ...
21. かとう-くらきち【加藤倉吉】
日本人名大辞典
紙幣や切手の原版彫刻を手がけた。紙幣では聖徳太子や板垣退助,切手では乃木希典(まれすけ)や東郷平八郎像など。平成4年11月16日死去。98歳。東京出身。 ...
22. 加藤友三郎
世界大百科事典
て黄海の海戦,旅順口の占領などに従い,日露戦争では第2艦隊参謀長,のち連合艦隊参謀長として東郷平八郎司令長官を補佐し,日本海海戦でバルチック艦隊を全滅させた。そ ...
23. かとうともさぶろう【加藤友三郎】
国史大辞典
三十七年八月、蔚山(ウルサン)沖海戦でウラジオ艦隊を撃破した。同年九月、海軍少将に昇進。翌年一月、東郷平八郎司令長官のもとで連合艦隊兼第一艦隊参謀長となり、旗艦 ...
24. かみつしまちょう【上対馬町】長崎県:上県郡
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25. かんたいは【艦隊派】
国史大辞典
山梨・左近司政三・寺島健・堀悌吉・山本五十六らの条約派に分裂した。特に艦隊派は、過激な青年士官グループや東郷平八郎元帥らに支持され、陸軍の皇道派や革新派青年将校 ...
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1902年(明治35)にイギリスで建造された戦艦。日露戦争における連合艦隊司令長官東郷平八郎(とうごうへいはちろう)の旗艦として知られる。退役後、1926年(大 ...
27. 軍艦小事典画像
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戦艦の最終完成艦で、当時の最新イギリス戦艦に勝る有力艦だった。日露戦争中、連合艦隊司令長官東郷平八郎の旗艦として有名。後のワシントン海軍軍縮条約締結のとき、廃棄 ...
28. 軍制
世界大百科事典
保持すると定められた。元帥府設置と同時に元帥となった山県有朋,山県の死後の上原勇作,海軍の最長老東郷平八郎の影響力は大きかった。→海軍 →陸軍篠原 宏 中国 古 ...
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30. 皇国(こうこく)の興廃(こうはい)この一戦(いっせん)にあり、各員(かくいん)一層(いっそう)奮励(ふんれい)努力(どりょく)せよ
故事俗信ことわざ大辞典
明治三八年(一九〇五)、連合艦隊司令長官東郷平八郎が、日本海海戦のとき、ロシアのバルチック艦隊を迎撃してZ旗をあげ、各艦に発した訓令。  ...
31. こうしょうごうじけん【高陞号事件】
国史大辞典
明治二十七年(一八九四)七月二十五日、英国船籍の商船高陞号を朝鮮近海で撃沈した事件。豊島沖海戦直後、東郷平八郎大佐を艦長とする軍艦浪速は、牙山の清国軍に対する増 ...
32. 国葬
日本大百科全書
(しょうとくのみやりおうせき)(1926)、東郷平八郎(1934)、西園寺公望(さいおんじきんもち)(1940)、山本五十六(いそろく)(1943) ...
33. 国葬
世界大百科事典
李王〓(1926),東郷平八郎(1934),西園寺公望(1940),山本五十六(1943),閑院宮載仁親王(1945)の20名がいる ...
34. こくそう【国葬】
国史大辞典
山県有朋(同十一年)、伏見宮貞愛親王(同十二年)、松方正義(同十三年)、昌徳王李(同十五年)、東郷平八郎(昭和九年(一九三四))、西園寺公望(同十五年)、山本五 ...
35. 国本社
日本大百科全書
下野した機会に国本社をつくった。鈴木喜三郎(きさぶろう)、塩野季彦(すえひこ)、小山松吉(こやままつきち)、東郷平八郎(とうごうへいはちろう)、宇垣一成(うがき ...
36. こくほんしゃ【国本社】
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37. こやまだ-しげぞう【小山田繁蔵】
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のち佐双久右衛門の嗣となる。海軍兵学寮入学、明治四年(一八七一)二月、成績優秀として英国留学となる。東郷平八郎と同行した技術官予定者四人中の一人。イギリスでは元 ...
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艦隊を最初に発見し,〈敵艦見ゆ〉と打電し,日本連合艦隊の出動の機を適切にした功績によって,東郷平八郎連合艦隊司令長官より感状を授けられた。のち再度の陸軍徴用船と ...
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44. しまむら-はやお【島村速雄】
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艦隊参謀として出征。日露戦争ではバルチック艦隊との日本海海戦で第二艦隊第二戦隊司令官として東郷平八郎を補佐した。のち海軍大学校長,軍令部長などを歴任。大正4年大 ...
45. しょうわてんのう【昭和天皇】
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46. 白瀬矗画像
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通じて全国的な募金など国民の熱意に支えられて、郡司の報効義会が使用した機帆船第二報効丸を入手した。東郷平八郎によって開南丸(204トン)と命名された船は、191 ...
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158172 藤庵→内田魯庵 東海散士(柴四朗) 1=112,405,426,2=311,3=323 東郷平八郎 2=141 頭山満 1=344 戸川秋骨 2= ...
48. たかはしさんきち【高橋三吉】
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