重友毅『秋成の研究』(『重友毅著作集』四)、同『雨月物語評釈』
上田秋成(あきなり)作の怪異小説集。5巻9話。1768年(明和5)の自序(剪枝畸人(せんしきじん))をもつが、実際の初刊は1776年(安永5)。初期読本(よみほん)を代表する作品で、幕末まで同一板木によって数版を重ねた。『白峰(しらみね)』『菊花(きっか)の約(ちぎり)』『浅茅(あさじ)が宿(やど)』『夢応(むおう)の鯉魚(りぎょ)』『仏法僧(ぶっぽうそう)』『吉備津(きびつ)の釜(かま)』『蛇性(じゃせい)の婬(いん)』『青頭巾(あおずきん)』『貧福論(ひんぷくろん)』の9話からなる。
(1)『白峰』 讃岐(さぬき)白峰の崇徳(すとく)上皇陵に詣(もう)でた西行(さいぎょう)が、上皇の怨霊(おんりょう)と皇位継承について議論を闘わせる話で、上皇は、魔王の本姿を現じ、復讐(ふくしゅう)の実現を予告して消え去る。
(2)『菊花の約』 丈部左門(はせべさもん)と義兄弟の契りを結び、重陽(ちょうよう)の日の再会を約して別れた赤穴宗右衛門(あかなそうえもん)は、尼子(あまこ)の城に幽閉されて出ることを許されず、自害し、魂魄(こんぱく)となってその約を果たす。
(3)『浅茅が宿』 家運挽回(ばんかい)のために上京、7年を過ごして帰国した勝四郎は、荒れ果てたわが家にひとり夫を待ち続ける妻宮木(みやぎ)の姿を見る。喜ぶ妻と一夜語らったあとみいだしたものは、いまわの心を歌に記した一枚の那須野紙(なすのがみ)であった。
(4)『夢応の鯉魚』 鯉(こい)の絵の名手興義(こうぎ)が、鯉魚に変身して琵琶湖(びわこ)を遊泳する綺談(きだん)。
(5)『仏法僧』 高野山(こうやさん)に参籠(さんろう)した夢然(むぜん)父子が、修羅道(しゅらどう)に落ちた殺生(せっしょう)関白豊臣秀次(とよとみひでつぐ)一行に出会う話。
(6)『吉備津の釜』 井沢庄太夫(しょうだゆう)は、一子正太郎の素行を修めさせるため吉備津神社の神主香央(かんざねかさだ)家の娘磯良(いそら)を迎えるが、正太郎は遊女袖(そで)を伴って出奔、裏切られて物の怪(もののけ)と化した磯良は、袖を取り殺し、陰陽師(おんみょうじ)の助けを借りる正太郎も食い殺してしまう。
(7)『蛇性の婬』 蛇の化身(けしん)真女児(まなご)と文雅な若者豊雄(とよお)の愛の葛藤(かっとう)が描かれている。愛欲におぼれかけた豊雄は、雄々しさに目覚め、法力を借りて蛇妖(じゃよう)を調伏(ちょうぶく)する。
(8)『青頭巾』 寵童(ちょうどう)の屍肉(しにく)を食って鬼となった僧侶(そうりょ)が、快庵禅師(かいあんぜんじ)の一喝(いっかつ)によって頓悟(とんご)、青頭巾と骨のみを残して消じ去る話。
(9)『貧福論』 奇人岡左内のもとに黄金の精霊が現れ、金銭の論理について語る話。
都賀庭鐘(つがていしょう)の『英草紙(はなぶさぞうし)』の様式を継承、『古今(ここん)小説』や『警世通言(けいせいつうげん)』など、当時流行の中国白話(はくわ)小説に想をとる翻案小説の形がとられているが、『源氏物語』『今昔物語』、謡曲など、古典の撮合重層化を通して、自国の風土と人間の構造に光があてられており、和漢を折衷した簡潔で視幻的な文辞、知的な構成力と相まって、小説として高度な結晶をみせている。いずれの登場人物も、執念の哀(かな)しさと恐ろしさがリアルに描き出されていて、単なる怪異を超えて人間性の深淵(しんえん)が可視化されている。山東京伝(さんとうきょうでん)や曲亭馬琴(きょくていばきん)など、後続の作家たちに大きな影響を与えた。
日本映画。1953年(昭和28)作品。溝口健二(みぞぐちけんじ)監督。上田秋成の『雨月物語』全9話から、「浅茅が宿」と「蛇性の婬」をもとに川口松太郎と依田義賢(よだよしかた)が脚色。戦さに翻弄(ほんろう)される貧農の兄弟が、焼物を町に売りに行って儲(もう)け、兄源十郎(森雅之(もりまさゆき))は織田信長に滅ぼされた城主の娘、実は死霊の若狭(わかさ)(京マチ子(きょうまちこ)、1924―2019)に夢中になるが、その間に妻宮木(みやぎ)(田中絹代(たなかきぬよ))は落ち武者に刺されて果てる。弟藤兵衛(とうべえ)(小沢栄(おざわさかえ)(本名小沢栄太郎(えいたろう))、1909―1988)は侍になるのを夢見て出世するが、置き去りにされた女房阿浜(おはま)(水戸光子(みとみつこ)、1919―1981)は娼婦(しょうふ)となっていた。男たちの欲望・無謀と女たちの受難を、夢幻的な能の様式も取り入れながら、溝口流の確かなリアリズムで描き、溝口作品の一つの到達点となった。琵琶湖を行く舟のシーンなど、宮川一夫(みやがわかずお)(1908―1999)カメラマンの撮影も、モノクロの陰影美を極めた画面となっている。ベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞し、フランスのゴダール監督も激賞して、世界的な評価を集めた。
溝口健二監督の映画。1953年製作。《西鶴一代女》の1952年ベネチア映画祭国際賞受賞に次いで翌年同映画祭銀獅子賞を受賞し,溝口の名を国際的に高めた。上田秋成の《雨月物語》の中の〈浅茅が宿〉と〈蛇性の淫〉に,モーパッサンの短編小説《勲章》を加えて川口松太郎が小説化したものから,依田義賢と川口が共同で脚本を書いた。溝口は上田秋成の原作を愛読していて,〈この物語の中からさまざまな幻想が頭の中に浮かび,できた映画〉だと書き残している。戦国時代を舞台に,男たちの野望の卑小さに対して女たちの生活や欲望や官能を生き生きと描いた〈女性映画〉で,妻と母の座を守りぬく女,宮木(田中絹代),娼婦に身を堕とす女,阿浜(水戸光子),現世にさまよい出て男を誘惑する女,若狭(京マチ子)という3人のヒロインについて,溝口は〈女三人を匂ひで云ひますと,普通の香,仏だんの中でじめじめと宮木。野外の墓場で盛んにくすぶってゐる安物の線香,阿浜。四畳半のあやしげな安待合の部屋や便所で匂ふ香水線香,若狭〉といっている(依田義賢あての書簡)。溝口はまた,この映画の真髄を〈芝居と詩〉ということばでいい表しており,一方では〈講談映画〉ではないリアルな戦乱の描写と生きた人間の出る〈真の時代劇〉を目ざすと同時に,深い霧につつまれた夜の琵琶湖に小舟を漕ぎ出す有名なシーンに見られるように,若き日に水墨画を修業した宮川一夫(1908-99)のカメラを通してポエティックな〈幽玄美〉を生み出すことに成功している。
国史大辞典
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