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  10. 天城山
日本歴史地名大系

日本歴史地名大系
天城山
あまぎさん

伊豆半島中央の東部を占める火山。万三郎まんざぶろう(一四〇五・六メートル)を主峰とする連山で、古くは狩野かの山と称したとされるが、天城山は狩野山を含む呼称で、狩野山は現天城湯あまぎゆしま町と中伊豆町の境の嵩田たけだ(竹田山)付近をさすとの見解もある。「増訂豆州志稿」は天城山を東西一三里・南北六里とする。「日本書紀」応神五年一〇月条にみえる伊豆国の枯野船は狩野山から伐出された木材で造られたとされる(→伊豆国。文治元年(一一八五)源頼朝は自ら伽藍建立の資材確保のため「狩野山」に赴き(「吾妻鏡」同年二月一二日条)、承元二年(一二〇八)には鎌倉鶴岡八幡宮神宮寺造営の用材を狩野山より沼津の海に運び出している(同書同年閏四月二日条)。当地は杉・檜の豊富な産地として、また半島という地理的条件から水運を用いて容易に木材を運搬できるため鎌倉幕府に注目され、小田原北条氏に至っても貴重な材木供給源として重視された。弘治二年(一五五六)二月二四日の北条家朱印状(大川文書)によると、大河(大川)神左衛門尉は天文一九年(一五五〇)より「狩野山檜奉行」を命じられている。永禄二年(一五五九)二月三日に狩野山などの雑木伐採についての法度が定められ(「北条家法度写」同文書)、同七年には伐採は原則禁止とされ、「狩野山奉行」大川神左衛門尉父子にその統括が命じられている(同年一〇月一九日「北条家朱印状」同文書、「北条家禁制写」諸州古文書)。のち用材の搬出港として伊東津が使用されたらしく、天正一四年(一五八六)と同一六年に桑原くわはら(現函南町)の百姓中に狩野山から伊東津までの搬出用人足を供出させている(同一四年九月一五日・同一六年正月六日「北条家朱印状」森文書)

天城山がいつから江戸幕府の御用林となって管理されていたかは不明だが、元禄七年(一六九四)中原戸なかはらと(現中伊豆町)の差出帳写(内田家文書)には「公儀様御林天城山役入用ハ八ケ村ニ而相勤、金銭出役ハ半分高割、半分平均割」とあるので、すでに管理する村が決まっていた。同九年天城山を狩野口・大見おおみ口・仁科にしな口・河津かわづ口の四口に分けてそれぞれに山守を置き、給米三石余のほか一日五合ずつの加夫持が四口に配分された(「山守由緒書」足立家文書)。狩野口はしま市山いちやま門野原かどのはら(現天城湯ヶ島町)の三ヵ村が、大見口は中原戸・戸倉野とくらの姫之湯ひめのゆ原保わらぼ菅引すげひき地蔵堂じぞうどう貴僧坊きそうぼう筏場いかだば(現中伊豆町)の八ヵ村が、仁科口は明伏あけぶし吉田よしだ池代いけしろ南郷なんごう伏倉しくら門野かどの江奈えな船田ふなた建久寺けんきゆうじなか桜田さくらだ峰輪みねわ宮内みやうち大沢おおさわ(現松崎町)大沢里おおそうりはま一色いつしき・中・田子たご(現西伊豆町)宇久須うぐす安良里あらり(現賀茂村)小土肥おどい土肥とい八木沢やぎさわ小下田こしもだ(現土肥町)の二五ヵ村、河津口は梨本・大鍋・小鍋・・浜・見高みだかみね下佐しもさ矢野やの・筏場・下筏場・沢田さわだ田中たなか笹原ささはら谷津やつ縄地なわじ逆川さかさがわ(現河津町)白田しらだ片瀬かたせ奈良本ならもと大川おおかわ稲取いなとり(現東伊豆町)北野沢きたのさわ(現下田市)の二三ヵ村が山付村であった(安永八年「御村帳」江川文庫蔵)。狩野口は湯ヶ島・市山両村が山守を年番で勤め(前掲由緒書)、大見口では菅引村山口家(安政四年「大見口風倒木払下吟味」江川文庫蔵)、仁科口では中村奥田家が山守を勤めた(奥田家文書)。なお河津口では梨本村と湯ヶ野村の各名主が安政六年(一八五九)に山守を勤めたという。万治三年(一六六〇)の豆州狩野山中五人組帳(大城家文書)によると、伐禁木は杉・檜・槻・栢・松の五木で、貞享二年(一六八五)には槻・杉・楠・栢・樫・松・檜・樅・栂が伐禁木に指定されていた(石渡家文書)。明暦三年(一六五七)の江戸大火後、万治三年天城山狩野口から槻一万六千本が伐出された(小森家文書)。寛文一二年(一六七二)川原かわはら(現三島市)新町しんまち橋の架替えには天城山の材木を沼津まで狩野川を利用して川下げしたという。

山付村は天城山の下草、伐禁木以外の雑木を利用する権利をもち、材木・薪などを伐出し、炭・椎茸などを生産して江戸へ売出していた。このため瓜生野うりゆうの(現修善寺町)三津みと(現沼津市)・宇久須(現賀茂村)などに分一番所があり、ここで生産者値段の一〇分の一の運上金を納めていた(大城家文書)。宝暦八年(一七五八)の湯ヶ島村差出帳(足立家文書)によると、湯ヶ島村の者が天城山内に入って耕作の合間に樫小道具作りや抹香皮剥、鍛冶炭の焼出しを行っていた。文化一〇年(一八一三)の狩野口における天城山諸荷物・冥加納調(足立家文書)によると、すす竹は一ヵ年永二五〇文、菅は一ヵ年永六一二文五分で請負い、菅一背負鐚六文・抹香皮一匁鐚八文・下駄木一背負鐚八文・甘茶一匁鐚二四文・かそ一〇貫目鐚五文・藤蔓一〇貫目鐚五文・鍛冶炭一俵鐚五文・荷棒一〇本鐚四文・下駄歯一個鐚八文・椎茸一卸鐚四文・檜綱一房鐚三文・モチ皮一樽鐚一〇〇文の冥加を納めていた。延享年間(一七四四―四八)狩野口山守の板垣勘四郎が駿河国有東木うとうぎ(現静岡市)からワサビの栽培技術を伝え、岩尾いわび伽藍堂(現天城湯ヶ島町)に試植したと伝える。この成功により天城山中各所にワサビ沢ができ、生産が盛んになった。宝暦年間には紀州尾鷲おわせ(現三重県尾鷲市)の炭焼市兵衛が新しい炭焼技術を伝えたといわれ、江戸で天城炭の名声を得るに至った。元禄年間に湯ヶ島村西平にしびらの農民が椎茸の人工栽培を始め(増訂豆州志稿)、のち干椎茸を作るようになり、宝暦年間には天城山付村の農民は指導と称して各地へ出稼に行くようになった(「椎茸御用差紙受状」石渡家文書)。現在、天城山の連山一帯は富士箱根伊豆国立公園に指定されている。

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検索コンテンツ
1. 天城山画像
日本大百科全書
火山灰の噴出と軽石質泥流の流出を特色とし、表層は天城抗火(こうか)石として採取されている。 天城山は古くは狩野山、甘木山ともよばれ、伐木、搬出の歴史も古く、幕府 ...
2. 天城山
世界大百科事典
活動(約2800年前)よりも古く,一方,後者の塊状火山はそれよりも新しいことが知られている。天城山一帯は富士山や大井川上中流域と並ぶ静岡県下屈指の多雨地域で,中 ...
3. あまぎ‐さん【天城山】
日本国語大辞典
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4. あまぎさん【天城山】静岡県:総論
日本歴史地名大系
古くは狩野山と称したとされるが、天城山は狩野山を含む呼称で、狩野山は現天城湯ヶ島町と中伊豆町の境の嵩田山(竹田山)付近をさすとの見解もある。「増訂豆州志稿」は天 ...
5. 旧天城トンネル(天城山隧道)[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
伊豆市と河津(かわづ)町を結ぶトンネル。正式には天城山隧道(あまぎさんずいどう)という。1905年(明治38)開通。全長約446mで、国内に現存する石造道路トン ...
6. 愛新覚羅慧生
日本史年表
1957年〈昭和32 丁酉〉 12・10 元満洲国皇帝溥儀(プーイー)の姪である 愛新覚羅慧生 、伊豆天城山で級友と心中死体で発見される。  ...
7. あまぎ‐ずみ【天城炭】
日本国語大辞典
〔名〕静岡県天城山で焼く炭。良質の堅炭で、近世、江戸では最上品とされた。*随筆・松屋筆記〔1818~45頃〕六四・二八「今江戸にて所 ...
8. アマギツツジ
日本大百科全書
花冠は朱赤色で5裂し、径5~6センチメートル、雄しべは10本あり、子房に白毛を密生する。静岡県天城山、日金(ひがね)山などに野生する。同系統のジングウツツジR. ...
9. 天城峠画像
日本大百科全書
西は猫越(ねっこ)火山から仁科(にしな)峠への稜線(りょうせん)が縦走コースとなる。峠一帯は「昭和の森天城山自然休養林」に指定され、施設整備が進められている。北 ...
10. あまぎ‐とうげ[‥たうげ]【天城峠】
日本国語大辞典
静岡県天城山西側の峠。下田街道の途中にあり、川端康成の小説「伊豆の踊子」で知られる。標高八三〇メートル。二本杉峠。アマ ...
11. あまぎとうげ【天城峠】静岡県:田方郡/天城湯ヶ島町/湯ヶ島村
日本歴史地名大系
文政二年(一八一九)板垣仙蔵の願いがかない、さらに西側に二本杉峠の道が開かれた(「天城山新道付替書付」江川文庫蔵、「天城山新道寄付事」下田年中行事)。「諸人通路 ...
12. 天城湯ヶ島画像
日本大百科全書
中伊豆(なかいず)の3町と合併、市制施行して伊豆市となる。旧天城湯ヶ島町は、伊豆半島の中央部、天城山北西麓(ろく)にあり、国道136号、414号、西伊豆スカイラ ...
13. あまぎゆがしまちょう【天城湯ヶ島町】静岡県:田方郡
日本歴史地名大系
幕府御館山である天城山の狩野口といわれ、湯ヶ島・市山の二ヵ村が山元となり山守を交替で出していた。門野原を加え山付三ヵ村、さらに上船原村を加え四ヵ村ということもあ ...
14. いかだばむら【筏場村】静岡県:田方郡/中伊豆町
日本歴史地名大系
、元禄一一年(一六九八)旗本鳥居領、弘化二年(一八四五)幕府領になり幕末に至る(韮山町史)。天城山大見口山付村八ヵ村の一(増訂豆州志稿)。元禄一一年の年貢割付状 ...
15. いけむら【池村】静岡県:伊東市
日本歴史地名大系
[現]伊東市池 天城山の東麓、矢筈山(八一六メートル)・大室山(五七九・六メートル)などに囲まれた山間の小盆地。東は富戸村、西は鹿路庭峠を越えて徳永村(現中伊豆 ...
16. 伊豆(市)画像
日本大百科全書
市制施行して成立。西は駿河(するが)湾に臨み、東は伊東市、北西は沼津市、北は伊豆の国市と接する。南東部に天城山や遠笠(とおがさ)山、南に天城峠があり、全面積の8 ...
17. 伊豆国画像
日本大百科全書
い静岡県に編入された。伊豆諸島は1878年東京府に編入され、現在に至っている。 伊豆の産業は天城山(あまぎさん)を中心とした林業に関するものが多く、古代の伊豆手 ...
18. 伊豆国
世界大百科事典
近世中期の伊豆は,江戸地回り経済圏に入り,天城炭,伊豆石,海産物等を江戸市場に送った。天城炭は,天城山御林で御用材の原材の下付をうけて製炭,江戸に運搬され,江戸 ...
19. いずのくに【伊豆国】画像
国史大辞典
津藩などの領地もあった。江戸時代には、江戸との関係から、産業・経済・文化の発達が著しかった。天城山御林を基礎とする林業、なかんずく伊豆炭や椎茸栽培・山葵業、漁業 ...
20. いずのくに【伊豆国】静岡県
日本歴史地名大系
突出して産業が多く、運上・冥加・小物成など金納物が多い。〔産業〕伊豆の産業は天城山系と海岸線の産業とに分れる。天城山系では金山に始まり、後期には椎茸・山葵・炭な ...
21. 伊豆半島画像
日本大百科全書
タイなどの海面養殖が盛んである。 伊豆は降水量が多く、天城山では年降水量3000ミリメートルを超え、森林の生育条件に適し、林産資源に恵まれ国有林面積も広い。天城 ...
22. 伊豆半島
世界大百科事典
エンドウやカーネーション,マーガレットなどの花卉,天城山間渓谷のワサビなどがある。北伊豆の水田利用のイチゴ栽培は観光農業として拡大した。天城山地の森林は近世に御 ...
23. いず‐はんとう[いづハンタウ]【伊豆半島】
日本国語大辞典
静岡県東部の半島。相模灘、駿河湾にはさまれる。富士火山帯に属する天城山、達磨山などの火山がある。熱海、伊東、修善寺、熱川などの温泉がある。磯浜海岸で、黒潮の影響 ...
24. いぜなじま【伊是名島】沖縄県:伊是名島・伊平屋島/伊是名村
日本歴史地名大系
面積一四・五平方キロ。最高点(大野山)は標高一一九・九メートル。ほかに主要な山・丘として、中央部に位置する天城山(一〇二メートル)、南東部に位置するチヂン山(一 ...
25. いちやまむら【市山村】静岡県:田方郡/天城湯ヶ島町
日本歴史地名大系
馬四四・牛三。椎茸は瓜生野十分一役所(現修善寺町)に分一金を納めて江戸へ売出した。男は作間に天城山に入り樫小道具作り。大工二名、桶屋・紺屋がいた。猟師鉄砲が一挺 ...
26. いっしきむら【一色村】静岡県:賀茂郡/西伊豆町
日本歴史地名大系
舟役(伊豆南西海岸)。「掛川誌稿」によると家数一二七・人数五一一。宝暦九年(一七五九)村民が幕府の許可を受け天城山の雑木で木炭を焼き、伊豆炭生産の嚆矢となったと ...
27. 伊東(市)画像
日本大百科全書
土産(みやげ)となっている。また、相模灘に面した川奈港はブリ漁業で知られる。川崎文昭観光西に天城山系、東に相模灘を望む風光明媚(めいび)な所で、大半が富士箱根伊 ...
28. 伊東[市]
世界大百科事典
市制。55年宇佐美・対島の両村を編入し,現在の伊東市となった。人口7万1437(2010)。天城山を背に相模灘に向かって開ける観光保養都市。古くは伊東荘,宇佐美 ...
29. いとうし【伊東市】静岡県
日本歴史地名大系
北は熱海市、南は賀茂郡東伊豆町、西は田方郡大仁町・中伊豆町に接する。西は箱根山系とそれに続く天城山系によって伊豆半島中央部の田方平野と分たれ、標高四〇〇メートル ...
30. 埋れ木細工
日本大百科全書
硯箱(すずりばこ)、鷹(たか)置物、アクセサリーなどがつくられ、仙台地方の名産品となっている。ほかに、伊豆天城山(あまぎさん)の細工も有名である。秋山光男 ...
31. うりゅうのむら【瓜生野村】静岡県:田方郡/修善寺町
日本歴史地名大系
勤めた(「三島宿助郷帳」飯田家文書)。下田街道では幕末に本立野村継立の差村を勤めた(伊豆長岡町史)。天城山からの出物の集積地で、名主大城家に分一金を取立てる番所 ...
32. ウンゼンツツジ画像
日本大百科全書
あり、雄しべは5本で長い花柱とともに花冠の外に出る。果実は卵形、長さ約5ミリメートル。静岡県天城山(あまぎさん)以西の本州、四国、九州の鹿児島の山地に分布する。 ...
33. 江戸温泉紀行 167ページ
東洋文庫
木の末三ツに成て葉をいだす。故に三ツまたとも云。この雁皮紙になるは、山におのづから生立たるを切也。「髪のは皆、天城山より出す木なり」とかたる。宿へ行てあるじに逢 ...
34. 江戸近郊道しるべ 256ページ
東洋文庫
元禄六年と彫む、この堂艮(北東)に向ひ、坤(南西)をうしろにす、横に海面を望む、辰の二分に、伊豆の天城山を見る、其余は、天くもりて山を見ず、磯にはあし、萩のみし ...
35. おおかわむら【大川村】静岡県:賀茂郡/東伊豆町
日本歴史地名大系
[現]東伊豆町大川 天城山系万二郎岳の東側に位置し、村の北側を東流する大川は相模灘に流入する。南北に東浦路が通る。北条氏所領役帳に大川とみえ、もと桑原又三郎が知 ...
36. おおそうりむら【大沢里村】静岡県:賀茂郡/西伊豆町
日本歴史地名大系
[現]西伊豆町大沢里 一色村の北東、仁科川上流に位置する。天城山の猫越峠を越えて三島宿に至る道が通る。白川・禰宜ノ畑・大城・宮ヶ原に分れ、人家が隔たり四村のよう ...
37. おおつかいせき【大塚遺跡】静岡県:田方郡/修善寺町/大平村
日本歴史地名大系
中期後半―後期前葉各時期のものが認められ、地点によって中心となる時期が異なる傾向がある。またこれらの遺構を天城山起源のカワゴ平パミスが覆うことが確認されている。 ...
38. おおなべむら【大鍋村】静岡県:賀茂郡/河津町
日本歴史地名大系
「掛川誌稿」では家数六六・人数三七〇。茶木上木年貢がある(安政二年「年貢割付状」大鍋区有文書)。農間に天城山より雑木を伐り出し薪・炭として売っていた(明治二年「 ...
39. おおひとちょう【大仁町】静岡県:田方郡
日本歴史地名大系
面積:四三・五六平方キロ 北伊豆のほぼ中央部に位置し、東は箱根から天城山系に連なる山地で熱海市・伊東市と境を接し、西は伊豆長岡町と狩野川で境し同川の沖積地となっ ...
40. おおひとむら【大仁村】静岡県:田方郡/大仁町
日本歴史地名大系
天保三年には瓜生野村が当村などに対して鮎の友釣の禁止を願出ている(「北江間村年表」小川家文書)。天城山や日向御林(現修善寺町)から伐り出した木材を水晶山麓で筏に ...
41. おどいむら【小土肥村】静岡県:田方郡/土肥町
日本歴史地名大系
三ヵ村が土肥の船で運ぶ。秣刈場は東は土肥村境、北は寸場山、薪取場は修善寺越・柿木越・船原越と天城山入会。農間余業として薪江戸出し、木挽や山伐、女は萱や笹を刈る。 ...
42. 御林
世界大百科事典
木材の需要が供給をはるかに上回った初期のころの木曾・伊那山林はもとより,後の飛驒山林や,伊豆の天城山,九州の椎葉山のように優良樹木の蓄積が多く,河川による林材の ...
43. 火山帯
世界大百科事典
玄武岩の性質の相違に基づいて北部の焼山,妙高山,飯縄(いいづな)山,霧ヶ峰,八ヶ岳,茅ヶ岳,富士山,天城山などの富士火山帯(狭義)と南部の箱根,多賀,大室などの ...
44. かたせむら【片瀬村】静岡県:賀茂郡/東伊豆町
日本歴史地名大系
[現]東伊豆町片瀬 奈良本村の南、伊豆半島東岸のほぼ中央部に位置する。白田川は天城山系より東流し相模灘に流入する。河口近くを東浦路が南北に通じる。大川の三島神社 ...
45. かどのはらむら【門野原村】静岡県:田方郡/天城湯ヶ島町
日本歴史地名大系
文化一〇年の運上受取(小森家文書)には山椒魚の運上がみえる。炭・材木は湯ヶ島村・市山村とともに天城山元村として、天城山から伐り出していた(「湯ヶ島村明細帳」足立 ...
46. かのがわ【狩野川】静岡県:総論
日本歴史地名大系
たとされる(韮山町の→蛭島)。万治三年(一六六〇)天城山から槻一万六千本が狩野川を川下げされ江戸へ送られた(小森家文書)。御館山である天城山からの材木・炭・薪な ...
47. かののしょう【狩野庄】静岡県:田方郡
日本歴史地名大系
古代田方郡狩野郷(和名抄)を継承した庄園。庄域は狩野川水源の天城山北麓から同川を中央に挟んだ現修善寺町、右岸の現大仁町、左岸の現伊豆長岡町の一部なども含んだ同川 ...
48. かののしょう【狩野荘】
国史大辞典
伊豆国田方郡の荘園。天城山に発し北流する狩野川とその支流沿岸の低地に発達した荘園。『和名類聚抄』にみえる田方郡十三郷の一つに狩野郷がある。荘園としての初見は、 ...
49. かもむら【賀茂村】静岡県:賀茂郡
日本歴史地名大系
東は同郡天城湯ヶ島町、南は西伊豆町に接し、北・東・南の三方を山で囲まれ、西側は駿河湾に面する。天城山系から流れる大久須川などの小河川を集める宇久須川はほぼ西流し ...
50. カルデラ画像
世界大百科事典
(1)浸食カルデラ 火口が長年月の浸食作用により拡大されて生じた円形ないし馬蹄形のくぼ地(たとえば天城山)。(2)爆発カルデラ 大規模な水蒸気爆発により山体の一 ...
「天城山」の情報だけではなく、「天城山」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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富士山(日本大百科全書(ニッポニカ))
山梨・静岡両県にまたがる、玄武岩を主とする成層・円錐火山。かつての富士火山帯の主峰であるが、全国最高の標高(3776メートル)と美しい容姿のために、古来、日本の象徴として仰がれ、親しまれ、海外にもよく知られる活火山。その傾斜は山頂部で32~35度
槍ヶ岳(改訂新版・世界大百科事典)
飛驒山脈南部,長野県松本市,大町市,岐阜県高山市の境界に位置する山。標高3180mは日本第4位の高さである。山頂付近は槍の穂先のように鋭い尖峰を呈し大槍と呼ばれ,その北西斜面には小槍,孫槍,曾孫槍などの尖峰が付随する。山頂からは東鎌尾根,西鎌尾根,槍・穂高稜線,北鎌尾根の
御嶽山(日本大百科全書(ニッポニカ))
長野・岐阜県境にそびえる複式の成層火山。木曽御嶽ともいう。中央火口丘の剣ヶ峰(けんがみね)が最高峰で標高3067メートル。外輪山(摩利支天山、継母岳)、寄生火山(継子岳、三笠山)、噴火口跡(一ノ池~五ノ池)などが南北に連なり、これらを総称して御嶽山とよぶ。頂上周辺の一ノ池
おお‐やま[おほ‥] 【大山】(日本国語大辞典)
(1)大きな山。また、山の美称。*万葉集〔8C後〕一二・三一五三「み雪ふる越の大山(おほやま)行きすぎていづれの日にか我が里を見む〈作者未詳〉」
しら‐やま 【白山】(日本国語大辞典)
〔一〕石川・岐阜県境にある白山(はくさん)の古称。*古今和歌集〔905〜914〕羇旅・四一四「きえはつる時しなければこしぢなるしら山のなは雪にぞありける〈凡河内躬恒〉」
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ソメイヨシノ(日本大百科全書・日本国語大辞典)
バラ科(APG分類:バラ科)の落葉高木。オオシマザクラとエドヒガンの雑種で、明治初年に東京・染井(現在の豊島(としま)区巣鴨(すがも)付近)の植木屋から売り出されたサクラである。初めはヨシノザクラとよんでいたが、奈良県吉野山のヤマザクラと混同されやすいので
鹿島槍ヶ岳(日本歴史地名大系)
後立山連峰のほぼ中央、立山町・宇奈月(うなづき)町・長野県大町市の境界にそびえ、角閃石岩や輝石安山岩からなる。標高二八八九・七メートル。南槍・北槍の両峰が並び立ち、両峰間の吊(つり)尾根も美しい双耳峰で、しかも多くの岩場を有する
五龍岳(日本歴史地名大系)
後立山連峰のほぼ中央部、宇奈月(うなづき)町と長野県大町市との境界にそびえ立つ雄峻な岩山。標高二八一四・一メートル。五竜とも記される。割菱状の岩壁が山体の東面を構成しているので割菱(わりびし)ノ頭(あたま)とよばれたが
白馬岳(日本歴史地名大系)
後立山連峰の北部にそびえる。標高二九三二・二メートル。山頂は朝日(あさひ)町と長野県白馬(はくば)村の境界をなすが、その山体は新潟県西頸城(にしくびき)郡にもまたがり、越中・越後・信濃の三国境の山という。信州側の古絵図に両替(りようがえ)岳とあるのは
天城山(日本歴史地名大系)
伊豆半島中央の東部を占める火山。万三郎(まんざぶろう)岳(一四〇五・六メートル)を主峰とする連山で、古くは狩野(かの)山と称したとされるが、天城山は狩野山を含む呼称で、狩野山は現天城湯(あまぎゆ)ヶ島(しま)町と中伊豆町の境の嵩田(たけだ)山(竹田山)付近
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