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東洋文庫・日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典

東洋文庫
説経節 小栗判官

説経節 小栗判官



日本大百科全書(ニッポニカ)
小栗判官
おぐりはんがん

説経浄瑠璃(じょうるり)の曲名。作者、初演は不詳。正徳(しょうとく)(1711~16)末か享保(きょうほう)(1716~36)初めごろに出た佐渡七太夫豊孝の正本には『をくりの判官』とある。京都・三条高倉の大納言(だいなごん)兼家の嫡子小栗判官は、洛北(らくほく)菩薩(みぞろ)池の大蛇の化身と契ったが、罪を得て常陸(ひたち)(茨城県)に流される。やがて美女の照手姫(てるてひめ)と結婚するが、姫の一族に毒殺されてしまう。死んだ小栗は閻魔(えんま)大王の命令で、善人のゆえに娑婆(しゃば)へ帰され、餓鬼阿弥(がきあみ)と名づけられた。藤沢の上人の配慮で餓鬼阿弥は車に引かれて熊野本宮へ行き、そこで三七日の御湯に浸され、めでたく元の体に戻る。一方、照手姫は海に沈められるところを救われ、人買いの手に渡されて各地を転々とし、重労働に苦しめられるが、知らずに餓鬼阿弥の車を運び、のち小栗と再会して都へ行くという筋。

 この作は『山荘太夫(さんしょうだゆう)』と似た部分があり、人買い説話に霊験談を加えて巧みな宗教劇としている。後世への影響は大きく、浄瑠璃義太夫節(ぎだゆうぶし)では近松門左衛門の『当流小栗判官』を経て、文耕堂らの『小栗判官車街道(くるまかいどう)』(1738・竹本座初演)に書き替えられた。歌舞伎(かぶき)では『二人照手姫』(1687・市村座初演)ののち、1703年(元禄16)正月に市村座で『小栗鹿目石(かなめいし)』が、同7月には森田座で『小栗十二段』が上演された。小説では仮名草子『おぐり物語』、黒本『小栗判官』、読本(よみほん)『小栗外伝』があり、幕末期には説教源氏節にも入った。また、神奈川県藤沢市の時宗(じしゅう)本山遊行寺(ゆぎょうじ)(清浄光寺(しょうじょうこうじ))には、1429年(永享1)に照姫(照手姫)が建てたというお堂と、小栗・照手姫ゆかりの品と称するものがあり、説教や絵解きで親しまれた。

[関山和夫]



改訂新版 世界大百科事典
小栗判官
おぐりはんがん

説経節の曲名。正本としては,古い説経から詞章を得ているといわれる御物(おもの)絵巻《をくり》と,奈良絵本《おくり》が注目される。奔放な振舞いが災いして都から常陸へ流された小栗が,相模の豪族横山の一人姫照手(てるて)と強引に契るに及んで怨みを買い,横山によって毒殺されるまでを前半とする。後半は横山の館を追放された照手が水仕(みずし)(奴隷)にまで落ちながら小栗への愛を忘れず,冥界からよみがえった餓鬼身(がきしん)の小栗を乗せる土車の先導役となり,物狂いの姿で熊野へと送りこむ。〈湯の峯〉の湯を浴びて復活した小栗は照手と結ばれ,後に美濃国安八郡(あんはちのこおり)に荒人神(あらひとがみ)として現れ,照手も結神(むすぶのかみ)に祭られる。荒馬鬼鹿毛(おにかげ)の曲乗りなどに小栗の英雄としての片鱗を見るが,その小栗を生と死の二つの世界にわたって見守り続けた照手に,この作の力点が置かれている。近松門左衛門の《当流小栗判官》,折口信夫の《餓鬼阿弥蘇生譚》《小栗判官論の計画》がある。

 小栗判官は悪の魅力をそなえた人物として形象され,その本質は力の表現としての〈荒(あれ)〉の系譜につながる。近世の歌舞伎の世界の雷神,牛頭(ごず)天王,四天王,竜神,鍾馗(しようき)など荒神(こうじん)とか荒人神とかいったものの前身であり,〈荒事(あらごと)的〉な悪の始源に位置するものである。説経の作中で閻魔大王が〈あの小栗と申するは,娑婆にありしそのときは善と申せば遠うなり,悪と申せば近うなる,大悪人の者なれば〉というが,それは倫理的な悪ではなく,自由で気ままな行動力が生んだ悪というほどの意味である。小栗を表現するのに〈小栗不調(ふぢよう)の者なれば〉という言葉もある。〈不調〉とは常軌を逸している,ほしいままにふるまう,またみだらでだらしないという注釈がある。鞍馬の毘沙門の申し子として二条大納言兼家の嫡子と生まれた小栗は72人の妻嫌いをして定まる御台所がない。あるとき御菩薩池(みぞろがいけ)の大蛇と契り,帝の怒りにふれて常陸へ流罪となる。これは物語の発端の部分の展開であるが,不調の者の面目はすでに躍如としている。また,常陸の大守でありながら相模の横山の一人姫照手と強引に契りを結んでしまうのも,血縁的地縁的な共同体によって結束している在地豪族にとって,外者(よそもの)小栗の重大な侵犯である。しかし,不調の者としての放胆な行動力だけでなく,一転して罪穢を担った醜悪な餓鬼の姿という相反する契機が共存するところに中世的な悪の英雄としての特徴があるといえよう。
[岩崎 武夫]

[索引語]
おくり 照手


新版 日本架空伝承人名事典
小栗判官
おぐりはんがん
 説経節などの民間の語り物などに登場する主人公の名。照手姫との哀話で有名。細部には異伝も多いが、ほぼ次のような物語である。大蛇と契ったかどで常陸国に流された小栗判官は、相模、武蔵両国の豪族横山氏の一人姫照手が絶世の美人だと聞いて、横山一門の承認もえずにこれと契る。これを知った横山は激怒して小栗を人食い馬鬼鹿毛おにかげの餌食にして殺そうとするが失敗し、再び計略を用いて毒殺する。横手は照手をも淵に沈めようとするが、照手は家従鬼王・鬼次のはからいで牢輿のまま流され、人買の手に渡り諸国を転々とする。ついに青墓の宿の万屋の長に買い取られ、常陸小萩と呼ばれて下の水仕みずし(水仕事をする下級の下女)として激しい労働をさせられる。死んだ小栗は餓鬼身がきしんとして蘇生し、藤沢の上人によって土車に乗せられ人々の慈悲によって熊野に運ばれて、湯の峰の湯を浴びもとの身に復活する。途中、それとは知らずに照手もこの車を引くが、これが機縁となって小栗と再会し、横手に復讐ふくしゅうする。この物語の片鱗は、古く『鎌倉大草紙』に見えるところから、享徳年間(一四五二‐五五)、鎌倉公方家と管領家の闘諍に連座して滅んだ常陸の小栗氏の御霊を鎮めるために、常陸国真壁郡小栗の地の神明社と関係のあった神明巫女が語り出したものが、藤沢の時衆の道場に運ばれて、時衆文芸と成長したものと考えられている。小栗が鬼鹿毛を乗り鎮めるなどに、馬の家の伝承が流れこんでいると考えられるが、相模国を中心として御霊神祭祀をつかさどり、牧をも経営した大庭氏の職掌に関係しているのではないかとされている。しかし、一方では、小栗が鞍馬の毘沙門天の申し子、照手が日光山の申し子とされ、死後には小栗が墨俣すのまたの正八幡(異伝には常陸国鳥羽田)、照手は墨俣の結ぶ神社(異伝では都の北野の愛染堂)に祭られたとするなど、各地の伝承が流れこんでいるようである。説経節以外にも和讃や瞽女ごぜ歌などにも歌われ、浄瑠璃や歌舞伎にも脚色されている。伝説としては常陸、武蔵、相模、美濃、紀伊などに多く、尾張や和泉には小栗街道と称される道路もある。
[山本 吉左右]
今度小栗忍びて三州へ落行けり。其子小次郎はひそかに忍びて関東にありけるが。相州権現堂といふ所へ行けるを其辺の強盗ども集りける処に宿をかりければ。主の申は。此牢人は常州有徳仁の福者のよし聞。定て随身の宝あるべし。打殺して可〓取由談合す。乍〓去徤なる家人どもあり。いかゞせんといふ。一人の盗賊申は。酒に毒を入呑せころせといふ。尤と同じ宿々の遊女どもを集め。今様などうたはせをどりたはぶれかの小栗を馳走の躰にもてなし酒をすゝめける。其夜酌にたちけるてる姫といふ遊女。此間小栗にあひなれ此有さまをすこししりけるにや。みづからもこの酒を不〓呑して有けるが。小栗をあはれみ此よしをささやきける間。小栗も呑やうにもてなし酒をさらにのまざりけり。家人共は是をしらず。何も酔伏てけり。小栗はかりそめに出るやうにて林の有間へ出てみければ。林の内に鹿毛なる馬をつなぎて置けり。此馬は盗人ども海道中へ出大名往来の馬を盗来けれども。第一のあら馬にて人をも馬くひふみければ。盗ども不〓叶して林の内につなぎ置けり。小栗是を見てひそかに立帰り。財宝少々取持て彼馬に乗。鞭を進め落行ける。小栗は無双の馬乗にて片時の間藤沢の道場へ馳行上人を頼ければ。上人あはれみ時衆二人付て三州へ被〓送。かの毒酒を呑ける家人并遊女少々酔伏けるを河水へながし沈め財宝を尋取。小栗をも尋けれどもなかりけり。盗人どもは其夜分散す。酌にたちける遊女は酔たる躰にもてなし伏けれどももとより酒をのまざりければ水にながれ行。川下よりはひ上りたすかりけり。其後永享の比小栗三州より来て彼遊女をたづね出し。種々のたからを与へ。盗どもを尋。みな誅伐しけり。其孫は代々三州に居住すといへり。
鎌倉大草紙
 さあらば、小栗、一人を戻せと、閻魔大王様の自筆の御判を、お据えある。「この者を、藤沢の御上人の、明堂聖の、一の御弟子に渡し申す。熊野本宮、湯の峯に、お入れあって、たまわれや。熊野本宮、湯の峯に、お入れあって、たまわるものならば、浄土よりも、薬の湯を上げべき」と、大王様の、自筆の御判を、お据えある。にんは杖という杖で、虚空を、はったと、お打ちあれば、あらありがたの御ことや、築いて、三年になる、小栗塚が、四方へ、割れてのき、卒塔婆は前へ、かっぱと転び、群烏、笑いける。藤沢の御上人は、なんとかたへ御ざあるが、上野が原に、無縁の者があるやらん、鳶烏が笑うやと、立ち寄り御覧あれば、あらいたわしや、小栗殿、髪は、ははとして、足手は、糸より細うして、腹は、ただ鞠を、括たようなもの、あなたこなたを、這い回る。両の手を、おし上げて、もの書くまねぞしたりける。かせにやよひと書かれたは、六根かたわ、など読むべきか。さてはいにしえの小栗なり。このことを、横手一門に、知らせては、大事と思しめし、おさえて、髪を剃り、形が、餓鬼に似たぞとて、餓鬼阿弥陀仏とおつけある。(中略)御上人も、胸札に、書き添えこそはなされける。「この者を、一引き引いたは、千僧供養、二引き引いたは、万僧供養」と、書き添えをなされ、土車を作り、この餓鬼阿弥を乗せ申し、女綱男綱を打ってつけ、御上人も、車の手縄にすがりつき、えいさらえいと、お引きある。
説経節小栗判官
すはや小栗の最期を見んと。横山一家老若男女。我も〓〓と見物す。斯て兼氏主従は。厩の体を見給ふに。八角の楠四方にゑり込み。四寸四角のくろがねにて蛛手格子を切組。鉄くさりを以て八方へ繋ぎ。関木蝦錠しつとと下し。名にし負ふ鬼鹿毛や。鬼一口と悦びて。前踠まへがきして高嘶き。天にも響くばかりなり。(中略)稲妻よりも猶早く。其身軽げにのり〓〓。乗た姿の。やれさてしほらしや。少時歩ませ声をかけ。弓手に控へ馬手に押へてしつとゝ打つ。双の鐙の強弱や。馬と人との息遣ひ。しやんとしめたる諸手綱。肩から腰から手の内に。一つの秘伝有明の。空行く月に鞭を揚げ。じせんりせつなの駿馬の曲。是をなづけて桜狩父母のたづなといふとかや。りうかうさうかう瑪瑙の鞭。手綱掻繰り。くる〓〓〓〓。ゑりくりゑん所の馬場の堤。乗上げ乗下げ乗下す跳上ればしつかと留め。乗静めては駈出す。馬は名馬乗者は達者。轡の音。りん〓〓〓〓。松吹く風は颯々さつさつ。さつと棚引く馬烟り。土を蹴立し其猛勢。竜吟ずれば雲起り。虎嘯けば風騒ぐ。末野の草葉むねわけに踏乱し踏しだき。雲雀の床の芝繋ぎ。只ある処に乗静め。ひらりと飛で下り給ひ。斯く口弱き此馬を。など鬼鹿毛とはつけられしぞ。御免候へ横山殿と。袖かき合せ一礼ある。馬上の見事さ鞍の内。前代当代末代に。例し少なき達者かな。いや〓〓〓〓乗たり〓〓〓〓と。上下思はず声を揚げ。どつとどよめく其音は。暫く鳴りも沈まらず。馬は馬頭観音の。神通威力あるゆゑに。小栗の判官兼氏の。自然仏智に感諾し。四足を折て礼拝し。三度いななきしづ〓〓〓〓〓〓と。元の厩に立帰る。
当流小栗判官二段目「小栗鬼鹿毛曲乗の段」
にげ尻でかいばくわせる寺おとこ
編者/評者:呉陵軒可有ら(編)
出典:『誹風柳多留』
編・相印(月)・番号(枚、丁、日):5‐37
刊行/開き:1765~1840年(明和2~天保11)(刊)
荒馬鬼鹿毛に乗って藤沢遊行寺へ逃げて救われたが、寺男は荒馬をもて余し気味であったろうとの趣向。
山道は油がいると小栗いゝ
編者/評者:呉陵軒可有ら(編)
出典:『誹風柳多留』
編・相印(月)・番号(枚、丁、日):76‐8
刊行/開き:1765~1840年(明和2~天保11)(刊)
「油」は土車にさす油。
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小栗判官の関連キーワードで検索すると・・・
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検索コンテンツ
1. 小栗判官
日本大百科全書
後世への影響は大きく、浄瑠璃義太夫節(ぎだゆうぶし)では近松門左衛門の『当流小栗判官』を経て、文耕堂らの『小栗判官車街道(くるまかいどう)』(1738・竹本座初
2. 小栗判官
世界大百科事典
照手に,この作の力点が置かれている。近松門左衛門の《当流小栗判官》,折口信夫の《餓鬼阿弥蘇生譚》《小栗判官論の計画》がある。 小栗判官は悪の魅力をそなえた人物と
3. おぐり‐はんがん[をぐりハングヮン]【小栗判官】
日本国語大辞典
*浮世草子・昼夜用心記〔1707〕一・六「あちらには出羽播磨ぶし、こなたには加賀掾角太夫ぶし。説経は小栗判官(ヲグリハングヮン)林清ぶしに涙をこぼし」
4. おぐりはんがん【小栗判官】
日本人名大辞典
説経節などの登場人物。常陸(ひたち)(茨城県)に流罪となり,豪族横山氏のうつくしい娘照手(てるて)姫に婿入りするが,一門の者に毒殺される。やがて餓鬼の姿でよみが
5. おぐりはんがん【小栗判官】
日本架空伝承人名事典
照手姫との哀話で有名。細部には異伝も多いが、ほぼ次のような物語である。大蛇と契ったかどで常陸国に流された小栗判官は、相模、武蔵両国の豪族横山氏の一人姫照手が絶世
6. 小栗判官[文献目録]
日本人物文献目録
【書誌】:0件 【図書】:0件 【逐次刊行物】:1件 『小栗判官伝説私見』高木敏雄
7. 小栗判官(著作ID:119868)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがん 黒本 
8. 小栗判官(著作ID:1088013)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがん 実録 
9. 小栗判官(著作ID:4370920)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがん 浄瑠璃 説経 
10. 小栗判官(著作ID:4388445)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがん 村井弦斎(むらいげんさい) 作 若松若太夫一世(わかまつわかたゆう1せい) 浄瑠璃 説経 
11. おぐり判官(著作ID:292546)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがん をくりの判官 おくりの判官 小栗の判官 小栗判官 説経おぐり判官 浄瑠璃 説経 
12. おぐりはんがんもの【小栗判官物】
歌舞伎事典
藤沢の遊行寺(清浄光寺)と関係の深い人々の間で物語的に発展形成され、それに取材して説経節《小栗判官》が成ったものと思われる。《小栗判官》の話は、小栗が大蛇の化身
13. 小栗判官一代記(著作ID:430002)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんいちだいき 
14. 小栗判官車街道(著作ID:119879)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんくるまかいどう 竹田出雲一世(たけだいずも1せい) 文耕堂(ぶんこうどう) 浄瑠璃/義太夫 元文三初演
15. 小栗判官車街道(著作ID:119880)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんくるまかいどう 脚本 元文四初演
16. 小栗判官車街道(著作ID:119904)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんくるまかいどう 絵本番附 
17. 小栗判官甦活物語(著作ID:461950)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんそせいものがたり 小栗判官甦活物語 
18. 小栗判官照手の姫(著作ID:119915)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんてるてのひめ 説経 
19. 小栗判官照手姫/容顔竝の段さいもん(著作ID:1075554)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんてるてひめ/きりょうくらべのだんさいもん 歌謡 
20. 小栗判官照手姫/ちょんがれぶし(著作ID:444133)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんてるてひめ/ちょんがれぶし 歌謡 
21. 小栗判官照手姫/万屋本陣入の段(著作ID:4130647)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんてるてひめ/よろずやほんじんいりのだん 浄瑠璃 
22. 小栗判官照手姫清水のだん(著作ID:1080111)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんてるてひめきよみずのだん 説経さいもん/小栗判官てる手姫清水のだん 小栗判官照手姫清水のだん 説経 
23. 小栗判官照手ひめくどき(著作ID:1955131)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんてるてひめくどき 歌謡 
24. 小栗判官駿馬誉(著作ID:119926)
新日本古典籍データベース
おぐりはんがんめいばのほまれ 楽亭西馬(らくていさいば) 作 歌川芳虎(うたがわよしとら) 画 合巻 嘉永五刊
25. 小栗判官照手姫くどき(著作ID:4376241)
新日本古典籍データベース
おぐりほうがんてるてひめくどき 
26. 忠臣金短冊(著作ID:370274)
新日本古典籍データベース
ちゅうしんこがねのたんじゃく 小栗判官横山郡司/忠臣金短冊 並木宗輔(なみきそうすけ) 小川文助(おがわぶんすけ) 安田蛙文(やすだあぶん) 浄瑠璃/義太夫 享
27. 説経節 山椒太夫・小栗判官他
東洋文庫
中世末の民衆の間に育った芸能,説経節のなかから,とくに著名な「山椒太夫」「苅萱」「信徳丸」「愛護若」「小栗判官」を選んでその語り口をそのままに伝え,「信田妻」を
28. 当流小栗判官(著作ID:386889)
新日本古典籍データベース
とうりゅうおぐりはんがん おくり判官 近松門左衛門(ちかまつもんざえもん) 浄瑠璃 
29. あおはかしゅく【青墓宿】岐阜県:大垣市/旧多藝郡・不破郡地区/青墓村
日本歴史地名大系
」に登場する美濃の傀儡は、おそらく青墓宿を拠点としたものであろう。室町時代に成立した説経節「小栗判官」には、人買いの手を経て青墓宿の「君の長」のもとに売られてき
30. あさ‐あらし【朝嵐】
日本国語大辞典
らし」(2)馬が驚いた時、これをしずめるために鼻の上に打つあらしの鞭をいうか。*浄瑠璃・当流小栗判官〔1714頃〕曲乗り「陰陽(いんやう)のむち、あさあらし、大
31. あら‐しごと【荒仕事】
日本国語大辞典
〔名〕(1)骨の折れる仕事。特に、激しい肉体労働。力仕事。*浄瑠璃・当流小栗判官〔1714頃〕四「下の水仕(し)のあらしごと、あらいとをしき心也」*雑俳・折句大
32. あらしばむら【新柴村】静岡県:駿東郡/小山町
日本歴史地名大系
七、馬一〇。山裾の丘陵字丸塚に曹洞宗円通寺がある。寺伝によれば応永年間(一三九四―一四二八)小栗判官助重が愛馬鬼鹿毛を供養して字横山の山裾に馬頭観音を祀り、鬼鹿
33. アラビアン・ナイト 2 1ページ
東洋文庫
伝説.童話〉  瀬 田 貞 二解説㎜説経節       蝋本木吉左燦編注     〈山淑太夫・小栗判官他〉㎜羅生門の鬼      鵜辮畝雌解糖㎜㎜将門記12全二
34. あられ‐ながし【霰流】
日本国語大辞典
〔名〕馬の、曲乗りの一種。*浄瑠璃・当流小栗判官〔1714頃〕曲乗り「抑々馬に七箇(か)の秘事、三箇の手綱、〈略〉あられながしといふ曲を、乗り返し引かへし」
35. あん‐がい[‥グヮイ]【案外】
日本国語大辞典
ヮイ)をふるまひけれど、追付(おっつけ)明所(あかりどころ)へ出てからの事と」*浄瑠璃・当流小栗判官〔1714頃〕一「此横山が館(たち)にふんごみあんぐゎい吐か
36. いい‐わけ[いひ‥]【言訳・言分】
日本国語大辞典
の弁解(イヒワケ)を聞かんとにあらず」(3)過失や罪をわびること。わび。謝罪。*浄瑠璃・当流小栗判官〔1714頃〕一「なんぎせんふびんさに、びんぎをうかがひ、い
37. いじ‐むじ
日本国語大辞典
〔1735〕一「いよいよ大悲のお力で、いぢむぢのない様に」*浄瑠璃・小栗判官車街道〔1738〕四「跡でいじむぢのないやうに、極の旅籠代受取ったら渡せ」
38. いち か 八(ばち)か
日本国語大辞典
つかないことを、運を天にまかせて思いきってやってみること。のるかそるか。一か六か。*浄瑠璃・小栗判官車街道〔1738〕道行「一か罰(バチ)かの仕上を見るも、此地
39. 一(いち)か八(ばち)か
故事俗信ことわざ大辞典
但し釈迦になられたか、いちかばちかが知りたい」やぶにまぐわ(1718)二・六付「一かばち」浄瑠璃・小栗判官車街道(1738)道行「一か罰(バチ)かの仕上を見るも
40. いちかわえみさぶろう【市川笑三郎】[付録]
歌舞伎事典
伎《オグリ》で、女郎屋の近江屋女将という年増を、十代でみごとにこなした。まだまだ若いのに、《小栗判官》の万長の後家お槙、《白石噺》の井筒屋女房お吉、《夏祭》のお
41. いちかわえみの【市川笑野】[付録]
歌舞伎事典
藤間微之佑 昭和54。長野県 平成9・7三世市川猿之助に入門し、歌舞伎座《夏祭》の仲居、《当世流小栗判官》の腰元ほかで市川笑野を名のり、初舞台。
42. いちかわえみや【市川笑也】[付録]
歌舞伎事典
歌舞伎の伝統を、猿之助が明示したのである。とにかく美しく、《千本桜》の静御前、若葉の内侍、《小栗判官》の照手姫、《独道中》の重の井姫、《骨寄せの岩藤》のおつゆな
43. いちかわえんのすけ【市川猿之助】[付録]
歌舞伎事典
岩藤》の演出と演技で芸術祭優秀賞。昭和58・5‐6訪欧歌舞伎教室を行う。昭和58年度《当世流小栗判官》《義経千本桜》の企画および舞台成果で第二五回毎日芸術賞。昭
44. いちかわえんや【市川猿弥】[付録]
歌舞伎事典
《千本桜》でやった役は、四の切の亀井六郎は持ち役で、鳥居前の弁慶、入江丹蔵、猪熊大之進、そして道行の藤太。《小栗判官》で宗十郎から受け継いだ矢橋の橋蔵、《国性爺
45. いちかわもんしょう【市川門松】[付録]
歌舞伎事典
昭和62・10‐11ヨーロッパ公演、平成1・9アメリカ公演に参加。平成5・7歌舞伎座《実盛物語》《小栗判官》の馬で奮闘賞。平成5・9ヨーロッパ公演、平成8・8‐
46. いちかわりゅうぞう【市川龍蔵】[付録]
歌舞伎事典
平成4・4市川右近の門下となり、新橋演舞場《オグリ》の小栗の郎党ほかで市川龍蔵と改名。平成5・7《小栗判官》の馬で歌舞伎座賞奮闘賞。平成5・9ヨーロッパ公演、平
47. いでえびさわむら【井出海老沢村】茨城県:真壁郡/協和町
日本歴史地名大系
支配した小栗氏の菩提寺で、小栗助重が嘉吉二年(一四四二)に創建した曹洞宗太陽寺の墓地に助重の父小栗判官満重を供養する多宝塔があり、周囲に小栗十勇士の五輪塔がある
48. いろ【色】[方言]
日本方言大辞典
川郷民俗語彙稿(渡辺行一)1939 香川県829香川県方言辞典(近石泰秋)1976浄瑠璃当流小栗判官五「いろを着して十四五人、棺を寺内へ舁ぎ入れ」《いろー》 山
49. いろ【色】
日本国語大辞典
キル〈訳〉喪服を着る」*咄本・福祿寿〔1708〕三「死んだ時葬礼にいろを着るが」*浄瑠璃・当流小栗判官〔1714頃〕五「いろを着して十四五人、棺を寺内へ舁ぎ入れ
50. いろ‐こそで【色小袖】
日本国語大辞典
03〕一・忍組「我が恋は綟子(もじ)の袋に色小袖、何とつつめど色にいでさふろ」*浄瑠璃・当流小栗判官〔1714頃〕五「前垂(まへだれ)だすきぬぎすてて、情模様の
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じょう‐るり[ジャウ‥]【浄瑠璃】(日本国語大辞典)
(1)仏語。清浄、透明な瑠璃。また 清浄なもののたとえ。(2)平曲・謡曲などを源流とする音曲語り物の一つ。室町時代の末に、広く民衆に迎えられた琵琶や扇拍子を用いた新音曲の中、牛若丸と浄瑠璃姫との恋物語を内容とする「浄瑠璃物語(十二段草子)」が流行したところから
古浄瑠璃(国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
竹本義太夫と近松門左衛門の提携による新しい浄瑠璃に対して、それ以前の浄瑠璃をいう。従来、貞享二年(一六八五)竹本座二の替り興行の『出世景清』(近松作)を新浄瑠璃のはじめとする説(『外題年鑑』など)が多く行われた。浄瑠璃史の上ではそのころから完成期に入り
竹本義太夫(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
義太夫節の開祖で、竹本座の創設者。大坂・天王寺村の農家に生まれ、幼名を五郎兵衛という。早くから井上播磨掾の浄瑠璃にあこがれ、播磨の門弟清水理兵衛が『上東門院』を興行した際、そのワキを勤めた。1677年(延宝5)京都四条河原の宇治座『西行物語』に出演して嘉太夫
太夫(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
ある種の芸能人、神職、遊女などの称号または敬称。大夫とも書く。元来は中国の官制に倣った官位の一種で、五位の称である。古代に、五位の者が儀式およびそれに伴う芸能をつかさどったことから、転じて、神事芸能を奉仕する神職や芸能人の称となった。神事舞太夫、猿楽の太夫
植村文楽軒(改訂新版・世界大百科事典)
人形浄瑠璃文楽の芝居(後の文楽座)の創始者。本名正井(一説に征木)与兵衛。淡路国仮屋(一説に阿波国)出身。竹本座,豊竹座廃絶後の寛政年間(1789-1801)に大坂に出て,道頓堀の東,高津橋南詰西の浜側に人形浄瑠璃の席を開いた。〈文楽軒〉は本人の素人義太夫の芸名
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「小栗判官」は古典文学に関連のある記事です。
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紫式部日記(日本古典文学全集)
〔一〕秋の色合いが、あたり一帯に立ちそめるにつれて、ここ土御門のお邸のたたずまいは、言いようもなく風情がある。池の岸辺の木々の梢や、遣水の汀の草むらなど、とりどり一面に色づいて、空一帯の様子も夕映え美
このついで 堤中納言物語(日本古典文学全集)
〔一〕「起きもせず寝もせで夜をあかしては」と古歌に詠まれた春雨を、中宮が物思わしげに眺めていらっしゃる昼のころ、台盤所にいる女房たちが、「宰相中将様がいらっしゃるのですね。いつものお召し物の薫物のにお
花桜折る少将 堤中納言物語(日本古典文学全集)
〔一〕月の光にだまされて、夜深いころ、もう暁かと起きだしてしまったが、常に似ぬ早帰りをどう思っているだろう、と今別れてきた女の心中が不憫にも思われるけれど、引き返すにも遠い道のり、このまま帰るとしよう
浮世物語(日本古典文学全集)
【現代語訳】一浮世という事「ちょっと古くなりましたが、俗謡の『おかしなものだ、心というのは、自分のものでありながら、少しもままにならぬとは』という歌を、身分ある人も庶民も、男も女も、老人も若者も、みなうたっていま
御伽物語(日本古典文学全集)
【現代語訳】第一荒れ果てた寺を再興した僧の事昔の人で、時を惜しんで、灯を掲げ、夜を昼のように明るくして、続けて過した人がいる。それなのにあなたはなぜ、時を惜しまずお眠りなさるのか。私のような、聞いた片端から忘れる
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