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  11. 菅原伝授手習鑑

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歌舞伎事典・日本大百科事典・世界大百科事典

新版 歌舞伎事典

菅原伝授手習鑑
すがわらでんじゅてならいかがみ
 人形浄瑠璃。時代物。五段。竹田出雲・並木千柳・三好松洛・竹田小出雲合作。延享三(1746)年八月大坂・竹本座初演。竹本政太夫(二段)、竹本此太夫(三段)、竹本島太夫(四段)、吉田文三郎(菅丞相・白太夫・千代)ら出演。大好評で翌年まで八ヵ月の続演。翌四年二月には江戸の肥前座で上演。江戸中の手習師匠へ安札を配ったこともあって大入り、八月まで百数十日の大当りであった。歌舞伎では延享三年九月京・中村喜世三郎座で初演、翌四年五月には江戸・中村座でも上演。三都の人形浄瑠璃・歌舞伎は《菅原》ブームとなった。近松門左衛門作《天神記》の影響をうけ、菅原道真の配流、天満天神縁起を主筋に、道真にまつわる俗説、三つ子兄弟の巷説などを採り入れて脚色。延享三年正月竹本座では《楠昔噺》を上演。これもよく当たった。その祝の席で三好松洛が《菅原》の上演を提案、二段目を松洛、三段目を出雲、四段目を千柳が執筆することに決め、丞相と苅屋姫の生別れ(二段道明寺)、白太夫と桜丸の死別れ(三段賀の祝)、松王と小太郎の首別れ(四段寺子屋)の父子別離三題が成り立ったという伝説がある。中でも〈寺子屋〉が評判よく、「四段目の大当りは大坂中は勿論諸国の浦々山家の隅々迄も響き渡る大評判此菅原の一の当りは島太殿次は此太殿其次は政太殿」(《女大名東西評林》)と伝えている。二段目に登場する丞相の伯母覚寿は、歌舞伎では老女方の難役として〈三婆〉の一つに挙げられている。また三段目口の〈車曳〉も松王・梅王・桜丸の三つ子兄弟を揃え、荒事の演出を採り入れるなど、歌舞伎の優れた演出を見せる。人形浄瑠璃・歌舞伎ともに名作である。〈車曳〉は、歌舞伎では〈車引〉と表記することが多い。なお、三つ子の巷説は、大坂で三つ子の男子が生まれ、五〇貫目の褒美をもらい、三子とも丈夫に育ち、禁裏の牛飼を仰せ付けられたというものである。
【初段=大内】渤海国から天皇の絵姿を求めて使者が来る。藤原時平しへいは病中の天皇に代わり自分の姿を描かせようとするが、菅丞相(道真)に諫められる。【加茂堤】斎世ときよ親王と丞相の娘苅屋姫の密会を、舎人とねり桜丸が取り持つ。見付けられた親王らは落ちのびる。
【筆法伝授】筆道の奥義伝授の勅命を受けた丞相は、不義ゆえに勘当した武部源蔵を選び伝授する。そこへ大内より急の呼出しが来る。
【丞相館門前】苅屋姫の駈落ちを丞相の謀反とみられ、丞相は遠島となる。一子秀才を源蔵夫婦が連れ出す。
【二段=道行】桜丸が親王と苅屋姫を隠し、覚寿の住む土師はじの里へ向かう。
【汐待】九州へ向かう丞相が津の国安井の浜で風待ち。その間伯母覚寿との対面を許され、土師の里へ行く。
【道明寺】覚寿の娘で苅屋姫の姉立田の夫宿禰太郎とその父親が丞相を殺そうとして贋迎えを出す。丞相の木像が身替りになり、難をのがれる。
【三段=車曳】時平が舎人松王を先立てて来る。丞相の舎人梅王は桜丸とともに行列を阻もうとするが、時平の威にうたれ、果たせない。
【佐太村賀の祝】三つ子の父白太夫の七十の祝の日、時平に仕える松王と丞相に仕える梅王の喧嘩となり、松王は父に勘当を願い、梅王は九州への旅立ちの許しを請う。桜丸は丞相配流の責任を感じ切腹する。
【四段=配所・天拝山】丞相は霊夢により、安楽寺の飛梅の奇瑞をみる。梅王から時平の陰謀を聞き、怒った丞相は雷神となり、都へ飛び去る。
【北嵯峨】梅王・桜丸の女房と共に隠れ住む丞相の御台が時平方に襲われるが、山伏に助けられる。
【寺子屋】寺子屋を営む武部源蔵は、時平に菅秀才の首を出せと命じられ、その朝入門した子の首を代りに討って出す。検使の松王は実の首と認めて帰った後、再び現れ、自分の子を身替りのため入門させたことを告げる。伴った御台を秀才に引き合わせる。
【五段=大内】天変が起こり、時平一味は雷神に滅ぼされ、秀才は菅家を相続することとなる。
[鳥越 文蔵]


日本大百科全書(ニッポニカ)

菅原伝授手習鑑
すがわらでんじゅてならいかがみ

浄瑠璃義太夫節 (じょうるりぎだゆうぶし)。時代物。5段。竹田出雲 (いずも)・並木千柳 (せんりゅう)・三好松洛 (しょうらく)・竹田小出雲合作。1746年(延享3)8月大坂・竹本座初演。菅原道真 (みちざね)の史譚 (したん)・伝説・民間信仰などを取り混ぜ、近松門左衛門の『天神記 (てんじんき)』をもとに脚色。同じ合作者による『仮名手本忠臣蔵 (かなでほんちゅうしんぐら)』『義経千本桜 (よしつねせんぼんざくら)』とともに浄瑠璃の三大傑作とされる。初演の同年秋には歌舞伎 (かぶき)化、その後も人形浄瑠璃と両方で代表的人気演目になっている。

[松井俊諭]

初段―大内 (おおうち)・加茂堤 (かもづつみ)・菅原館 (やかた)(筆法伝授)・同門外

菅丞相 (かんしょうじょう)こと右大臣菅原道真は、左大臣藤原時平 (しへい)の暴逆を制して恨みを買い、息女苅屋 (かりや)姫と皇帝斎世 (ときよ)親王が舎人 (とねり)桜丸・八重夫婦の取り持ちで加茂堤で密会したのを種に、謀反と讒言 (ざんげん)され、筑紫 (つくし)へ流罪と決まる。道真から菅家秘法の書道を伝授された武部 (たけべ)源蔵は、女房戸浪 (となみ)とともに、道真の一子菅秀才 (かんしゅうさい)を時平一味から守って立ち退く。

[松井俊諭]

二段―道行詞 (ことば)の甘替 (あまいかえ)・安井の浜・覚寿 (かくじゅ)館(道明寺 (どうみょうじ))

斎世と苅屋姫は飴屋 (あめや)姿の桜丸に守られて落ち延びる。筑紫へ向かう道真は警護の役人判官代 (はんがんだい)輝国 (てるくに)の情けで、河内国 (かわちのくに)土師 (はじ)の里の伯母覚寿を訪れる。覚寿の婿宿禰 (すくね)太郎とその父土師兵衛 (はじのひょうえ)は時平にくみし、道真の命をねらうが、道真は手製の木像の奇跡に救われ、苅屋姫に別れて立ち去る。

[松井俊諭]

三段―吉田社頭(車引 (くるまびき))・佐太村(賀の祝)

桜丸は菅家の舎人梅王丸、時平の舎人松王丸と三つ子の兄弟で、梅王・桜丸は吉田社参詣 (さんけい)の時平の車を襲うが、松王に妨げられる。三兄弟は佐太村に住む父白太夫 (しらたゆう)の70歳の賀の祝いに、それぞれ女房を連れて集まるが、松王は自ら望んで父に勘当され、桜丸は道真流罪の責を負って切腹する。

[松井俊諭]

四段―配所(天拝山 (てんぱいざん))・北嵯峨 (きたさが)・寺子屋

筑紫の配所の道真は時平反逆の報を聞いて激怒し、雷神と化して都へ飛び去る。道真の御台所 (みだいどころ)園生の前 (そのうのまえ)は北嵯峨の隠れ家を時平一味に襲われ、八重はこれと戦って討ち死にするが、山伏が現れて御台を助ける。芹生 (せりょう)の里で寺子屋を営む武部源蔵は時平方に菅秀才の首を討てと命じられ、弟子入りしたばかりの小太郎を身替りにたてるが、首実検の役の松王は実の首と認めて帰ったあと、女房千代とともにふたたび訪れ、小太郎こそわが子で身替りのためわざと入門させたことを語り、自分が山伏に扮 (ふん)して救った御台を引き合わせる。

[松井俊諭]

五段―大内

時平は雷神に滅ぼされ、道真は天神として祀 (まつ)られる。

 二、三、四の各段の切 (きり)場で、3通りの親子の別れを書き分けているのが特色で、独立しての上演も多い。「道明寺」は、幻想的な物語のなかに、聖者菅公の人間的な悲しみを重厚に描き、義太夫では屈指の難曲、歌舞伎でも丞相や覚寿は最高級の難役とされる。「賀の祝」は、うららかな春の農家で美しい若衆桜丸が死んでゆく、哀切な詩情に富んだ場面で、白太夫の見せ場でもある。「寺子屋」は、首実検の緊迫感や松王の本心吐露の悲壮味、一同が小太郎を弔う段切れの哀感など、劇的にきわめて優れ、古典劇中有数の傑作として上演回数ももっとも多い。ほかに三段目口の「車引」は、歌舞伎では全編を荒事 (あらごと)で統一した演出が傑出し、様式美豊かな一幕となっている。情緒のある「加茂堤」、格調高い「筆法伝授」など、それぞれに見どころがある。

[松井俊諭]



世界大百科事典

菅原伝授手習鑑
すがわらでんじゅてならいかがみ

人形浄瑠璃。時代物。5段。竹田出雲,並木千柳(並木宗輔),三好松洛,竹田小出雲合作。1746年(延享3)8月大坂竹本座初演。竹本政太夫(二段),竹本此太夫(三段),竹本島太夫(四段),吉田文三郎(菅丞相・白太夫・千代)ら出演。大好評で翌年まで8ヵ月の続演。翌47年2月には江戸の肥前座で上演。江戸中の手習師匠へ安札を配ったこともあって大入り,8月まで百数十日の大当りであった。歌舞伎では1746年9月京都の中村喜世三郎座で初演,翌47年5月には江戸中村座でも上演。三都の人形浄瑠璃,歌舞伎は《菅原》ブームとなった。《義経千本桜》《仮名手本忠臣蔵》とともに浄瑠璃および歌舞伎の三大名作の一つといわれる。

 近松門左衛門作《天神記》の影響をうけ(天神記物),菅原道真の配流,天満天神縁起を主筋に,道真にまつわる俗説,三つ子兄弟の巷説などを採り入れて脚色。1746年正月竹本座では《楠昔噺》を上演し,大当りをとった。その祝の席で三好松洛が《菅原》の上演を提案,二段目を松洛,三段目を出雲,四段目を千柳が執筆することに決め,丞相と苅屋姫の生別れ(二段〈道明寺〉),白太夫と桜丸の死別れ(三段〈賀の祝〉),松王と小太郎の首別れ(四段〈寺子屋〉)の父子別離三題が成り立ったという伝説がある。なかでも〈寺子屋〉が評判よく,〈四段目の大当りは大坂中は勿論,諸国の浦々山家の隅々迄も響き渡る大評判。此菅原の一の当りは島太殿,次は此太殿,其次は政太殿〉(《女大名東西評林》)と伝えている。二段目に登場する丞相の伯母覚寿は,歌舞伎では老女方の難役として〈三婆〉の一つに挙げられている。また三段目口の〈車曳〉も松王,梅王,桜丸の三つ子兄弟を揃え,荒事の演出を採り入れるなど,歌舞伎の優れた演出を見せる。人形浄瑠璃,歌舞伎ともに名作である。〈車曳〉は,歌舞伎では〈車引〉と表記することが多い。なお,三つ子の巷説は,大坂で三つ子の男子が生まれ,50貫目の褒美をもらい,3子とも丈夫に育ち,禁裏の牛飼を仰せ付けられたというものである。

 (1)初段 渤海国から天皇の絵姿を求めて使者が来る。藤原時平(しへい)は病中の天皇に代わり自分の姿を描かせようとするが,菅丞相(道真)に諫められる(〈大内〉)。斎世(ときよ)親王と丞相の養女苅屋姫の密会を,舎人(とねり)桜丸が取り持つ。見付けられた親王らは落ちのびる(〈加茂堤〉)。筆道の奥義伝授の勅命を受けた丞相は,不義ゆえに勘当した武部源蔵を選び伝授する。そこへ大内より急の呼出しが来る(〈筆法伝授〉)。苅屋姫の駆落ちを丞相の謀叛とみられ,丞相は遠島となる。丞相の一子菅秀才を源蔵夫婦が連れ出す(〈丞相館門前〉)。(2)二段 桜丸が親王と苅屋姫を隠し,覚寿の住む土師(はじ)の里へ向かう(〈道行〉)。九州へ向かう丞相が津の国安井の浜で風待ち。その間伯母覚寿との対面を許され土師の里へ行く(〈汐待〉)。覚寿の娘で苅屋姫の姉立田の夫宿禰太郎とその父親が丞相を殺そうとして贋迎えを出す。丞相の木像が身替りになり難をのがれる(〈道明寺〉)。(3)三段 時平が舎人松王を先立てて来る。丞相の舎人梅王は桜丸とともに行列を阻もうとするが時平の威にうたれ果たせない(〈車曳〉)。三つ子の父白太夫の七十の祝の日,時平に仕える松王と丞相に仕える梅王の喧嘩となり,松王は父に勘当を願い,梅王は九州への旅立ちの許しを請う。桜丸は丞相配流の責任を感じ切腹する(〈佐太村賀の祝〉)。(4)四段 丞相は霊夢により,安楽寺の飛梅の奇瑞をみる。梅王から時平の陰謀を聞き,怒った丞相は雷神となり都へ飛び去る(〈配所・天拝山〉)。梅王,桜丸の女房とともに隠れ住む丞相の御台が時平方に襲われるが,山伏に助けられる(〈北嵯峨〉)。寺子屋を営む武部源蔵は,時平に菅秀才の首を出せと命じられ,その朝入門した子の首を代りに討って出す。検使の松王は実の首と認めて帰った後,再び現れ,自分の子を身替りのため入門させたことを告げる。伴った御台を秀才に引き合わせる(〈寺子屋〉)。(5)五段 天変が起こり,時平一味は雷神に滅ぼされ,秀才は菅家を相続することとなる(〈大内〉)。
[鳥越 文蔵]

[索引語]
竹田出雲(初世) 並木千柳 三好松洛 竹田小出雲 浄瑠璃三大名作 歌舞伎三大名作 苅屋姫 桜丸 松王 寺子(小)屋 梅王 藤原時平 武部源蔵 菅秀才 汐待
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国史大辞典
人形浄瑠璃義太夫節の曲名。時代物、五段。竹田出雲・並木千柳(宗輔)・三好松洛・竹田小出雲合作。延享三年(一七四六)八月大坂竹本座で初演。歌舞伎では翌年五月江戸
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15. アートな時間 舞台 十三世片岡仁左衛門二十七回忌追善狂言 菅原伝授手習鑑=小玉祥子
週刊エコノミスト 2020-21
◇十三世が得意とした菅丞相 初演から25年、当代が再び挑む 「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」は「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」と共に歌舞伎の
16. あい に 愛(あい)持(も)つ
日本国語大辞典
あいきょうたっぷりでかわいらしい。若い女性などにいう。愛に愛らし。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕四「『こちへおはいり遊ばせ』と、いふもしとやか『アイアイ』
17. 愛(あい)に愛(あい)持(も)つ
故事俗信ことわざ大辞典
あいきょうたっぷりでかわいらしい。若い女性などにいう。 浄瑠璃・菅原伝授手習鑑(1746)四「『こちへおはいり遊ばせ』と、いふもしとやか『アイアイ』と、愛(アイ
18. あおいき‐といき[あをいき‥]【青息吐息】
日本国語大辞典
強めるために重ねて用いたもの)苦しみ困った時に吐くため息。また、それが出るような様子。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕四「物も得いはず青息吐息(アヲイキトイ
19. 青息(あおいき)吐息(といき)
故事俗信ことわざ大辞典
苦しみ、困った時に吐くため息。またそのような時の様子。 浄瑠璃・菅原伝授手習鑑(1746)四「物も得いはず青息吐息(アヲイキトイキ)、五色の息を一時(いっとき)
20. あぐみ‐どき【倦時】
日本国語大辞典
〔名〕いやになる時。もてあます時。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕二「二八月は船頭のあぐみ時、得ては手の裏返します」
21. 朝茶(あさちゃ)の塩(しお)
故事俗信ことわざ大辞典
朝茶に入れたり、つまみに用いる少量の塩。転じて、ごくわずかな物のたとえ。 浄瑠璃・菅原伝授手習鑑(1746)三「大きな重箱に眼(め)へはいる様な餅七つ、朝茶(ア
22. あさぢゃ の 塩(しお)
日本国語大辞典
(朝茶の中に加えたり、つまみに用いる少量の塩の意から)ごくわずかな物事のたとえ。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕三「大きな重箱に眼(め)へはいる様な餠七つ、
23. あさ の 夜(よる)
日本国語大辞典
*浄瑠璃・丹波与作待夜の小室節〔1707頃〕中「あさのよるから見世(みせ)ざらし」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕一「朝(アサ)の夜(よル)から机を直し、た
24. あずま‐わらわ[あづまわらは]【東豎子・東孺】
日本国語大辞典
女官也」*年中行事歌合〔1366〕「春にあふあづま童の心まで君が恵をさぞ仰ぐらん」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕三「男の子なりや御所の牛飼。女良(めろ)な
25. あそば‐・す【遊】
日本国語大辞典
世草子・武道伝来記〔1687〕一・二「野沢どのの帯を御かへしあそばされませい」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕四「こちらへおはいり遊ばせと」*滑稽本・浮世風
26. あばら【肋】
日本国語大辞典
〔名〕(1)「あばらぼね(肋骨)」の略。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕二「油断太郎が弓ン手のあばら突込(つっこむ)刀に」*浄瑠璃・源平布引滝〔1749〕三
27. あぶら‐こ・い【油濃】
日本国語大辞典
主が、大のまなこにかどをたて、むなくらおっとり、すでにしめころさんとする所に」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕一「学問所の注連(しめ)が目に見へぬか、油こい
28. あぶら‐や【油屋】
日本国語大辞典
老人の人形によく用いられ、相手をからかう気持を表わす軽妙な動作をいう。「義経千本桜」のすし屋で彌左衛門、「菅原伝授手習鑑」の佐太村で白太夫が演ずる型など。【二】
29. あめ の 鳥(とり)
日本国語大辞典
つけ、吹いてふくらませながら鳥の形を造って色をつけたもの。転じて、飴細工の総称。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕二「サアサア子供衆買(かふ)たり買たり。飴(
30. 荒事
世界大百科事典
歌舞伎の演技様式の一つ。《暫(しばらく)》や《矢の根》の主人公,《曾我の対面》の五郎,《菅原伝授手習鑑》の〈車引の場〉の梅王丸などに代表される,稚気に溢れ,力に
31. あらごと【荒事】
歌舞伎事典
 歌舞伎の演技様式の一。《暫》や《矢の根》の主人公、《曾我の対面》の五郎、《菅原伝授手習鑑》の〈車引の場〉の梅王丸などに代表される、稚気に溢れ、力に満ちた勇壮活
32. ありあけ‐ざくら【有明桜】
日本国語大辞典
月の桂子もろともに」*俳諧・手挑灯〔1745〕中「三月〈略〉桜〈略〉あり明桜」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕五「音に驚き法性坊紫震殿(ししんでん)にかけ出
33. あり の=這(は)い出(で)る所(ところ)[=這(は)う隙(ひま)]
日本国語大辞典
)ほんのわずかなすき間。四方八方を固められている場合の、のがれ出られるすき間。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕四「迯支度しても、裏道へは数百人を附け置き、蟻
34. 蟻(あり)の這(は)い出(で)る所(ところ)もない
故事俗信ことわざ大辞典
ほんのちょっとのすき間もない。四方八方を厳重に囲まれて、どこにものがれ出るすきがないさま。 浄瑠璃・菅原伝授手習鑑(1746)四「迯支度しても、裏道へは数百人を
35. あんがい‐もの[アングヮイ‥]【案外者】
日本国語大辞典
〔名〕思いのほかのことをする者。特に、無礼な者。慮外者。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕三「法に過た案外者(アング〓イもの)、
36. あんごり
日本国語大辞典
〔副〕(「と」を伴うことが多い)「あんぐり」に同じ。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕一「目と目を三善の清貫も、口あんごりと明居たる」*滑稽本・七偏人〔185
37. あんじり
日本国語大辞典
*浄瑠璃・甲賀三郎窟物語〔1735〕四「切(せめ)ては顔を今一度、あんじりと見て死にたい」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕一「わしは漸(やうやう)御台様の後
38. あん‐でし【兄弟子】
日本国語大辞典
〔名〕「あにでし(兄弟子)」の変化した語。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕四「兄弟子(アンデシ)に口過(すご)す涎(よだれ)くりめをいがめてやろと」
39. あん‐ばい【塩梅・安排・按排】
日本国語大辞典
中然後成羹。按排 アンバイ塩梅、按排通用」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕三「ムウムウ、扨塩梅(アンバイ)じゃ、味(うま)し味し」*書経‐説命「若作
40. いかつ‐ごえ[‥ごゑ]【厳声】
日本国語大辞典
「お徒(かち)足軽、いかつ声、こりゃこりゃお犬のお通り、乗物すへて下馬いたせ」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕三「鉄棒(かなぼう)引て先払い、先のいて片寄(
41. いか‐・ぬ
日本国語大辞典
から、不可能を表わす。できない。だめだ。いかない。いかん。→行く〔一〕(8)。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕一「ホホよい了簡。いかぬとしってなぜ立たぬ」*
42. いす【柞・蚊母樹】
日本国語大辞典
〔名〕「いすのき(柞)」に同じ。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕一「髪の錺(かざり)の鼈甲(べっこう)もいつかは檮(イス)の引櫛とかはり果たる友
43. いずれ を 見(み)ても山家育(やまがそだ)ち
日本国語大辞典
身分の卑しい田舎育ちばかりで、役にたちそうな者はひとりもいないの意。「菅原伝授手習鑑‐寺小屋の段」の武部源蔵のせりふとして有名。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔174
44. いずれを見(み)ても山家育(やまがそだ)ち
故事俗信ことわざ大辞典
どれを見ても田舎育ちで、品のない者ばかりである。 浄瑠璃・菅原伝授手習鑑(1746)四「ヱヱ氏(うぢ)より育といふに、繁花の地と違ひ、いづれを見ても山家育(ソダ
45. いせ の 御師(おし)
日本国語大辞典
した神職。伊勢太夫。*浄瑠璃・碁盤太平記〔1710〕一「お祓いくばりのいせのおし」*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕三「伊勢の御師か何ぞの様に白太夫とお付なさ
46. いそうれ やっ
日本国語大辞典
「いそうれ」を強めた表現。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕四「現世の対面是迄也。いそふれやっと御声も、倶(とも)に烈しきはやち風」*浄瑠璃・源頼家源実朝鎌倉
47. 市川団十郎画像
世界大百科事典
はじめは実悪の役者だったが,団十郎を名のってからは実事(じつごと)を得意にして好演した。《菅原伝授手習鑑》の松王丸は一代の当り役であり,その演出を現代にまで伝え
48. いちかわだんじゅうろう【市川団十郎】
歌舞伎事典
二世幸四郎から襲名。はじめは実悪の役者だったが、団十郎を名のってからは実事を得意にして好演した。《菅原伝授手習鑑》の松王丸は一代の当り役であり、その演出を現代に
49. いち 黒(こく)直頭(ろくとう)耳小(にしょう)歯違(はちが)う
日本国語大辞典
牛は、全身黒色で、頭がまっすぐであり、耳が小さく歯並びが食い違っているのがよい。*浄瑠璃・菅原伝授手習鑑〔1746〕四「天角地眼一黒(いチこく)直頭(ロクトウ)
50. 一(いち)黒(こく)陸頭(ろくとう)耳小(にしょう)歯違(はちが)う
故事俗信ことわざ大辞典
耳小さく、歯並みのくいちがったのがよい。「一石六斗二升八合」にかけていったしゃれ。 浄瑠璃・菅原伝授手習鑑(1746)四「天角地眼一黒(いチこく)直頭(ロクトウ
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じょう‐るり[ジャウ‥]【浄瑠璃】(日本国語大辞典)
(1)仏語。清浄、透明な瑠璃。また 清浄なもののたとえ。(2)平曲・謡曲などを源流とする音曲語り物の一つ。室町時代の末に、広く民衆に迎えられた琵琶や扇拍子を用いた新音曲の中、牛若丸と浄瑠璃姫との恋物語を内容とする「浄瑠璃物語(十二段草子)」が流行したところから
古浄瑠璃(国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
竹本義太夫と近松門左衛門の提携による新しい浄瑠璃に対して、それ以前の浄瑠璃をいう。従来、貞享二年(一六八五)竹本座二の替り興行の『出世景清』(近松作)を新浄瑠璃のはじめとする説(『外題年鑑』など)が多く行われた。浄瑠璃史の上ではそのころから完成期に入り
竹本義太夫(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
義太夫節の開祖で、竹本座の創設者。大坂・天王寺村の農家に生まれ、幼名を五郎兵衛という。早くから井上播磨掾の浄瑠璃にあこがれ、播磨の門弟清水理兵衛が『上東門院』を興行した際、そのワキを勤めた。1677年(延宝5)京都四条河原の宇治座『西行物語』に出演して嘉太夫
太夫(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
ある種の芸能人、神職、遊女などの称号または敬称。大夫とも書く。元来は中国の官制に倣った官位の一種で、五位の称である。古代に、五位の者が儀式およびそれに伴う芸能をつかさどったことから、転じて、神事芸能を奉仕する神職や芸能人の称となった。神事舞太夫、猿楽の太夫
植村文楽軒(改訂新版・世界大百科事典)
人形浄瑠璃文楽の芝居(後の文楽座)の創始者。本名正井(一説に征木)与兵衛。淡路国仮屋(一説に阿波国)出身。竹本座,豊竹座廃絶後の寛政年間(1789-1801)に大坂に出て,道頓堀の東,高津橋南詰西の浜側に人形浄瑠璃の席を開いた。〈文楽軒〉は本人の素人義太夫の芸名
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明月記(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
藤原定家(ていか)の日記で「照光記」ともいう。現存は、1180年(治承4)の18歳から1235年(嘉禎1)74歳までの56年間の日次(ひなみ)日記。途中欠脱もあるが、原本の多くが冷泉(れいぜい)家時雨(しぐれ)亭文庫に現存する。冷泉家に残る譲状
節用集(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
国語辞書。もと一巻、のち二巻または三巻の体裁をとる。編者は特定できず、改編増補の過程でさまざまな人が手を入れたと考えられる。室町中期ごろに成立し、江戸初期にかけて多くの写本が成立するが、このころのものを「古本(こほん)節用集」と称して、近世の版本と
なやむ(全文全訳古語辞典・日本国語大辞典)
〔自動詞マ行四段〕{ま・み・む・む・め・め}[類義語]なやまし現代語の「なやむ」は主として精神的な苦痛を表すが、古語では、病気で苦しむ、わずらうなど、肉体的な苦痛をも表す。❶心を痛める。苦労する。難儀する。例「漕(こ)ぎのぼるに、川の水干て、悩み煩ふ
荊楚歳時記(東洋文庫・日本大百科全書)
荊楚,つまり長江中流域の湖南・湖北地方の年中行事とその由来を記した民俗資料の古典。6世紀の梁の人宗懍の著に,隋の杜公瞻(とこうせん)が注を付けたもの。訳注者の初版本への補注をもとに,より詳細な補訂を加えた
おどろく(全文全訳古語辞典・日本国語大辞典)
〔自動詞カ行四段〕{か・き・く・く・け・け}《他動詞は「おどろかす」》のんびりした状態が突然破られ、はっとする、の意。そこから、びっくりする、の意にも、はっと気づく、の意にもなる。また、眠っていて、はっと気づくことが、目がさめる、ということになる。❶
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