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  11. 山荘太夫

山荘太夫

ジャパンナレッジで閲覧できる『山荘太夫』の日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典のサンプルページ

日本大百科全書(ニッポニカ)

山荘太夫
さんしょうだゆう

長者の没落伝説で、説経浄瑠璃 (じょうるり)などの語物文芸として近世以前から語られていた安寿 (あんじゅ)と厨子王 (ずしおう)の物語。奥州五十四郡の大守岩城判官正氏 (いわきのはんがんまさうじ)が、他人の虚言による無実の罪で筑紫 (つくし)に流され、その子の安寿と厨子王の姉弟は母と、父を慕って流浪の旅に出る。途中の直江津 (なおえつ)(新潟県)で人買い商人にだまされて母は佐渡の鳥追う奴婢 (ぬひ)に、姉弟2人は由良 (ゆら)(京都府)の山荘太夫に売り渡され酷使される。姉は弟を逃がし、自分は拷問で殺される。厨子王は危難をくぐり抜け上洛 (じょうらく)し、のちに奥州の領地を安堵 (あんど)され、加えて丹後 (たんご)(京都府)五郡を賜り、山荘太夫を懲らしめ仇 (あだ)を討ち、盲目となった母にもその歌う唄 (うた)で巡り会える、という内容。青森県のいたこの語物に『お岩木様一代記』という岩木山山の神安寿姫の身の上話の口説 (くどき)があり、説経節以前の素材との関連を考えさせてくれる。山荘太夫のサンショにも三荘、山枡、山椒など種々の当て字が行われるが、柳田国男 (やなぎたくにお)はこの物語の語り手を考え、散所(算所)の太夫と説いている。もともと苦役と私刑にさいなまれた中世散所民の解放への願いが民話に伝えられたもので、祝言、歌舞、卜占 (ぼくせん)で生計をたてた彼らの語りが反映したものであろう。直江津は中世人身売買の中継地であり、「人買い舟」のモチーフも注目される。

[渡邊昭五]

山荘太夫物

丹後国由良の長者にまつわる安寿と厨子王(対王丸)の物語を脚色したもので、説経節、浄瑠璃、歌舞伎 (かぶき)、小説、節談 (ふしだん)説教などにある。説経節『さんせう太夫』は地蔵信仰を背景にしたもので、説経与七郎、佐渡七太夫の正本などが伝わる。浄瑠璃には竹田出雲 (いずも)作『三荘太夫五人嬢 (ごにんむすめ)』(1727・竹本座初演)、近松半二らの合作『由良湊千軒長者 (ゆらのみなとせんげんちょうじゃ)』(1761・竹本座)があり、姉弟の話に加え、太夫の悪事の報いで障害をもって生まれた5人の娘たちを絡ませ、複雑な趣向をたてている。歌舞伎では『三荘太夫』(1707・京都早雲座)があったが、近代にも小寺融吉が『安寿姫と厨子王丸』という戯曲を発表している。小説には、江島其磧 (えじまきせき)著『咲分五人媳 (さきわけごにんむすめ)』(1735)、山東京伝著『茶で喰ふ虫も好々三枡 (さんしょう)太夫七人娘』(1794)、桜川慈悲成 (じひなり)著『山枡太夫物語』(1795)、梅暮里谷峨 (うめぼりこくが)著『山椒太夫栄枯物語』(1823)があり、近代の森鴎外 (おうがい)著『山椒大夫』(1915)はとくに有名。寺院での節談説教でも口演され、早川賢譲述『連夜説教三荘太夫』(1894)が発行された。

[関山和夫]



世界大百科事典

山荘太夫
さんしょうだゆう

説経節の曲名。上中下3巻から成る。丹後由良(ゆら)の長者山荘太夫のもとで,譜代(奴隷)としてその過酷な運命に苦しみぬいた安寿と厨子王(ずしおう)姉弟の物語である。山荘太夫の追及をのがれて,摂津国天王寺(四天王寺)にたどりついた厨子王は,そこで賤しい身分を捨てて,もとの奥州五十四郡の主として復活することになる。この生命の転換と更新,それが行われる天王寺という場の構造と論理が,この話の枠組みをなしている。〈さんじょ〉と呼ばれる地名は各地にあり,算所,散所,産所,三荘,山荘などの字を当てているが,この語り物はその〈さんじょ〉に住む遊芸の徒,説経師によって語られたものである。さんじょの太夫が語り歩いたものが,いつか物語の人物名になったものであろう。長者没落譚とする説もあるが,山荘太夫には下人を使う支配者の像と同時に家長の権力を行使する父の印象もあって,中世末期の土豪や名主(みようしゆ)のイメージが色濃く,他方2人の姉弟は徹底して差別されている。これは,この語り物が民話のレベルをこえて支配と被支配の対立を描き,社会構造を示唆したものだからであろう。また,身代り霊験でよく知られた金焼(かなやき)地蔵の奇跡を織り込んでいる。東北から畿内へと移動する地名の展開は,説経師の足跡を知る上で貴重な記録でもある。森鷗外の小説《山椒大夫》はこの説経の正本に基づいた作品である。
[岩崎 武夫]

[索引語]
安寿 厨子王 散所 金焼(かなやき)地蔵


新版 日本架空伝承人名事典

山荘太夫
さんしょうたゆう
 説経節『山荘太夫』に登場する人物。丹後由良の悪徳長者をモデルにしたといわれている。「さんじょ」は、中近世では、算所、散所、産所、三荘、山荘などの字が当てられ、特別な性格をもつ地域であった。この語り物は、その「さんじょ」に住む遊芸の徒、説経師によって語られたもので、さんじょの太夫が語り歩いたものが、いつのまにか物語の人物名になったという説もある。山荘太夫には、土地の豪族や名主みょうしゅのイメージが強く、安寿や厨子王を譜代下人(奴隷)として酷使し、体罰を加えて姉の安寿を死に至らしめるという残忍な一面がある。無慈悲で人間的な感情をまったくもたないところが太夫の特徴である。後に奴隷の身分を脱した厨子王によって、太夫は国分寺の広庭に肩から下を埋められ、竹鋸でその首を引き斬られるという報復を受ける。太夫のような奴隷支配者に対する、下人たちの激しい怒りや憎しみが、厨子王に仮託されて、こうした処刑の場を作り出したのであろう。
安寿・厨子王
[岩崎 武夫]
厨子王殿は聞こしめし、「さても、器用に、好みたる、三郎かな。太夫が、小国を好むとも、おさえて、大国を取らすべきに、幸い、太夫には、広き、黄泉よみの国を取らせよ」との、御諚なり。「承る」と申して、太夫を取って、引っ立て、国分寺の、広庭に、五尺に、穴を掘りて、肩より、下を掘り埋み、竹鋸を、こしらえて、「構えて、他人に引かするな。子どもに引かせ、憂き目を見せよ」との、御諚なり。「承る」と申して、肩より下を、掘り埋み、まず、兄の太郎に、鋸が渡る。「太郎には、思う子細があるほどに、鋸許せ」との、御諚なり。
説経節山荘太夫
 さんそう大夫ども知らないで傭はれで見れば、五日いづがぁ三日は蝶や花やであれども、十日ねもなれば、このあんじゆがしめ、粟げ米搗げと責められる。どうしてわが身体で粟も米も搗ぐごと出来ないし、出来ないとすれば、蒲を焚いで逆さねつるして、火あぶりに責められる。仕方しかだない。さんそう大夫だて、こんな無理なものだべが、と、今度どうなるべと思てれば、てんじゆ小豆の三升も撒いで、時間ずかんをつけで、ふしてしまれど責められる。十の指がら、しゆうを流れるだけ急いで見でも、時間に合はないば、逆さねつるして、又火あぶりも切ないし、蒲は嫌ひつぁこの事だや。てんじゆ小豆は嫌ひだつぁこの事だや。人間だぢや。つけないで呉れろづのぁこの事だや。人間達や。
お岩木様一代記
是なう此花といふ薫物は、難波の親王より伝はりし、梅津大納言春久卿、相伝の御薫物、此子細をよつく知る某が古は、梅津殿の雑掌、鈴村兵庫といつし公卿侍、なう聞いておくりやれ、若い時の後先知らず、悪性所へ片足踏込み、引くに引かれぬ情の深間、高なしの大騒ぎ、遊の小尻がぎつちと詰り、有らうことか有るまいことか、大納言殿のお袖判を盗んで、能はぬ金を遣ひ捨てた、身の咎の露顕に及び、此首の落つる所、さすが長袖の了簡、命を助け此所へ流者、流人となりしは二昔以前、今こそ顔に汁気が無けれ、其時は水々田舎に見慣れぬ御所男と、死んだお婆に思ひ込まれ、此長者屋敷へ入聟、仕合を引起したも、悪性狂の一徳と心得、首の飛ぶ場を打忘れ、悪いことを善いことゝ、縁に連添ふ女房に、仕込まれたる慳貪邪見、五十年来名うてに打てし三荘大夫が目の醒め口、今此文を思はず見て、七十一まで生延びし梅津殿の御情、命の恩を今ぞ知る。元より某岩城殿が何殿やら、其姫によしみはないが、梅津殿と妹脊の契、御縁ある御方なれば、古主へ対して見捨てられず、心遣は影ながら、梅津殿への御奉公、大欲無道の聟共が、目を暗ました焼印、顔のわかちは誰とも知れまい(説経節で非情の支配者として描かれた山荘太夫は、この浄瑠璃に至って有情の人物となっている。逃亡を防ぐための焼金は、安寿でなく、自分の娘に当てられる)
山荘太夫五人嬢三段目
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1. さんしょうたゆう【山荘太夫】
日本架空伝承人名事典
(説経節で非情の支配者として描かれた山荘太夫は、この浄瑠璃に至って有情の人物となっている。逃亡を防ぐための焼金は、安寿でなく、自分の娘に当てられる)山荘太夫五人
2. 山荘太夫
日本大百科全書
(新潟県)で人買い商人にだまされて母は佐渡の鳥追う奴婢ぬひに、姉弟2人は由良ゆら(京都府)の山荘太夫に売り渡され酷使される。姉は弟を逃がし、自分は拷問で殺される
3. 山荘太夫
世界大百科事典
上中下3巻から成る。丹後由良(ゆら)の長者山荘太夫のもとで,譜代(奴隷)としてその過酷な運命に苦しみぬいた安寿と厨子王(ずしおう)姉弟の物語である。山荘太夫の追
4. 山荘太夫(著作ID:4388418)
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いとあやつりにんぎょう/なるこうた 山荘太夫 若松若太夫一世(わかまつわかたゆう1せい) 浄瑠璃 説経 昭和
6. さんせう太夫(著作ID:210344)
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さんしょうだゆう 山庄太輔 山桝太夫 山荘太夫 三荘太夫 浄瑠璃 説経 
7. さんしょうだゆう【山荘太夫】
歌舞伎事典
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8. 山庄太夫咲分娘(著作ID:1173144)
新日本古典籍データベース
さんしょうだゆうさきわけむすめ 山荘太夫咲分娘 山東京山(さんとうきょうざん) 作 勝川春亭(かつかわしゅんてい) 画 合巻 文化九刊
9. さんせう太夫(著作ID:210333)
新日本古典籍データベース
さんしょうだゆう 説経祭文/三荘太夫 さいもん/山荘太夫 説経 
10. 安寿・厨子王
世界大百科事典
ている。津軽と安寿・厨子王伝説との深いつながりをしのばせるものがある。→山荘太夫岩崎 武夫 厨子王 山岡太夫 山荘太夫 お岩木様一代記 長勝寺
11. あんじゅずしおう【安寿・厨子王】
日本架空伝承人名事典
説経節『山荘太夫(さんしょうたゆう)』に出てくる姉弟名。奥州五四郡の主、岩城判官正氏は帝の勘気をこうむり、筑紫国安楽寺に流される。その子安寿、厨子王は父を慕いま
12. 今町
世界大百科事典
越後国(新潟県)頸城郡の港町。海陸交通の要地。今町は直江津ともいい,《義経記》《山荘太夫》,謡曲《婆相天(ばそうてん)》などに直江の津,直井の浦とあり,《婆相天
13. 岩木山
世界大百科事典
裕 信仰 岩木山は津軽の総氏神的な存在であり,修験道の山,ごみそと呼ばれる巫者の行場のほか,山荘太夫伝説にちなむ山としても知られている。一方では農耕と深いかかわ
14. 梅若丸画像
日本大百科全書
小説などに登場する悲劇の少年の名。説経浄瑠璃では『梅若』または『隅田川すみだがわ』の題名で、『苅萱かるかや』『山荘太夫さんしょうだゆう』『愛護若あいごのわか』な
15. 小栗判官
日本大百科全書
重労働に苦しめられるが、知らずに餓鬼阿弥の車を運び、のち小栗と再会して都へ行くという筋。 この作は『山荘太夫さんしょうだゆう』と似た部分があり、人買い説話に霊験
16. 栗田湾
日本大百科全書
西部は丹後天橋立大江山たんごあまのはしだておおえやま国定公園に含まれて風光に富み、由良川河口付近には山荘太夫さんしょうだゆう伝説の地がある。織田武雄
17. こきんぶし【古今節】
国史大辞典
宝永元年(一七〇四)刊行の『落葉集』には古今新左衛門節唱歌(ふししょうが)目録として十八曲、踊音頭之部に「山荘太夫」一曲が収められている。道化方であった人の作だ
18. 山椒大夫
日本大百科全書
丹後の国守となって戻った厨子王は、人身売買を禁じ、さらに佐渡に渡って、売られた母を探し出す。山荘太夫伝説に基づきつつ、残酷な部分や信心譚たん的部分は和らげ、姉の
19. さんしょう‐だゆう[サンセウダイフ]【山椒大夫・三荘(シャウ)大夫・山荘(シャウ)大夫】
日本国語大辞典
角太夫節に「都志王丸」があったが、紀海音作「山枡太夫恋慕湊(れんぼのみなと)」、竹田出雲作「山荘太夫五人嬢(むすめ)」、近松半二ら作「由良湊千軒長者(ゆらのみな
20. さんしょうだゆう【山椒太夫】
日本人名大辞典
,歌舞伎などにも脚色された。森鴎外(おうがい)の小説「山椒大夫」の素材。山庄太夫,山桝太夫,山荘太夫ともかく。
21. 散所
世界大百科事典
れてきた素材を用いたこの小説は,散所を主要な舞台としていた。また同年,民俗学者の柳田国男が《山荘太夫考(さんしようだゆうこう)》を発表して,散所の芸能民について
22. 信田
世界大百科事典
孫とし,瞳が二つあるとする点,人買いの手に渡って諸国を漂泊する苦難の物語という点で,説経節《山荘太夫(さんしようだゆう)》と類似しており,小太郎や千寿の漂泊から
23. 島根のすさみ 佐渡奉行在勤日記 258ページ
東洋文庫
いくらもあり。磯山のかい〔峡〕などに、さくら咲きみだれたるなど、いうべくもあらず。四十二曲の辺に、山荘太夫が旧跡ありき。さだかなることはしらず。右の南かた辺村よ
24. 菅江真澄遊覧記 1 173ページ
東洋文庫
いうことから、岩木山の信仰と結びつくようになったかと思われる。このきょうだいは丹後由良の港の山荘太夫という長者に酷使されて苦しんだ。もとより一片の伝説であるが、
25. 菅江真澄遊覧記 2 102ページ
東洋文庫
名前がにているので付会したまでであろう。津志王丸・安寿姫の伝説 津志王丸と安寿姫の話は説経本、「山荘太夫」にみえてい
26. 菅江真澄遊覧記 2 103ページ
東洋文庫
安寿姉弟は丹後の山荘太夫の家に売られて苦労するが、安寿がわが身を殺して弟をにがした。弟は京にのぼって、やがて関白のはからいで奥州の領地を安堵せられ、また丹後五郷
27. 菅江真澄遊覧記 3 306ページ
東洋文庫
る。岩木山と丹後船 奥州五十四郡の太守岩城判官正氏の子、安寿姫と厨子王丸は、丹後の由良の長者山荘太夫の家に買いとられて、ひどい目にあったという物語がある。のちに
28. 説経節
世界大百科事典
さしたか不明。後には《苅萱(かるかや)》《山荘太夫(さんしようだゆう)》《愛護若(あいごのわか)》《梅若》《信田妻》(《浄瑠璃通鑑綱目》)とも,《苅萱》《山荘太
29. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 44ページ
東洋文庫
「直井千軒」とあるのは、後の「由良千軒」などと同様に、祝言の文句から出たものと思われる(柳田国男『山荘太夫考』参照)。 八 (参考)幸若舞曲『屋嶋軍』に「日はや
30. 説経節 山椒太夫・小栗判官他 324ページ
東洋文庫
ことにした。 さんしょう太夫の名称を手がかりに、洞察に富む見解を示されたのは、柳田国男氏の「山荘太夫考」(『物語と語り物』)である。柳田氏は、さんしょうとは算所
31. 説経与七郎
世界大百科事典
説経語り。1639年(寛永16)の正本《山荘太夫》のはじめに,摂州東成郡生玉庄大坂,天下一説経与七郎とあるのは当人で,寛永年間(1624-44)生玉境内で操り説
32. つばきだてあと【椿館跡】福島県:福島市/阿武隈川右岸地区/渡利村
日本歴史地名大系
山頂に顕国の碑がある。「信達一統志」は山茶館として岩城判官政氏が居城したと伝えている。また説経節「山荘太夫」に登場する安寿と厨子王の父は、奥州信夫庄司岩城判官正
33. 東海道中膝栗毛 300ページ
日本古典文学全集
こうにさんせハヽヽヽ 手代「イヤおどけたおかたじや。ハアよめた。おまいのいく所は、慥に内宮の山荘太夫どのじやわいの。さつきの手代が、あこのじやほどに、是から妙見
34. 東遊雑記 奥羽・松前巡見私記 99ページ
東洋文庫
二人の兄弟は丹後の国由良の湊、山荘太夫に売られ、奴婢となり追い使わる。津志王丸なお父をこいて山荘太夫が家をのがれ出でて、ある寺院に忍んで難をのがる。安寿姫は津志
35. 新潟(県)画像
日本大百科全書
その活躍ぶりは『怪談藻塩草もしおぐさ』に詳しい。説経浄瑠璃じょうるりの語物として近世以前から世に行われた『山荘太夫さんしょうだゆう』は、貴種流離譚たんの要素をも
36. 人買
世界大百科事典
人商人が奈良興福寺の南大門に人買いたしとの高札をたてている。広く知られた厨子王と安寿の物語《山荘太夫》も,原形になる民話は中世にさかのぼるとされている。《閑吟集
37. 本地物
世界大百科事典
御本地》,説経浄瑠璃では《ごすいでん》(熊野の本地),《小栗判官》(美濃国正八幡の本地),《山荘太夫》(丹後国金焼地蔵の由来)などが有名である。村上 学 厳島の
38. 誘拐
日本大百科全書
ギリシア神話にはハデスに娘を誘拐されたケレスの物語があるし、日本では森鴎外もりおうがいの作品ともなった山荘太夫さんしょうだゆう(山椒大夫)中の幼い姉弟の人さらい
39. 由良(京都府)
日本大百科全書
左岸に位置し、江戸時代は廻船かいせん業が盛んであった。説経節、浄瑠璃じょうるりなどで知られた山荘太夫さんしょうだゆうの伝説地で、安寿あんじゅが潮くみをした浜と伝
40. 由良川
世界大百科事典
河口の由良湊は西廻航路と内陸水運の結節点で,古くから廻船に従事する者がいて繁栄したことは,説経節《山荘太夫》,浄瑠璃《由良湊千軒長者》の舞台となったことなどから
41. 由良湊千軒長者
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42. ゆらのみなとせんげんちょうじゃ【由良湊千軒長者】
歌舞伎事典
 人形浄瑠璃。時代物。三段。通称《山荘太夫》。竹田小出雲・近松半二・三好松洛の合作。宝暦一一(1761)年五月大坂・竹本座初演。説経節《さんせう太夫》によって広
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