[学]Solanum melongena L.
ナス科(APG分類:ナス科)の多年草。熱帯では低木状になるが、栽培上は一年草として扱われ、霜にあたれば枯死する。おもにアジアで賞用される果菜で、欧米諸国での栽培は多くない。
草丈は早生 (わせ)品種で50~60センチメートル、晩生 (おくて)品種では1メートル以上になり盛んに分枝する。茎、葉柄、葉脈、萼 (がく)に刺 (とげ)のあるものもある。茎や葉には灰色の腺毛 (せんもう)や鱗片 (りんぺん)状の星状毛がある。葉は楕円 (だえん)形で、長さ15~40センチメートル、長い葉柄があって互生し、一般に濃紫色を帯びる。花は茎に側生し、普通は1花が下向きに開くが、品種によって3~5花を房状につけるものがある。その場合でも結実するのは最初の1花だけであるが、まれに1房に数花をつける品種(房成りとよぶ)もある。花冠は直径3センチメートルほど、浅い杯状で数片に分裂し、紫色。果実の形と大きさ、色は品種によってさまざまで、球(丸ナスとよぶ)、扁球 (へんきゅう)、卵、太長、細長形(長ナスとよぶ)があり、重さは50グラムから500グラム程度まである。色は、日本で栽培されている品種の大部分は光沢のある黒紫色であるが、欧米や中国では黒紫色のほかに緑、白、紫色およびこれらの縞 (しま)のものなどがある。一般には未熟果のまだ小さいうちに収穫されるが、完熟まで茎につけておけば1キログラム以上の大きさになる品種や、黒紫色の果皮が黄色に変わるものがある。
ナスは一代雑種(F1 (エフワン))がもっとも早く実用化された野菜として知られ、日本では大正末期にすでに一代雑種の種子の配布が行われていたが、これは世界的にみても歴史が古い。現在の主要な栽培品種はほとんど一代雑種品種であるが、各地に独特の在来品種があり、その数は150以上に上る。岩手の南部長ナス、秋田の河辺長ナス、埼玉の真黒 (しんくろ)ナス、愛知の橘田 (きった)ナス、京都の加茂ナス、鹿児島の指宿 (いぶすき)ナスなどがその例である。
2021年6月21日
栽培
普通は温床に種子を播 (ま)き、2か月余りをかけて育苗したかなり大きな苗を畑に定植する。高温性の作物で、発芽の最低温度は11~18℃である。発育適温は22~30℃である。着果の低温限界は17℃とされ、7~8℃になると生育に寒さの害が現れる。乾燥すると発育不良や落花が多くなる。30℃以上では高温による生育障害を生ずる。開花期に気温が低いと受精が行われず、種子の少ない果実ができる。
土壌伝染病害に弱く、連作障害をおこすため、ナスのみならずナス科作物との連作は行わない。もっとも被害の大きいのは青枯病で、急激に地上部がしおれて枯死する。害虫ではニジュウヤホシテントウが葉を食害する。
2021年6月21日
文化史
ナスはナスビともよばれる。ナスは「為す」「成す」の意味で、実がよくなることに由来するという。『和名抄 (わみょうしょう)』では「茄子は、中酸実 (なすび)の義なり、その実少しく酸味あればなり」という説を紹介している。「初夢や一富士 (いちふじ)二鷹 (にたか)三茄子 (さんなすび)」と珍重されるのは、ナスに成すをかけて新年のめでたさを祝ったものであろうが、一説には江戸時代早くも東海地方の暖冬地でナスの促成栽培が始められ、夏の野菜が初春に珍しいということで得がたい貴重なものとして比喩 (ひゆ)に用いられたともいわれる。「秋茄子は嫁に食わすな」の諺 (ことわざ)は、『夫木和歌抄 (ふぼくわかしょう)』の「秋なすび醅 (わささ)(新酒 (しんしゅ))の粕 (かす)につきまぜてよめにはくれじ棚に置くとも」から出たもので、秋ナスは味がよいので嫁には食べさせるなという意味である。このほかに、秋ナスは体を冷やす食べ物で、また皮も固く消化に悪いので、嫁の体を気遣ってのこととする説もある。「親の意見とナスビの花は千に一つのむだもない」のたとえは、ナスの花はウリ類などと違って雄花と雌花が分かれていないので結実率が高いことと、枝が茂って次々と開花結実し、落花が目だちにくいことからいわれたものである。
2021年6月21日
起源と伝播
古い時代からインドで栽培され、その起源地はインド東部地域(アンドラ・プラデシュ州およびタミル・ナド州)で、それらの地域には刺があり、苦味の果実をもつ多年生野生型ナスが自生している。その野生型ナスにもっとも近い近縁種はS. incanum L.で、これが野生祖先種とも推定されている。インドが起源地であるが、中国においても多数の変異が生じ、第二次中心地を形成している。中国では『斉民要術 (せいみんようじゅつ)』(530ころ)に詳しく記述され、西域 (せいいき)を通って5世紀以前に入って、普及したと考えられる。北アフリカにはアラブ人やペルシア人によって5世紀ころ導入され、ヨーロッパにも15世紀に入ったが、17世紀まで普及しなかった。日本では『正倉院文書』(750)に記録があり、8世紀には中国から導入されたと推定される。また『本草和名 (ほんぞうわみょう)』(918)、『和名抄』には和名「奈須比」として記載されている。江戸時代には品種分化がみられ、『農業全書』(1696)には「紫、白、青の三色あり、また丸きもの、長きものあり……」と記載され、種々な品種が育成されていた。
2021年6月21日
食品
日本での主要な用途は漬物用であるが、煮物、焼きなすにもされる。5~9月が旬 (しゅん)で、果皮に光沢のあるものが品質がよい。ナスの色はナスニンとヒアシンというアントシアン色素で、鉄やアルミニウムイオンと結合して安定化する。なす漬けの色をよくするのに焼きみょうばんを使用するのはこのためである。
栄養価は低く、ビタミン、無機質ともに少ない。エネルギーは18キロカロリー、タンパク質1.1グラム、脂質0.1グラム、糖質3.4グラム、ビタミンC5ミリグラム(生の可食部100グラム当り)を含む。
ナスはあくが強く、切り口が褐変する。水または食塩水に浸 (つ)ければ褐変を防ぐことができるが、長時間浸けると水っぽくまずくなるので、兼ね合いが調理のかんどころといえる。油やみそともよくあい、しぎ焼きは夏のなす料理中屈指のものとされる。また、はしりの初ナスは糠 (ぬか)みその新漬 (しんづ)けにして喜ばれる。
2021年6月21日