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海道記(中世日記紀行集)

ジャパンナレッジで閲覧できる『海道記(中世日記紀行集)』の日本古典文学全集のサンプルページ

新編 日本古典文学全集
海道記(中世日記紀行集)
かいどうき(ちゅうせいにっききこうしゅう)
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海道記(中世日記紀行集) 全体

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【現代語訳】
〔一〕 
白川の辺り、中山の麓で、世を避けて、ひっそりと質素に侘住いをしている者がいる。生れついて才能がなく、能力を得ようとし学芸を習っても身につかない。もともと身の運に恵まれていないのだから、果報のつたなさを恥じ、運命を顧みて、恨もうとしても恨むべき所はなく、ただ貪泉の蝦蟇のようになって、はかない浮草に自分の身を寄せて力のない声で泣き、むなしく奥深い谷の埋木となって期待することも絶えてしまった。惜しくもない命とは思うけれども、やはり惜しいので、淵に身を投げて死ぬという決心はつかない。あっても仕方のない心が、欲してもいないのにあるものだから、悲しみをますます深くする。

春は蕨を採ってさし当りの飢えをしのぐ。ただ伯夷のような賢人ではないので誰も気にしない。秋は木の実を拾って飢えの病を治す。名医の華氏の薬でも飢えた者を治すことはできない。夏の暑い盛りの汗は拭えば特に苦しくない。手に扇があれば涼をとるのは簡単だ。ただ冬の吹雪は凌ぐことができない。身にまとう衣服がなく寒さを防ぐ手段がないからだ。故事にあるように蛍を集めて学問するようなこともなかったので、物の道理などには暗い。だから何によって心を養うというのだろうか。樽の酒を酌んで飲むこともできないので、心はいつ

【目次】
海道記(扉)
梗概
〔一〕序―自己紹介―京の白川での隠棲者
〔二〕序―自己紹介―出家遁世の生活ぶり
〔三〕鎌倉のすばらしさを思い、見物に旅立つ
〔四〕この鎌倉への下向の旅の概略
〔五〕この旅を記録することの意義
〔六〕四月四日、都を出発し、若椙から大岳へ
〔七〕四月五日、鈴鹿山を越える
〔八〕四月六日、故郷を恋いつつ、市が腋に
〔九〕四月七日、津嶋・萱津に
〔一〇〕四月八日、鳴海・二村山・八橋・矢矧
〔一一〕四月九日、赤坂・豊河
〔一二〕四月十日、高志山・橋本
〔一三〕四月十一日、浜松・廻沢・池田
〔一四〕四月十二日、天竜川・佐夜中山・菊河
〔一五〕宗行中納言のこと
〔一六〕大井川・藤枝・岡部・宇津山・手越
〔一七〕四月十三日、久能寺・清見が関から蒲原へ
〔一八〕四月十四日、富士川・浮嶋が原・富士山
〔一九〕富士山伝説―かぐや姫の物語
〔二〇〕車返と地名の由来について
〔二一〕宗行中納言の和歌一首
〔二二〕四月十五日、遇沢で宗行中納言をしのぶ
〔二三〕光親卿・有雅卿のこと
〔二四〕足柄越えをやめて竹の下に泊る
〔二五〕四月十六日、足柄山・関下・逆川
〔二六〕四月十七日、範茂宰相中将のこと
〔二七〕信能宰相中将のこと
〔二八〕大磯・小磯から江の嶋を経て鎌倉へ
〔二九〕四月十八日、鎌倉での知人との語らい
〔三〇〕鎌倉遊覧―風物・地形・寺社などの紹介
〔三一〕鎌倉に未練を残しながらも、帰途へ
〔三二〕京都に残している老母への思い
〔三三〕東国と仏法との関連について述べる
〔三四〕迷いが多く、そこから脱出できないこと
〔三五〕結論―極楽浄土は胸の中にあること
〔三六〕跋―執筆の動機について
校訂付記

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