1. 東関紀行(中世日記紀行集)
日本古典文学全集
京都・鎌倉間の旅を中心に描く、鎌倉時代に成立した紀行『海道記』、『東関紀行』、『信生法師日記』、『春の深山路』、『十六夜日記』、宮中の行事を記した『弁内侍日記』 ...
2. 『東関紀行』
日本史年表
1242年〈仁治3 壬寅〉 この年 『東関紀行』 成るか。 ...
3. 東関紀行
日本大百科全書
鎌倉中期の紀行文学。一巻。作者未詳。1242年(仁治3)8月10日ごろ京都を出発し、十余日後鎌倉に到着。そこで約2か月間滞在し、10月23日ごろ帰途に着くまでの ...
4. 東関紀行
世界大百科事典
鎌倉時代の紀行。1巻。著者には古来,鴨長明,源光行,源親行などがあてられたが,確証はなく,不詳。京都東山に住む50歳近い著者が,1242年(仁治3)の鎌倉への旅 ...
5. とうかんきこう[トウクヮンキカウ]【東関紀行】
日本国語大辞典
(「東関」は関東の意)鎌倉中期の紀行。一巻。仁治三年(一二四二)以後に成立。作者は、鴨長明・源光行・源親行が擬せられたが不詳。仁治三年隠遁生活を願う作者の京から ...
6. とうかんきこう【東関紀行】
国史大辞典
鎌倉時代の紀行文学。伝本により『長明道之記』『親行(ちかゆき)道之記』などとも題するが、作者は鴨長明や源親行とは考えられず、不明。一巻。仁治三年(一二四二)成 ...
7. とうくゎんきかう【東関紀行】
全文全訳古語辞典
[書名]鎌倉中期の紀行文。作者未詳。一二四二年(仁治三)成立か。一巻。隠遁者の作者が都と鎌倉を往復する間の見聞や感興、遊覧等を記す純粋の紀行。対句を駆使した流麗 ...
8. 東関紀行[文献解題]滋賀県
日本歴史地名大系
一冊 成立 仁治三年頃か 写本 国会図書館 解説 著者未詳。仁治三年京より鎌倉に赴くまでの紀行。瀬田の長橋・野路・篠原・鏡宿・武佐寺・老蘇森・醒井・柏原な ...
9. あい‐・にる[あひ‥]【相似】
日本国語大辞典
〔自ナ上一〕(「あい」は接頭語)互いに似ている。互いに似通っている。*東関紀行〔1242頃〕帰京「故郷に帰る喜びは、朱買臣に相似たるここちす」*太平記〔14C後 ...
10. あかさか【赤坂】
国史大辞典
美濃国(岐阜県)西南部の中山道宿駅。不破・池田両郡にまたがり、東を流れる杭瀬川に渡船場があった。『東関紀行』などにみえる杭瀬川の宿は赤坂であるともいい、『富士紀 ...
11. あかさか【赤坂】 : 赤坂/(三)
国史大辞典
美濃国(岐阜県)西南部の中山道宿駅。不破・池田両郡にまたがり、東を流れる杭瀬川に渡船場があった。『東関紀行』などにみえる杭瀬川の宿は赤坂であるともいい、『富士紀 ...
12. あかさかしゅく【赤坂宿】岐阜県:大垣市/旧多藝郡・不破郡地区/赤坂村
日本歴史地名大系
への旅の途中、赤坂宿に泊まり、宿の遊女との歌のやりとりの場面が記されている。これより以前の「東関紀行」には、仁治三年(一二四二)作者源親行が東国に旅する途中「く ...
13. あかさかじゅく【赤坂宿】愛知県:宝飯郡/音羽町
日本歴史地名大系
東の御油宿(現豊川市)へ一六町、西の藤川宿(現岡崎市)へ一里半七町の宿。仁治三年(一二四二)八月、「東関紀行」に「矢矧といふ所をいでて、みやぢ山こえ過ぐるほどに ...
14. あか の 花(はな)
日本国語大辞典
供養する時に供える花。*源氏物語〔1001〜14頃〕幻「あかの花の、夕ばえして、いとおもしろく見ゆれば」*東関紀行〔1242頃〕橋本より今の浦「その御堂へ参りた ...
15. あけ の 玉垣(たまがき)
日本国語大辞典
*後拾遺和歌集〔1086〕雑六・一一七五「住吉の松のしづえに神さびて緑に見ゆるあけの玉がき〈蓮仲〉」*東関紀行〔1242頃〕株瀬川より熱田「夕日の影たえだえさし ...
16. あしかり‐おぶね[‥をぶね]【葦刈小舟】
日本国語大辞典
・一二五一「玉江こぐ あしかりを舟 さしわけて 誰をたれとか 我は定めん〈よみ人しらず〉」*東関紀行〔1242頃〕興津より車返「葦刈り小舟、所々に棹さして、むれ ...
17. あし‐で【葦手】
日本国語大辞典
「池のかがり火隙(ひま)なきに、白き鳥どもの足高にて立てまつるも、あしでの心地してをかし」*東関紀行〔1242頃〕京より武佐「あし、かつみなど生ひわたれる中に、 ...
18. あしのこ【芦ノ湖】神奈川県:足柄下郡/箱根町地図
日本歴史地名大系
故称懺悔津」とあるように、山岳僧たちがこの岸で水垢離をとり、業障懺悔の修行をした。仁治三年(一二四二)の「東関紀行」には「山の中にいたりて、水うみ広くたゝへり、 ...
19. あしのゆ【芦之湯】神奈川県:足柄下郡/箱根町地図
日本歴史地名大系
[現]箱根町芦之湯 中世箱根越の湯坂路沿いにある村で、東は底倉村、西は元箱根に通じる。中世には「芦ノ海」(東関紀行)ともよばれていた。弘安三年(一二八〇)関東に ...
20. 東路のつと(中世日記紀行集) 506ページ
日本古典文学全集
「世の中はいづれかさしてわがならむ行き止まるをぞ宿と定むる」(古今・雑下 読人しらず)による表現。『東関紀行』冒頭部に「さしていづこに住み果つべしとも思ひ定めぬ ...
21. あまつ 少女(おとめ)
日本国語大辞典
*有明の別〔12C後〕三「七人の一人(ひとり)のあまつをとめ、花のかづらひとふさをつみ折りて」*東関紀行〔1242頃〕興津より車返「富士のねの風にただよふ白雲を ...
22. あみだにょらいぞう【阿弥陀如来像】 : 高徳院
国史大辞典
、遠州の僧浄(定)光の発願で、同じ深沢の里に八丈の木造阿弥陀坐像が造られたことが『吾妻鏡』『東関紀行』などにみえるが、これを現存像の鋳造原型とみる説もある。いず ...
23. あら‐いそ【荒磯】
日本国語大辞典
五・九五五「荒磯(あらいそ)のほか行く波のほか心われは思はじ恋ひは死ぬとも〈柿本人麻呂〉」*東関紀行〔1242頃〕興津より車返「くきが崎といふなる荒磯の岩のはざ ...
24. あらひと‐がみ【現人神・荒人神】
日本国語大辞典
人しらず〉」*大鏡〔12C前〕二・時平「只今の北野宮と申して、あら人神におはしますめれば」*東関紀行〔1242頃〕車返より湯本「三島の社〈略〉雨にはかに降りて、 ...
25. あり‐か【在香】
日本国語大辞典
すがたをみする事「血ところところつきたるきぬのありか、まことにくさく、たゑがたきさまにて」*東関紀行〔1242頃〕興津より車返「これぞこの釣するあまのとまびさし ...
26. あり‐ど【有所・在処】
日本国語大辞典
〔名〕「ありどころ(有所)」に同じ。*東関紀行〔1242頃〕鎌倉遊覧「楼台の荘厳よりはじめて、林池のありどにいたるまで、殊に心とまりて見ゆ」*説経節・おぐり判官 ...
27. あれ‐まく【荒─】
日本国語大辞典
草〔1216〜33頃〕下「あれまくも人は惜しまぬ故郷(ふるさと)の夕風したふ軒のたちばな」*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「今さら居うかれんこそ、かの伏見の ...
28. い‐うか・る[ゐ‥]【居浮】
日本国語大辞典
〔自ラ下二〕住居に落ち着かないで、他所にさまよう。すみうかる。*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「昔より住みつきたる里人の、今さら居うかれんこそ、かの伏見の里 ...
29. い‐ぎょう[‥ギャウ]【易行】
日本国語大辞典
」(2)「いぎょうどう(易行道)」に同じ。*東関紀行〔1242頃〕前島より興津「難行易行の二つの道、ともに欠けたりといへども」*歎異抄〔13C後 ...
30. いく‐ほど【幾程】
日本国語大辞典
にたれば」*山家集〔12C後〕下「いくほどもながらふまじき世の中に物を思はで経るよしも哉」*東関紀行〔1242頃〕前島より興津「此の庵のあたり幾ほど遠からず、峠 ...
31. いざよひにっき【十六夜日記】
全文全訳古語辞典
随所に子への愛情が表れている。なお、書名は、京都を十月十六日に出発したことによる。⇒海道記・東関紀行 ...
32. いずこくふ・いずふちゅう【伊豆国府・伊豆府中】静岡県:三島市
日本歴史地名大系
二七日夜伊豆国府を通過したという。鎌倉時代には、多くの旅人が当地を通った。仁治三年(一二四二)八月「東関紀行」の作者が、弘長二年(一二六二)二月二五日には西大寺 ...
33. 市
世界大百科事典
周辺農村の一般民衆が市に参加して,交換を行うのがきわだってくるのは,鎌倉末期から南北朝期にかけてである。《東関紀行》に,尾張の〈かやづ(萱津)の東宿の前を過れば ...
34. いっ‐しょう[‥セウ]【一宵】
日本国語大辞典
鐘漏尽尤
、想像閨莚怨婦悲」*
東関紀行〔1242頃〕柏原より株瀬川「株瀬川(くひせがは)に宿して一宵、しばしば幽吟を中秋三五夜の月
...35. いなざわし【稲沢市】愛知県
日本歴史地名大系
古代末期から中世にかけて海岸線が南進したため、代わって陸路が中心となり、「赤染衛門集」「更級日記」「東関紀行」「十六夜日記」などによると、北から陸路中島郡に入り ...
36. いなばじむら【稲葉地村】愛知県:名古屋市/中村区
日本歴史地名大系
上ノ切・下ノ切の二つの字に分れる。枝郷東宿は鎌倉街道の宿場萱津(現海部郡甚目寺町)の東宿として早くから開けた(東関紀行)。寛文一一年(一六七一)の家数一〇三、人 ...
37. いに‐し【往─】
日本国語大辞典
付いて一語化したもの)過ぎ去ったところの。さる。いんじ。さんぬる。時を表わす語を修飾する。*東関紀行〔1242頃〕今の浦より前島「いにし承久三年の秋のころ」*落 ...
38. いま‐すく【今宿】
日本国語大辞典
〔名〕新しくできた宿駅。地名として残存するものもある。いまじゅく。*東関紀行〔1242頃〕前島より興津「前島の宿をたちて、岡部の今宿(いますく)をうちすぐるほど ...
39. いま‐みち【今道】
日本国語大辞典
〔名〕(1)最近造った道。新道。*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「近頃より俄かに渡津の今道といふかたに、旅人おほくかかる間」(2)新しい里程。昔使われた、六 ...
40. いり【入】
日本国語大辞典
りのおけに、みつをいれいただいて、二十三やの月をこそはおまちある」(9)引っ込んだ奥の所。*東関紀行〔1242頃〕湯本より鎌倉「なにがしのいりとかやいふ所に、あ ...
41. いり‐ちが・う[‥ちがふ]【入違】
日本国語大辞典
「いれちがう(入違)【二】(1)」に同じ。(2)「いれちがう(入違)【二】(2)」に同じ。*東関紀行〔1242頃〕今の浦より前島「一すぢならず流れわかれたる川瀬 ...
42. いろ 有(あ)る
日本国語大辞典
いろある御ぞどもの、ゆたちよりおほくこぼれいでて侍りし御やうたいなどよ」(2)美しい。おもむきがある。*東関紀行〔1242頃〕前島より興津「我もまたここをせにせ ...
43. いわ‐せ[いは‥]【石瀬・岩瀬】
日本国語大辞典
」*拾遺愚草〔1216〜33頃〕上「わきかへるいはせの波に秋すぎて紅葉になりぬ宇治の川風」*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「山中に越えかかるほどに、谷川の流 ...
44. いん‐し【隠士】
日本国語大辞典
。隠士遂知
家」*
東関紀行〔1242頃〕興律より車返「昔、香炉峰の麓に庵をしむる隠士あり」*新撰類聚往来〔1492〜1
...45. 隠者文学
日本大百科全書
評論があり、『発心集(ほっしんしゅう)』『撰集抄(せんじゅうしょう)』などの仏教説話集、『海道記』『東関紀行』などの紀行も含まれる。中古文学にも慶滋保胤(よしし ...
46. いん‐とん【隠遁】
日本国語大辞典
下本「最所
望也。隠遁之身」*
東関紀行〔1242頃〕序「これ即ち、身は朝市にありて、心は隠遁にあるいはれなり」*日葡辞書〔1603
...47. うきしまぬま・うきしまがはら【浮島沼・浮島ヶ原】静岡県:沼津市
日本歴史地名大系
された砂洲(東田子ノ浦砂丘・千本浜砂丘)との間に形成された低湿地帯が浮島ヶ原で、鎌倉時代の「東関紀行」に「浮島か原は、いつくりよりもまさりてみゆ、北はふしの麓に ...
48. うち‐えい・ず【打詠】
日本国語大辞典
〔他サ変〕(「うち」は接頭語)詩歌などを声に出してうたう。また、詩歌を作る。*東関紀行〔1242頃〕赤坂より橋本「『夜もすがら床のもとに青天を見る』と忍びやかに ...
49. うち‐おが・む[‥をがむ]【打拝】
日本国語大辞典
し」*古本説話集〔1130頃か〕六七「夕方帰りて、仏うちおがみまゐらせて、倚り伏したれば」*東関紀行〔1242頃〕車返より湯本「三島の社のみしめ、うち拝み奉るに ...
50. うち‐とお・る[‥とほる]【打通】
日本国語大辞典
*平家物語〔13C前〕九・一二之懸「熊谷は浪うちきはより、夜にまぎれて、そこをつっとうちとほり」*東関紀行〔1242頃〕武佐より柏原「この宿を出でて、笠原の野原 ...