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  11. 六歌仙

六歌仙

ジャパンナレッジで閲覧できる『六歌仙』の日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・世界大百科事典のサンプルページ

新版 日本架空伝承人名事典

六歌仙
ろっかせん
 『古今和歌集』仮名序で、紀貫之によって論評された六人の歌人の称。僧正遍昭(照)、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大友(伴)黒主の六人を指す。六人は「いにしへの事をも歌をも知れる人、よむ人多からず。……近き世にその名きこえたる人」としてあげられた。『古今和歌集』の撰者たちがとくにこの六人を選び出して論評の対象にしたのは、これらの人人が彼らより一世代以前の代表的歌人であり、一時衰退していた和歌の道を隆盛に導いた功績があると考えたからであろう。六人それぞれの個性は明らかであるが、共通する特色は真率しんそつでわかりやすく、技巧が少ない点で、彼らによって和歌史上の一時期が形成された九世紀後半を指して「六歌仙時代」という。なぜ六人を選出したのかは明らかでない。『古今和歌集』の序に見える「六義」の縁で、「六」という数に格別の意義を担わせたのかもしれない。しかし、『古今和歌集』の時代には「六歌仙」という呼称はまだ成立していなかった。平安時代の末期には『中古六歌仙』という撰集が作られているのを見ると、そのころまでには、すぐれた歌人を六人選んで「六歌仙」と称えることが一般化していたと想像できる。藤原公任は『三十六人撰』を選んだが、この人数も六の倍数を意識しての選定だった可能性が高い。この中には遍昭、業平、小町の三人が含まれている。時代が降り、『新古今和歌集』時代の代表的歌人六人の家集を集めたものを『六家集』と名づける。これは藤原俊成、藤原良経、慈円、西行、藤原定家、藤原家隆の六人の家集であり、この六人を「新六歌仙」とも呼んでいた。六歌仙のうち、喜撰、小町、黒主の三人は伝記がほとんど不明で、喜撰は伝説中の人物のようにさえ見える。『古今和歌集』にもただ一首だけより採られていない。そのため、しいて六の数に合わせるために選ばれているような印象もある。
 六歌仙の歌人たちは、『古今和歌集』の序に記されたということ、「百人一首」に歌が選ばれ藤原定家によって称揚されたことなどにより、後世の文芸にさまざまなかたちでの影響が現れている。とくに伝記のはっきりしない人たちについては、さまざまに文芸化、伝説化が施された。中世には小町や黒主を伝説的に扱ったいくつかの謡曲が作られた。また近世の浄瑠璃、歌舞伎はこれを格好の題材として数多くの作品を生み、「六歌仙の世界」という一作品類型を成立させている。歌舞伎では、多く「惟喬惟仁御位諍みくらいあらそいの世界」と結ぶかたちで、主として江戸の顔見世狂言にしばしば仕組まれ、大衆に親しまれていた。『重重人重小町桜じゅうにひとえこまちざくら』はその代表作で、関守関兵衛実は大友黒主と、小町桜の精が登場する「関の扉せきのと」の浄瑠璃所作事が現代に伝わり、常磐津の代表曲となっている。このほかに、現代まで伝承されたのは、所作事の『六歌仙容彩ろっかせんすがたのいろどり』だけである。この所作事は初代嵐雛助が一七八九年(寛政一)に大坂で演じた『化粧六歌仙よそおいろっかせん』をもとに、一八三一年(天保二)に二代目中村芝翫が江戸・中村座で初演した作品で、遍昭、業平、文屋、喜撰、黒主の五歌人が、代わる代わる美女の小町に言い寄るが、いずれも相手にされず斥けられるという構成になっている。男役の五人を主役の役者が一人で替わって踊るというのがこの作品の技巧で、変化舞踊の一種である。いずれの曲も、王朝風俗の雅と江戸情緒の俗とを重ね合わせた近世的享受の様相が顕著に見える傑作の所作事になっている。喜撰の曲だけは、小町に代わって祇園の茶酌女お梶という、いかにも当世風の粋な女性が登場し、洒脱な坊さんの喜撰にからんで遊ぶという徹底した当代化が行われている。この曲のお梶は小町の当世化(やつし)である。
在原業平、→大友黒主、→小野小町、→喜撰法師、→文屋康秀、→遍昭
[奥村 恒哉/服部 幸雄]
六歌仙娘一人にむこ五人
編者/評者:呉陵軒可有ら(編)
出典:『誹風柳多留』
編・相印(月)・番号(枚、丁、日):55‐27
刊行/開き:1765~1840年(明和2~天保11)(刊)
六歌仙路考天幸などが役ク
編者/評者:初世川柳(評)
出典:『川柳評万句合勝句刷』
編・相印(月)・番号(枚、丁、日):桜‐3
刊行/開き:1766年(明和3)(開き)
第一句、俚諺「娘一人に婿八人」(望まれる物一つに対し望む者が多いたとえ)を踏まえ、女性が小町ひとりであることをいう。第二句の「路考」は二代目瀬川菊之丞の俳名、「天幸」は二代目中島三甫右衛門の俳名。女方の路考を小町に、敵役の天幸を黒主に見立てた。実際に舞台化されたのは右の句のはるか後年、寛政元年一一月、大坂中の芝居『化粧よそほひ六歌仙』で、初代叶雛助の五役、初代沢村国太郎の小町であった。


日本大百科全書(ニッポニカ)

六歌仙
ろっかせん

『古今 (こきん)和歌集』の序文で「近き世にその名聞えたる人」として批評された、僧正遍昭 (そうじょうへんじょう)、在原業平 (ありわらのなりひら)、文屋康秀 (ふんやのやすひで)、喜撰 (きせん)法師、小野小町 (おののこまち)、大伴黒主 (おおとものくろぬし)の9世紀中葉の六歌人に対する後世の呼称。このうち家集があり歌人としての活躍が認められるのは遍昭、業平、小町で、他の3人は歌人としての実績に乏しく伝記も不明な点が多い。『古今集』序文で、遍昭「歌のさまはえたれどもまことすくなし」、業平「その心あまりてことばたらず」、康秀「ことば巧みにてそのさま身におはず」と評されている。喜撰は、歌学書『倭歌 (わか)作式』(喜撰式)の作者に仮託されており、「わが庵 (いほ)は都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり」の一首が残されて、「ことばかすかにしてはじめをはり確かならず」とされている。小町評は「あはれなるやうにて弱からず」。黒主は近江 (おうみ)国の地主で滋賀郡大領 (だいりょう)、『古今集』ほかに10首ほどの歌がみえ、「そのさまいやし」とされる。この六歌仙を倣ったものに「新六歌仙」「続六歌仙」などがある。

[杉谷寿郎]



世界大百科事典

六歌仙
ろっかせん

《古今和歌集》の序に論評された6人の歌人。《万葉集》の後,和歌の道はまったくおとろえていたが,その時期に〈いにしへの事をも歌をも知れる人,よむ人多からず。……近き世にその名きこえたる人〉としてあげられた僧正遍昭,在原業平,文屋康秀,喜撰法師,小野小町,大友黒主,の6人のこと。序の筆者紀貫之より1世代前の人々で《古今集》前夜の代表的歌人として《古今集》時代の和歌の隆盛を導いた先駆者たちである。それぞれの個性は明白であるが,共通の特色は真率(しんそつ)でわかりやすく,技巧が少なく,この人々によって和歌史上の一時期が形成された9世紀後半は〈六歌仙時代〉といわれる。技巧が少ないことはかえって内容の充実を意味し,藤原定家はその著《近代秀歌》に〈詞は古きをしたひ,心は新しきを求め,及ばぬ高き姿をねがひて,寛平以往の歌にならはば,おのづからよろしきこともなどか侍らざらむ〉と注意すべき見解を述べている。〈寛平以往の歌〉とは六歌仙を意味する。この書は源実朝に与えられた書で,初学の者の和歌修業の極意は六歌仙の歌に学ぶことだ,の意である。高い評価であるが,問題はある。すなわち,6という数字には中国文化の影響(六経(りつけい)とか詩の六義など)と認められる。この時代に《古今集》入集の歌人はほかにもあり,六歌仙のうち喜撰,小町,黒主は伝記がほとんど不明で,喜撰は伝説中の人物のごとくにさえ見える。《古今集》にも1首しか採られていない。ゆえに,強いて6の数に合わせて選ばれているように見える。しかし《古今集》序に記されたということと藤原定家の称揚により,後世にいろいろの形で影響が見られる。すなわち,三十六歌仙というのも6を2乗した数であり,〈六家集〉--藤原俊成《長秋詠藻》,藤原良経《秋篠月清集》,慈円《拾玉集》,西行《山家集》,藤原定家《拾遺愚草》,藤原家隆《壬二集》の六つの家集を集成したもの--というのも,六歌仙の呼称を変形踏襲したものである。また,黒主を悪人にしたてた謡曲《草紙洗(そうしあらい)》のほか《関寺小町》《卒都婆小町》など,六歌仙に材をとった謡曲は多く,《六歌仙容彩(すがたのいろどり)》など歌舞伎にも,六歌仙に材をとった作が多い。
[奥村 恒哉]

[索引語]
古今和歌集 遍昭 在原業平 文屋康秀 喜撰法師 小野小町 大友黒主 近代秀歌 心 六家集
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1. ろく-かせん【六歌仙】
全文全訳古語辞典
〔名詞〕平安初期の、代表的な六人の歌人。『古今和歌集』の仮名序で批評されている在原業平・僧正遍昭・喜撰法師・大友黒主・文屋康秀・小野小町の六人をいう。
2. 六歌仙
日本大百科全書
う、『古今集』ほかに10首ほどの歌がみえ、「そのさまいやし」とされる。この六歌仙を倣ったものに「新六歌仙」「続六歌仙」などがある。杉谷寿郎
3. 六歌仙
世界大百科事典
集成したもの--というのも,六歌仙の呼称を変形踏襲したものである。また,黒主を悪人にしたてた謡曲《草紙洗(そうしあらい)》のほか《関寺小町》《卒都婆小町》など,
4. 六歌仙
世界大百科事典
歌舞伎舞踊。義太夫,長唄,清元。本名題《六歌仙容彩(すがたのいろどり)》。1831年(天保2)3月,2世中村芝翫(のちの4世歌右衛門),2世岩井粂三郎(のちの6
5. ろっ‐かせん[ロク‥]【六歌仙】
日本国語大辞典
主題とした歌舞伎所作事の通称。「化粧(よそおい)六歌仙」「六歌仙容彩(すがたのいろどり)」「六歌仙狂画墨塗(きょうがのすみぬり=通称、墨塗六歌仙)」など。【二】
6. ろっかせん【六歌仙】
国史大辞典
六人を「新六歌仙」と呼び、それに対して『古今和歌集』の六人を「古六歌仙」と呼ぶことがある。 [参考文献]高崎正秀『六歌仙前後』、久曾神昇『三十六人集』(『塙選書
7. ろっかせん【六歌仙】
日本架空伝承人名事典
『古今和歌集』の時代には「六歌仙」という呼称はまだ成立していなかった。平安時代の末期には『中古六歌仙』という撰集が作られているのを見ると、そのころまでには、すぐ
8. ろっかせん【六歌仙】
歌舞伎事典
 歌舞伎舞踊。義太夫・長唄・清元。本名題《六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)》。天保二(1831)年三月、二世中村芝翫(四世歌右衛門)、二世岩井粂三郎(六
9. 【六歌仙】ろっ(ろく)かせん
新選漢和辞典Web版
《国》平安時代はじめの有名な六人の歌人。在原業平(ありわらのなりひら)・僧正遍昭(そうじょうへんじょう)・喜撰(きせん)法師・大伴黒主(おおとものくろぬし)・
10. 六歌仙(著作ID:439929)
新日本古典籍データベース
ろっかせん 加茂 司直(かも もりなお) 書 書道 
11. 六歌仙(著作ID:538885)
新日本古典籍データベース
ろっかせん 後水尾 天皇(ごみずのお てんのう) 和歌 
12. 六歌仙(著作ID:538910)
新日本古典籍データベース
ろっかせん 和歌 
13. 新六歌仙(著作ID:247803)
新日本古典籍データベース
しんろっかせん 六歌仙 藤原 良経(ふじわら よしつね) 等 和歌 
14. ろく‐かせん【六歌仙】
日本国語大辞典
〓ろっかせん(六歌仙
15. 六歌仙容彩
日本大百科全書
振付けは2世藤間勘十郎。平安時代の有名な歌人「六歌仙」を扱ったもので、初世嵐雛助あらしひなすけが1789年(寛政1)大坂で踊った『化粧よそおい六歌仙』をもとに、
16. ろっかせんすがたのいろどり[ロクカセンすがたのいろどり]【六歌仙容彩】
日本国語大辞典
天保二年(一八三一)江戸中村座初演。二世中村芝翫と二世岩井粂三郎との五変化舞踊。「喜撰」「文屋」などが有名。六歌仙。ロッカセン=ス
17. 六歌仙容彩(著作ID:666331)
新日本古典籍データベース
うたあわせすがたのいろどり 六歌仙容彩 六歌仙容彩 六歌仙体綵 福森 久助 二世(ふくもり きゅうすけ 2せい) 浄瑠璃/清元・大薩摩 長唄 天保二初演
18. 六歌仙一夕話(著作ID:538921)
新日本古典籍データベース
ろっかせんいっせきわ 尾崎 雅嘉(おざき まさよし) 著 山崎 美成(やまざき よししげ) 補 大沢 貞房(おおさわ さだふさ) 画 伝記 天保一五刊
19. 六歌仙画帖(著作ID:4408184)
新日本古典籍データベース
ろっかせんがじょう 平野 活水軒(ひらの かっすいけん) 画 和歌 
20. 六歌仙虚実添削(著作ID:538932)
新日本古典籍データベース
ろっかせんきょじつのてんさく 葛飾 北斎 一世(かつしか ほくさい 1せい) 画 黄表紙 寛政元刊
21. 六歌仙図幅(著作ID:4387731)
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22. 六歌仙并ニ評(著作ID:1854655)
新日本古典籍データベース
ろっかせんならびにひょう 苗村 松軒(なむら しょうけん) 和歌 注釈 元禄一〇刊
23. 六歌仙花彩(著作ID:4384109)
新日本古典籍データベース
ろっかせんはなのいろどり 浄瑠璃/常磐津 
24. 六歌仙見立句合(著作ID:296184)
新日本古典籍データベース
ろっかせんみたてくあわせ 星喜庵(せいきあん) 俳諧 
25. 六歌仙めくりの道草(著作ID:4415830)
新日本古典籍データベース
ろっかせんめぐりのみちくさ 和歌 
26. 新六歌仙/雪月花(著作ID:247825)
新日本古典籍データベース
しんろっかせん/せつげつか 六歌仙/雪月花 藤原 良経(ふじわら よしつね) 等 和歌 
27. さんじふろく-かせん【三十六歌仙】
全文全訳古語辞典
〔名詞〕一条天皇の時代に、藤原公任が選んだとされる、三十六人の有名な歌人。
28. 三十六歌仙画像
日本大百科全書
る秀歌選である。この三十六歌仙の家集を類聚したのが『三十六人集』(『歌仙家集』とも)、その略伝を漢文体で記したのが『三十六人歌仙伝』(平安後期成立)である。三十
29. 三十六歌仙
世界大百科事典
十六人撰》が編集されるにいたった。《古今和歌集》の〈六歌仙〉の6倍という数が人々に喜ばれ,平安朝後期には,〈中古三十六歌仙〉〈女房三十六歌仙〉などが定められた。
30. さんじゅうろっ‐かせん[サンジフロク‥]【三十六歌仙】
日本国語大辞典
・小大君・中務をいう。平安時代中期の歌学者藤原公任が選んだもの。その後も、後六六撰、中古三十六歌仙などこれにならったものが多く、三十六人集や歌仙絵など文学史や文
31. さんじゅうろっかせん【三十六歌仙】
国史大辞典
た。その歌人三十六人を三十六歌仙と称し、肖像画を加え歌数も一定した歌仙絵もつくられ、その歌人の家集を集めて『三十六人家集』もできた。またそれに倣って各種の三十六
32. 三十六歌仙(さんじゅうろっかせん)
古事類苑
文學部 洋巻 第1巻 822ページ
33. 『三十六歌仙』[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
右が紀貫之きのつらゆき、左が凡河内躬恒おおしこうちのみつね。本阿弥光悦ほんあみこうえつ書 整版本 慶長年間(1596~1615)刊国立国会図書館所蔵
34. さんじゅうろっかせんえ【三十六歌仙絵】
国史大辞典
三十六歌仙の像を描き、その略伝と詠歌を書き添えたもの。歌合の流行による歌仙崇拝の風潮と似絵(にせえ、やまと絵の肖像画的手法)の興隆によって鎌倉時代初期から盛ん
35. 三十六歌仙絵巻
日本大百科全書
このほか南北朝時代の白描による『釈教三十六歌仙絵巻』(1347)、さらに室町以後には業兼なりかね本、後鳥羽院ごとばいん本、為家ためいえ本、木筆もくひつ本、新三十
36. 三十六歌仙絵巻
世界大百科事典
歌仙絵のうち,とくに三十六歌仙の肖像を描き,その略歴と詠歌1首を書き添えた絵巻。平安時代末から鎌倉時代には古典文学復興の機運とともに,藤原公任撰の三十六歌仙への
37. さんじゅうろっかせん‐えまき[サンジフロクカセンヱまき]【三十六歌仙絵巻】
日本国語大辞典
〔名〕三十六歌仙の肖像画に代表的な詠歌を一首書きそえてならべ、絵巻に仕立てたもの。鎌倉時代以降盛んにつくられた。その代表的遺品は佐竹家旧蔵の佐竹本三十六歌仙で、
38. しん‐ろっかせん[‥ロクカセン]【新六歌仙】
日本国語大辞典
六家集に収められた六人の歌人。すなわち、藤原良経・慈円・藤原俊成・西行・藤原定家・藤原家隆の称。六歌仙にならったもの。
39. 細田栄之『女房三十六歌仙』[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
「伊勢いせ」 1801年(寛政13) みわの山いかに待ち見む年ふともたづぬる人もあらじと思へば国立国会図書館所蔵
40. ろくろく‐かせん【六六歌仙】
日本国語大辞典
三十六歌仙のこと。転じて、俳諧連句の歌仙(巻三六句)をいう。
41. 異国船ニ付三十六歌仙(著作ID:4358220)
新日本古典籍データベース
いこくせんにつきさんじゅうろっかせん 狂歌 
42. 出雲国三十六歌仙(著作ID:91407)
新日本古典籍データベース
いずものくにさんじゅうろっかせん 丙辰出雲国三十六歌仙 富永 芳久(とみなが よしひさ) 編 和歌 安政三刊
43. 伊勢宮/三十六歌仙絵馬写(著作ID:631776)
新日本古典籍データベース
いせぐう/さんじゅうろっかせんえまうつし 絵画 
44. 井田村神社奉納三十六歌仙稿本(著作ID:4366386)
新日本古典籍データベース
いだむらじんじゃほうのうさんじゅうろっかせんこうほん 正宗 直胤(まさむね なおたね) 撰 歌合 
45. 今様六歌仙(著作ID:4383455)
新日本古典籍データベース
いまようろっかせん 歌川 豊国 三世(うたがわ とよくに 3せい) 画 絵画 
46. 英雄三十六歌仙(著作ID:108430)
新日本古典籍データベース
えいゆうさんじゅうろっかせん 歌川 貞秀(うたがわ さだひで) 和歌 弘化五刊
47. 絵本三十六歌仙(著作ID:111977)
新日本古典籍データベース
えほんさんじゅうろっかせん 禿箒子(とくそうし) 和歌 
48. 絵本三十六歌仙(著作ID:4309277)
新日本古典籍データベース
えほんさんじゅうろっかせん 西川 祐信(にしかわ すけのぶ) 
49. 大江六歌仙(著作ID:116847)
新日本古典籍データベース
おおえろっかせん 梅通(ばいつう) 等 編 俳諧 安政元序
50. 女三十六歌仙(著作ID:16513)
新日本古典籍データベース
おんなさんじゅうろっかせん 和歌 
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小説家、劇作家。東京市四谷区永住町二番地に生れた。本名は平岡公威きみたけ。父梓と母倭文重しずえの長男。父は農林省官吏で、祖父の定太郎は樺太庁長官をつとめた。母は、前田藩儒者で東京開成中学校長をつとめたことのある橋健三の次女である。祖母の夏子
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