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秋祭

ジャパンナレッジで閲覧できる『秋祭』の国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典のサンプルページ

国史大辞典

秋祭
あきまつり
農作に伴う季節祭。春祭が豊作祈願を目的として、予祝的、呪術的な儀礼を伴うのに対して、秋祭は収穫感謝の意味をもって、神に初ものと豊富な食物の献供、人々の盛大な共同飲食が一般的特徴。『類聚三代格』の寛平七年(八九五)十二月三日の太政官符に二月・四月・十一月が「先祖之常祀」という記事があるのを柳田国男が指摘して以来、二月または四月の春祭に対し、十一月が秋祭の古い型であることが定説となった。十一月は宮廷において新嘗祭が行われ、民間の年中行事として、刈上げ祭、山の神送りが行われる。しかし、霜月祭が秋祭であることは、季節としては異なっている。また、神社の秋の例祭は九月にも多く行われる。このことは、わが国の秋祭が複雑な分化を経ていることを示す。一つは、宮廷祭祀の神嘗祭と新嘗祭が、前者が新穀を神に献上する行事、後者は神前で天皇が新穀を食す行事として分かれて来た。民間行事においても、早稲を献上する神社の祭と、農作業全体の終了を意味する霜月祭の区分がある。前者をもって十一月に至る長い物忌のはじまりが別の祭のように考えられたとして、農作の始めと終りを画する春秋の祭と解する説と、折口信夫のように、収穫祭、十二月の鎮魂祭、正月の祈年祭をもとは、一年の半分の聖なる季節の連続した祭とみなして、ここから秋祭・冬祭・春祭が分化したとみる説とがある。
[参考文献]
柳田国男『祭日考』(『定本柳田国男集』一一)、折口信夫『古代研究』民俗学篇一(『折口信夫全集』二)
(柳川 啓一)


日本大百科全書(ニッポニカ)

秋祭
あきまつり

秋の収穫感謝祭。秋ということばは飽食 (あきぐひ)の祭りからきているという。春からの農耕を助け稲田を守ってくれた田の神に収穫を感謝し、新穀でつくった神饌 (しんせん)、神酒でもてなすのが秋祭である。旧暦の10月をカンナヅキとし神無月などと書いて、俗に神々が出雲 (いずも)に出かけて留守だといわれ、人々は物忌 (ものいみ)をして慎しむ期間であった。長い物忌のあとに旧暦の11月に収穫祭として霜月祭が行われた。今日の勤労感謝の日のもとになった新嘗祭 (にいなめさい)は、収穫祭であると同時に、翌年の種子たる稲の霊を誕生させる儀式でもあった。

 古くは日本の収穫祭の時期はもっと早かったと考えられている。日本に稲作が入ってきたころの品種は早稲 (わせ)であったようである。日本の稲のルーツに関係の深い中国南西部のミャオ(苗)族は、独特の苗暦に従い、中国太陰暦の10月が苗暦の正月にあたる。また、タイ北西部の少数民族アカは太陽暦で10月ごろ正月を迎えるが、集落ごとに刈り入れと同時に正月となるので、時期はまちまちである。日本の古代も自然暦に従っていたころは、おそらくアカの暦と同様であったであろう。

 今日でも、南北に長い日本列島のこととて刈上 (かりあげ)祭の時期はまちまちで、東北地方では、三九日といって、旧暦9月、三度の9日を稲の収穫祭にあてているし、関東、中部地方では、旧暦10月10日を十日夜 (とおかんや)とよんで収穫祭を行う。子供たちが新藁 (わら)で藁鉄砲をつくって地面をたたいて回る。似たような行事を近畿、中国、四国地方では亥子 (いのこ)節供とよんで、「亥の子突きの石」で地面をたたいて回る。九州の刈上祭は遅れて、旧暦霜月の子 (ね)の日、丑 (うし)の日にする土地がある。佐賀県佐賀市富士町畑瀬 (はたせ)の東畑瀬では旧暦11月の初子の日を「タナテンジンサン」といって田の天神様、つまり田の神を祀 (まつ)る日としている。有名な「奥能登 (のと)のあえのこと」は、民間の新嘗祭として知られ、重要無形民俗文化財に指定されている。12月9日(もとは旧暦11月)に、田の神を生ける人のごとく招請し御馳走 (ごちそう)する。「あえ」は嘗 (あえ)で、饗応 (きょうおう)することである。

[萩原秀三郎]



世界大百科事典

秋祭
あきまつり

農耕の収穫を感謝する祭り。春祭,夏祭に対して呼ばれる秋季に行われる神祭の総称。春祭は豊作祈願のための予祝儀礼であるのに対して,秋祭は稲作の終りに際して神の恩恵に感謝するもので,全国の各神社において神に初ものと豊富な食物の献供があり,共同飲食が盛大に行われる。旧暦2月から4月の春祭に対し,秋祭は旧暦9月から11月にかけて行われている。宮廷祭祀では,新穀を神に献上する伊勢神宮の神嘗祭(かんなめさい)が旧暦9月(現在は10月),天皇が神に新穀をすすめ感謝の祭りをし,新穀を食する新嘗祭(にいなめさい)が旧暦11月に行われる。一方民間では,田にあって農耕を守った神が,秋の収穫祭を境に人里離れた山に去る山送りの習俗が全国的に残されている。また秋祭は農作業の終了をまって行われるもので,霜月祭がその中心となってきた。古くは旧暦11月が秋祭の季節の中心であったが,のちには秋の物忌開始期にあたる旧暦9月にも多く行われるようになり,明治の改暦後は10月に秋祭が集中するようになった。
[岡田 荘司]

[索引語]
神嘗祭 新嘗祭
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検索コンテンツ
1. 秋祭画像
日本大百科全書
春からの農耕を助け稲田を守ってくれた田の神に収穫を感謝し、新穀でつくった神饌しんせん、神酒でもてなすのが秋祭である。旧暦の10月をカンナヅキとし神無月などと書い
2. 秋祭
世界大百科事典
のに対して,秋祭は稲作の終りに際して神の恩恵に感謝するもので,全国の各神社において神に初ものと豊富な食物の献供があり,共同飲食が盛大に行われる。旧暦2月から4月
3. あきまつり【秋祭】
国史大辞典
二月または四月の春祭に対し、十一月が秋祭の古い型であることが定説となった。十一月は宮廷において新嘗祭が行われ、民間の年中行事として、刈上げ祭、山の神送りが行われ
4. あき‐まつり【秋祭】
日本国語大辞典
之。金春太夫一座歟。近年は田舎の秋祭風情也」*俳諧・独吟一日千句〔1675〕第七「秋祭り神の力は外なれや たのみをかけるかねの緒につく」*俳諧・新題林発句集
5. 秋祭(著作ID:4396763)
新日本古典籍データベース
あきまつり 仏仙(ぶっせん) 等 編 俳諧 
6. あきまつり【秋祭】[標準語索引]
日本方言大辞典
おくんち / くんち / ほぜあきまつり:秋祭に竹の串に五色の紙をつるし、立てたものはなあきまつり:秋祭の花(祝儀)に対するお返しはなぶりまい
7. あきまつり【秋祭】[標準語索引]
日本方言大辞典
おくんち / くんち / ほぜあきまつり:秋祭に竹の串に五色の紙をつるし、立てたものはなあきまつり:秋祭の花(祝儀)に対するお返しはなぶりまい
8. 宇佐神宮仲秋祭(放生会)[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
大分県宇佐うさ市©公益社団法人ツーリズムおおいた
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10. CMD(クロス・マーチャンダイジング)[マーケティング]
情報・知識 imidas
含めた品ぞろえと演出で販売すること。もともと、すべての生活テーマは単品で済むものではない。父の日も夏休みも秋祭りも、すべて多様な商品のコーディネートによって対応
11. NMB48[新語流行語]
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12. 相川画像
日本大百科全書
名産品には無名異むみょうい焼、海産物(スルメイカなど)、鉱山銘石がある。また、10月中旬の相川祭も相川の秋祭りとして広く知られる。このほか、鉱山資料を豊富にそろ
13. あいはらかわかみてんまんぐう【鮎原河上天満宮】兵庫県:津名郡/五色町/南谷村
日本歴史地名大系
瓦が出土している。例祭は四月二九日、夏祭は七月二五日、秋祭は一〇月四日に行われ、このほか元旦祭・留主事祭・柴舞祭などがある。なお夏祭・秋祭にはだんじりが出ない。
14. あおだむら【青田村】兵庫県:氷上郡/山南町
日本歴史地名大系
余。産土神は大歳神社で、妙楽寺(現廃寺)があった(氷上郡志)。同社では毎年一〇月九日・一〇日の秋祭に伊勢神楽系の獅子神楽を奉納する。神楽の舞は四方舞・剣の舞・地
15. あかはちまんぐう【赤郷八幡宮】山口県:美祢郡/美東町/赤村
日本歴史地名大系
もと赤村内の勝負にあった社坊西福寺の本尊と伝える。社坊はほかに二寺・二庵あった。春祭が三月一八日、一九日、秋祭は九月一八日、一九日で、神輿・猿田彦・獅子などの神
16. あくとじんじゃ【阿久刀神社】大阪府:高槻市/芥川村地図
日本歴史地名大系
(武甕槌命)・荒神社(奥津比売命・塩山比売命・加具土命)などを境内に移した。例祭は四月一五日、秋祭は一〇月一五日。以前は、五月八日に芥川上流に位置する神服神社と
17. あさくらじんじゃ【朝倉神社】高知県:高知市/朝倉村
日本歴史地名大系
別当は真言宗光泉寺で、社地一反一一代三歩、社領二反を有した。祭礼は七月二四日が夏祭、一一月一〇日が秋祭で、秋祭には「なんもんでおどり」が奉納される年もある。太鼓
18. 朝倉の梯子獅子[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
牟山神社むさんじんじゃの秋祭で演じられる獅子舞ししまい。毎年10月第1日曜日とその前日の土曜日に奉納される。かつて田畑を荒らすイノシシを梯子はしごを用いて退治し
19. 芦刈(旧町名)
日本大百科全書
みのえは、かつて杵島炭鉱きしまたんこうの石炭積出し港としてにぎわった。米作とノリ養殖が主体で、秋祭りに演ずる面浮立めんぶりゅうは代表的な民俗芸能である。川崎 茂
20. あすかべじんじゃ【飛鳥戸神社】大阪府:羽曳野市/飛鳥村地図
日本歴史地名大系
、以充〓秋祭祀之費〓、縁
21. あだたらじんじゃ【安達太良神社】福島県:安達郡/本宮町/本宮村
日本歴史地名大系
当社は安達郡総鎮守と記されている(相生集)。創祀以来の神事として山鳥の神秘、真弓の神事があって、春秋祭礼の際行われていたが、館主鹿子田氏の退去後は神事料の寄進が
22. あばそん【阿波村】岡山県:苫田郡
日本歴史地名大系
県指定無形民俗文化財として八幡神社及び物見神社の花祭があり、阿波村八幡神社の秋祭(一一月一日)と加茂町物見神社の秋祭(一〇月二五日)に行われる。八幡神社の花祭は
23. あまざけ‐まつり【甘酒祭】
日本国語大辞典
〔名〕(1)甘酒を作り供え、また、客にふるまうことを特色とする祭り。各地にあり、特に秋祭りにこの名のものが多い。*諸国風俗問状答〔19C前〕大和国高取領風俗問状
24. あまのいわとじんじゃ【天岩戸神社】宮崎県:西臼杵郡/高千穂町/岩戸村
日本歴史地名大系
が参加する。午後三時宮司は天照大神の御霊を二基の神輿に移し、岩戸神楽の神面や棒術組が守護する。秋祭は実りを感謝する成就祭である。岩戸神楽は高千穂地方の他地域の神
25. あらまちむら【新町村】新潟県:長岡市
日本歴史地名大系
天和年中に新潟街道の宿駅が新保村より当村に移された。また当村から蔵王に通ずる道に屋台小路があった。蔵王堂の秋祭には長岡一八ヵ町から二一台の屋台が出て当村を経て蔵
26. ありさか【有坂】長野県:小県郡/長門町/長窪村
日本歴史地名大系
正徳五年(一七一五)一五である(長門町誌)。諏訪神社の秋祭は、現在は九月の第三日曜に行われ、高梨(現丸子町)の諏訪神社例祭、上田(現真田町)の皇太神宮秋祭ととも
27. あわいじんじゃ【阿波井神社】徳島県:鳴門市/堂浦
日本歴史地名大系
小社があった。現在は末社として若宮神社・住吉神社・船玉神社がある。江戸時代に九月九日に行われた秋祭には神輿の水中渡御があり、「千才楽万才楽」の掛声とともに小鳴門
28. いかすりじんじゃ【坐摩神社】
国史大辞典
神田は七段百四十四歩。現社殿は第二次世界大戦による戦災後、昭和三十四年に復興したものである。例祭は四月二十二日、秋祭は十月二十二日。特殊神事として献花祭(四月二
29. いかずちじんじゃ【雷神社】茨城県:常陸太田市/藤田村
日本歴史地名大系
「新編常陸国誌」には「神体ハ円石、(中略)社領四石九斗五升七合」とある。特殊神事として千度祭があり、九月八日の秋祭の宵宮に氏子が三組に分れ、組ごとに神酒・神饌を
30. 伊賀(市)画像
日本大百科全書
芭蕉五庵のうち、唯一現存する蓑虫庵みのむしあんなどがある。旧上野城下の総鎮守であった菅原神社の秋祭(上野天神祭)で催されるダンジリ行事は国指定重要無形民俗文化財
31. 息栖神社
日本大百科全書
例祭は4月13日。1月7日に白馬祭あおうまのまつり、3月6日に春祭、7月27日に風祭かざまつり、11月23日に秋祭、6月30日には川祓かわはらえの形を残した夏越
32. いぎすえはちまんじんじゃ【伊喜末八幡神社】香川県:小豆郡/土庄町/伊喜末村
日本歴史地名大系
あったにもかかわらず、氏子は小部村、福田村(現内海町)を除く小海郷村民であった。一〇月一三日の秋祭は、当社由緒書(社蔵)に「大祭日御旅所神饌は甘酒・豆飯の二饌に
33. いくたじんじゃ【生田神社】兵庫県:神戸市/中央区/生田宮村
日本歴史地名大系
次に亦馬方一〇人・鎗二筋などの威儀で供奉している。明治五年(一八七二)までは例年神事に奉仕し、秋祭における拝殿および末社諏訪神社の賽銭を得ていたという。刀禰家は
34. いくたま の 祭(まつり)
日本国語大辞典
生玉神社の九月九日の例祭。秋祭。《季・秋》*俳諧・誹諧初学抄〔1641〕末秋「一 醍醐祭 九月九日也。一 いく玉の祭 同日也。大坂に在
35. いけがわじんじゃ【池川神社】高知県:吾川郡/池川町/池川村
日本歴史地名大系
つけた児勤の舞も伝わる。本来、池川神楽は冬季の行事で、池川郷一二ヵ村の村々を順次回って演じたが、現在は適宜秋祭などに奉納される。
36. いけだむら【池田村】京都府:福知山市
日本歴史地名大系
文化三年大火があった時、火がこの樹に燃え移り、三昼夜の間燃え続けたと伝える。ここは三俣村生野神社の秋祭に神輿が多保市村の御旅所へ遷座する時の中継所であり、明治中
37. いしうらじんじゃ【石浦神社】石川県:金沢市/金沢城下/第二連区/安房殿町
日本歴史地名大系
正称とした。同五年郷社に列せられ、昭和一九年(一九四四)県社に昇格。例祭は一〇月二日、春祭は五月一日、秋祭は一〇月一日。
38. 石川(県)画像
日本大百科全書
もっとも盛大である。7月1日は氷室ひむろの日で、将軍に雪を献上したのにちなみ、まんじゅうを食べて健康を祝う。秋祭には獅子舞ししまい(加賀獅子)が盛んである。金沢
39. 石切神社
日本大百科全書
ま)に、その子神可美真手命とともに祀ったといわれる。春祭は4月14~16日、夏祭8月3、4日、秋祭10月21、22日。行者が修練のため参拝する石切の滝は有名。単
40. いしじんじゃ【石神社】広島県:比婆郡/東城町/塩原村
日本歴史地名大系
借りて石神さんを建てたのだから、荒神さんの地祭がすまなければ氏神さんの祭はできないとして、石神社の秋祭の当日には、朝からまず八面荒神の荒神祭を行うという慣例が続
41. いしだむら【石田村】佐賀県:東松浦郡/玄海町
日本歴史地名大系
日「本願権律師俊覚坊栄春」の木札を所蔵する。正保二年(一六四五)の勧請と伝えられる。この神社の秋祭には二台の神輿が漁船に乗り、数十隻の漁船が供奉して仮屋湾を巡行
42. いしま【伊島】徳島県:阿南市/椿泊浦
日本歴史地名大系
五月五日の端午の節句の行事として行われていたが、若者の減少から、昭和二〇年代後半その姿を消した。当所神社の秋祭は暴れ神輿が出て盛大に行われる。例祭日は九月一二日
43. いずみいのうえじんじゃ【泉井上神社】大阪府:和泉市/府中村地図
日本歴史地名大系
れ、府中五垣内で構成されていた。各垣内には小宮があり小座が営まれていたが、旧八月一五日の当社の秋祭には各垣内の代表者が参列し大座が営まれたという。現在当社には、
44. いずものいわいじんじゃ【出雲乃伊波比神社】埼玉県:大里郡/寄居町/赤浜村地図
日本歴史地名大系
「郡村誌」に伊波比社とみえる。古来から鳥居行事や湯立行事が伝来したが、いつの頃か廃絶したという。春祭・秋祭に愛宕精進(愛宕祭)が行われ、この日に限り「おみくじ」
45. いち‐いち【一一】
日本国語大辞典
〔名〕(1)一つ一つの物。それぞれのこと。*延喜式〔927〕二〇・大学寮「凡釈奠秋祭。座主博士引〓問者等
46. いといじんじゃ【糸井神社】奈良県:磯城郡/川西町/結崎村
日本歴史地名大系
また氏子の結崎郷市場村踊連中奉納の慶応四年(一八六八)の絵馬(県指定有形民俗文化財)は御蔭踊を描く。秋祭の本祭は一〇月二二日。結崎の五垣内の各頭屋は、九月二九日
47. 稲作文化
世界大百科事典
ろう。次に,新年になって間もなく5月には,吉日をえらんで再び村祠の祭りが行われる。前者が日本の秋祭にあたるならば後者は春祭に対応し,このとき稲の豊作を祈願すると
48. いなざわむら【稲沢村】福島県:安達郡/白沢村
日本歴史地名大系
神社に付け置かれていた。縁日は六月一日と九月一九日、末社は羽山権現とある。現祭日は四月一五日と一一月三日。秋祭は感謝祭で氏子たちが新藁に新米のおふかしを入れたオ
49. いなりじんじゃ【稲荷神社】茨城県:岩井市/大口新田
日本歴史地名大系
のち名主彦兵衛・氏子らが境外地および田・畑・山林一町歩を買受け祭祀田として今日に至る。例祭は二月初午日、秋祭は一〇月二四日。
50. いぬおとせむら【犬落瀬村】青森県:上北郡/六戸町
日本歴史地名大系
古間木五であった。柴山に熊野神社がある。祭神は伊弉諾尊・伊弉冊尊。同神社は山桜で知られ、六戸町の秋祭は当神社の例大祭として例年九月五―七日に行われる。高館の西方
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