NHK大河ドラマ「光る君へ」特集
ジャパンナレッジは約1700冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書」サービスです。
➞ジャパンナレッジについて詳しく見る
  1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 社会
  6. >
  7. 祭・祭事・イベント
  8. >
  9. >
  10. 春日祭

春日祭

ジャパンナレッジで閲覧できる『春日祭』の世界大百科事典・国史大辞典・日本国語大辞典のサンプルページ

世界大百科事典

春日祭
かすがさい

〈かすがまつり〉ともいう。奈良市春日野町に鎮座する春日大社の例祭。賀茂祭(葵(あおい)祭),石清水(いわしみず)祭と並ぶ三大勅祭の一つ。起源については諸説あるが,850年(嘉祥3)を創始の時期とする説が有力である。古くは毎年旧暦の2月と11月の上申の日に行われ,これを申祭(さるまつり)とも称した。1886年からは3月13日に行われている。当社は藤原氏の氏神であることから藤原氏の氏長者(うじのちようじや)が祭祀を行い,上卿と弁とが奉行し,官使として近衛使,中宮使が参向して奉幣した。藤原氏の隆盛とともに朝野の崇敬をあつめ祭典は盛大を極めた。また,伊勢の斎宮,賀茂の斎院に準じて春日には斎女が置かれ,869年(貞観11)から春日祭に参向した。祭儀は,祭りの前日斎女が京都を出発,大和の国司は国境まで出迎え,佐保頓舎に至る。翌日の祭日には官幣,神馬とともに盛大な行列を整えて本社に入る。到着した斎女は神態の服に替え所定の座に着く。ついで官幣および中宮幣・東宮幣は上の棚に置き,藤原氏人の幣は下の棚に置かれ,それを物忌が神殿の内へ納める。また五位以上の氏人が神饌の机を肩にのせて運び,陳列する。大臣をはじめ,朝使,氏人らが着座ののち,神馬を神前につらね,ついで神主が祝詞を読み,朝使以下が拝礼を行う。近衛使,氏人,社司らによる東遊(あずまあそび)と大和舞(やまとまい)の奉納があり,斎女の退出によって祭儀を終わる。斎女廃絶ののちにも,上卿,内侍,近衛府の使らが舞人,陪従を従えて奈良に下る春日祭使の行列は華麗かつ壮観であった。応仁の乱以降,同祭は中絶していたが,元禄年間(1688-1704)に再興された。しかし,内侍らの参向はなく略式化された。1886年旧儀復興して再び勅祭となった。現行の祭儀は,平安時代の祭祀の姿をよくとどめている。
[岡田 荘司]

[索引語]
春日大社 申祭 斎女 春日祭


国史大辞典

春日祭
かすがのまつり
奈良市春日大社の例祭。「かすがさい」ともいう。祭日は明治十九年(一八八六)から三月十三日。勅祭。氏神祭祀の伝統が知られ、また申祭(さるまつり)の称で名高い。春日社の創建に先立つ天平勝宝四年(七五二)の『万葉集』一九の光明皇太后の歌の詞書に「春日祭〓神之日」とみえるが、いわゆる春日祭の創始は春日社が拡充された平安時代前期のことで、『三代実録』天安二年(八五八)十一月三日庚申条に「停〓平野春日等祭〓焉」とみえるので、『一代要記』仁明天皇条にみえる「(嘉祥)三年(八五〇)庚午(中略)春日二季祭、二月初申日十一月初申日、云々」を創始の時期とするのが妥当であろう。二月・十一月の上申日を祭日とし、上卿と弁とがこれを奉行し、藤原氏氏長者の祭祀のほかに官使の近衛使・内蔵使ないし中宮使が参向し奉幣する二季春日祭が創まった。貞観十一年(八六九)から斎女(間もなく内侍)の参仕が加えられ、その参向には国・郡司の儀仗が整えられたので盛儀となった。この春日祭の諸儀や祭式については『貞観儀式』や『延喜式』に詳しい。祭の前日、斎女は京都を発し、奈良坂(歌姫越え)を経て法華寺門前をよぎり佐保頓舎に入る。祭日、添上郡司が前行、大和国司がこれに次ぎ、官幣や神馬・走馬につづいて斎女の輦輿が内侍らの車馬を従える盛大な行列で社頭に至る。かくて斎女は内院に入り神態の服に改めて所定の座につき祭儀に移る。官幣および中宮幣は上の棚、氏人(藤原氏)の幣は下の棚に捧げ、物忌(ものいみ)がこれを神殿に納める。ついで五位以上の氏人が神饌の机を舁(か)き神前に陳列し、なお神部が酒缶を供える。内侍らが神饌を奠じ、大臣以下朝使・氏人が着座、神馬・走馬を神殿前に牽き列ねる。次に神主が祝詞を読み朝使以下が拝礼、終って直会殿の座に就く。馬寮が神馬を牽き廻し、近衛使が東遊(あずまあそび)、氏人や神祇官・社司らが和舞(やまとまい)を奉仕し、次に賜饗・賜禄があり、斎女は西門から出て頓舎に還り、馬場においては走馬が行われる(『貞観儀式』)。この祭儀は実は秘められ、異姓の参仕は稀である。舞楽が洗練され、奈良時代からの神饌が供えられるのが特色である。この後、祭使の一行は梨原の宿院に還って一宿するが、翌朝、人気のない下僕を飾馬に乗せて嘲弄したり、帰京途次に不退寺辺で追剥ぎに衣をはがれたり、盗人捕縛の儀を行い、また山城淀では雷鳴の陣を立て近衛府の下僕に紅衣を着せて雷公にしたてた。これを春日大明神の神使として仰いだというのであり(『江家次第』)、ここに春日信仰が古代春日山信仰を加味したことも知れる。鹿島神が建御雷神と表記されたり、春日赤童子像(春日曼荼羅の一種、特に若宮神を祀る)が春日大明神として祭られたのと関連する。やがて、祭使の帰路は鹿脊山越え(東路)が採られ、加茂坂(現在の奈良坂)で給禄や盗人捕縛が行われる。なお、春日祭料は諸国の国司らに課せられ、ついで料所も定められたが、特に摂関家がその資を負担した。中世後期には興福寺が祭使らに献資して参向を請うことにもなった。戦乱などで春日祭の遂行が難しくなり、社家に付される例もおこった。江戸時代には、祭儀の復興が進められたが、内侍の参向はなく、上卿・弁の参向もとだえがちで、むしろ略化せられた。明治四年の官社制度によって祭日は二月一日に定まり、一般の官社祭式が行われることになったが、同十八年旧儀復興の御沙汰を拝し、翌十九年勅祭となった。しかし、氏人の参仕はとだえて氏神祭の特色は薄れた。
[参考文献]
永島福太郎『奈良文化の伝流』、同『奈良』(吉川弘文館『日本歴史叢書』三)
(永島 福太郎)


日本国語大辞典

かすが‐まつり 【春日祭】

解説・用例

〔名〕

奈良の春日大社の祭礼。陰暦二月、一一月の上申の日に行なわれた(現在は三月一三日)。平安初期から行なわれ、藤原氏の栄華を反映して盛大をきわめた。特に貞観年間(八五九~八七七)には伊勢の斎宮、賀茂の斎院にならって春日斎女が置かれて、祭礼も壮観を呈した。朝廷をはじめ、東宮、中宮、氏人などから奉幣があり、近衛府からは神馬を献ずる春日祭使(かすがさいし)が派遣され、その行装は華麗であった。かすがのまつり。《季・春》

*日本三代実録‐貞観元年〔859〕二月一〇日「春日祭如〓常」

*枕草子〔10C終〕一五六・えせものの所得るをり「御仏名などの御装束の所の衆。かすかまつりの近衛の舎人ども」

*無言抄〔1598〕下・三「春日祭 二月上申日也。十一月にもまつりあり。両度の祭は初を以本とするゆへに春なり」

*俳諧・曠野〔1689〕六・雑「春日祭 としごとに鳥居の藤のつぼみ哉〈荷兮〉」

発音

カス〓マツリ

〓[マ]


上記は、日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書サービス「ジャパンナレッジ」のサンプル記事です。

ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。
すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
パソコン・タブレット・スマホからご利用できます。


春日祭の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 258
※検索結果は本ページの作成時点のものであり、実際の検索結果とは異なる場合があります
検索コンテンツ
1. 春日祭
日本大百科全書
)』にみえるそのままが現在も供えられている。また和舞は大和(やまと)地方の風俗舞で、古くより春日祭に奏されてきたことが『貞観儀式(じょうがんぎしき)』などにより ...
2. 春日祭
世界大百科事典
あつめ祭典は盛大を極めた。また,伊勢の斎宮,賀茂の斎院に準じて春日には斎女が置かれ,869年(貞観11)から春日祭に参向した。祭儀は,祭りの前日斎女が京都を出発 ...
3. かすがのまつり【春日祭】
国史大辞典
の『万葉集』一九の光明皇太后の歌の詞書に「春日祭〓神之日」とみえるが、いわゆる春日祭の創始は春日社が拡充された平安時代前期のことで ...
4. かすが‐まつり【春日祭】
デジタル大辞泉
春日大社の祭礼。古くは陰暦2月・11月の最初の申(さる)の日行われたもので、申祭りともよばれた。現在は3月13日に行われる。賀茂(かも)・石清水(いわしみず)の ...
5. 春日祭(かすがまつり)【篇】
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 99ページ ...
6. 春日祭(かすがまつり) 【12か月のきまりごと歳時記】
生活便利帳
奈良県・春日大社のお祭り。毎年3月13日に行われる。古くは2月、11月の上申の日に行われていたため申祭(さるまつり)とも呼ばれ、宮中からの勅使が司祭してお祓いの ...
7. かすが‐まつり【春日祭】
日本国語大辞典
、近衛府からは神馬を献ずる春日祭使(かすがさいし)が派遣され、その行装は華麗であった。かすがのまつり。《季・春》*日本三代実録‐貞観元年〔859〕二月一〇日「春 ...
8. 喪中春日祭有無之事 (見出し語:春日祭【篇】)
古事類苑
禮式部 洋巻 第2巻 551ページ ...
9. 春日祭行田樂 (見出し語:春日祭【篇】)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第1巻 706ページ ...
10. かすが‐さいし【春日祭使】
日本国語大辞典
〔名〕春日祭に近衛府から派遣される使者。奈良の春日大社に神馬を奉献するためのもので、多く藤原氏の近衛少将・中将在職中の者があたる。春日の使。春日祭の使い。*九暦 ...
11. かすがまつり の 使(つか)い
日本国語大辞典
「かすがさいし(春日祭使)」に同じ。 ...
12. 春日祭使(かすがまつりのつかい)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 101ページ ...
13. 摺袴[図版]
国史大辞典
賀茂臨時祭の舞人 春日祭の舞人 青摺付属のつがりの摺袴 紫式部日記絵巻 春日権現霊験記 (c)Yoshikawa kobunkan Inc.  ...
14. 蛮絵袍[図版]
国史大辞典
五常楽の蛮絵袍 獅子の丸の蛮絵(金剛峯寺伝来) 熊の丸の蛮絵(東大寺若宮八幡宮伝来) 舞人の蛮絵袍 春日祭の随身の蛮絵袍 舞楽図 舞楽装束図 春日権現霊験記 ( ...
15. 春日祭東舞 (見出し語:東舞)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 103ページ ...
16. 春日祭時獻出車 (見出し語:出車)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 124ページ ...
17. 春日祭還立 (見出し語:還立)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 119ページ ...
18. 春日祭宣命 (見出し語:宣命)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 118ページ ...
19. 春日祭祝詞 (見出し語:祝詞)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 123ページ ...
20. 春日祭走馬 (見出し語:走馬)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 123ページ ...
21. 春日祭河頭祓 (見出し語:祓)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 101ページ ...
22. 春日祭【篇】 (見出し語:祭)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 99ページ ...
23. 春日祭爲倭舞 (見出し語:倭舞)
古事類苑
神祇部 洋巻 第4巻 103ページ ...
24. 葵祭
世界大百科事典
名を称した。古くは旧暦4月中の酉の日に行われていたが,現在は5月15日に行われる。石清水祭,春日祭とともに三大勅祭の一つ。806年(大同1)官祭となり,810年 ...
25. あかる‐たえ[‥たへ]【明妙】
日本国語大辞典
〔名〕光沢があって美しい織物。祭祀(さいし)の幣物に用いる布帛(ふはく)。*延喜式〔927〕祝詞・春日祭「御服は、明多閉(あかるタヘ)、照たへ、和たへ、荒たへに ...
26. あずま‐まい[あづままひ]【東舞】
日本国語大辞典
じ。*日本三代実録‐貞観三年〔861〕三月一四日「近衛壮歯者廿人、東舞」*儀式〔872〕一・春日祭儀「馬寮牽〓神馬 ...
27. あのうのしょう・あのうさんじょ【穴太庄・穴太散所】滋賀県:大津市/北部地域/穴太村
日本歴史地名大系
仁平三年(一一五三)一一月の春日祭においても、裹飯五〇〇果のうちの半分が穴太に課せられ(「台記別記」同月二九日条)、「猪隈関白記」正治二年(一二〇〇)正月一〇日 ...
28. あぶらさかちょう【油坂町】奈良県:奈良市/奈良町
日本歴史地名大系
宮神人となり、東大寺油問職ももっていた。「大乗院雑事記」延徳四年(一四九二)二月一九日条には春日祭の御馬屋方の会所があったとみえる。元禄二年(一六八九)の家数三 ...
29. ありまのしょう【荒馬庄】大阪府:東大阪市/旧布施市地区/北蛇草村
日本歴史地名大系
中牧地頭職は山城石清水八幡宮が有している。なお「兵範記」保元二年(一一五七)正月一二日条の、大納言藤原宗能の春日祭参会に関する記事に「牛粥一石仲牧」「侍十前仲牧 ...
30. いかし‐やくはえ
日本国語大辞典
〔名〕語義未詳。*延喜式〔927〕祝詞・春日祭「天皇(すめら)が朝廷(みかど)に伊加志夜久波叡(イカシヤクハエ)の如く仕へまつり」*延喜式〔927〕祝詞・平野祭 ...
31. いさがわじんじゃ【率川神社】奈良県:奈良市/奈良町/本子守町
日本歴史地名大系
とされ、春日社の春日祭の翌日となっていた。三枝祭が大神氏によって行われたのに対し、「年中行事秘抄」が「南家苗裔掌行此祭」と記すように、率川祭は藤原南家が行ってお ...
32. いさがわ の 祭(まつ)り
日本国語大辞典
1012〜21頃〕一・上酉日率川祭事「上酉日率川祭事 付春日祭幣使」*師光年中行事〔1259〜70頃〕二月「上酉日。率川祭事。〈春日祭明日〉。或三枝祭云々。如神 ...
33. いたごし【板輿】
国史大辞典
武家の間では主として婦人と幼童の所用とした。公家も遠行の際の乗物とし、『建内記』には永享十二年(一四四〇)の春日祭に「内々用〓板輿 ...
34. いち‐りょう[‥リャウ]【一両】
日本国語大辞典
の胴の数え方」(ロ)(一両・一輛)大きな車、列車、電車などの一台をいう。*儀式〔872〕一・春日祭儀「童女、車一両」*天正本節用集〔1590〕「一両 いちリャウ ...
35. いまいずみのしょう【今泉庄】大阪府:泉大津市
日本歴史地名大系
の藤原頼長の春日詣には屯食四具(「台記別記」同月二九日条)、正治二年(一二〇〇)の藤原家実の春日祭雑事定では前駆分三〇前(「猪隈関白記」同年正月一〇日条)が今泉 ...
36. いまずしちょう【今辻子町】奈良県:奈良市/奈良町
日本歴史地名大系
今辻子ウヲヤ」とみえ、文明一〇年(一四七八)七月一七日の念仏風流に今辻子は舞車を出したこと、さらに春日祭の舎人黒袴衆延武男の会合所があった(延徳四年二月一九日条 ...
37. 石清水祭
世界大百科事典
京都府八幡市の石清水八幡宮で毎年9月15日に行われる例大祭。賀茂祭(葵(あおい)祭),春日祭とともに三大勅祭の一つ。古くは旧暦8月15日に行われ,明治まで石清水 ...
38. いわしみず‐はちまんぐう[いはしみづ‥]【石清水八幡宮】
日本国語大辞典
筥崎(はこざき)八幡とともに三八幡の一つ。九月一五日の例大祭(石清水祭)は旧放生会で、賀茂(葵)祭・春日祭とともに三大勅祭の一つ。石清水八幡神社。男山八幡宮。第 ...
39. うこん の 少将(しょうしょう)
日本国語大辞典
」*小右記‐天元五年〔982〕二月一〇日「右近少将信輔春日祭使也、而前日申〓依 ...
40. うたひめごえ【歌姫越】奈良県:奈良市/秋篠・富雄地区/歌姫村
日本歴史地名大系
一条天皇の春日行幸(小右記)、寛弘四年(一〇〇七)二月の藤原道長の春日詣(御堂関白記)、また春日祭使(江家次第)など、いずれもここを通ったと思われる。近世には郡 ...
41. えい【纓】
国史大辞典
纓先を内にして巻きこみ、黒塗りの夾木で押えるのを特徴としたが、平安時代末期から次第に混乱し、春日祭の使などは柏夾と称して黒塗りを用い、日常の巻纓の夾木も凶事には ...
42. 栄花物語 149ページ
日本古典文学全集
『栄花』は史実と齟齬する。→注九。[永延元年(九八七)]『紀略』永延元年二月条によれば、二日春日祭使発遣、三日春日祭、四日祈年祭、八日園・韓神祭と、神事がうち続 ...
43. 栄花物語 309ページ
日本古典文学全集
定子参入について、『御堂』には「中宮参内シ給フ。神事ノ日如何。事毎ト相違ス」とある(この日、宮中から春日祭使が立った)。定子に対する天皇の配慮に焦立つ道長の様子 ...
44. 栄花物語 343ページ
日本古典文学全集
子の最後の盛儀と思えば、ふさわしい記事であるともいえる。→一四七ページ注一九。例年、平野祭、春日祭、梅宮祭、吉田祭、大原野祭、園韓神祭、賀茂臨時祭などが行われる ...
45. 栄花物語 363ページ
日本古典文学全集
〔一〕頼通の元服 殿の若君田鶴君十二ばかりになりたまふ。今年の冬、枇杷殿にて御かうぶりせさせたまふ。引入れには閑院内大臣ぞおはしましける。すべて残る人なく参りこ ...
46. 栄花物語 364ページ
日本古典文学全集
れた。頼通が右少将になったのは長保五年八月十六日(権記)。二月と十一月の上の申の日に行われる春日祭に勅使として遣わされる近衛府の中・少将。この時の祭日は二月六日 ...
47. 栄花物語 370ページ
日本古典文学全集
様をまづ人は聞えさすめり。内には人知れずうちしをれさせたまひて、御心ざしありて思しめされけりと見るにつけても、いと口惜しう心憂し。はかなく後々の御事どもなどして ...
48. 栄花物語 129ページ
日本古典文学全集
「請客使等ヲ遣ハス。左府ハ顕基朝臣、(右府脱カ)兼房」(左経記・二十三日)。大饗には食用に雉を出すのが例。春日祭の勅使。→[1]三六四ページ注一二。和泉式部。→ ...
49. 栄花物語 89ページ
日本古典文学全集
万寿四年(一〇二七)の県召除目は正月二十五日から二十七日まで。実は章子の五十日より前。一日に春日祭、四日に祈年祭、八日に大 ...
50. 栄花物語 92ページ
日本古典文学全集
藤原良頼室となった経房女がいたことになる。この女性は『小右記』治安三年(一〇二三)十一月二日条にも「春日祭使少将良頼ノ妻ハ故帥ノ女ナリ」とみえる。史料により確認 ...
「春日祭」の情報だけではなく、「春日祭」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る▶

春日祭と同じカテゴリの記事
鞍馬の火祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
京都市左京区鞍馬寺の鎮守社由岐(ゆき)神社の祭礼であり、毎年10月22日の夜に行われる。鞍馬寺の参道の中央数か所にマツ・モミの根を束ねた大松明(たいまつ)を立て、各戸の前に大篝火(かがりび)を焚(た)き、青少年が向こう鉢巻の晴れ姿で、柴(しば)を束ねた1.5メートルほどの
神嘗祭(日本大百科全書・国史大辞典・世界大百科事典・日本国語大辞典)
「しんじょうさい」「かんにえのまつり」ともいう。毎年10月15~17日に行われる、伊勢(いせ)神宮の年中行事きっての大祭。天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天上の高天原(たかまがはら)において、新嘗を食したとの神話に由来し、その年に収穫した新穀を由貴(ゆき)
園韓神祭(改訂新版・世界大百科事典)
平安京宮内省内にまつられていた園神と韓神との祭り。園・韓神は平安京造営以前よりこの地にあり,帝王を守らんとの神託により他所に移さずにまつられた。《延喜式》神名帳には〈宮内省に坐(いま)す神三座〉として,〈園神社 韓神社二座〉とあり
春日祭(世界大百科事典・国史大辞典・日本国語大辞典)
〈かすがまつり〉ともいう。奈良市春日野町に鎮座する春日大社の例祭。賀茂祭(葵(あおい)祭),石清水(いわしみず)祭と並ぶ三大勅祭の一つ。起源については諸説あるが,850年(嘉祥3)を創始の時期とする説が有力である。古くは毎年旧暦の2月と11月の上申の日に行われ
御柱祭(世界大百科事典・国史大辞典)
長野県の諏訪大社において7年目ごと(申と寅年)の春に行われる式年大祭。地元では単に〈おんばしら〉といい,また〈みはしらさい〉とも呼ぶ。諏訪大社は上社の前宮と本宮,下社の春宮と秋宮のあわせて4宮からなり,それぞれの社殿四隅に山中から氏子が引き出してきた巨大な自然木
祭と同じカテゴリの記事をもっと見る


「春日祭」は祭・祭事・イベントに関連のある記事です。
その他の祭・祭事・イベントに関連する記事
初詣(日本大百科全書・世界大百科事典・平成ニッポン生活便利帳)
新年最初に神仏に参詣(さんけい)すること。大晦日(おおみそか)の晩から元日にかけては、村の氏神にこもって起き明かすものであったが、前半は除夜の鐘を聞き、後半は初詣でと、二つを別々の行事に分けたのであろう。恵方(えほう)参りともいって、その年の明きの
書初(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
解説・用例〔名〕新年に初めて毛筆で文字を書く正月の行事。昔から、一月二日(江戸時代、寺子屋などでは五日)に恵方(えほう)に向かってめでたい意味の詩歌成句などを書いた。ふではじめ。吉書初(きっしょはじ)め。試筆。かきはじめ。《季・新年》*満済准后日記
初夢(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
解説・用例〔名〕年の初めに見る夢。(イ)節分の夜から立春の明けがたに見る夢。*山家集〔12C後〕上「たつ春の朝よみける年くれぬ春来べしとは思ひ寝にまさしく見えてかなふ初夢」*俳諧・増山の井〔1663〕正月「初夢立春の朝の夢也」*随筆・嬉遊笑覧
大晦日(国史大辞典・日本大百科全書・日本国語大辞典・日本の歳時記・日本方言大辞典)
一年の最終の日。毎月ある晦日(「みそか」とは三十日の意)に大の字をつけたのである。大つごもり(「つごもり」は月籠りの義)ともいう。商家では決算に忙しく、家庭では正月祝いの準備を整える。この夜は除夜とも大年の夜とも呼ばれ、その夜半をもって新年の訪れ
新嘗祭(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
「にいあえのまつり」、また音読して「しんじょうさい」ともいう。「にいなめ」は古代の稲の収穫祭であるが、民間儀礼と宮廷祭祀に分化している。民間の新嘗としては、『万葉集』の東歌(あずまうた)に女性だけで祭を行なっていたことを示す歌二首がみえる
祭・祭事・イベントに関連する記事をもっと見る


ジャパンナレッジは約1700冊以上(総額750万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のインターネット辞書・事典・叢書サイト」です。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る▶