1. 大久保利通
日本大百科全書
幕末・明治前期の政治家。木戸孝允(きどたかよし)、西郷隆盛(さいごうたかもり)とともに「維新三傑」の一人。薩摩(さつま)藩下級武士の出身。正助、一蔵と称し、のち ...
2. 大久保利通[百科マルチメディア]
日本大百科全書
小学館ライブラリー
... 3. 大久保利通
世界大百科事典
1830-78(天保1-明治11) 幕末,明治初期の政治家。西郷隆盛,木戸孝允と並んで〈明治維新の三傑〉といわれる。薩摩藩士大久保利世の長男に出生。若年,開国後 ...
4. おおくぼ‐としみち【大久保利通】
デジタル大辞泉
[1830~1878]政治家。薩摩(さつま)藩出身。討幕派の中心人物で、薩長同盟の推進者。版籍奉還・廃藩置県を敢行し、西郷隆盛らの征韓論に反対。参議・大蔵卿(お ...
5. おおくぼ‐としみち【大久保利通】
日本国語大辞典
明治維新の指導者。旧薩摩藩士。通称正助。旧名一蔵。西郷隆盛らとともに討幕運動を推進。維新後、参与・参議として、版籍奉還、廃藩置県を行ない、大蔵卿となる。のち征韓 ...
6. おおくぼとしみち【大久保利通】
国史大辞典
型を作った。 [参考文献]勝田孫弥『大久保利通伝』、『大久保利通文書』(『日本史籍協会叢書』)、『大久保利通日記』(同)、立教大学日本史研究室編『大久保利通関係 ...
7. おおくぼ-としみち【大久保利通】
日本人名大辞典
1830−1878 幕末-明治時代の政治家。文政13年8月10日生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。島津久光に信任され小納戸役となる。西郷隆盛,岩倉具視(ともみ) ...
8. 大久保利通[文献目録]
日本人物文献目録
』大江志乃夫『大久保利通』有馬純彦『大久保利通』大久保利謙『大久保利通』川崎房五郎『大久保利通』矢部新作『近代政治家伝 大久保利通』阿部真之助『大久保利通公之伝 ...
9. おおくぼとしみちかんけいもんじょ【大久保利通関係文書】
国史大辞典
大久保利通宛の諸家書翰を発信者別に編集したもの。全五冊。立教大学日本史研究室編、昭和四十年(一九六五)―四十六年刊。大久保家所蔵のものを底本にし、原本が散逸し ...
10. 『大久保利通関係文書』
日本史年表
1965年〈昭和40 乙巳〉 この年 立教大学日本史研究室編 『大久保利通関係文書』 刊(~昭和46年)。 ...
11. おおくぼとしみちにっき【大久保利通日記】
国史大辞典
下巻は同元年十二月八日から同十年三月二日まで。ほかに嘉永元年(一八四八)の分が『大久保利通文書』九にある。 [参考文献]『大久保利通日記』緒言(『日本史籍協会叢 ...
12. 『大久保利通日記』
日本史年表
1927年〈昭和2 丁卯〉 この年 日本史籍協会叢書本 『大久保利通日記』 刊。 ...
13. おおくぼとしみちもんじょ【大久保利通文書】
国史大辞典
第九冊には『甲東詩歌集』、嘉永元年日記と附録文書(遭難関係など)を掲げ、第十冊には『大久保家系図』、『大久保利通年譜』、『(明治十一年)地方制度改正案』(『内務 ...
14. 『大久保利通文書』
日本史年表
1927年〈昭和2 丁卯〉 この年 日本史籍協会叢書本 『大久保利通文書』 刊(~昭和4年)。 ...
15. おおくぼとしみちあんさつじけん【大久保利通暗殺事件】
国史大辞典
⇒紀尾井坂の変(きおいざかのへん) ...
16. 青木周蔵自伝 34ページ
東洋文庫
規定の試験に応ずるの心算なりき。是れ(明治四年)恰も日本政府が岩倉具視公を正使となし、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文、山口尚芳の諸氏を副使として米国に派遣し、条 ...
17. 青木周蔵自伝 351ページ
東洋文庫
主にトップリーダー側の史料によって書かれて来た。『伊藤博文秘録』、『岩倉具視関係文書』、『大久保利通日記』、『木戸孝允日記』などの史料が存在する為でもある。 だ ...
18. 青木周蔵自伝 360ページ
東洋文庫
エリサベットと結婚・二月、西南戦争・五月、木戸孝允薨去一月三十一日、オランダ公使兼勤・五月、大久保利通暗殺・「寺島宗則の条約改正」交渉失敗八月二十四日、ドイツよ ...
19. あおやま【青山】東京都:港区/旧赤坂区地区地図
日本歴史地名大系
青山斎場として知られている。面積約二七万平方メートルの敷地に一〇万余の霊が眠る。歴代首相一〇人を始め、大久保利通・植木枝盛・片山潜・北里柴三郎・志賀直哉など、近 ...
20. 青山霊園
日本大百科全書
初めは青山墓地、1935年(昭和10)から霊園とよぶようになった。面積約27万平方メートル。霊園には大久保利通(としみち)、後藤新平、森有礼(ありのり)、犬養毅 ...
21. あおやま‐れいえん【青山霊園】地図
デジタル大辞泉
東京都港区にある都立霊園。明治5年(1872)の開園。面積は約26万平方メートル。大久保利通・乃木希典・吉田茂・志賀直哉・北里柴三郎など、著名人の墓が多い。 ...
22. あさい-としあつ【浅井寿篤】
日本人名大辞典
もと因幡(いなば)鳥取藩士の子。明治9年東京警視庁にはいり,西南戦争に従軍。戦後,免職となる。11年参議大久保利通(としみち)を,島田一良(いちろう)らと東京の ...
23. あさかそすい【安積疏水】福島県:郡山市
日本歴史地名大系
桑野村開村事業経過の奉答を行い、その功を関係者一同とともに賞された。巡幸に先行して、内務卿大久保利通が巡視に来県。全国的な世情不穏のもとである士族問題に苦慮して ...
24. アジア
世界大百科事典
を示す用語ではなく,きわめて政治的な意味をこめたものとして用いられた。振亜社(1877年,大久保利通らによって結成,80年に興亜会と改名,同人には中村正直,曾根 ...
25. アメリカ彦蔵自伝 2 130ページ
東洋文庫
しかし倒幕派の運動はすさまじくつづ けられた。そして岩倉具視と薩摩藩の代 表(大久保利通、西郷隆盛ら)は、ひそ かに謀議をめぐらし、一八六八年一 ...
26. アメリカ彦蔵自伝 2 191ページ
東洋文庫
げた些細な奉仕を決して忘れていないようであった。 八月十八日。長州公〔毛利元徳〕が大蔵卿〔大久保利通〕を通じて私を晩餐に招待した。私は井上氏のところに行ってから ...
27. アメリカ彦蔵自伝 2 206ページ
東洋文庫
(副使は木戸孝允、大久保利通、伊藤博文ら)が、アメリカおよびヨーロッパに向かって出発したのは、 一八七一年十二月のことであった。そして一行は各国において、さきの ...
28. アメリカ彦蔵自伝 2 211ページ
東洋文庫
陸奥宗光を中心にしたものであった。陸奥は紀州藩士、明治政府に出仕して要職(大蔵少輔)に上ったが、大久保利通の施策に反対して七四年一月に辞職している。この時期は木 ...
29. あんどう-とうじ【安藤藤二】
日本人名大辞典
文政5年生まれ。肥前平戸藩(長崎県)藩士。元治(げんじ)元年大筒組頭。翌年京都におもむき,西郷隆盛,大久保利通らとまじわる。慶応4年軍制調懸となり,鳥羽・伏見の ...
30. あんどう-なかたろう【安藤仲太郎】
日本人名大辞典
29年黒田清輝(せいき)らと白馬会を結成。大正元年12月11日死去。52歳。江戸出身。作品に「大久保利通(としみち)像」など。 ...
31. アーネスト・サトウ伝 184ページ
東洋文庫
前に商を開く人、外国外交官など多くの関係者が滞在し輻輳していた。天皇の大坂行幸は、維新官僚大久保利通(この当時新政府の総裁局顧問)らの大坂遷都策が朝廷に反対され ...
32. イギリス
日本大百科全書
岩倉使節団の派遣であった。正使岩倉具視(いわくらともみ)をはじめ木戸孝允(きどたかよし)、大久保利通(おおくぼとしみち)、伊藤博文など明治新政府の中心人物を網羅 ...
33. いしん の 三傑(さんけつ)
日本国語大辞典
明治維新の元勲、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允の三人をいう。*東京日日新聞‐明治二一年〔1888〕六月二三日「維新の三傑と尊ばれたる方々にて、西郷翁は其終を全く ...
34. いしん‐の‐さんけつ【維新の三傑】
デジタル大辞泉
明治維新に功績の大きかった、西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允(きどたかよし)の三人。 ...
35. いじゅういん-ひこきち【伊集院彦吉】
日本人名大辞典
1864−1924 明治-大正時代の外交官。元治元年6月19日生まれ。妻の芳は大久保利通の長女。釜山領事,天津総領事などをつとめ,明治41年清(しん)国(中国) ...
36. いずみてらまち【泉寺町】石川県:金沢市/金沢城下/第一連区
日本歴史地名大系
を公称とした(稿本金沢市史)。鶴来往来沿いには曹洞宗竜淵寺、もと加賀藩士で、明治一一年参議大久保利通を暗殺した島田一良らが本拠とした浄土宗三光寺、地蔵が並び立つ ...
37. いせい‐せいめい【為政清明】
デジタル大辞泉
《大久保利通の言葉から》政(まつりごと)を行うには、心も態度も清く明るくなければならない。国政に参画する者の、当時の信条を表現したもの。 ...
38. 板垣退助
世界大百科事典
維新後は藩の大参事を経て,71年(明治4)新政府の参議に就任。73年10月征韓論をめぐって大久保利通らと対立し,西郷隆盛らとともに辞職。翌年1月ともに下野した江 ...
39. いたがきたいすけ【板垣退助】
国史大辞典
同年勲功により永世禄千石を受けた。翌三年藩大参事として大いに藩政改革を行い、ついで薩の西郷隆盛・大久保利通、長の木戸孝允らと廃藩置県計画を議し、高知藩兵を親兵と ...
40. いたがき-たいすけ【板垣退助】
日本人名大辞典
土佐高知藩士。戊辰(ぼしん)戦争で総督府参謀をつとめ,明治4年新政府の参議となる。6年征韓論をめぐって大久保利通らと対立し,西郷隆盛らとともに辞職。翌年民選議院 ...
41. いとう-きねたろう【伊東甲子太郎】
日本人名大辞典
にはいり参謀となったが,長州攻めをめぐって土方歳三(ひじかた-としぞう)らと対立して脱隊。大久保利通ら薩長の藩士に親近し,慶応3年11月18日近藤勇(いさみ)に ...
42. 伊藤博文
日本大百科全書
翌年の金本位制の採用、新貨条例の公布に導いた。1871年岩倉使節団の副使として米欧に出張、その間に大久保利通(おおくぼとしみち)の信任を得ることになった。187 ...
43. 伊藤博文
世界大百科事典
推進した。さらに71年には遣外大使岩倉具視の副使となって米欧に出張(岩倉使節団),その間に同行した大久保利通の信任をえた。73年帰国,政府内で問題化していた征韓 ...
44. いとう-ひろぶみ【伊藤博文】
日本人名大辞典
文久3年渡英。帰国後は開国をとなえ倒幕運動に活躍。明治4年岩倉遣欧使節団の全権副使となる。大久保利通の没後,内務卿となり,14年の政変で政府の実権をにぎる。内閣 ...
45. いとうひろぶみもんじょ【伊藤博文文書】
国史大辞典
十一年、二十四冊として刊行された。(三)諸家の来翰は、皇族・岩倉具視・三条実美・木戸孝允・大久保利通らの重要人物のものは巻子仕立てとなっており、その他は未表装の ...
46. いのうえかおるもんじょ【井上馨文書】
国史大辞典
関係書類千三百点余からなる幕末・明治・大正期の政治史料である。書翰は三条実美・岩倉具視・木戸孝允・大久保利通・伊藤博文・山県有朋ら明治政府の重要政治家のものを網 ...
47. 井上毅
日本大百科全書
中心に国法学の修得と法制の調査に従事した。1873年に帰国するや、盛んに政府首脳部に対して献策し、しだいに大久保利通(おおくぼとしみち)、岩倉具視(いわくらとも ...
48. 井上毅
世界大百科事典
なり,翌年司法省に出仕,72-73年渡欧し,主としてフランスで司法制度を調査した。帰国後,大久保利通,岩倉具視,続いて伊藤博文に協力して,枢機に関与した。とくに ...
49. いのうえこわし【井上毅】
国史大辞典
を命ぜられ、江藤は中止したが、井上らは渡仏し、さらにベルリンに赴いて六年九月帰朝した。七年大久保利通の清国派遣にあたって意見書を提出して随員に加えられ、諸文案の ...
50. いのうえ-こわし【井上毅】
日本人名大辞典
天保(てんぽう)14年12月18日生まれ。司法省につとめ,明治5年渡欧して司法制度をまなぶ。大久保利通に登用されて頭角をあらわし,岩倉具視(ともみ)の側近として ...