1. 西郷隆盛
日本大百科全書
幕末・明治初期の政治家。文政(ぶんせい)10年12月7日薩摩(さつま)国鹿児島城下の下加治屋(しもかじや)町に生まれる。薩摩藩士西郷吉兵衛隆盛(きちべえたかもり ...
2. 西郷隆盛[百科マルチメディア]
日本大百科全書
小学館ライブラリー
... 3. 西郷隆盛
世界大百科事典
1827-77(文政10-明治10) 幕末・明治期の政治家。大久保利通,木戸孝允とともに明治維新の三傑と称される。薩摩国鹿児島城下で下級藩士の子に生まれた。幼名 ...
4. さいごう‐たかもり【西郷隆盛】
デジタル大辞泉
[1828~1877]政治家。薩摩(さつま)の人。通称、吉之助。号、南洲。討幕の指導者として薩長同盟・戊辰戦争を遂行し、維
...5. さいごう‐たかもり【西郷隆盛】
日本国語大辞典
幕末・明治初期の政治家、軍人。通称吉之助。号は南洲。薩摩藩下級藩士の出。島津斉彬(なりあきら)に取り立てられ、側近として活躍。将軍継嗣問題で一時奄美(あまみ)大 ...
6. さいごうたかもり【西郷隆盛】
国史大辞典
・年譜などを収める『西郷隆盛全集』全六巻がある。→征韓論問題(せいかんろんもんだい),→西南戦争(せいなんせんそう) [参考文献]勝田孫弥『西郷隆盛伝』、井上清 ...
7. 西郷隆盛
日本史年表
1858年〈安政5 戊午〉 11・16( 12・20 ) 鹿児島藩士 西郷隆盛 、僧忍向と入水(西郷は蘇生)(維新史料綱要)。 ...
8. さいごう-たかもり【西郷隆盛】
日本人名大辞典
1828*−1877 江戸後期-明治時代の武士,政治家。文政10年12月7日生まれ。西郷吉兵衛の長男。薩摩(さつま)鹿児島藩士。藩主島津斉彬(なりあきら)にみい ...
9. 西郷隆盛
デジタル大辞泉プラス
1976-80年刊行(未完)。1964年、1969-77年刊行の同名作品、1985年刊行の「史伝西郷隆盛」とは別物。 2013年05月 ...
10. 西郷隆盛
デジタル大辞泉プラス
池波正太郎の伝記小説。1967年刊行。 2013年05月 ...
11. さいごうたかもり【西郷隆盛】
日本架空伝承人名事典
大評判となった。また火星の近くに見える黄色い土星を、西郷の参謀桐野利秋だとして「桐野星」と呼んだ。民衆の西郷隆盛への人気は高く、やがて不死伝説を生む。すなわち、 ...
12. 西郷隆盛[文献目録]
日本人物文献目録
1‐16』海音寺潮五郎『西郷隆盛 庶民に生きる英雄像』尾崎秀樹『西郷隆盛翁逸事談』山下房親『西郷隆盛翁の両度の来国』寺石正路『西郷隆盛君の逸事』寺師宗徳『西郷隆 ...
13. さいごうたかもりもんじょ【西郷隆盛文書】
国史大辞典
日本史籍協会叢書本、一冊。原題『西郷隆盛書翰集』。大正十二年(一九二三)刊。昭和四十二年(一九六七)覆刻。緒言によれば、日本史籍協会において、薩長その他諸家の家 ...
14. 『西郷隆盛文書』
日本史年表
1923年〈大正12 癸亥〉 この年 日本史籍協会 『西郷隆盛文書』 刊。 ...
15. さいごうたかもりるたくあと【西郷隆盛流謫跡】鹿児島県:大島郡/龍郷町/龍郷村
日本歴史地名大系
[現]龍郷町龍郷 安政六年(一八五九)西郷隆盛が潜居を命じられた大島の名瀬間切龍郷方にあった居宅の跡。南洲流謫跡として県指定史跡。菊池源吾と名乗らせられた西郷は ...
16. 『西郷隆盛像』[百科マルチメディア]
日本大百科全書
幕末・明治初期の政治家西郷隆盛(さいごうたかもり)の銅像。西郷の功績を讃(たた)え、1898年(明治31)に建立された。作者は彫刻家高村光雲(こううん)。「上野 ...
17. 史伝西郷隆盛
デジタル大辞泉プラス
海音寺潮五郎の歴史小説。1985年刊行。 2013年05月 ...
18. あいがな【愛加那】
日本人名大辞典
薩摩(さつま)(鹿児島県)奄美(あまみ)大島竜郷(たつごう)の竜佐栄志の娘。安政6年島に流された西郷隆盛とむすばれ,2児を生む。長男菊次郎は京都市長となり,長女 ...
19. あいこくしゃ【愛国社】
国史大辞典
板垣ら高知の立志社員が中心になって運営にあたった。参加したものは、西日本の士族で、二年後の西南戦争で西郷隆盛軍に呼応したものが多かったという特徴をもっていた。愛 ...
20. あいこくしゃ【愛国社】 : 愛国社/(一)
国史大辞典
板垣ら高知の立志社員が中心になって運営にあたった。参加したものは、西日本の士族で、二年後の西南戦争で西郷隆盛軍に呼応したものが多かったという特徴をもっていた。愛 ...
21. アイロニカル
日本国語大辞典
〔形動〕({英}ironical )皮肉な。皮肉っぽい。いやみたっぷりな。*西郷隆盛〔1918〕〈芥川龍之介〉「不相変(あひかはらず)小さな眼が、〈略〉アイロニ ...
22. あかさかくいちがいのへん【赤坂
違の変】
国史大辞典
東京赤坂喰違見附で右大臣岩倉具視が襲撃され、負傷した事件。前年十月二十四日、征韓論が破裂し、征韓派の参議西郷隆盛・板垣退助らは辞職した。征韓派の敗北は、閣議での ...
23. あきづき-たねこと【秋月種事】
日本人名大辞典
文久3年日向(ひゅうが)(宮崎県)高鍋(たかなべ)藩木脇領主秋月種記の跡をつぐ。西南戦争で高鍋隊をひきいて西郷隆盛にしたがい,明治10年9月24日戦死した。34 ...
24. 浅田宗伯
日本大百科全書
ロッシュの難病を治療して、その名声は国の内外に響き、また明治維新の際、国事に奔走し、勝海舟や西郷隆盛と折衝して江戸を戦火より救った。1879年(明治12)東宮明 ...
25. 字
世界大百科事典
が流行した。今日でも字で呼びならわす風が残っている。日本では,明治初年まで使われた。たとえば西郷隆盛の書状では,目上の者に対するとき以外はすべて字の吉之助が用い ...
26. あざんざきみなと【阿丹崎湊】鹿児島県:大島郡/龍郷町/久場村
日本歴史地名大系
記)。同二年龍郷村の者と久場村の者が阿丹崎で闘論となり、二人とも自害している(同書)。同六年西郷隆盛が龍郷に配流になった際、船を係留したという西郷松がある。 ...
27. アジアしゅぎ【アジア主義】
国史大辞典
アジア連帯への契機を欠落させて行った。民権論者と国権論者のアジア主義の源流が、ともに征韓論者西郷隆盛の西南戦争の挙に求められることは重要である。つまり、アジア主 ...
28. あだちむら【阿多地村】鹿児島県:大島郡/瀬戸内町
日本歴史地名大系
神山のウボツ山の麓に公道神社がある。公道とは当シマのシマ建加那志といわれるクドウフッシュに由来するという。西郷隆盛が徳之島に配流された途次、船の故障から当地に二 ...
29. あべしんぞう【阿部真造】
国史大辞典
浦上教徒事件に際して明治二年(一八六九)十二月、香港に逃れ、四年帰国、翌年横浜天主堂を脱走して西郷隆盛に建白書を提出。切支丹説破のため教導職についた。晩年のこと ...
30. あまぎし【甘木市】福岡県
日本歴史地名大系
懲役・除族などに処された。同乱では秋月小学校で副戸長江藤良一らが殺害されている。翌一〇年には西郷隆盛に呼応して挙兵した福岡士族が秋月まで逃れてきたが、捕縛されて ...
31. あまみ【奄美】鹿児島県:総論
日本歴史地名大系
南島雑話」として結晶しており、多くの知識を現在に残している。名越左源太と対照的な流人の一人が西郷隆盛である。僧月照との入水自殺に失敗した西郷は大島へ配流されたが ...
32. あまみおおしま【奄美大島】鹿児島県:大島郡
日本歴史地名大系
佐富らは出牢にとどまった。笠利氏の勢力が強かった故という(大島代官記)。安政六年大島に配流になった西郷隆盛は、大島からの書状に島民への侮蔑の言を並べ立て、島民と ...
33. アメリカ彦蔵自伝 2 130ページ
東洋文庫
しかし倒幕派の運動はすさまじくつづ けられた。そして岩倉具視と薩摩藩の代 表(大久保利通、西郷隆盛ら)は、ひそ かに謀議をめぐらし、一八六八年一月三 ...
34. アメリカ彦蔵自伝 2 240ページ
東洋文庫
最初の攻撃の目標とし、二月二十二日〔二十日〕までには近郊に進出していた。 このころになって、西郷隆盛が公然と反徒たちの主張を支持し、行動の指揮を取っていること、 ...
35. アメリカ彦蔵自伝 2 271ページ
東洋文庫
ついては、本書の最後に述べられているQ ところでロシア皇太子の来朝に先だって、 西郷隆盛の生還説が流れた。西郷らは城 山で死なずに、鹿児島から ...
36. アメリカ彦蔵自伝 2 288ページ
東洋文庫
。 〈…一 ◇『自伝』には、内外の諸事件に関する 記述がくわしい。◇十月、征韓論が敗れ、西郷隆盛ら退官。 ◇佐賀の乱、台湾出兵に関する『自伝』 の記述も、き ...
37. アメリカ彦蔵自伝 2 289ページ
東洋文庫
一八七七 一一.一 ○西南戦争が勃発。 〈一三九 〔明一〇〕 九・茜 ○西郷隆盛ら自決し、戦乱おわる。 金園 一 ○このこ ...
38. アメリカ彦蔵自伝 2 291ページ
東洋文庫
〈二七一 一八九一 一.一6 0国会議事堂が焼失した。 〔明二四〕 曇= ○西郷隆盛の生存説が流れている。 五.コ ○秩父の製 ...
39. ありま-そうじゅうろう【有馬荘十郎】
日本人名大辞典
幕末-明治時代の武士。薩摩(さつま)鹿児島藩士。西南戦争に際し,島津家と進退をともにする考えで西郷隆盛らの挙兵にくわわらなかった。その影響で従軍を拒否する者もお ...
40. ありま-とうた【有馬藤太】
日本人名大辞典
。戊辰(ぼしん)戦争に従軍,近藤勇をくだすなど功をたて,東京府参事となる。のち征韓論に敗れた西郷隆盛にしたがい辞職,西南戦争で投獄される。出獄後は満州(中国東北 ...
41. あんどう-しょう【安藤照】
日本人名大辞典
15年「大空に」で帝国美術院賞。昭和6年塊人社を結成,重量感にとむ作品を制作した。鹿児島市の「西郷隆盛銅像」の作者。昭和20年5月25日東京で戦災死。54歳。鹿 ...
42. あんどう-とうじ【安藤藤二】
日本人名大辞典
幕末の武士。文政5年生まれ。肥前平戸藩(長崎県)藩士。元治(げんじ)元年大筒組頭。翌年京都におもむき,西郷隆盛,大久保利通らとまじわる。慶応4年軍制調懸となり, ...
43. アーネスト・サトウ伝 73ページ
東洋文庫
将軍と天皇の相互の政治的権限との二項目を協議する諸侯会議の性格を持つ一制度を開設するよう準備した。 西郷隆盛から情報を収集 かくして新しい局面へと展開することが ...
44. アーネスト・サトウ伝 111ページ
東洋文庫
後の抵抗として、一八七七年薩摩藩主〔最後の藩主島津茂久は維新後新政府の要職に就任した。ここは西郷隆盛が正しい〕は反乱軍を率いて藩都鹿児島を出陣し東京を目指した。 ...
45. アーネスト・サトウ伝 181ページ
東洋文庫
んでサトウの信頼が最も篤かった一人である。(21) サトウと西郷 サトウはこの時兵庫で薩摩の西郷隆盛と会見し、慶喜の将軍宣下と諸侯会議の不成立という二つの重要か ...
46. アーネスト・サトウ伝 183ページ
東洋文庫
ドを政局の中心である大坂と兵庫に派遣した。彼らは幕府の大坂奉行、兵庫奉行、外国奉行や、薩摩の西郷隆盛、土佐の後藤象二郎、長州の伊藤俊輔らと会って情報を収集し、倒 ...
47. アーネスト・サトウ伝 2ページ
東洋文庫
97五榜の高札 99小村寿太郎 163五稜郭の戦 95コンタアラー号 48コンノート公アーサー 164さ西郷隆盛 74,111三枝蕩 99三国干渉 136サンダ ...
48. いくしま【幾島】
日本人名大辞典
軍夫人付老女として江戸城大奥にはいる。将軍継嗣問題がおきたとき徳川慶喜(よしのぶ)を擁立する西郷隆盛と天璋院との間を斡旋(あっせん)した。 ...
49. いけがみほんもんじ【池上本門寺】東京都:大田区/池上村地図
日本歴史地名大系
境内墓地に徳川吉宗室の墓、山内寺院の南之院墓地に将軍家御用絵師狩野探幽の墓がある。江戸開城前に西郷隆盛(南洲)と勝海舟が会見したという松濤園も保存されている。ま ...
50. いけのうえ-しろう【池上四郎】
日本人名大辞典
年生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。戊辰(ぼしん)戦争に参加。明治4年陸軍少佐となるが,6年西郷隆盛にしたがい帰郷。10年の西南戦争で西郷軍に加わり,熊本城攻撃 ...