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漱石先生と草介先生

2014-12-24

櫻井翔と宮崎あおい、と言えば映画『神様のカルテ』だ。その原作の著者夏川草介の講演を聴く機会があった。
早稲田大学の大隈講堂で催された『講演会とシンポジウム「夏目漱石と青春」』。2017年に開館を予定する漱石山房記念館の整備に向けたイベントの一環である。夏川氏は漱石の大ファンということもあって招聘されたのだ。

明治になって急速に台頭する個人主義や自由主義。そしてそこから生まれる孤独と絶望について、『吾輩は猫である』や『こころ』を取り上げ、100年前の作品ながらまるで現代が抱える問題をも描いている様子を、彼の本業である医師としての臨床現場での出来事を交えながら話を進める。

本人もしきりに「暗い話でごめんなさい」というほど暗い話だ。でもそういった場の緊張感は嫌いじゃない。いや、話がうまいんだ。

締めのテーマを「物語力」とし、「ナラティブ・メディシン」という新しい医療の方法論から、現代社会が抱える問題を解決する糸口を求める。(narrative:物語。朗読による物語文学。その語り手はナレーター=narrator)

ナラティブ・メディシンとは、ジャパンナレッジの『デジタル大辞泉』から抜粋すると「《「物語に基づく医療」の意》患者が語る病の体験を、医師が真摯に聞き、理解を深め、また対話を通して問題解決に向けた新しい物語を創り出すこと。」とある。夏川氏の説明はもっと納得のいくものであった。再現できるかわからないが、試してみよう。

胃潰瘍で入院してきた男性から、1)頭痛がひどく、2)食欲がない、そして、3)治療説明の際には家族は呼ばず一人で聞く、と伝えられた。さて医師としてどのように対応すべきか?

現状の医療現場では、頭痛、食欲不振についてはそれぞれの対処療法を、そして「一人で聞く」については、これは症状ではないので「患者がそう言うならそうしましょう」で済む話、となる。が、ナラティブ・メディシンでは次のように考える。もしかしたら、患者はガンを疑っているのではないだろうかと。そのストレスで頭痛や食欲不振を起こし、また家族にショックを与えまいとしてまずは一人で治療説明を聞きたいと考えているのかもしれない。この「物語」によれば、答えは「病気について詳細に説明する」ということになる。

専門化・分業化が行き過ぎた医療現場における産物なのだろうか……、とドクターXのナレーションのようなフレーズが頭に浮かぶ。

また同じ情報であっても「最近夫婦ゲンカをして、まだ仲直りができていない」ため、やはりストレスによる頭痛と食欲不振、そしてケンカ中なので病院には呼びづらい、とも考えられなくもない。この場合は「仲直りしてもらう」という答えになる(とか、ならないとか……)。

以前、がん治療に東洋医学を取り入れたパイオニアでもある帯津良一先生にホリスティック医学という話を聞いたことがある。同じですかと聞いたらおそらくノーと答えるだろうが、個々の症状だけにとらわれず全体を見るという考え方は同じような気がする。

漱石のイベントで医療の話というのも不思議な組み合わせだが、「そんな物語力を鍛えるために漱石のような良質で真摯な小説を読みましょう!」(医療従事者向けの講演ではないのだが)というオチで会場には大きな拍手が響いた。

漱石イベント講演者としては若く、医療現場の話がとても説得力を持ち、そして話し方もスライドも非常に魅力的だった。きっと漱石業界?にとっても、いい刺激だったのではないかと勝手に思っている。

2014-12-24 written by テツマザキ
流れからすると漱石を読まないといけないところだが、どちらかと言うとカミカルの2と3に手がのびるんですよね。今年最後の記事はテツマザキがお送りしました。