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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 448

『江戸近郊道しるべ』 (村尾嘉陵著、朝倉治彦編注)

2010/08/12
アイコン画像    200年前のタモリ? 江戸の町をぶらぶらし尽くした、老人の気ままで軽やかなお散歩日記。

 「ぶらぶら」する。

 ファストフードにファストファッションの時代だからこそ、なのだろうか。そのアンチなのか、この「ぶらぶら」好きは増えているように思う。関東ローカルだった「ぶらり途中下車の旅」(日本テレビ)は、BSでの全国放送を始めたし、タモリが古地図を片手に都会の街並みをぶらぶらする「ブラタモリ」(NHK総合)は、好評につき2010年10月から第2弾がスタートするという。「ちい散歩」(テレビ朝日)も好評だ。私は勝手に「ぶらぶら」ブーム到来、と思い込んでいる。

 で、この「ぶらぶら」とはそもそも何か。ジャパンナレッジの「日本国語大辞典」で調べてみる。それによると〈ぶらさがって揺れ動くさま〉としてすでに室町時代には使用されている。それがやがて〈惰性で事を行なう〉意にも用いられ、〈目的もなくゆっくりと歩くさま〉の意でも使われるようになった。初出は1777年だという。

 「ぶらぶらする」ことが市民権を得たこの年、青春時代を謳歌していたのが、今回の主人公、村尾嘉陵である。清水徳川家に仕えていた氏は、勤めが忙しく長旅ができない。40を過ぎた頃から晩年の70後半まで、休みの日になると近郊をぶらぶらした。その道中を記録したのが『嘉陵紀行』である(本書『江戸近郊道しるべ』はそのダイジェスト版)。今でいうブログか。それはこんな調子である。

 〈かぐら坂をのぼり、榎町、どゝめきなんどいふ所々を過て、高田村の八幡宮に詣る、坂をのぼりて、上に楼門、随身(ずゐじん)を置、その傍に氷室(ひむろ)の社、赤もがさを祈り奉るにや、赤きのぼり幡(ばた)あるをみる……〉

 早稲田大学近くの穴八幡宮参拝の様子である(「八八幡(ややはた)もうで」といって、江戸の八幡宮8か所を1日で巡ることが当時流行っていたらしい)。さしたる目的がないゆえに、かえって細かく観察していることがわかる。村尾老の友人は跋文で、〈この文を読はべれば、足を労せずして、居ながら遠き山水に遊び……〉と記したが、詳細な記録がそれを可能にしているというわけだ。

 村尾老のスタンスは揺るぎない。〈とみにおもひたちて、行てみる〉。これのみ。「あそこの庭の花がキレイだよ」と聞けば、足取りも軽やかにぶらっと訪れてみる。休みが取れないだの、忙しすぎるだの、不満も漏らすこともない。ぶらぶらっと軽やかに気晴らしをする。

 ぶらぶらの達人である。さて、タモリとどちらが上か。

本を読む

『江戸近郊道しるべ』 (村尾嘉陵著、朝倉治彦編注)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代 ・ 舞台江戸後期
読後に一言ぶらぶらしたくなった。
効用ちょっとした時間さえあれば、ぶらぶらっと気晴らしすることは簡単なのだ。
印象深い一節

名言
小日向はとり坂の上に、道永寺といふてらあり、その庭に、よき花ありと聞て、とみにおもひたちて、行てみる、げにも人のいふにたがはざりけり
類書江戸年中行事記『東都歳事記』(東洋文庫159、177、221)
東海道の紀行文『東海道名所記』(東洋文庫346、361)
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