1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
作者は、人気時代小説の主人公! 町奉行が書き留めた江戸の不思議ネタ。 |
佐伯泰英の『居眠り磐音』シリーズ(双葉文庫)が大当たりして以来、いまや「文庫書き下ろし時代小説」が花盛りである。以前、直木賞作家の逢坂剛さんにお会いした時、「小説のジャンルは、1人が開拓しただけでは駄目で、後に続く人が出てきて初めて隆盛になる」というようなことをおっしゃっていたが、なるほど、佐伯以降、上田秀人や鳥羽亮、高田郁や鈴木英治など、ポスト佐伯に名乗りを上げる作家が多数登場、こんにちの文庫書き下ろし時代小説ブームとなった。
その中で私が最近はまっているのが、風野真知雄の『耳袋秘帖』シリーズ(だいわ文庫、文春文庫)だ。岡本綺堂の『半七捕物帳』(光文社時代小説文庫)に似た雰囲気で、淡々と謎を解決していくスタイルだ。……東洋文庫ファン(?)ならもうおわかりだろう。そう、この小説はあの『耳袋』がキーになっているのだ。主人公はもちろん、『耳袋』著者の根岸鎮衛。
この『耳袋』というのは、〈十巻一千条に及ぶ雑談集〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)。著者の根岸鎮衛は、というと、こんな人物。
〈勘定からはじめて町奉行になり、知行も二度にわたる加増をうけて千石となるなど、異例の出世を遂げた。このため前身について、商人説・車引き説などの諸説が生まれた。町奉行を十七年間勤めたが、入墨をして下情に通じた奉行という噂が流れて評判が高く、松平定信の信任が厚かったことも有名である〉(同前)
入墨奉行は、遠山金四郎が有名だが、根岸の方が時代は先。しかも還暦を過ぎて町奉行となり、それを〈十七年間勤めた〉というのだから、スーパーじいさんである(小説でもこのあたりを上手にキャラに取り入れている)。そんな彼が、没する直前まで奇談や伝説を書き留めていたのが、この『耳袋』なのである。
これがまた、面白い。例えば、こんな項目が並ぶ。
〈猫の人に化けし事〉、〈幽霊奉公の事〉、〈貧窮神の事〉、〈頭痛の神の事〉、〈蛙合戦笑談の事〉、〈文福茶釜本説の事〉、〈蕎麦は冷え物という事〉、〈大岡越前守金言の事〉……。
江戸好きには垂涎、ネタの宝庫なのである。
文庫書き下ろし小説は、さらに細分化し、最近は〈妖怪モノ〉が人気だと言う。『耳袋』を読んでいるとそれも納得。なにせ江戸は、妖怪が当たり前に信じられている時代なのだから。
ジャンル | 随筆/風俗 |
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時代 ・ 舞台 | 1700年代末期から1800年代初期の江戸時代 |
読後に一言 | 室町時代の武将エピソード(例えば太田道灌)も数多く入っており、語り継がれる物語の息の長さに感じ入りました。 |
効用 | 秋の夜長、一編ずつ読むというのもオツな読書です。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 此耳嚢は、営中勤仕のいとま、古老の物語或は閑居へ訪来る人の雑談、耳にとゞまりて面白きと思いし事ども、又は子弟の心得にもならんと思う事、書きとゞめて一嚢に入れ置きしに、塵積り山とはなりぬ。(序) |
類書 | 奇談・逸話を集めた江戸の随筆集『甲子夜話(全6巻)』(東洋文庫306ほか) 町奉行大岡忠相の名裁判集『大岡政談(全2巻)』(東洋文庫435、439) |
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(2024年5月時点)