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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 556

『良寛歌集』(良寛作、吉野秀雄校註)

2010/09/09
アイコン画像    身心ともに無一物。残された和歌から、人と自然を愛した名僧・良寛の人生を味わう。

 いま「越後の出雲崎」といえば、♪あなた追って出雲崎、悲しみの日本海~♪と続くのだろうけど、ジェロの『海雪』以前は、良寛記念館が観光の目玉であり、江戸時代の僧、大愚良寛の出生地として知られた場所だった。『海雪』では「殺してください」や「身を投げましょうか」など、物騒な歌詞が並ぶのだが、良寛は正反対だ。


〈生涯寺をもたず無一物の托鉢生活を営み位階はない。人に法を説くこともせず、多くの階層の人と親しく交わった。子供を好み、手毬とおはじきをつねに持っていてともに遊んだ。正直で無邪気な人であって、人と自然を愛して自然のなかに没入していた〉

(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)


 本書は良寛の和歌集。良寛が「自然のなかに没入していた」その証左ともいえるだろう。

 例えばこんな歌。


   浮雲のいづくを宿とさだめねば風のまにまに日を送りつつ

   紀の国の高野のおくの古寺に杉のしずくを聞きあかしつつ

   この里に手まりつきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし


 風の中をさまよい、森に入っては杉の雫の音を聴く。あるいは托鉢の途中に、子どもらと手まりで遊ぶ。研究者は良寛の歌を「万葉調」というが、この自然と一体化した姿がそれならば、そうよぶべきものなのだろう。

 と、ここまでは名僧の良寛。ところが、残っている逸話は、実はとんでもないものばかりだ。

「(茶会での席で)鼻くそを取って、ひそかに坐右におかんとす。右客、袖をひく。左におかんとす。左客、又た袖をひく。師(良寛)、止む事を得ず、是れを鼻中に置きしと云う」(『良寛和尚逸話集』禅文化研究所)

 つまり鼻くそをほじくり出し、やり場に困ってまた鼻の穴に押し込んだというのだから、とんでもない(しかも死後10余年後には側近によって記録された逸話だから信憑性が高い)。

 かと思えば、竹の子の成長のために便所の屋根を焼く。泥棒に入られればたったひとつしかない布団や着物をあげてしまう。しかしよくよく考えてみれば、これもまた鼻くそと同じ。良寛、自由自在、やりたい放題だ。

 ここには「身を投げましょうか」という利己的な思考がない。身心ともに無一物。だからこその自由自在か。

本を読む

『良寛歌集』(良寛作、吉野秀雄校註)
今週のカルテ
ジャンル文学
時代 ・ 舞台江戸時代後期の越後
読後に一言これぞ無一物。
効用真の自由とはこういうことではないだろうか。
印象深い一節

名言
この僧の心を問はば大空の風の便りにつくと答へよ
類書良寛を凌駕する奇僧伝『金谷上人行状記』(東洋文庫37)
漢詩集『良寛詩集』(東洋文庫757)*ジャパンナレッジ未搭載
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