1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
好奇心があれば怖くない!? シーボルトにならう未知への探求心 |
〈ドイツ人としてこんなに珍しい国を旅行する、まれな籤(くじ)をひきあてた幸運を喜びあった。われわれは準備万端怠りなく、われわれの仕事に対する感激でいっぱいだった。そして私が勇気と厳粛な意図を抱いて、ひとつの事業に没頭しているのを感じとったとすれば、それは今この時なのだ〉
少々長い引用になりましたが、この台詞、カッコいいですよね? これはシーボルト(本書ではジーボルト)が、オランダ商館長(カピタン)の江戸参府に随行(1826年)した際に、本人が記した『江戸参府紀行』の一節。2013年の流行語大賞の「今でしょ!」のフレーズが聞こえてきそうな、力強い決意だ(この2年後、例のシーボルト事件で国外追放の憂き目に遭うのだけれど……)。
日本人が誰でも知っているシーボルトだが、私はシーボルトが名を成した理由を、この一節に見る。ここには、〈珍しい国を旅行する〉ことへの興奮が隠し切れていない。“好奇心”が全身を貫いている、といったらいいだろうか。それゆえ、道中記も詳細を究める。耳目に触れたことを、科学者の眼でしっかりと書き留めているのだ。
将軍(第11代家斉)への謁見はひとつの山場。
〈われわれは一五時間にわたり不慣れな衣裳をまとって引き回わされ、膝をついて何度もお辞儀をし、足を組んで床にすわっていなければならなかったが……〉
と嘆くのはご愛敬。特に面白かったのは、威張りくさった旧態依然の茶坊主に対し、ブツクサ文句を言っているくだりで、〈贋(にせ)坊主〉と怒りをぶつけているところ(実際、茶坊主は剃髪していたが、僧ではなく武士)。返す刀で、シーボルトは茶坊主でない側を評価する。
〈旅行中または首都でわれわれが知り合った、社交的生活の互いにかけはなれた、このふたつの社会の間には、第三のしかも非常に楽しく愉快で啓発的な医師や幕府の学者たちのあのグループがある〉
紀行を読んでいると、日本人が、毎日のようにシーボルトの元を訪れている。〈どうして人々がなんにでもなじむことができるかは不思議である〉とあるように、迎える側の日本人もまた、好奇心の塊であった。
と考えると、知識の源泉というのは、他者・他国への興味・感心なのだろう。自分たちのことしか考えられなくなった時点で、きっと思考は止まってしまうのだ。好奇心……野次馬ぐらいがいいのかもしれませんね。
ジャンル | 紀行 |
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時代 ・ 舞台 | 1800年代前半の日本 |
読後に一言 | シーボルト第2弾。大変読みやすい口語訳でした。 |
効用 | 1800年代の日本の風俗が非常によくわかります。 |
印象深い一節 ・ 名言 | おそらくアジアのどんな国においても、旅行ということが、日本におけるほどこんなに一般化している国はない。 |
類書 | 長男が記した日本再訪記『ジーボルト最後の日本旅行』(東洋文庫398) 次男による北海道調査記録『小シーボルト蝦夷見聞記』(東洋文庫597 ) |
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