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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『ティルックラル 古代タミルの箴言集』(ティルヴァッルヴァル、高橋孝信訳注)

2010/10/14
アイコン画像    トルストイも仰天する? 南インドはタミル地方で愛される、1300余もの箴言を集めた書。

 「この書物だけは、きっと人びとの記憶に残るに違いない」

 ロシアの文豪、トルストイの言葉である。

 では問題です。トルストイのいう「この書物」のタイトルは? 『アンナ・カレリーナ』でも、『戦争と平和』でもなく、それは、『文読む月日』(全3巻、ちくま文庫)という箴言集なのである。しかも件の台詞には、「自分の著述は忘れ去られても、」という前振りがつくほどの、思い入れである。『文読む月日』によれば、「最晩年のトルストイが、序文だけでも100回以上の推敲を重ね、6年の歳月を費やし、心血を注いで完成させた」のだという。

 自分の小説ではなく、他の人の名言を集めた本を、「人びとの記憶に残る」といってしまうトルストイ。トイレに日めくり名言集を吊るしているような安易なレベルではない。そこに勝負をかけた、というトルストイの偏狂ともいうべき思いに、なんだかうたれてしまうのだ。

 なぜ急にトルストイのことを思い出したかといえば、『ティルックラル』というインドの箴言集を読んだから。

 インドはインドでも、北インドのアーリア人系ではなく、南インドのドラビダ人系で、その中でも、〈紀元前後にさかのぼる独自の古代文学をもつ〉、タミルの箴言集なのである。かつ、〈タミル人が最も高く評価する作品〉(ジャパンナレッジ「世界文学事典」)だ。

 「法」「財」「愛」の3篇、計1330個の箴言からなる本書、その中身をちらりと紹介しよう。


〈われらが得ることのできるもののうち、学ぶべきことを知る子を得ることほど優れたものはない〉(法)

〈言葉に力あり、口を滑らすことなく、[信条を語ることを]恐れない、そんな人を打ち負かすのは誰にとっても難しい〉(財)

〈思うだけで喜ぶことも見るだけで満足することも、酒にはない。それらは愛だけのものである〉(愛)


 どうでしょう。なかなか含蓄に富んでやいませんか。特に「愛篇」は、オリジナリティに溢れる。


〈「誰よりも君を愛してる」と私が言うと、彼女は怒った。「誰よりもって、誰なの」と言って〉(愛)


 「誰よりもって、誰なの」というこのツッコミ、下手なお笑いより上だ。私は、タミル人に完敗である。

 さてトルストイなら、どんな感想を述べるだろうか。

本を読む

『ティルックラル 古代タミルの箴言集』(ティルヴァッルヴァル、高橋孝信訳注)
今週のカルテ
ジャンル文学/実用
時代 ・ 舞台6世紀の南インド(タミル地方)
読後に一言1500年前のインド人にびっくり。
効用思わせぶりな一言から、自分勝手にあれやこれやと学べます。
印象深い一節

名言
些細ないさかいは愛の喜びを増す。情を交わせばその喜びは一層増す。(愛)
類書古典インドの「政略論」、『ニーティサーラ』(東洋文庫553)
インドの愛を語る『完訳 カーマ・スートラ』(東洋文庫628)
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