1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
古代インドの説教説話から、相手の気を 惹き付ける"説得術"を学んでしまおう。 |
人生の三大目的とは?
こんな質問をされれば、戸惑う人が多いだろうが、私は『鸚鵡(おうむ)七十話』を読んで、かつてのインドでは、「①義務(ダルマ)、②理財(アルタ)、③性愛(カーマ)」の3つを大事にしていたと知った。真理(ダルマ)を追求し、子孫のために蓄財し、そしてセックスも楽しむ。なるほど、合理的だ。
この説話集には、困った若夫婦が登場する。①も②も放りだし、昼夜を問わず③のみに熱中する。息子の父は何度も説教するが、「巧みな愛の術」と「羚羊(かもしか)のような眼」を持った嫁に溺れ、耳をかさない。困った父親は、断食による自殺を試みるありさまで、一家は大混乱。そこに登場するのはヒーロー……ではなく、鸚鵡。「鸚鵡が何を?」と思うかも知れないが、タダの鳥じゃない。呪いによって鳥の姿に変えられた賢者で、こやつが、「官能の享楽に没入する」息子と嫁を再教育する。
単純な息子はすぐに鸚鵡に説得され、親孝行と金稼ぎのために、商いの旅に出る。残された若妻……。アヤシイ。昼ドラなら即不倫となるところだ。本書もその期待を裏切らない。すぐに王子に見初められてしまうのである。王子は、人を通じてこう口説く。
〈貴女はいったいどうして自分の肢体(からだ)の中にある情熱と優しさと青春とを空しく浪費させるのですか〉
これで心が揺れない、なんて女性はいないだろう。
ここで鸚鵡。こう呟く。「グナシャーリーニーのようになっちゃうな……」。突然、第三者の名前。嫁は「え? 誰? 教えて!」と食いついてくる。で、ここから鸚鵡の語り(=説教)が始まり、嫁は納得……というやりとりが70晩繰り返し続くので『鸚鵡七十話』。結果、嫁は無事、貞操を守りました、という話なのだ。
会話中に突然、知らない人の名前を思わせぶりに挟み込む。これ、非常に高度な語りのテクニックではないか。だいたい説教なんて誰だって聞きたくない。聞きたくない奴に語るから耳に入らない。ところがこの場合、「教えて!」といわせた時点で、相手には聞く姿勢ができている。そう本書は「説得術」を磨くための本だったのだ!
〈この説話集は、インド国内にとどまらず、ナハシャビーによるペルシャ語訳『トゥーティー・ナーメ』(1330)をはじめとして、トルコ語、マレー語、近代ギリシャ語などに翻訳されて諸外国に伝播し、比較文学のうえでも貴重な作品である〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)
他の国もしかり。本書に説得されてしまったのである。
ジャンル | 説話 |
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時代 ・ 舞台 | 12世紀以前のインド |
読後に一言 | ダメ息子に悩むのは、インドとて同じ? 親ばかの姿をここに見た。 |
効用 | これぞインドの鸚鵡流説得術? |
印象深い一節 ・ 名言 | 財に病(なや)める者には幸福も親類もなく、愛に病める者には恐怖も羞恥もなし、知に病める者には安楽も睡眠もなく、飢に病める者には味も料理もなし。 |
類書 | インド伝奇集『屍鬼二十五話』(東洋文庫323) 中世インドの求愛詩集『ミール狂恋詩集』(東洋文庫602) |
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(2024年5月時点)