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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 611|615

『新編落語の落1、2(全2巻)』(海賀変哲著、小出昌洋編)

2011/04/07
アイコン画像    実際に見て聞いた、300以上の落語の
「落(さげ)」を集めた、笑いのいいとこ取り。

 このところ、“花見”がどうのとかしましくあったが、私が花見と聞いて思い出すのは、落語の「あたま山の花見」(上方では「さくらんぼ」ともいうらしい)である。アニメーション作家の山村浩二の作品が、何年か前に話題になったこともあり、知っている人も多いかもしれない。

 さすがに一席ぶつわけにもいかないので、東洋文庫の『新編落語の落1』から。


 〈吝兵衛(けちべえ)という男が、或る時花見に出かけたが、名の如き吝な男だから、落ちて居た桜実(さくらんぼ)を食ったばかりで何も食わず飲まずで帰って来たが、その桜実に土が付いて居たので、頭から芽をふき始めた〉


 手ぶらで花見に行くなんて無粋なことをするから、頭から桜の芽が出た、というんですな。これはもうSFの世界である。で、この桜が〈周囲七八尺〉にも育ってしまう。それが見事だと見物人が集まるわ、頭上に茶屋が出るわの大騒ぎ。うるさくてたまらんと桜を引っこ抜く。


 〈そのあとへ大きな穴があいたが、或る日外へ出ると大夕立に逢って、頭の凹(くぼみ)の処へ一杯水がたまった。吝兵衛はヒヤリヒヤリしていゝ心持なので、水をあけずに置くと、いろいろと魚が湧き出した〉


 桜から池へ。見事な飛躍である。すると釣り師は来るわ、芸者を連れて船を出す者まで現れて、花見のうるささどころの騒ぎじゃない。

 何がおかしいって、この吝兵衛の場当たり的な行動ほど、笑えるものはない。自分を棚に上げて、「桜が悪い」「池が悪い」と対象を責め立て、根本的な解決をしようとしないから、どんどん事が悪くなっていく。とはいっても、その根本原因は、吝兵衛のスタイルそのものにあるのだから、悪い方向へ一度歯車が動き出したら、もう止めようがない。

 だからといって、吝兵衛を責めたらそれで済むか、といったら決してそうじゃない。おそらく吝兵衛によって周囲も迷惑を被っているだろうが、吝兵衛というスケープゴートを立てたって、何も解決には至らないだろう。

 じゃあどうするか。

 それはこの本の中に答えがあった。「馬鹿馬鹿しい」と笑い飛ばすのである。「馬鹿だなぁ」と事態を笑いに転換するのだ。「笑い」こそ、何者にも勝る武器はないなあと、このところ思いを強くするのである。

本を読む

『新編落語の落1、2(全2巻)』(海賀変哲著、小出昌洋編)
今週のカルテ
ジャンル芸能
時代 ・ 舞台江戸後期~明治時代の日本
読後に一言笑いの「量」に圧倒されます。
効用笑っているうちに、気分もよくなること請け合い。
印象深い一節

名言
「落(さげ)」が落語の必要条件である事は言うまでもない。(序)
類書話芸についての日本初の通史『講談落語今昔譚』(東洋文庫652)
落語の祖『醒睡笑』(東洋文庫31)
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