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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 553

『ニーティサーラ 古典インドの政略論』(カーマンダキ作,上村勝彦訳)

2010/07/22
アイコン画像    権力者(リーダー)のふるまい、基本原則を
アフォリズムで説いた、インド流『君主論』。

 世界2位の人口。世界7位の面積。軍事費は世界10位。留学生送り出し数は世界2位。携帯電話保有数は世界2位。乗用車販売成長率は世界3位。オンラインショッピング利用率は世界3位。万引き被害額は世界1位。CO2排出量は世界4位。経済規模は世界4位で2012年には日本を追い越すとの予想もある(2010年3月末現在)。

 と、最新の数字を並べてみても、かの国の姿は見えてこない。インドである。世界中から熱い視線を注がれている国。にもかかわらず、である。

 試しにジャパンナレッジの「週刊エコノミスト」で「インド」を検索してみると、2009年1月から2010年7月の間で、タイトルだけでも8件引っかかる。特に「2010年3月30日号」では、「インド高成長復帰に影を落とすインフレ懸念とインフラ不足」と、インドの躓きが世界経済に与える懸念を解説しているほどで、インドの重要度がわかる。

 そして、『ニーティサーラ』である。解説によれば、紀元前2世紀~紀元後2世紀の間に生まれた『実利論』を参考に、政略に特化して8世紀前後に書かれた書物である。「国家の構成要素の完備」「和平の種類」「スパイの種類」「謀略戦の種類」など36項目からなるのだが、いわば箴言集といった体裁になっている。一部を紹介しよう。

 〈悪人は、学識と徳性をそなえた人々を、突然その内に入り込んで燃やす。火が乾いた木を燃やすように〉(3-17)

 〈運命論者は、繁栄にせよ不幸にせよ、運命のみがその原因であると考えて、自ら行動しない〉(9-37)

 〈賢明で気力をそなえ、決意を有する王は、繁栄の最高の器である。海が水の器であるように〉(14-4)

 なかなか意味深なフレーズではないだろうか。

 本書の中では「七種の災禍」を挙げる。それは「狩猟」「賭博」「女性(姦淫?)」「飲酒」「言葉の暴力」「肉体的暴力」「財産の侵害」の7つ。

 では問題。この7つの中で「この世で、最高の苦痛と不利益をもたらす」と本書が説いているものは?

 答えは「言葉の暴力」。

 〈剣のように鋭い言葉〉は相手の急所を断ち、結果、〈敵対する〉と説く。逆に〈卑小〉でも〈好ましい言行の人は尊敬される〉。うーん、奥深い。

 いまだにインド人に影響を与えているといわれる『ニーティサーラ』。読めば即、インドを理解できるわけではないが、そこに叡智を発見することは可能だ。

本を読む

『ニーティサーラ 古典インドの政略論』(カーマンダキ作,上村勝彦訳)
今週のカルテ
ジャンル思想書/ビジネス書?
時代 ・ 舞台8世紀のインド
読後に一言「インド」の懐の広さに触れた。
効用インドでビジネスを……という人は必読。「新しい視点」を獲得することもできる。
印象深い一節

名言
強力な者と戦うべきだという例はない。雲は決して風に逆らって進まない。
類書ヒンドゥー教『カーストの民』(東洋文庫483)
中世インドの説話『鸚鵡七十話』(東洋文庫003)
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