1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
本家『水滸伝』に匹敵する影響力=面白さ、 梁山泊の生き残りたちの運命はいかに。 |
小説(および小説家)の評価基準とは何だろうか、と考えることがある。ベストセラーは必ずしもロングセラーではないし、研究者がいう「名作」が世間に相手にされていない、ということもよくあることだ。
で、提案だが、「影響力」という見方はどうだろう。ノーベル賞のひとつの基準は「研究論文や研究成果が世界的にどれだけ引用・言及されたか」だが、それと同じ評価の仕方だ。
そこで注目したいのが『水滸伝』である。〈現存のものは元末・明初頃の成立。中国小説四大奇書の一つ。宋代の群盗宋江ら一〇八人の豪傑が山東省梁山泊に集まり義を誓って活躍する〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)という解説を待つまでもなく、誰もが知る大河小説だ。
14世紀後半に誕生したこの物語が、日本に紹介されるのは早くも1757年。岡島冠山の『通俗忠義水滸伝』によってである。
〈『通俗忠義水滸伝』以来、多数の翻訳がなされ、江戸後期の読本に多大な影響を与えた。その代表としては建部綾足の『本朝水滸伝』、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』があげられよう〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)
さらにこの『八犬伝』は、後の文学のみならず物語の世界に多大な影響を与えた。マンガ『ドラゴンボール』で玉を集めるという設定は、『八犬伝』からヒントを得たといわれているし、例えば『スラムダンク』などにみられるチームメンバーが徐々に集まってくるという少年マンガ王道の設定は、『水滸伝』『八犬伝』と続く、英雄集結の手法を踏襲したものだ。
もちろん本国中国でも影響は大きい。後世、多くの「続編」が生まれ、中でも1608年頃誕生したといわれる『水滸後伝』はダントツの評価だ。端的に記せば、『水滸伝』の生き残りのヒーローたちが、国外に脱出してひとつの国を建てる、というハッピーエンド物語。本家のキャラ同士の絡み合いの妙も残しつつ、講談調で進んでいく。
〈李俊(いわば主人公)が諸将をひきいて打って出ると、関白は白象に乗り、髪をぐるぐる巻きにし、手には先のまるまった鉄棒をおっとって、やにわに打ってかかった〉
「関白」とはそう、摂政関白のそれ。トンデモ本さながらの記述だが、こんな日本国が攻め込むシーンも。
『水滸伝』は清朝初の長編小説『水滸後伝』を生んだ。北方謙三の『楊令伝』はこの『水滸後伝』の影響を受けているともいえるし、滝沢(曲亭)馬琴は『椿説弓張月』の構想を得たとされている。影響の大きさからいえば、『水滸後伝』もまた名作といえるのではないか。
ジャンル | 小説 |
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時代 ・ 舞台 | 明(中国) |
読後に一言 | 「面白さ」のひとつの形。 |
効用 | 小説に苦悩や謎はいらぬ、小説は痛快であるべきでる、と考える御仁、または少年漫画好きに。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 事には好つごう、話には偶然というものがありまして、機ひとたび熟しますると、そのかみの梁山泊にも増した勢いをもりかえし、驚天動地の大事業をしでかし、功を竹帛に垂れ、世々栄華をうけるという、げにも華々しい一編の物語とは相なります。 |
類書 | 征服の記録『モンゴル帝国史(全6巻)』(東洋文庫110、128、189、235、298、365) 中国の講釈『中国講談選』(東洋文庫139) |
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