土いきれの呼吸さえ苦しいような暑さなのに、空は薄く曇って風もなく、熱がずっと籠もりきっている――。油照りは、8月上旬の京都の、行き場のないような蒸し暑さをぴったりと言い表している。頭に浮かぶのは涼むための算段ばかり。氷小豆に豆かん、笹の露や竹流しといった水羊羹、琥珀に葛切り、レモン羹(かん)と、冷やして食べる和菓子が京都に多いのは、きっと暑さのせいだろう。

 室町時代の貴族は、東山や鞍馬の山の裾野に別荘を設け、暑さを避けたようであるが、決して遠出とはいえない。それは現代の京都の人にも共通したところがあり、夏休みには里帰りして市中には学生の姿が少なくなるけれど、どこかへ避暑に出かける習慣をもっている人は意外に少ない。強いて理由をあげると、たくさんの行事がある。7月の祇園祭以降、7月末日には愛宕(あたご)さんの千日詣があり、8月は万灯会(まんとうえ)、精霊(しょうりょう)迎えに六道(ろくどう)まいり。送り鐘をつき、五山の送り火で精霊を送る。陶器市や古書市、柴漬けの漬け込みも夏が最盛期である。お盆が過ぎれば地蔵盆があり、その間、京都市北部では松上げや紅葉踊りなども行なわれる。じっとりと肌に汗をにじませながら京都にとどまり、仕事に、行事に、家事に、と精を出すのが、京都らしい夏の過ごし方なのである。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   



 7月17日、オランダ・アムステルダムを飛び立ちマレーシアのクアラルンプールを目指していたマレーシア航空機MH17が、親ロシア派の勢力圏であるウクライナ東部上空で、地対空ミサイル「BUK(ブク)」によって撃墜され、乗客283名と乗員15名が全員死亡した。

 現時点では親ロシア派の武装勢力がウクライナ軍の軍用機と間違えて撃ち落としたという見方が有力なようだが、戦争の悲劇という言葉で済ますことのできない許しがたい蛮行である。

 『週刊新潮』(7/31号)のモノクログラビアに「Magnum Photos」が撮った墜落の現場写真が載っている。テレビや新聞では見ることができない生々しい遺体も写る、人間の愚かさを余すところなく映し出した必見の一枚である。

 193人の犠牲者を出したオランダはもちろんのこと、アメリカやEUは、親ロ派武装勢力の背後にいるプーチン大統領への批判を強め、EUもロシアの基幹産業への経済制裁を実施することを決め、プーチンとの親交を深めていた安倍首相も仕方なく追加制裁に踏み切った。

 残念ながら、こうした複雑な世界政治が絡む事件に関しては、ほとんどの日本の週刊誌は読むべきものがない。『週刊現代』(8/9号)のように「ふざけるな、プーチン!」とヒステリックに叫ぶか、『週刊文春』(7/31号)のように「日本・ロシア・北朝鮮『新三国同盟』の悪夢」のように的外れな論調を並べ立てるだけである。

 保守的で現政権には批判的だが『ニューズウィーク日本版』(8/5号、以下『ニューズ』)を読むと、この事件とイスラエルのガザへの軍事作戦がアメリカ・オバマ大統領にとってどれほどの重荷になっているかがよくわかる。

 実は、アメリカは今回と同様のことをイラン・イラク戦争下の1988年7月3日に起こしているのだ。ペルシャ湾のホルムズ海峡上空で米海軍のミサイル巡洋艦「ビンセンス」が、イラン航空機をイラン軍の戦闘機と誤認して撃ち落とし、290人が犠牲となった。

 しかしこのときもアメリカは多くの嘘を重ねていい逃れ、米政府が遺族への補償を決め、遺憾の意(謝罪ではない)を表明したのは事故から8年後だった。

 パレスチナ自治区ガザにイスラム原理主義組織ハマスの連中はほとんどいないといわれる。ほとんどが民間人で、1時間にひとりの子どもがイスラエルの爆撃によって犠牲になっているといわれる。

 『ニューズ』は、ワシントンで行なわれた会合で駐米イスラエル大使が「IDF(イスラエル国防軍)は想像を超える自制心を持って戦っている。ノーベル平和賞を贈られてもいいくらいだ」とぶち上げたと報じている。

 こうした自国の利益しか考えないエゴ大国(中国も含まれるだろう)に対しオバマ大統領の発言力は日に日に衰弱し、世界の至るところが戦場になりうる状況は日に日に悪化している。

 もはや世界一の軍事大国で核爆弾を何千発保有しようと、「世界の警察」として各地で起こる紛争を抑止できる力はアメリカにはないのである。

 こうした現実認識が安倍首相を含めた日本人の多くにはないのだ。あれば、いまのような世界情勢の中で、アメリカに付き従って戦争をできる国にしようなどというバカなことは考えるはずはない。

 考えてみるがいい。仮に今回撃墜されたマレーシア航空機に多くの日本人が乗っていたらどうであっただろう。直情径行型の日本人の多くは「プーチンを引きずり出せ」「ウクライナの親ロ派を殲滅せよ」と息巻くであろう。だが、中国はもとよりアメリカもEUも同情はしてくれても同調はしないだろう。

 思えば「冷戦時代」は単純な構図であった。いまのようにアメリカの力が低下し複雑な政治や宗教が絡む時代に必要なのは、武力による解決ではなく話し合いによって「平和」を取り戻すための支援であるはずだ。

 いつ日本にも降りかかってくるかもしれない「悲劇」のために、この撃墜事件を我がこととして考えることが一人一人に求められていると思う。

 『ニューズ』のアテフ・アブサイフ氏(作家・ガザ在住)のこの言葉で終わりたい。

 「すべてが数字に変換される。数字の背後にある物語は隠され消し去られて、生身の人間の魂と体が数字に還元される。(中略)

 1人の父親か母親が殺されれば、子供たちが残される。その子たちはヒーローではなく、悲しみを抱えた人間だ。(中略)

 それなのに誰一人として数字の背後にある物語を聞き出そうとしない。砲弾が吹き飛ばした日々の営み。その掛け替えのない輝きが、死者数という数値に隠され、永遠に失われる」


元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3

 「死ぬほどSEX」はひところのように騒がれなくなったが、週刊誌と性にまつわる記事は切っても切り離せない関係にある。今週はその性が絡んだ記事を3本取り上げてみた。性に迷って人生を踏み外した人もいれば、性を声高に叫んで注目を集める人もいる。人“性”いろいろである。

第1位 「わいせつ逮捕された女性芸術家の『女性器アート』を見よ」(『週刊ポスト』8/8号)
第2位 「ジャニーズ18歳『妊娠・堕胎・ポイ捨て』告白テープ」(『週刊文春』7/31号)
第3位 「静岡セクハラ検事正更迭理由はタクシー内“胸モミ事件”」(『週刊文春』7/31号)

 第3位は『文春』。静岡地検の糸山隆検事正(57)がセクハラで更迭されたが、『文春』は被害者が職場の部下ということだけしか報じられていないと、その生々しいセクハラぶりを明らかにしている。

 「被害者は静岡地検の若手女性検事です。今月初旬、職場同僚の少人数の宴席があり、泥酔した糸山検事正を検事正公舎まで送るために、女性検事と男性職員の二人がタクシーに同乗したところ、糸山検事正が女性検事の胸をむんずと揉んだそうです。女性検事は上司に報告、目撃者があったこともあり、直ちに東京高検から最高検、法務省へと報告が上がった」(社会部デスク)

 しかも静岡地検では昨年6月に、女性事務官が同棲中の男と山口組系暴力団幹部に捜査情報を漏らしたとして逮捕されたばかり。そこへ乗り込んで「県民の信頼を回復する努力をする」と会見で言っていた当人がセクハラで更迭では信用失墜の上塗りである。

 第2位も『文春』お得意のジャニーズ事務所ネタ。ジャニーズJr.に森田美勇人(みゅうと)(18)という若いのがいるそうだ。その彼に16歳のころに知り合い交際していたA子さんという彼女がいた。だが今年3月、A子さんに子どもができてしまったため、彼女に堕胎させたあげく、事務所に知られて付き合いを禁止されたとして、ポイと捨てたというのである。
 おまけにこの若いの、付き合い始めた当時から酒を飲んでいたという。この子にしてこの親あり。この男の母親までがしゃしゃり出て、彼女に「私はあんたを許さないよ!」「子供を堕ろしたのは可哀想だけど全部こっちのせい?」とA子さんを面罵したというのである。
 ここにはA子と森田の会話も載っている。男女の中だから色々あるのは仕方ない。だが、『文春』の通りだとしたら、未成年のくせに飲酒が日常的で、子どもを堕ろさせて平然としている人間にお咎めなしとは、AKB48以上に躾けが厳しかったはずのジャニーズ事務所とは思えない“変節”ぶりではないか。この事務所の落日を思わせる記事である。

 今週の第1位は『ポスト』の記事。女性器の3DデータをダウンロードできるURLを支援者にメールで送付したことが罪に当たるとされ、連行された女性器芸術家・ろくでなし子氏(42)。
 逮捕容疑は「わいせつ電磁的記録頒布」というものだそうだ。

 「3Dプリンターという新しい技術が出てきたので、警察は『これは取り締まらないと』と判断したのでしょう。3Dプリンターで拳銃を製造した事件が世間を騒がせたばかりなので、世論を味方にできると考えたのかもしれません。それと並行して、昨年7月にはコアマガジンの取締役らが男女の性器写真を掲載した雑誌を販売したとしてわいせつ図画頒布で逮捕されており、警視庁保安課がわいせつ規制を強めているのは間違いありません」(警視庁担当の全国紙記者)

 当然、わいせつ表現も表現の自由に入る大事なものだが、権力側は手を入れやすいものだから、こうしたところから出版社に圧力をかけてくることが多い。

 「『わいせつ規制』という名の下に、表現の自由への介入が平然と行なわれているのだ。さらに、そうした公権力の暴走に疑問を持つことなく発表内容を垂れ流す報道機関は、表現の自由の規制に加担していることに気づいていない。
 本当に公益のために性表現を規制するというのであれば、何がわいせつで何がそうでないかを国会で堂々と議論し、法制化することでわいせつの定義を明確化するのが筋である」

 パチパチパチ。その通りである。
 だがこのろくでなし子氏、ただものではない。3Dスキャンの技術を使って女性器の大きな作品を作ることを思いついたそうだ。それが女性器型舟「マンボート」だった。彼女が自説をこう述べている。

 「男性は、女性の体を消費物として見ているから、猥褻なものだと思うのでしょう。テレビでも、ちんこと言っても問題ないけど、まんこはNG。だけど、女性にとっては体の一部で、自分のもの。猥褻だとは思いません。なのに、女性はまんこの悩みや相談をできない状況にあります。私は活動を通じて、まんこの権利『まんこ権』を向上させたいんです」

 なんだかわからないが応援したくなるね。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   



 いま中古市場では、古い携帯電話がスマートフォンよりも高額で取引される場合がある。ご多分に漏れず、限定モデルやコラボモデルに人気が集中。「中古」だが、あくまでケータイなので、ここ5年以内の機種が多い。すでに機能性において上りつめたあとの「ガラケー」で、使い勝手もよく、今のものと変わらない。スマホも持ってはいるが、二台目の電話として、実用的な側面から購入しているというユーザーが多い。

 思えば、スマホに席巻されたものの、日本のガラケーに「問題」があるわけでは決してなかった。「ガラパゴス」と揶揄されるにはあまりに充実している文明の利器。カラーやデザインにおけるチョイスの自由さもある。それになんといっても、すぐにバッテリーが切れることがない! どうも最近、ある程度までケータイが「復権」しそうな雰囲気さえあるのだ。ちなみに機能性の話だけでなく、超高齢社会を迎え、使い方がシンプルなケータイが見直されていることも付け加えておこう。

 もちろん、まさに「ヴィンテージ」といえるほど型の古いケータイにもニーズが存在しているようだ。クルマなどと同じで、道具としてのマシンの「渋み」というものがあろう(このあたりからはマニアックな世界に入るが)。最近よく業界の話題にのぼるのは、「Vintage Mobile(ヴィンテージ・モバイル)」というフランスのサイト。古いノキアに日本円で10万円以上の値が付いている。
   

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   



 心臓病で血液がサラサラになる薬を飲んでいる人が、虫歯になって歯科治療を受けるなど、一人の患者が同時期に複数の医療機関を受診することはよくあることだ。高齢になると、その傾向は強まり、薬の相互作用による事故を起こす確率も高くなる。

 薬は正しく飲めば病気の回復を助けてくれるが、飲み合わせが悪かったり、飲む量を間違えたりすると、反対に病気を悪化させることがある。

 「おくすり手帳」は、複数の医療機関で処方された薬の飲み合わせや重複による健康被害から患者を守るために、処方された薬の名称や用量などを記録していく手帳だ。

 1993年に起きたソリブリン事件、1995年の阪神淡路大震災をきっかけに、薬の服用履歴を記録することの大切さが痛感され、一部の薬局や病院で患者が服用している薬を記録する手帳を無料で発行するようになる。

 当初、一部の薬局や病院で行なわれていた無料サービスだった「おくすり手帳」が、正式に国の制度に採用されたのは2000年。薬剤師による飲み合わせのチェックで健康被害を防ぎ、重複投薬を避けて医療費を削減することが期待され、おくすり手帳への情報提供をした薬局には調剤報酬が支払われるようになったのだ。

 2012年度の診療報酬改定から、「おくすり手帳」への薬剤情報提供料は、「薬剤服用歴管理指導料」という調剤報酬に含まれるようになっており、薬局が、(1)薬剤情報提供文書による薬の説明、(2)薬剤服用歴の記録と指導、(3)「おくすり手帳」への薬剤情報の記録、(4)残薬の確認、(5)後発医薬品に関する情報提供をすべて行なった場合に、処方せんの受け付け1回につき410円を算定できるようになった。

 ところが、本来の「おくすり手帳」の役割を無視して、とりあえず薬剤情報が書かれたシールだけ患者に渡して指導料を算定する一部の薬局が出てきたため、2014年度の医療費の改定で算定要件が厳格化されたのだ。

 薬局が、上記の5項目をすべて行なった場合は410円だが、たんにシールを渡して「おくすり手帳」への記載をしなかった場合は340円に減額されることになった。その差は70円で、たとえば70歳未満で医療費の自己負担割合が3割の人は窓口での支払いが20円変わってくる。そのため、4月以降、「おくすり手帳」を断って20円節約しようという動きも出てきている。

 だが、手帳を持っていないと薬の飲み合わせを確認できず、薬による健康被害を受ける可能性が高くなる。とくに、日常的に薬を飲んでいる人は、「おくすり手帳」を健康管理に活用することを勧めたい。

 「おくすり手帳」は、複数の医療機関から出された薬の飲み合わせをチェックするのが目的なので、情報は分散させずに1冊にまとめて、最新の情報にしておくこと。手帳には過去の病歴、アレルギーの有無、よく使う市販薬やサプリメントの情報なども記入しておくと、薬剤師から適切なアドバイスを受けられる。

 東日本大震災では、地震や津波で病院や薬局が被害を受け、カルテや調剤履歴が喪失してしまったが、「おくすり手帳」が診療や投薬の大きな助けとなった。万一の災害や事故、旅先での急病に備えて、ふだんから薬の服用履歴は「おくすり手帳」に記録して、つねに携帯するように心がけたい。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   



 近年、日本では猟銃を扱うハンターの減少、並びに高齢化が進んでいる。「ある趣味の人口が減った」というだけではない。シカやイノシシの「敵」が少なくなって個体数が増え、農地を荒らす「食害」が多くなっているのだ。たとえば環境省の推計では、北海道を除く全国で、2025年度には500万頭までニホンジカが増加するという(これは2011年度の2倍近い)。

 狩猟人口の確保が急務となっているいま、女性のハンターに注目が集まっている。大日本猟友会が運営する『目指せ!狩りガール』は、ハンターとなる過程をポップなウェブデザインで紹介したサイト。「ベランダで野菜作りをするように、山登りをはじめるように、都会の女性が『狩り』に興味を持ちました。」……そのトップページの文面はずいぶんライト。しかし、実際に銃を所持するための苦労など、なかなか一筋縄ではいかない「狩猟」の世界を垣間見ることができる。

 実際には女性はハンターの1%にも満たないが、それでも「狩りガール」が増えているのは事実。食や環境に対する興味を突き詰めると、狩りに行き着くのだろう。ふだんの暮らしでは、ある命というものは別の命を食べねば生きられない事実を自覚しにくい。自らゲットした獲物を美味しくいただくのは、女性ならなおのこと、真っ当さとたくましさを感じる行為だ。
   

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   



 携帯電話の端末には利用者の情報が記録された「SIMカード」と呼ばれるICカードが挿入されている。携帯各社はこれに電子的な制限(ロック)をかけて他社のカードでは作動しないようにしている。端末を買い替えなければ、他社に乗り換えられないように「囲い込み」をしているわけだ。

 利用者としては甚だ不便をかこつわけだが、総務省はこのSIMロックの解除を携帯会社に義務付けるという。早ければ2015年度にも行なわれる見通しだ。A社からB社に契約先を替える場合、新たに携帯端末を買わずにすむ。これまで以上に携帯会社を自由に選べることになる。

 携帯業界はNTT、KDDI、ソフトバンクの大手3社の寡占状態が続いている。料金やサービスも3社で横並びだ。このため、総務省は2010年に、SIMロックを自主的に解除するよう携帯業界に求めた。しかし、法的な強制ではなく、守られていないという経緯があった。義務化は、より強い行政措置となる。

 SIMロック解除を実施することで、割安の新規参入が増えれば、値下げ競争で料金が下がる。サービスも向上するだろう。

 利用者にとってはうれしい話だ。
   

   

マンデー政経塾 / 板津久作   



 『ビッグコミック・スピリッツ』(小学館、以下『スピリッツ』)で連載され、大好評を博していた高校野球漫画『ラストイニング』が終了して、いまだ『スピリッツ』発売日である月曜の朝の過ごし方を持て余している人たちの悲しい心情を指す。

 この6月に単行本も、とうとう最終巻である44巻が発売されてしまったので、重度のラスイニロスに陥っている、筆者をはじめとするラスイニ原理主義者たちは、44巻から1巻を逆さ読みしてから、また1巻から44巻までを読み直すという不毛な行為を繰り返しているのが決して大げさではない現状だと言える。

 ストーリーは、伝説の(野球賭博)ハンデ師に弟子入りしたのち、ヤクザとのトラブルで破門となり、インチキセールスマンで食いつないでいた半グレの元高校球児が、ひょんなきっかけで廃部寸前の母校の野球部監督を務めることになって、その弱小校が地区予選を勝ち抜き、甲子園でも旋風を巻き起こす過程を描いたもの。とにかく野球理論のディテールが細かいので、草野球の打席で最初は来た球をなにも考えずにブンブン振っていた筆者がラスイニのおかげで配球を読めるようになったのは一部の草野球通のあいだでは有名な話である。

 ちなみに、筆者はラスイニが終わってから『スピリッツ』を買わなくなったクチの一人だが、こういった読者の“スピリッツ離れ”に、これ以上の拍車をかけないためにも、新シリーズの「主人公のポッポ監督が辞めたあとの赤羽監督編」を望む次第だ。読んでいる人にしかわからないと思うが……。
   

   

ゴメスの日曜俗語館 / 山田ゴメス   


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