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  11. 大野教会
日本歴史地名大系

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大野教会
おおのきようかい

[現]外海町神浦下大野郷

カトリックの巡回教会。県指定文化財。中世よりキリシタンの居住する地で、平戸松浦氏の一門に属する籠手田氏が長崎に逃れたあと、その一族は当地に来住したと伝え、また肥後のキリシタン武士が信仰の継続のために当地で百姓になったという所伝もある。江戸時代以来の潜伏キリシタン二六戸は明治六年(一八七三)のキリシタン禁制の高札撤廃に伴って教会に復帰。同一二年主任司祭として着任したフランス人宣教師ド・ロ神父は同二六年当地に出津しつの巡回教会として石造教会堂(長崎県最古)を建立している。農家風聖堂のこの教会堂の外壁は粘土に石灰・砂を混ぜるド・ロ壁(ド・ロ神父の技法)によるもの。

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