1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 遺跡
  8. >
  9. 寺・神社・教会
  10. >
  11. 五輪教会
日本歴史地名大系

ジャパンナレッジは約1500冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題のオンライン辞書・事典・叢書サービスです。
五輪教会
ごりんきようかい

[現]福江市蕨町 五輪

奈留なる瀬戸に面して建つカトリック教会堂。寛政年間(一七八九―一八〇一)大村領外海そとめからキリシタンの移住があったとされる。元治二年(一八六五)大浦おおうら天主堂(現長崎市)でのいわゆる信徒発見のあと、明治元年(一八六八)蕨小島わらびこじま折紙おりがみ外幸泊そとこうどまりの入植キリシタンらが信仰を公にしたところ、大開おおびらきに置かれた六坪の仮牢に老若男女約二二〇人が収監され、一日わずか一切れの芋のみを与えられるという状態が続き、八ヵ月後に四二人の殉教者があったという(「五島キリシタン史」など)。同一四年浜脇はまわきに木造教会堂が建造され、昭和五年(一九三〇)改築にあたり五輪に移築。日本式建築をもとに教会建築を取入れた設計で、下見板張の周壁に尖塔窓を並べ付け、天井はリブ・ヴォールト式の板張とする。同六〇年教会堂の新築が決まり、旧天主堂は信徒の総意で福江市に提供され、国指定文化財となっている。

ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
タブレットやスマホからも利用できます。 ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る
五輪教会の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 2
検索コンテンツ
1. ごりんきょうかい【五輪教会】長崎県:福江市/蕨村
日本歴史地名大系
[現]福江市蕨町 五輪 奈留瀬戸に面して建つカトリック教会堂。寛政年間(一七八九―一八〇一)大村領外海からキリシタンの移住があったとされる。元治二年(一八六五) ...
2. 旧五輪教会堂[百科マルチメディア]
日本大百科全書
国指定重要文化財 長崎県五島(ごとう)市 ©一般社団法人長崎県観光連盟 ...
「五輪教会」の情報だけではなく、「五輪教会」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

五輪教会と同じ寺・神社・教会カテゴリの記事
興福寺(国史大辞典)
奈良市登大路町にある法相宗大本山。南都七大寺の一つ。寺伝では「こうぶくじ」という。縁起によると、天智天皇八年(六六九)藤原鎌足の死去に際し、妻の鏡女王が鎌足の念持仏の釈迦丈六像などを祀る伽藍をその山階(山科)邸に設けたのに始まり(山階寺)、その子不比等によって藤原京の厩坂に移遷(厩坂寺)
東大寺(国史大辞典)
奈良市雑司町にある華厳宗の総本山。大華厳寺・金光明四天王護国寺・総国分寺などの別称がある。南都七大寺・十三大寺・十五大寺の一つ。東大寺の寺号は平城京の東方にある大寺を意味し、『正倉院文書』の天平二十年(七四八)五月の「東大寺写経所解案」に初見するが
法隆寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町にある聖徳(しょうとく)宗総本山。斑鳩寺(鵤寺、伊可留我寺とも書く)、法隆学問寺などの異称がある。南都七大寺の一つ。草創の由来は、金堂の薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)光背銘によると、用明(ようめい)天皇が病気平癒を念じ
龍潭寺(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。県道引佐―舘山寺(かんざんじ)線の西側の小丘陵上に位置する。臨済宗妙心寺派。山号は万松山、本尊は行基作と伝える虚空蔵菩薩。元文六年(一七四一)に気賀(けが)関所(現細江町)に差出した御要害村寺院縁寿録(山本家文書)によると、天平五年(七三三)に行基が地蔵寺を開創、のち自浄(じじよう)院と改号した
渭伊神社(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。井伊谷(いいのや)の北西端に鎮座する。社域西側を神宮寺(じんぐうじ)川が半円を描いて流れ、杉・檜・楠の古木が社叢をなす。祭神は品陀和気命・息気長足姫命・玉依姫命。旧郷社。「延喜式」神名帳にみえる引佐郡六座のうちの「渭伊(イイノ)神社」に比定される。
寺・神社・教会と同じカテゴリの記事をもっと見る


「五輪教会」は長崎世界遺産に関連のある記事です。
その他の長崎世界遺産に関連する記事
ド=ロ(日本人名大辞典)
フランスの宣教師。1840年3月27日生まれ。カトリック。慶応4年(1868)プチジャンの要請をうけて来日し,長崎の大浦天主堂で石版印刷による宗教書を刊行。のち外海(そとめ)地域の主任司祭。診療所をひらき,出津(しつ)教会などを建設したほか,地元民の教育や社会福祉事業につくした。大正3年
五輪教会(日本歴史地名大系)
[現]福江市蕨町 五輪 奈留瀬戸に面して建つカトリック教会堂。寛政年間(一七八九―一八〇一)大村領外海(そとめ)からキリシタンの移住があったとされる。元治二年(一八六五)大浦天主堂(現長崎市)でのいわゆる信徒発見のあと、明治元年(一八六八)蕨小島(わらびこじま)
出津教会(日本歴史地名大系)
[現]外海町黒崎西出津郷 カトリック教会堂。県指定文化財。江戸時代よりキリシタンが潜伏していた地域で、寛政年間(一七八九―一八〇一)当地など大村藩領の外海から五島などへ移住する信徒が多かったことから、キリシタンの母郷ともよばれる。明治一二年(一八七九)主任司祭として
頭ヶ島教会(日本歴史地名大系)
[現]有川町友住郷 頭ヶ島 頭ヶ島にあるカトリック教会。天主堂は県指定文化財。江戸時代は長く無人島であったが、安政六年(一八五九)鯛ノ浦のキリシタン二、三戸が移住し、開拓を行ったという。慶応三年(一八六七)戸数二五のキリシタン集落になっていた(有川町郷土誌)。鯛ノ浦の
野首教会(日本歴史地名大系)
[現]小値賀町野崎郷カトリック教会で、野首天主堂ともいう。江戸時代よりキリシタンが潜伏していた地で、野首に寛政九年(一七九七)大村領の外海(そとめ)から移住した信徒や、瀬戸脇(せとわき)に三井楽(みいらく)(現三井楽町)・久賀(ひさか)島(現福江市)から移ったキリシタンが
長崎世界遺産に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る